2スレ目
目が覚めると高っかい石の天井が見えた。
首もとを動かすと、どうやらベッドに寝かされているらしい。
オレはばすっと首を枕にあずけ直すと、ぼそっと呟いた。
「知らない、天井だ――」
「さすが模範的ネット民だね、アバトくん」
ファッ!? と起き上がって声の方向を見ると、
滅茶苦茶な美人がいた。
いや、語彙力なくなるというか……目の前の相手をどう形容していいのか分からないって、こんな状況なんだな。
つややかな金の髪を肩くらいまで延ばしていて、目鼻立ちは神がかって端正。服は露出は少ないけど、ゆったりとした布から見える身体のラインはぞっとするほど美しい。どっちかというと女らしいっていうよりも、美術品みたいな印象を受ける。
「色々説明はしなきゃだけど、まずはついてきてくれる? アバトくん」
「……うっす」
のそのそと起き上がって、示されるままついていく。人に反抗しない生涯を歩んで来ました。なお画面越し除く。
部屋を出ると、そこは天国だった。
――比喩というより、まあイメージ通りの天国というか。雲の上にそり建つ城。その端っこの小っさい塔の上に、オレは居た。
PCのキーボード叩いてたら光に包まれてここにいた訳だけど――あ、夢だなコレ。
そう理解しながら、多分女神サマなんだろう。金髪美女に歩いて付いていく。
「随分落ち着いてるんだね?」
「異世界転生のための予習はしてるんで! 主にネット小説」
「へえ――期待通りだ。いいね」
日頃から明晰夢を見る方法とか、暇を持て余して怪しげなサイト巡回してたのが役に立つとは。夢の中で異世界転生とか、寝てる間も気持ちよくなれて一石二鳥っしょ!
「にしても、一回神サマから説明挟んでくれる形式ね。異世界直飛びバージョンも抜かりなく妄想してたけど」
「ふーん、説明なしで転生したらどうするの?」
「まずはステータス画面の確認、基本っすね。自分のチートボーナス把握しないと」
「そっかそっか。いいね、今回の世界はステータス画面ありだよ。君はもう確認できるようになってるはず。右手の指の人差し指と中指を揃えて振ってみて」
「おっ、なろうっぽいっすねえ」
テキトーに喋りながら、言われた通り右手の指を二本揃えて振る。
フォンっという音と共に、薄い青色のホログラムみたいな画面がオレの目の前に出現した。
アバト・ユウ
【ARBAT YU】age.16
職業:ニート
●スキル
・タイピング Lv.3
・ブレッティン・ボード・システム Lv.1
●魔法
・無し
なんだこのクソみたいな画面。
「あのー……魔法「無し」ってなってるんですケド」
「うん」
「職業『ニート』って……」
「事実じゃない?」
「……ッふー……スキル欄のタイピングってなんすか」
「君の持ってる能力の中でスキルとしてカウントできるの、PCのキーボード打つの速いくらいしかなかったんだ」
「無茶苦茶な悪口じゃねえか……というか、これって」
オレが青い板の上、一番気になっている『ブレッティン・ボード・システム Lv.1』を指さすと、女神様は一瞬固まった。ぷふーっと空気の漏れる音。アレ? こいつ今、笑いかけた?
「《Bulletin Board System》……略してBBS。ネット掲示板って意味だよ」
「……エ~?」
オレがちっちゃくてなんかかわいい奴みたいになっている間に、女神様は着いたよ、と言ってオレを塔の端に案内する。
向かいを見ると、そこで土台になっている雲も途切れていて、遥かな青空と虚空が広がっていた。
そのあまりもの現実感に、嫌な予感を持ちながら振り返ると、既にギャラリーは複数人集まっていて、思い思いの談笑を始めていた。
「今回のヤツは見ものらしいよ」
「ガチのネタスキルキターー!」
「転生オフ会これで第500回? さすが記念すべき内容のスキルだな」
「wktk」
「古くね?」
その全員が輝かんばかりのイケメンと美神。全員にやにやと、いやーな笑みを……例えるなら。
オレたちネット民が、ネットのおもちゃを見つけたときみたいな、最高の笑顔を。浮かべている。
金髪の女神サマはその一番前で、口の端をひくひく震えさせながら――告げた。
「転生者、アバトユウ。きみはこれから、剣と魔法の大陸、アークカイヴに転生する」
「きみのチートスキルは、誰でも使える仮想掲示板。きみが許可した全ての人が利用できるけど、誰かが書き込んだ内容の削除・改竄は一切できないよ」
「――ネット掲示板じゃねえか!」
後ろにはゲラゲラと笑う神々。目の前の女神サマはもう笑いをこらえようともしていない。頬を撫でる風、圧倒的な現実感。
夢ではないことを認識させてくれる、これ、ヤバくね? という絶望感。
「ま、詳しいことはきみの場合行ってから説明できるから。とりあえずの所は――行ってらっしゃい!」
アトラクションの掛け声かと言わんばかりの声と共に、身体が見覚えのある光に包まれ、びしゃーん! と激しく音がする。
うおおおーー! と声を上げる神々共を尻目に、オレは叫んだ。
「これでどうやって戦えばいいんだ!」