4スレ目
小高い丘から、ナヴィとやらに指示されるままオレは眼下の森に向かって歩いていた。
「で……これがオレのステータスかよ」
異世界通信のタブから、通常のステータス画面に戻したオレは、もう一度深くため息をついた。
アバト・ユウ
【ARBAT YU】age.16
職業:ニート
●スキル
・タイピング Lv.3
・ブレッティン・ボード・システム Lv.1
●魔法
・無し
いくらなんでも。ニートって、それはないでしょう。
まあそれは一旦いいとしてだ。
「『ブレッティンボードシステム』……これでどうやって何をしろと」
オレはもう一度異世界通信のタブに戻って、掲示板の画面を確認した。
オレに与えられたスキル、『ブレッティンボードシステム』について、オレは歩きながらがちゃがちゃと操作してみている。
画面には通常のスレッド画面と管理用の画面があって、管理用画面はオレにしか使えない(らしい)。この辺の細かい設定やら何やらは後からやるとして、だ。
「せめて、もうちょっとこのスキルについて教えてくれるんだろうな?」
317:〈ナヴィ〉:そうだね 質問があればなるべく答えるよ
「じゃあ……この世界の人間がこの掲示板を使えるようになるっていうが。それはどうやって使えるようになるんだ? あとここの……異世界人? はキーボードとか使えんの? そもそも言語とか一緒なの――」
318:〈ナヴィ〉:わかった わかったよ 順に話すから まずは操作に慣れておいて
319:まずは全世界に掲示板ばら撒こうぜ 話はそれからだ
320:>>319 指示厨やめろよ つまんねえだろ
321:>>320 お前こそ何様なんだよ
322:>>321 神様だが?
「またレスバ始めあがって……暇なのかよこいつら」
それは地球に居たころのオレもか。ひどいブーメランだ。
そんでナヴィの説明と、繰り広げられる(醜い)レスバを横目に、オレは丘を降りるまでの間に、おおむねオレのスキル『ブレッティン・ボード・システム』について理解していった。
まず、掲示板は、簡単に多数の人間に付与できる。人数は無制限。
イメージとしてはアクセス権限を与える仕組みに近いらしく、相手の名前が分かっていれば掲示板への追加は簡単にできる。
また他にも、自分から1km以内の全ての人間に「付与」するといったみたく、範囲に向けての付与もできるらしい。ついでに、このヴィケール王国とやらの識字率は相当高く、平民でも簡単な読み書きなら問題なくできるとのこと。これは都合良いな。
また、掲示板が付与されると、今のオレと同じようにステータス画面に「掲示板」画面が増える。(この世界では、ステータスオープン自体は一般的な身分証明としても使われる超汎用魔法らしい。なかなかゲーム的世界観だ)。その別タブを開くとオレと同様に掲示板画面が立ち上がる。
341:〈ナヴィ〉:ちなみにその画面は拡大縮小自由で キーボードは きみが使いやすいようにその形になってる この世界での魔法とスキルは「イメージ」だから そうだな例えば ステータス画面を縮小してみて
言われるがままに青いホログラムの端に触れると、モニターみたく大きさはひゅんひゅん変えられた。またこちらも言われるがまま、地球で使っていた携帯端末を意識してみると、ホログラムは小さい端末上になってすっぽり手に収まる。……まんまスマホじゃねえか。異世界はスマートフォン(ただし掲示板のみ)とともに。とんだ縛りプレイだ。
大体理解したあたりで、森を横断する街道に差し掛かる。
街道の左手には、1kmか2kmか、それかもう少し離れているかな――? 街の城壁にそびえたつ門まで繋がっている道が見える。
右手には真っすぐ、森のど真ん中に街道が伸びていて、どちらも人っ子ひとり見当たらない。
しかしなかなかのどかな空気感だ。丘から見た街の様子は、そこそこ栄えている様子だったけど。
空気も澄んでいて空もよく見えるし、散歩にでも来れそうないい道だが、今はあまり人気もない。街からもギリ歩ける距離だろうに。そういうものなのかね。
358:〈ナヴィ〉:さて ボクたちはここまでかな
けっこう壮大な風景にちょっと感動していると、掲示板に不穏な書き込みが表示される。
「は? おいおい、それってどういう」
359:〈ナヴィ〉:さっきの書き込みにもあったけど きみにあまり行動を指示したくない
これはエンタメだからね ここまではあくまでチュートリアルだ
360:俺たちはお前の様子を見守っているからな!
361:アバト氏の戦いはこれからだ
362:一か月は楽しませてくれよ~
餞別とばかりに書き込まれていくレスたちに冷や汗が伝う。
「ちょっと、もしかして――ぽまえらマジ、 」
「――っ! 人、人いた! あの! たすけ……助けて! そこの人!」
背後から聞こえた――明らかな、女の子の声に、背筋が凍る。
おいおい……いや、分かるぜ? 転生直後、異世界人。何も起こらないはずもなく?
しかし、しかしそのイベントに鉢合わせるには。いささかスキルが貧弱すぎやしねえか?
そんなオレの様子を見ながら、実況書き込みは一気に熱を帯びて加速していく。
363:最初のイベントktkr
364:wktk
365:キターーーーーーー!!!!
そしてそのまま、『【転生】アバトユウくん実況スレ(その1)』は、ほらヒロイン候補だ助けろ助けろ! だとか、ナヴィの それでは たまに遊びに来るので がんばってくださいね とかいう淡白なコメントを最後に、ふっと掲示板のリストから掻き消えた。
頬をひくひくさせながら、後ろを振り返る。
「やっと……やっと人を見つけた……!」
――腰まである銀髪を美しく編み込んだ、オレより少し年下に見える、はっきり言ってかなりの美少女。幼さの中に、しかしながら大人びた顔立ちが見て取れて、明らかに高等な何かを受けて育ったことが見て取れるたたずまい。
しかしその編み込んだ銀髪は走ったせいか崩れており、いかにも裕福な家庭の娘といったいでたちのスカートの下の足は、枝々に傷つけられたのか、血が滲んでいた。
その少女は、オレのそばに走ってきたかと思いきや、狼狽するオレの前に立つと彼女の細い指を2本振り、出現した青い画面をオレにつきつける。
たじろぎながらも、オレはそのつきつけられた画面の最上部に、目をなぞらせた。
【ROAD URPER】age.15
職業:商人
職業――商人。
名前の読みは……ロード……アッパー?
オレの疑問に、少女はすぐに答えを出す。
「――わたしはロード商会、二人娘が姉、ロード・アルパー! わたしの妹、ロード・ダウナーがついさきほど、そ、その向こうの路で、連れ去られました! お力を借りたく!」
ぜってえ、あの神々どものクソスレでは今頃、姉系街娘キターーー! とか盛り上がってんだろうな、とか頭の片隅で思いながらも。
オレはインターネット越しに鍛えたコミュニケーション能力を遺憾なく発揮し、うろたえる少女に対して格好よく言い放った。
「お……おっけーっす! お、オレ何したらいいっすかねえ!?」
……訂正、全然かっこよくはないか。