18スレ目
「つまり『タイピング』がスキルとして発現したのは昨日の夕方、と……」
「そうだよぉ……」
オレはダウナ―と共に、西日が強くさすウェイゲートの街を歩いていた。
今日は四日目の昼下がり。ダウナーに、『タイピング』スキルについて告げられてすぐ後に、彼女の願いのまま部屋から出たのだ。
ダウナーは可動椅子(日本でいう車椅子のようなもの)に座っているから、オレはそれを押しながら、荷車やらが行きかう町中を闊歩する。
ロード商会の本部と、ロード一家の屋敷があるのはウェイゲートの北区部分だった。
物流の都合を鑑みてか、ロード商会は街の門近くに居を構えているから、この近辺は旅人向けの酒屋やら、倉庫やらが雑多に立ち並んでいる。
オレが今間借りしてるのも、そんな倉庫のうちロード家の屋敷に近いうちのひとつだ。
街をゆく人々は(人々というか獣姿のヤツも混じってるけど)、オレのジャージ姿という奇妙ないでたちにちらりと目をやるが、しかしその興味はすぐにオレが押す車椅子の少女に向く。
美しい銀髪に、流石に対外的な都合があるのか、それなりにお嬢様らしい服装。ただでさえ目を引く上に、この世界でも銀髪はある程度珍しいらしく。
ちょうど通りの逆を歩く、人間の男三人組が、こちらを見てこそこそと話を始めるのが見えた。
「おい、あれ」
「お、可愛い女のコじゃん……いや、あれ、ロード商会の?」
「銀の髪だしな……アルパー・ロードか?」
「見たことあるけど雰囲気違えわ。噂の妹じゃね?」
「たしかに、深窓の令嬢感あるわ」
ダウナーはひそひそと噂する周囲の様子には注意を払わず、髪をぱっぱとはらった。
「アーバットはいつでも手が空いてるから、押してもらえてラッキーだよぉ……」
「まぁ働いてねぇからな……」
オレはあの後、ダウナーの指示するまま、街道を右に曲がったり左に曲がったりしていた。
ずっと引きこもっていたオレからすると、もう自分がどこをどう歩いているのか分からない。多分一人じゃもう帰れないな、これ……。
「どこに向かってんだ? これ」
「行けば分かるよぉ……」
「ちなアルパーとかディングさんには何も言わずに出てきてるよな。マジで大丈夫か?」
「こらぁ、アーバットぉ……ぼくらの倉庫にタダで住んでるんだから、ぼくの言うことは絶対でしょお……?」
「そういう意味で言うなら、オレのニート資金の出資元はディングパパだけどな」
オレのその言葉に、ダウナーは少しまつ毛を伏せ、それはぼくもだよぉ。と呟いた。
ぼくも、おやじとあねきに養ってもらってばっかだからねえ。
そう続いた言葉を、オレは聞き流しながら、無言で彼女の椅子を押し続けた。
――何を言っていいのか分からないのもあるけど。
シンプルにオレには、ダウナーのその悩みに口出しする権利がないと思った。
……日本の未成年者で、自分が親元に養われているって認識を持ってた奴がどれほどいたか。そしてオレも――色々と事情はあったが――その中の一人だったわけだし。
アルパーとダウナーはたまたま出会っただけの二人で、勝手にオレが首を突っ込んで勝手に世話になっている(こう書くとオレがクズのニートみたいに見えるが)けれど、オレは既にこの姉妹に好感を持っていた。
――いや決して、双子美少女両手に花を夢見ている訳ではない。決して違う。神に誓える。この流れ前もやったな?
「――おいなんだよあのガキ」
「な~んか親しそうだなァ……ケッ」
「ロード商会の娘とかよ。玉の輿か……あの嫌味な黒髪、覚えたぞ」
あと、背筋を射抜く複数の視線にビビったのもある。とっととずらかろうぜ、ダウナーさん……。
そうこうしているうちに、ダウナーが目的としていた場所についた。
「んあ? ここって……」
「そ。うち抱えの馬車小屋」
ダウナーを押して入ると。
「……お嬢様!? と……お、おまえは!」
「デルタじゃねえか」
さわやかに馬の世話を焼いていた緑服の女御者が、オレを見るなりひどい顔をする。
つい四日前、ファルにこってりと絞られたデルタだった。
ディングには、デルタはダウナーの望み通り動いていただけだ、と外面だけで伝えたから大して罰はなかったようだけれど。
マジでダウナーに手を出そうとしていたことがバレたら、ディングに消される……って、四日前は隅にうずくまっていた。
「馬車ぁ……出してくれるぅ……?」
「だ、ダウナー様ァ!? あたし今、ディング商会長に、二度と勝手にダウナー様連れ出すなって厳命受けてるんですけどォ……許可とかってェ」
「おやじには何も言ってないよお……でもお願い……」
「ムリムリムリ! ムリっすよ! 次は減給じゃ済まないって!」
減給はされたんだこいつ。……まあ、やらかした内容を考えれば残当か。
むしろ年下の女の子に手を出そうとしてこの程度で済んでるのは、これまでのある程度の勤続と尽力あってのものなんだろう。逆にオレみたいな部外者がこのやらかししてたら多分首ちょんぱじゃ済まなかっただろうな……
メイド長のファルの冷たい声と視線を思い返して背筋を震わせていると。
「――何か不名誉なご想像を感じますね」
「ファッ!? メイド長!?」
オレとデルタが同じ動きで扉の方に振り返る。
腕を組んで扉にもたれかかる、水色髪の長身――ファルが立っていた。
「ファルぅ……結局来てくれたんだぁ……」
「ええ……デルタ。私が許可します。車を出しなさい」
「マジっすか? 知りませんよどうなっても……」
デルタが渋々、奥に入っていくのを見届けながら、ファルもその後を歩く。
残ったダウナーは、首をつい、と上げると、後ろに立つオレに言った。
「行きたいとこがあるんだぁ……着いてきてくれるぅ……?」