19スレ目
ダウナーに言われるがまま、オレとダウナー、そしてファルは、デルタの飛ばす馬車に乗ったまま街を出た。
ウェイゲートの北街門において、ファルはほとんど顔パスだった。かのロード商会のメイド長ともなると、色々と顔もきくらしい。そんな彼女に同行するオレのステータスボードは一瞥されただけでしっしと手を振られた。随分な扱いようだなオイ。
「で。どこに行こうってんだ?」
「ちょっとねえ……」
ごとんごとん揺れる馬車の中。
ファルは長い脚を折りたたんで、物憂げな顔で馬車から外を眺めている。美女がやると絵になるな。
その横に座るダウナーは手持無沙汰に、手元のオレの掲示板をつったかたったか文字を打ち込んでは消し打ち込んでは消ししている。
「……一応聞くが、書き込んではねえんだな?」
「『まだなにも書くな』って言ったのはアーバットでしょぉ~……」
考えをまとめるために文字にしてるだけだよ……と、ダウナーは気だるげな声のまま言う。
「文字にした方が頭スッキリするって、まー気持ちは分からなくはねえけども」
「これまで考えを起こすときは紙とペンが必須だったけど、これからはアーバットの掲示板があるから助かるよお~……」
「オレのチートスキルをメモ帳替わりにすんなよ」
そうこうしていると、馬車は街道を僅かに逸れ、森に入る一本道を走りだす。
「……お嬢様ァ~! メイド長! 着きましたよ~っと」
デルタの声に促され、オレは扉を押し開け外に出る。
「何もねえじゃねえか」
「ここからは道幅が狭く、茂みが出てくるから馬は通れないんすよ。歩きっす」
「お嬢様。私が背負います」
「ん~、悪いねぇ~……」
「お! メイド長! 不肖、私めがお嬢様をお担ぎする大役を――」
「触れるな」
「厳しいですね……」
馬に餌をやりながら、傍の木に繋ぐデルタをよそに、ファルはぐんぐんと上り坂をあがる。健脚だな。ラインのいいその形に、デルタが気を違える気持ちもまあ分からなくはない。
そんな坂を登りきると(オレは息があがりかけだったが、二人分の体重がかかっていたはずのファルは涼しい顔をしていた。もっとフィジカル系のスキルが欲しかったもんだ)一気に視界が開ける。
森の中、木々が開けた一角に、広い花畑が広がっていた。
「おお……」
思わず感嘆の声が漏れる。街道を走っていたときは、鬱蒼と茂る森の中にこんな一角があるなんて全く思えなかったが。光る画面に慣れた視界が、リアル感のある色彩にくらむ。
「ここ、ぼくらの母上が好きな場所だったんだぁ~……」
「だった?」
オレの問いには答えず、ダウナーは杖をファルから受け取ると、うんしょ、と力を込めて、花畑の中央、少し小高い丘になっている場所に向かった。
そこにあったのは丸く、ダウナーの半身程度の大きさの石だった。
というかまあ、いくらノンデリ極めた鈍感系ニートアバトさんでも流れ的に分かる。
それは墓石だった。
ダウナーはその近くにうずくまると目を閉じる。
ファルも近づいてくると、彼女に倣って、目を瞑る。
少し離れた場所で、オレはポケットに手を突っ込んだまま、石に刻まれた言葉を眺めていた。
『アン・ロード 299-328 R.I.P』
「……まだあんまり実感ないんだよねえ……」
「実感って?」
「やー。これが母上のお墓だっていうさぁ……」
「私も――奥様がこちらに眠られていると分かっていても。どこかで――」
二人はしばらく押し黙っていたが、しばらく経つとぱんぱんと足を払いながら立ち上がった。
オレは少し離れていたが、立ち上がったダウナーに声をかけた。
「もういいのか?」
「四日前にもあねきと来たしねぇ……」
「ああ。デルタがダウナー背負って逃亡した現場ってここなんだ」
背後で控える緑の御者の肩がびくりと震える。見なかったことにしてやろう。
「うん~……あの日は、まあなんというか、ぼくにとっても契機だったから」
「奥様が亡くなられてから、あの日でちょうど6年でしたからね」
――よくある話なんだろう。
慕っていた母親の命日。離れている父と親との距離。焦り。
普段ぼんやりしているように見える彼女も、色々考えて、色々間違えてんだろう。
オレが彼女を見つめていると、木々を揺らして風が吹いた。
ダウナーの短い銀の髪が大気に揺れる。
そのままダウナーは、花畑に座り込んで、地面に寝っ転がる。
花弁が空気を舞い、そして彼女は、楽しそうに笑いながらオレに叫んだ。
「アーバット! きみのスキル、世界中にばらまいてよ!」
「――――ま、言われずともそうするさ」
オレは、にやりと口角を上げる。
突然だな、とか、何を考えてんだ、とか。本来ならば言うべきなんだろうけれど。
自由に歩き回れない彼女にとって、暗く狭い部屋の中だろうと好き勝手暴れられるオレの仮想世界は、一種の――翼になれるかもしれない。
多少世界に影響あるだろうが、それでもいいさとオレは思った。
可愛い世話んなってる双子の片割れの願いだぜ?
安いもんさ、国の一本くらい。
ダウナーはいひひ、と悪戯っけに笑った。
「ぼくは、あねきに追いつきたい。でも、この脚じゃ……いまの、外出を前提としてる世界じゃやっていけない」
「そうなのかもな」
「ぼくにだって、他人と喋った経験は多くないけれど。その分、手紙は誰より多くしたためてきた自負がある。『タイピング』だって、あねきより先に発現した。ぼくだってあねきに負けはしないよぉ」
「……おお」
「アーバット。きみのスキルこそ、ぼくが、いや。この国の人間が求めてたものだ」
「いいね。乗ってやるよ」
オレは元いた――総情報世界を思い出す。
くだらなく、雑然とした情報まみれのあの世界。
暗く狭い部屋の中で、ひとりぼっちでも大暴れできたあのイカれた文明。
オレに与えらえた能力がそれだというなら、やってやろうじゃねえか通信革命。
オレはダウナ―に手を差し出す。
座り込んだ彼女は、もう一度おかしげに笑うと、オレの手をその小さな手でしっかりとつかんだ。