第5話 姫様
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「待たせたな、一段落したぞ」
少しの間、辺りを見渡していたら、ルー爺の声が聞こえてきた。立ち上がって、ルー爺を迎える。
「これからどうするんですか?」
「まず、クリストル王に報告せねばならん。念を押すが、くれぐれも粗相をせんように気をつけてくれ」
「分かりました」
来た道を戻り、城に戻る。謁見の間にて、再び片膝を付いて礼を示した。
「よく帰ったな。サラを助けてくれて礼を言うぞ、鏑木よ」
重々しく平坦な雰囲気で喋っており、機嫌が良いのかどうか分からない。少なくとも、歓迎する気を表に出すつもりはないようだった。姫を助けてあげたのに。
「その異世界人が役に立つ奴で良かったな、ルーマンよ。お前の首は繋がった」
「は! それに関してはとても嬉しく思っております」
一々、言葉の中に嫌みを入れないと気が済まないのだろうか。ここまでくると、逆に凄い気がしてくる。
「鏑木よ。今回の件の報酬として、お前には公爵の位を与える。ルーマンよりは役に立ちそうだからな」
公爵というと、爵位の中で一番上の位じゃないか。本当に最高の地位をもらえたが、まさかとは思うが、直接俺を利用して何かをさせるつもりなのだろうか。ちょっと調べたことがあるけど、公爵って地方の管理とかするんだろ? やだよ俺、この王の下で地方の管理なんてするの。
「とはいえ、いきなり公爵としての仕事をするのは厳しかろう。しばらくは、この王宮で過ごすといい。ククク」
あ、もう裏を隠すつもりがない笑いしてる。思いきり俺を利用する気満々だこいつ。イラつくな。
「さて、もう用はない。下がって良いぞ。鏑木の部屋はメイドが案内する」
「は!」
「……はい」
辛うじて返事をして、立ち上がる。謁見の間から出ると、早速メイドが現れて、「お部屋にご案内いたします」と申し出てくれた。
そのとき、ルー爺が耳打ちするくらいの小声で声をかけてきた。
「まあ、元気出せ。いつでも相談に乗るからの」
その言葉はありがたかった。今のところ、ルー爺はこの世界において唯一の味方だ。
一旦、ルー爺とは別れて部屋に向かう。何階建てかは分からないが、部屋は4階にあるようだ。いくつか他にも部屋があるようだが、そのうちの一室に案内される。
「こちらが、鏑木様のお部屋になります。お食事は、マナーが身につくまではこちらでお取り下さい。入浴に関しては、後ほどご案内をさせていただきます。服はそちらのチェストからお選び下さい。その他、質問はございますか?」
礼儀ができるまで部屋で食事をとらせてくれるのは、彼女たちの優しさなんだろうな。王様がああいう感じだもんな。
それはさておき、質問をいくつかしておきたいので、質問をする。
「あ、じゃあ気になってたんだけどさ。俺って魔法とか使えるのかな」
「それは、ルーマン様にお聞きになられた方がよろしいかと思います」
「分かりました。あとは、そうだな。こっちの世界には魔物とかっているのかな」
「おりますよ。くれぐれも、魔物や魔人にはお気をつけ下さい」
「魔人?」
「魔法を悪用する者たちのことです。関わり合いにならないのが一番ですから」
「なるほど」
「他には、何かございますか?」
「そうだなぁ。じゃあ、この辺りのことについて教えて下さい」
「分かりました。ここサーペル地方には、4つの王国が存在します。ここルースネッタ、隣国のクーゲルン、あとはローヌとリフィスですね。それぞれ、魔王を倒した4人の勇者たちが建国した国になります」
「魔王がいたんですね」
「ええ。もう、700年も前のことになるそうです。それからは、4国で同盟を結んで、魔物とのいざこざに対応しております。たまに国家間での争いはあったみたいですが、少なくともここ百年は起きておりませんね。ご安心してもよいかと思います」
「分かった、ありがとう。もう大丈夫」
「分かりました。また、何かご用がありましたら何なりとお申し付け下さい。それでは、失礼いたします」
メイドは礼をして部屋を出て行った。
