5スレ目
「――わたしはロード商会、二人娘が姉、ロード・アルパー! わたしの妹、ロード・ダウナーがついさきほど向こうの路で連れ去られました! お力を借りたく!」
「お、おっけーっす! オレ、何したらいいっすかねえ!?」
毅然とした態度でステータスを開示し、助けを求めて来た少女に対して。オレの返事はひどく頼りないものだった。
自分でもどうかと思うがしゃあない。マジ何したらいいか分かんないもん。
これでオレのスキルが超パワーとか最強魔法とかなんだったら、
「現場はどこだ!」「すぐに向かう!」「敵を倒してお姫様を救出!」って、テンプレの第一章になるんだろうけど。
今のオレが悪人の前に飛び出て、出来ることはタッターン! と小気味良い音での高速タイピング披露しかない。
ボコボコにされてオレの異世界生活は最終章。アバト先生の次回作にご期待ください。打ち切りじゃねえか。
「あなた、職業は!?」
「はい! ニートです!」
「にー……? スキルは!?」
「ろくなのありません!」
「……魔法は使える!?」
「使えませえん!」
くそ、と顔を歪ませる少女。あれれー? オレに出会っちゃったことはクソなのかー。
とはいえ逆の立場だったことを思うと、正直オレでごめんとは思う。
だけどまあ……目の前で女の子がこんな顔してるときに。転生者というか、男としては。なんにもしないってわけにもいかないよな?
とにもかくにも今北産業。まずは状況把握だ。これ基本。
「何があったかくわしく聞かせてくれ、助けを呼びながら走ろう」
「……ッ助かります! ロード商会の娘、ロード・ダウナーが連れ去られました! 推測ですが、身代金目的だと思います! 街の、ロード商会の家に助けを呼んでください! 北の街道を進んでいたところ、馬車の御者が裏切って妹を連れ去ったと!」
「おk、妹さんがひとりで逃げる可能性はある?」
「……妹は……足が悪く。今日も、隠れて馬車でここまで来ていたところ……御者が……おそらく金に目が眩んで……」
なるほど――それなら、条件が揃えば、オレが助けになれるか?
オレは迷いながらも、その妹がさらわれたという方向に走って戻ろうとする少女を引き留める。
「待って、落ち着け! どこ行くんだよ!」
「追いかけるんですよ! あなたは伝言を頼みます!」
「足傷だらけだろ!? しかも相手は馬車だ、徒歩じゃ追いつけないって!」
「……途中で馬車か馬を見つけて、乗せてもらいます!」
「この人通りのない道で!? 無茶だ! 一旦街に戻って馬を借りた方がよくないか!?」
正直、この世界での当たり前は分からないけど。少女も逡巡したうえ、頷いて戻ってきた。
少女はそのまま街に向かって、懸命に走りだす。
なびく銀の髪に、汗が散った。
その瞬間思う。オレ、前の世界でここまで何かのために頑張ったこととかあったかな。
早い結論。ない。何故なら、オレには大事なものも、絶対やらなきゃならないことも、特に何にもなかったから。
目の前のこの娘にはあるんだ。綺麗な顔を歪めてでも、大事なものが。
そのまま、街に向かって駆ける少女を追い、走りながら――
オレは、掲示板を開いた。
頼まれたのは、「伝言」だものな。
正直、あまりにもハマってる展開に、ナヴィの『良いタイミングと場所でスポーンさせてる』って言葉が頭をよぎる。
けれど。
やれと言うなら、やってやろうじゃねえか。上等だコラ、クソ神共。
「助けを求められる人の中で、一番状況を早く理解してくれてすぐに駆け付けてくれる人はだれかいる!?」
「はいっ――!? うちのメイド、兼護衛が普段はいるんですけれど……今日は伝えずに抜け出してきてしまって――」
その人に現状を簡潔に伝えられれば、時短になるか。ぶっつけになるがやるしかない。
「そのメイドの名前教えて!」
「はい!? ――ファル! ファル・フォールと言えば伝わるはずです!」
「スペルも!」
「なんでいまそんなこと――」
「オレのスキル、名前が分かれば相手に伝言ができる! (小声)多分! 頼む、一度信じてみてくれ!」
少女……アルパーは、オレの言葉をどう判断したか分からないが、一瞬迷った素振りを見せながらも、オレと一緒に走りながら叫んでくれる。
「FAL・FOLEです! 今はわたしたちの屋敷にいるはずですけど――」
その言葉を聞きながら、オレは異世界通信の管理画面をミスらないよう、急ぎながらもなんとか開き、聞いた名前をだだだだと入力する。その時間実に0.7秒。タイプミスはなし。夜な夜なディスプレイに向かってたことが初めて活きた。
――出て来た。オレの画面には、FAL・FOLEという名前と、アクセス許可を与えることができるキーが表示されている。
オレは、画面の「許可」を勢いよくタップした。
そのまま、ひとつの最新スレッドを立てる。連絡がつかなかったことを考えて、街まで懸命に走りながらの行軍になるから画面は見れないが、問題ない。
オレのタイピングスキルLv.3を舐めるなよ!
