第8話 大臣
そこで、扉のノック音が聞こえた。どうぞ、と声をかけると、サラ姫だった。
凜とした表情が常の彼女だが、今は笑みを浮かべている。
「やったじゃない!」
「ああ。大成功だ」
どうやら、サラ姫は部屋を出てからも一部始終を聞いていたようだ。大臣の部屋の扉に、耳でも当てていたのだろうか。とにかく、第一歩は踏み出せた。誰かに聞かれてはまずいので、小声で会話を続ける。
「フフ、久しぶりにスカッとしたわ。偉そうだったから、いい気味よ」
「それにしても、大臣が王様の失脚を望んでいたなんて、驚いたよ」
「そうね。完全に王様派だと思っていたから、これは前進だわ」
そう、そこは間違いなく前進なのだ。上手くいけば、味方に引き込めるかもしれないのだから。
それに、お化けとして脅しているから、サラ姫が王となった後でも、きちんと汚職や公金の無駄遣いなどもせずに働いてもくれるだろう。
「他にも、あなたに無礼を働く者がいるかもしれない。正直、あなたの能力って凄く便利だから、利用しようとする者が出ても無理ないわ。でも、そういった人たちとは一緒に戦いつつ、お父様を失脚させましょうね」
そう言って、ウインクをしてきたので、思わず胸が高鳴った。だが、協力関係にある以上、これからも顔を合わせるのだろう。その度にいちいちドキドキしていてはいけない。
平常心だ。サラ姫とは、落ち着いて話ができるようにならないと。頑張ろう。
と、そこまで話したところで、ノックの音が聞こえてくる。
「どなたですか?」
「わ、私だ。ソンブロンだ」
答えると、扉の向こうから聞こえてきたのはソンブロン大臣の声だった。一体、何の用だろう。サラ姫と目を合わせると、サラ姫は頷いて、入れて良いと合図を下さった。
「入って大丈夫ですよ、どうぞ」
答えると、ゆっくりと大臣が部屋に入ってきた。彼はサラ姫が俺の部屋にいるのを見て、目を丸くする。
「あ、あの、姫様? こちらにはどのような――」
「助けられたのだから、改めてお礼を述べていたのよ。あなたは?」
咄嗟の嘘が上手い。ソンブロン大臣はサラ姫の問いかけに、「ええと、その」と気を揉み始める。
「言い辛いことなら、小声で話しなさい。ついでに、私は聞かなかったことにしてあげるわ」
俺も、能力を使って、言葉の真偽を確かめられるようにしておいた方が良さそうだ。心の準備をして、相手の言葉を待つ。
「か、鏑木様。お願いがありまして、ここに来ました」
「お願いですか?」
「どうか、王様を失脚させて頂きたいのです」
「え!?」
これは驚いた。まさか、向こうからその提案をしてくるなんて。
流石にお化けのことは言えないからか、こうしてお願いという形できたようだ。言葉に嘘はない。本当に失脚させたがっている。
「姫様には、もしかしたら反対されるかもしれません。ですが、もう私としては、王の扱いには耐えきれないのです」
サラ姫がこちらに目配せしてきた。俺は、嘘はついてないよ、というつもりで頷き返す。
すると、サラ姫も笑顔を浮かべて大臣を見た。
「大丈夫ですよ、ソンブロン大臣。私も実は、その話をこの方としていたのです」
「え!? そうなのですか?」
流石に、これには驚いたようだ。それもそのはず、幽霊を演じていたときには、サラ姫のことは伏せておいたのだから。
何故なら、大臣が王様に俺が王様を失脚させたがっていると告げ口する可能性を考えて、そのときにサラ姫が危なくならないようにしておく必要があると考えていたからだ。
その必要もなくなったと分かり、俺は大臣に問いかける。
「ソンブロン大臣。いざというときは、味方になってくれますか?」
「ええ、ええ! もちろんです」
「それなら、断る理由はありません。ただ、その後のことも約束してほしい」
「と、言いますと?」
「サラ姫が王を継いだときのことです。そのときに、しっかりとサラ姫を支えて欲しい。そこまで約束してくれますか?」
「分かりました。私の大臣生命にかけて、必ずや姫様を支えてみせます」
それにどれほどの価値があるのかは分からないが、嘘は言っていない。それははっきりと分かるので、安心して良いだろう。
「じゃあ、何かあったらお願いします」
「分かりました。それでは、失礼いたします」
大臣が部屋から出て行った。そして、部屋に戻っていく足音を聞き届けてから、小声で再び会話を始める。
「トントン拍子で、ちょっと怖いくらいだね」
「ええ。でも、あなたのお陰よ。私にできることがあったら、また何でも言ってね」
「分かった。じゃあ、ちょっとルー爺にお礼を言ってくるよ」
「そう。それなら、私も今日は部屋に戻るわ。またね」
「うん。また会おう」
サラ姫も出て行った。俺も、ルー爺のところへ行く。
「おお、戻ったか。どうじゃった?」
「上手くいきました。ルー爺がいてくれたお陰です」
「何を言う。お前さんの才能があってこそ、じゃろうて」
言いながら、悪い気はしていないようだった。
「ああ、そうじゃ。これを持って行け」
「なんですか?」
ルー爺はそう言って、魔法の本と、金貨の入った袋を渡してくれた。
「これは――」
「お主を呼び出したのは、ワシじゃからの。ひとまず、最低限のお金と魔法が書かれた本じゃ。他にも何かあれば、遠慮なく頼るのじゃぞ? いいな?」
その言葉に、胸が温かくなった。ルー爺からすればパワハラ相手にどうしようもなくなって俺を呼んだだけであるはずなのに。
「ありがとうございます、ルー爺。これからもよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。よろしく頼む。もう、今日は休みなさい」
「はい。そうします」
言われたとおり、今日はもう、部屋に帰って明日を待った。