3スレ目
部屋着に使っていたジャージ、上下一式。
ポケットに奇跡的に入っていたグミ一袋。
首にはヘッドフォン(最新鋭のワイヤレスヘッドフォンだが充電なし)。
以上。それがオレの装備だった。
「……こんな装備で大丈夫か?」
そう呟いたオレの上を遥かに風が吹き抜けていく。
その風は、眼前に広がる森を越えて――だだっ広い平地に建てられた、でかい街に吸い込まれていった。
オレが飛ばされたのは、山と木々に囲まれた地帯にある、たーぶん旅人とか行商人が立ち寄るような中規模な街の近くにある丘の上だった。ソースはなろう系アニメ。遠目でも馬とか馬車だとかがでかい道を闊歩してるのが見えるからとりあえずそう判断。
オレのスポーン地点の丘の上からそこまでは多分20分くらいの距離。なだらかだし、歩けばいずれ着くだろう……けど。
「現実こっわ!!!!! 家の外とか一か月ぶりだぞ!!!」
目下、オレは数年ぶりに見る木々やら眩しい日の光やらにおののき、草の地面につっぷしていた。
なろう系主人公がまず引っかからない所だけど、あいつら精神性どうなってんだ。見ず知らずの世界に来たらまずはビビるだろ。自室の淀んだ埃っぽい空気に慣れた鼻孔が、新鮮な草木の匂いを嗅ぐだけで縮みあがっている。
「とはいえまずは現状だな……。
オレ、アバトユウは女神のクソスレで転生させられて、舐め腐ってたら現実だった模様。
無一文、装備無し、魔法無し。
唯一あるのはなんか、よく分からんスキル――」
三行で現状確認しながら、教えられた通りに、右手の指を二本揃えて振る。
スキル画面は健在のようで、フォンっとステータスが表示される。
魔法スロットもスキルスロットも変化なし。しかしまあ、気になるのはこの「掲示板」スキルとかいうやつだけども……と。
以前は気付かなかったけれど、ステータス画面の右上に「異世界通信」って名前のタブが追加されている。試しにタブレット画面を触るようにそこに触れてみると、これまで同様の音と共に画面が切り替わり、「異世界通信」なるものが展開された。
「――おい、まんまパクったな」
画面はまあ……オレが日本で潜っていた、多種多様のインターネット掲示板やらのごった煮、簡略化を経たような画面。大体イメージ通りのネット掲示板そのものだ。
それと同時に、ステータス画面の下にもう一枚の薄いホログラムが現れる。見慣れた文字の列にこの配置――PCキーボードだった。異世界でもqwerty配列かよ。
その上部、「新着」にひとつのスレッドが立っているのを見つけ、その名前を見てクソデカ溜息。しぶしぶ、そこをタップ。
【転生】アバトユウくん実況スレ(その1)
243:今回のヤツなかなか冷静じゃん
244:実際半日くらい取り乱してる奴多いよな
245:お、もう「掲示板」開いたっぽいぞ
246:誰か今北産業
247:>>246 日本人を安価のスキルで転生
選ばれたのは【匿名掲示板持ち込み】でした
今転生直後
248:>>247 ファーwwww
「オレら人間と精神性変わんねえんだな……」
オレも無神教だけど、漫画とかアニメとかの神々しい神様像はなんとなーく持ってたわけで。
こうして見ていると……「俗」の極みでカルチャーショックというか何というか。
考えていても仕方なく、オレはキーボードを叩く。打鍵感は日本でのオレ愛用のキーボードを完全再現されていて、逆にムカつく。
249:〈アバト〉:今説明を要求したいのはオレの方なんだが
ご丁寧にオレが書き込んだときだけ固定ハンドルネームになるように細工されてあがる。どこまでもオレを見世物にしたいみてえだな……。
250:キターwwwwww
251:アバトくん降臨
252:ご本人様じゃんw
253:異世界どう? 楽しい?w
一気にコメントが増える。というかレスが253まで進んでるってことはまあまあ伸びてんな。
254:〈アバト〉:まずはもうちょっと解説くれよ、説明は後でするって言ってたろ
オレは近場に手頃な岩を見つけて座りこむ。ひとまず喉は渇いてない、腹も直前までスナック菓子食ってたおかげでそこそこ満たされてる。さて、とキーボードと画面に手を伸ばすと、新着レスが付いていた。
255:〈ナヴィ〉:悪かったね アバトくん
この呼び方と口調と、こいつだけ付けてるハンドルネーム。この255、こいつ――。
256:〈アバト〉:てめえオレを飛ばしたあの神かよ!