誰も居なくなったので、チェストを開ける。その中から、金糸の刺繍がされている緑色のチュニックと茶色のズボンを選んで着た。それから少し体を動かす。
そしてトイレに行きたくなったので、メイドを呼んでトイレの場所を教えて貰い用を足した。部屋に戻ろうと扉に手をかけると、傍から声が聞こえてくる。
「なるほど。姫様は、あの異世界人の能力があったから、こうして助け出されたのですか」
どうやら、サラ姫と誰か男の人が話をしているようだ。どんな話をしているのか気になったので、バレないように耳を澄ませる。
「ええ。だから、何かお礼をしたいのよ」
「とんでもない! もう公爵という地位をあいつは授かっております。それよりも、これからあの男をどう利用するか。重要なのはそこですぞ? サラ姫?」
うわ、王様以外にも俺を利用しようと考えている奴がいるのかよ。その事実に嫌な気持ちを覚える。
「利用なんてことを考えないで! 人間は道具じゃありませんのよ!?」
対してのサラ姫の言い分に、自然と笑みが浮かんだ。良かった、姫様はまともだった。
「姫様、そんな甘いことばかり言っていると、やっていけませんぞ?」
「見ず知らずの私を助けて下さった者に不義を示さないとやっていけないのなら、そんな国滅んでしまえばいいですわ。失礼します」
そう言って、サラ姫はカツカツと音を立てながら歩き、扉を開けた。そこで、俺と目が合う。
まずい。思ったよりサラ姫が出てくるのが早くて、隠れきれなかった。盗み聞きしていたのがバレた。
サラ姫はそのまま俺の方に歩き出す。近い、近い!
「ちょっとお邪魔させて頂けますか?」
「あ、はい」
そう言われたので、そのまま招き入れる。気になる女性を自室に招き入れるなんて初めてだ。動悸がしてきた。
扉を閉めて向き合う。するとサラ姫は頭を下げてくれた。
「お聞き苦しい会話を聞かせてしまい、申し訳ありません。鏑木様」
「い、いえ。姫様が謝ることではないと思います」
悪いのは、俺を利用しようと提案を持ちかけている大臣の方だ。そう思っての返答だったが、姫様は曲がらなかった。
「いいえ、私が謝らなければなりません。お父様が暴君であるが故、あのような考え方が城の者の一部に、確かに芽生えてしまっている現状を、身内として正せておりませんもの」
どうやったら、あの父親からこのようにできた娘が産まれたのだろう。母親が人格者なのだろうか。
顔を伏せてしまっているサラ姫を前にして、俺は何を言えばいいだろう。
「全力を挙げて、あなたへの無礼が行われなくなるよう、取りはからわせていただきます」
「ど、どうやって?」
「お父様を失脚させて、私が王になります。考えはまだありませんが、必ずや」
強い決心を感じる目だった。ただでさえ目力を感じる凜とした目つきだったが、その内側に、断固たる意志がある。そのことが、能力で分かった。
「でも、俺のためだけに、そんなことまでさせるわけには」
「いえ、前々から考えてはいたのです。このままでいいのかと。なので、ご心配されることはありません。元々やろうと思っていたことをやる決心が改めてついただけ、ですわ」
やはり、良い人だなと思った。
それを見て、俺は決めた。
「じゃあそれ、俺にも手伝わせていただけませんか?」
「え?」
流石に予想外だったらしく、一瞬だが、きょとんとした顔になった。かわいい。
だが、すぐに調子を取り戻そうとしゃべり出す。
「な、なりません。貴方様にそのようなことを手伝わせる訳には――」
「もう公爵の位を与えられちゃったから、他人事じゃないんだ。それに、今の王様の下で働くくらいなら、今の王様を失脚させて、あなたの下で働かせていただきたいと思っているんです。だから、お手伝いさせて下さい」
本心からの言葉だった。せっかく人生をやり直せるというのに、パワハラ親父の世話になるなんて、まっぴらごめんだ。
それを感じ取ってくれたのか、サラ姫は優しい顔つきになって言う。
「分かりました。正直なところ、心強いですわ。よろしくお願いいたしますね」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
王の失脚を目指して、二人で握手を交わした。