その気概だけで、無理やり新規スレッドを作成、投下。
【緊急】妹が北の街道にて、馬車で御者に連れ去られた
1:姉は北の街道にて無事 これより妹を追う 急げ
つまりオレがやりたいことっていうのは。
『まだオレとそいつの2人しかいない掲示板』での「伝言」だった。
これで気付くか、伝わるか、マジに信じて動いてくれるか。全部運になるがどうだ――!?
少なくとも、現状のオレのスキルでできそうなことはこれくらいしか思いつかねえぞ!
そう思うやいなや、スレッドに新着が付く。
2:OK
「異世界のメイドさんSUGEEEEッ!」
「――!? どうしたんです!?」
「多分だけど、きみの言うメイドに連絡できた! もう向かってくるはず」
「そんな――一体どうやって!?」
その辺はおいおい説明する、とオレは一度濁してからディスプレイに向かう。
しかし……大した胆力だ。突然出現した謎のメッセージに対して、できうる範囲で返答するか。そもそも、メイド兼護衛って肩書からして日本人のオレにはどちらも馴染みもない。どんな人間なんだ。
「もし今、君んとこのメイドが最速で馬車を出したらここにはいつ着く!?」
「……私たちの屋敷は北方街に近く、急げば、門自体は数分で抜けられるとは思いますが……」
「なら、一旦休んだ方がいい。きみ、ひどい顔してるぞ」
少し立ち止まって、汗を拭う。少女はぜえぜえと、膝に手をついて必死に息をしていた。そりゃそうだ。この娘、オレに出会う前から、人を探して走ってきてたんだから。疲労感も尋常じゃないだろう。
「いえ……走ります」
少女は、一つ大きく息を吸うと、また街に向かって駆けだした。
当然、そうだろうな。見ず知らずの他人が「もう連絡できました」なんて突然言い出したって、当人としては理解できるはずもない。
しかし……オレは彼女の横顔を追いながら思う。
何かに必死になる人間っていうのは、格好いいものだ。
まあ少女本来の可憐さもあるだろうけど。
よし……神共の作為があるのかは知らねえが。オレは、ひとまず当面はこの娘のために動くことを決めた。
いや! 決して! 首筋に貼り付いた銀髪がサイコーだったとか! そんなことはない! 神に誓って!
◇
「あ――!」
周囲の木がまばらになり、街の門が遠くにはっきりと見えて来たところで、街の門から一台の馬車が駆けてくるのが見えた。
「人――! いえ、あの馬車のマークは――!」
喜色を滲ませた声色で、アルパーが言う。
安心感からか、大きく息をつくと少しふらついた彼女を、おっと、と片腕で支える。役得か~?
と、爆速で近付いてきている馬車から、ひどく冷たく、それでいてぞっとする程恐ろしい声が飛んできた。
「賊――! お嬢様から離れろ!」
あーーッ! そう見えるよな!
「違うんだ! 待ってくれ! オレ、きみに連絡した者!!」
そこまで言う間に、メイドは飛ばしてきた馬車から飛び降りるやいなや、アルパーとオレの間に飛び込み、そのまま流れるようにオレに短剣を突き付けた。
水色の髪に、女性にしてはかなりの長身。メイド服というより、着ている服装は執事としての役割も担っているようにも見えるが、どこか可愛らしさの残るデザインだ。しかしまあ、そんな冷静に見ている暇もなく、温室育ちのオレの視線は刃物の切っ先にがっちりと固定されていて、大分いっぱいいっぱいだった。
「――私に連絡した者?」
「ほら、ほら! ステータスの!」
慌てて右手を振ってステータス画面を出し、掲示板の画面を見せる。
そのまま右手だけで、キーボードをたかたか打ってッターン! とエンターで送信してみせる。
3:この通り! 連絡したのオレだって!
「信じられない……」
アルパーがその様子を目を丸くしてみている横で、メイドの……ファル? は、自分も指を2本揃えて振り、掲示板を確認していた。手つき自体は不慣れだが、もうどういう仕組みのものなのか理解しているらしい。さすがメイド。さすメイド。
「これ、オレのスキルなの! お嬢さんとはたまたまそこで会って!」
「……未確認のレアスキル、ですか。しかし――これほど妙なものが」
「ま、まあオレのことはいいって! それよか、急ぎで妹ちゃん追わなくていいの!?」
「……そう! ファル、ダウナーが! 御者のデルタが乱心して! ダウナーを連れ去って――」
アルパーが必死に言葉を発する度に、ファルの顔が厳しくなっていく。ファルは俊敏な動きで御者台に飛び乗ると、お乗りください、とオレとアルパーに示した。