10スレ目
御者の名前をポートからデルタに変更。
過去エピソードの名前も変更しております。
「ど……どうしたのぉ。デルタ」
ダウナーは、倉庫の入り口で立ちすくむ、緑の御者服の女、デルタに尋ねる。
異世界通信のタブは、右手を振ってすぐに消した。
――――まあ、隠す必要も、特にないんだけれど。
どうせ、途中から答えるのをやめていた所だ。
デルタは押し黙ったまま、後ろ手で倉庫の扉を閉め、鍵を閉じた。
その、見慣れた御者の見慣れない行動に、ダウナーは無意識に毛布を抱き寄せ、胸までを隠す。
「なんか言いなよぉ……デルタぁ?」
そのまま、緑服の御者はつかつかとダウナーのすぐ前まで近づいてくる。
自分より10cm以上背丈の高く、体格も良い女に詰め寄られたダウナーは、喉の奥からふえ、と微かに声を立てた。
「……なんか怖いよぉ、どったのお……」
「――――――ふ」
デルタが口の端から、息を漏らした。
「ふ、ふふ……」
「――――?」
デルタは笑みがこらえきれないかというように、身体を揺らす。
「―――ついに、ついにこのときが――お待たせしました、おじょうさま」
その愉快な様子に、やはり彼女も、ぼくには居なくなってほしかったんだなと心を棘が刺す。
「うん。ここまでありがとねぇ。あとは適当な街で降ろしてくれれば……」
「ええ。どこまででもお供しますよ」
「? なにがぁ……?」
「……は?」
デルタが放心したように口をあんぐりと開ける。
ダウナーも、きょとんとした顔で尋ねる。
「デルタも――ぼくに嫌気がさして、どっか遠いとこに放り出したかったんじゃあ……なかったのぉ」
「私が? まさか! 私はずっとお嬢様ひとすじですよ……」
そう言うデルタの視線が、つ、とぼくの目線から離れ――ぼくの毛布に向く。
ぼくは――まさか、と思いながらひくひくと頬の端を震わせる。
「……あれれ~……デルタぁ、きみ、もしかしてそっち……?」
「ふ、ふふふ……お、お嬢様の可憐な御足が、ようやく私の前に……」
ダウナーはようやく理解した。
数年の間、自分たちに仕えていた女御者が、
―――いわゆるHENTAIに類するものであったということ!
そういえば、馬車から降りて自室に入るとき、よく恭しくぼくの靴受け取ってたけど! なんかやけに丁寧だなとは思ったけどさあ!
「ずっと、ずっとお嬢様の脚を眺め回したいと思っていました……人目をはばからず」
「ひい~……デルタ、きみ拗らせすぎだろぉ~……」
ダウナーは毛布を握りしめ、座り込んだまま壁をじりじりと移動する。
デルタは恭しく、毛布の端をめくるとうっとりとした目でダウナーの脚を眺めた。
「薄い血色――しかしてこの陶器の様な白さ。お嬢様は自らの足を嫌っているようですが、誇れ、そなたは美しい――」
「解説するな! ソムリエみたいにぃ!」
デルタはちょっと失礼、と云うと毛布からダウナーの脚に触れようとする。
「や……ぁだ!」
「ふ、ふふひっひ……ふひひ、お嬢さん、いいじゃあんちょっと舐めるように見るくらい……」
「いいわけないだろお……!」
ダウナーは涙目で、デルタの顔を、動かない右足と違い、ある程度動く左足でげしげしと蹴る。
デルタは陶然とした顔で言った。
「おみ足ィ……」
「こ……このへんたいっ」
「われわれの業界ではご褒美ですッ!」
「へんたい! こんなことして恥ずかしくないかぁ……!?」
「ヘンタイじゃない! 仮にヘンタイだとしても、ヘンタイという名の紳士だ!」
「紳士って! きみ女性だろぉ!」
……目頭が熱くなる。
初めて、こういうことになった――他人と二人きりになれば、こういうことになるかもしれなかったのに、そんなことをほとんど考えてもみなかった自分に、嫌気がさしたのもある。
自分が護られていた、ということを改めて突き付けられることは悔しい。
――そして、何より嫌なのは――
こんな時になっても、誰か助けて、という言葉が喉の奥につっかかる自分だ。
その瞬間だった。
「――開けろォ! デトロイト市警だ!」
突然響いた声に、デルタがぽかんと口を開ける。おそらく自分も似たような顔をしていただろう。
「……くそ、恰好つかねえな。開けろォ! デトロイト市警だッッ!」
そんな意味不明な言葉とともに、デルタがカギをかけていた倉庫の扉がどーん、と軋んだ。
「ぬ、ぬァんだぁーーー!?」
デルタが驚きから、突然立ち上がろうとして、毛布の端に足をひっかけすっころぶ。
そのままダウナーの脚を越え、へぶ、と真横の床に顔から突っ込んだ。
あ、痛そう。そんなことをぼんやりと考えているうちに、扉を叩く音は激しくなっていき。
「無駄ァ!」
実に愉快そうに叫ぶ声と共に。
どぎゃーん。と音を立てて、扉が内向きに倒れて来た。
「ちょ、ちょっとアーバット!? ファル! 大丈夫……!?」
「ダウナー様がいらっしゃるのであれば、この程度……」
「よっしゃあー! 突入―!」
「め、メイド長の声!? てかなんでここが……!」
鼻を抑えたままの、デルタのその言葉に、あ、とダウナーは思う。
さっきまでの掲示板。
姉に、無事だけは伝えておこうと、惰性で答え続けたあの返事に――
いや――まさか、本当にアレだけで?
「ほ……ホントに……?」
毛布を胸まで上げていた銀髪の少女は、呆気にとられて倉庫の入り口を見る。
街灯の光が目を刺し、暗かった倉庫に慣れていた視界が一気に白くなる。
微かな視界に――青いウィンドウを握り、扉に立つ、一人の少年の姿が映った。