257:〈ナヴィ〉:おお よく分かったね 身バレはやかったな
「てめこのクソアマァ……」
オレへの説明を端折っておいて、オレにスキル渡すときに噴き出しながら笑ってたあのクソ女神ィ……。ちょっと見た目いいからって神様にでもなったつもりか……神だったか。そうかよ。
258:アバトさんマジギレで草
259:〈ナヴィ〉:これから説明するよ、三行と言わず長くなるから、チュートリアル代わりに少しずつ行くよ
他の神々からちょっかいを受けながら、ナヴィと名乗った女神サマがオレに伝えて来た内容は要約するとこんな内容だった。
――オレの転生した大陸、アークカイヴは、古来より魔物跋扈する世界だった。
しかし、そこに「人類」という生物が爆誕。体系化された魔法と技術によって、人はその支配権を広げつつある。
オレ、アバトがスポーンした地点はその大陸でもっとも大きな国家、「ヴィケール王国」の外れの行商人と商人、馬貸しなんかが軒を連ねる街「ウェイゲート」、らしい。
273:〈ナヴィ〉:建築とかの時代設定は 地球のヨーロッパを基準にしてるけど
名前とか設定とかは 君たち人間が想像する「異世界」でいいよ
274:転生者クン好きな飯なに? え、カレー? もう一生食えないねえ!www
275:>>274 ぐう畜
276:気にするなよアバト君、俺が見て来た中には「おいしい出汁が取れる」スキルで
ラーメン屋開いて国王に謁見した奴いたからな なんとでもなるはずだ!
277:〈アバト〉:>>276 なんすかそのハングリー精神旺盛な転生者
278:こいつらも転生者と話す機会なんざ、君みたいな特殊スキル持ちとしかないから興奮してんだよ
神々が勝手気ままにオレを煽ったり擁護したりする。まんまインターネットの再現で、ここ本当に異世界か? と一瞬錯覚するけれど、青すぎる空と木々の匂いですぐに現実に戻される。
オレは指を走らせると、本題に入った。
283:〈アバト〉:で、結局オレは何したらいいの?
そう。これだ。
オレは何をしたらいいのか。
オレの知っている転生者たちは魔王を倒すとか、没落貴族の子供に転生して成り上がるとか、まあなんか色々やってたな。さっき誰かが言ってたみたいに、日本の飯持ち込んで成り上がるとか。
返事はすぐについた。
284:〈ナヴィ〉:なにしてもいいよ
「なんでもいいって言われるのが一番困んだよ!」
思わず咆哮。厳しいって。
285:〈ナヴィ〉:そうは言っても ぼくたちの目的は娯楽だから このままここでスローライフしてくれてもいいし 大陸中に魔獣はいるからそれらを倒して回ってもいいし
そのスキルじゃどっちも無理だろうけど
ちょくちょく煽ってくるのはネット民の悲しき性か。
というかそうか、向こうはオレを監視してるわけだから、オレはわざわざ書き込まなくても喋れば伝わるのか。
286:〈ナヴィ〉:とはいえ、なにもなしじゃ困るだろうから 一応しばらくはチュートリアルしてあげるとして
……そろそろだね
きみのユニークスキルをいじりながら、丘からあっちの森に向かって降りるといい
一応、きみには良いタイミングと場所でスポーンさせてるから
「……それってどういう意味なんだ?」
287:〈ナヴィ〉:行けばわかる
「……」
装備はジャージ一式に、グミ一袋にヘッドフォン(バッテリー切れ)。
そこにプラスアルファで、説明不足の神共のクソスレが味方(?)に付いた。
「……こんな装備で大丈夫か?」
288:大丈夫だ、問題ない
289:関係ない 行け
290:〈ナヴィ〉:大丈夫だ 問題ない
「お前らに聞いてるわけねえだろ!」