第26話 いざというとき
「は、はい……」
頷いて、トレイに毒入りワインを乗せて歩き始める。
わ、私はどうすればいいのだ。
以前、鏑木様が王様を失脚させる手段を考えていると聞いたときは、安心したものだった。
あの状況から姫様を助け出す能力をお持ちの方なら、何とかなるだろうと。
しかし、その何とかなる前に、王様は鏑木様を追い出そうと画策し始めた。
これではいつまでも王様の傀儡として生きる人生になってしまう。
そ、そんなのは流石に嫌だ。
しかし、どうやってこの状況を逆転すればいいのだ。
「いざというときは、味方になってくれますか?」
そこで、そう約束したことを思い出す。
どう考えても、今がその「いざというとき」ではないのか。
この状況を、どうにか利用できなければならない。
鏑木様とサラ姫を味方につけて、この状況を打破しなければならない。
どうやって?
一体、どうやって?
考えても答えが出ないまま、パーティー会場に辿り着く。
「あ……」
「ほれ、行ってこい」
後ろから付いてきていた王が、小声で私を急かした。
何か言いたかった。言いたかったが、すぐに前に出て行かれて、パーティーの参加者と挨拶を交わす。
私の元にも何名かの参加者が来られた。い、今来るな。やめろ。
挨拶をほどほどに済ませて、鏑木様を見つける。
いた。鏑木様も、こっちに気付かれたようだ。同時に、険しい顔をなされる。
見て理解したのだろう。今、私が置かれている状況と、このワインに毒が入っていることを。
渡した後相談したい。だが、会話をすることすら、我が王は許しては下さらないだろう。少しでも怪しい動きをすれば、私の立場も私の家族も危うくなってしまう。
――それなら、もう、いっそ。
賭けに出るしか、ない!
「皆さん!」
◆
ソンブロン大臣が叫び始める。
何を言うつもりなのか、俺にはもう分かっている。だが、しかし。
とめるべきか? いや、もう――。
「私は王様に、毒入りワインを渡されました!」
その声と同時に、周りが驚きのあまり口を覆ったり、一歩後ずさったりと、様々な反応を示した。
「ど、どういうことですか?」
「毒入りワインって、王様が?」
動揺の声も聞こえる。その中、大臣は続ける。
「あの鏑木殿を毒殺しろと、王様が命令を下してきたんです! 助けて下さい!」
「そんな――」
その大臣の告白に、サラ姫が怒りで震えだした。
帰ってきていたセリナは、確認するようにこちらに問いかけてくる。
「本当なのですか? ご主人様」
「ああ、本当だ。俺に毒を飲ませろって、あの王様がソンブロン大臣にワインを渡したんだ」
「ちょっと、お父様!」
サラ姫がクリストル王の元に行って怒鳴りつける。
「部下に人殺しを命じるなんて、どこまで愚かな人なの!? 信じられないわ!」
「何の話だ?」
だが、対してクリストル王はまるで効いた感じを見せていない。それに違和感を覚えながらも、サラは続ける。
「何よ! 大臣がそう言ったじゃない! 貴方に鏑木くんを殺すように頼まれたって!」
「違うな、サラよ」
「何ですって?」
フフ、と軽く笑みを浮かべて王は言う。
「愚かにも大臣は、自分で毒を盛り、その罪を私になすりつけようとしているのだ」
「な――」
その反論に、サラ姫は言葉を失った。それをいいことに、クリストル王は続ける。
「私が毒を盛った? 何を言っているのか分からんな。全く恐ろしい奴だな大臣は。そのような嘘をついてまで私を失脚させたがるとは」
「嘘ではない! 嘘ではないぞ!」
そこで、大臣は慌てだした。信じてくれ! という気持ちがこもった声が出ている。だが、どちらを信じていいのか、パーティーに来ている人たちには分からない。そんな時だった。
「その通りだ。嘘ではない」
不意に、セリナがそう言い出した。助け船を得て息を飲むソンブロン大臣と、目をピクリと反応させたクリストル王が、同時にセリナの方を見る。その上で、彼女は続けた。
「私は、さっき席を離れたときに間違いなく見た。クリストル王がそのワインをソンブロン大臣に渡したのを」
「本当か!」
「デタラメを言うな!」
「デタラメではない」
大臣は安堵し、王様は激昂する。セリナの一言で状況が変わった。変わった今、やはり欲しいのは決定的な証拠ということになる。
「おいおい」
「誰が本当のことを言っているんだ?」
パーティーに来ている人たちは、証言だけが増える状況に、頭を悩ませるばかり。
「こりゃあいかんな」
この状況を見て、ルーデン国王は立ち上がった。そして、手元に部下を呼び寄せつつ言う。
「ここは、私と私の部下たちが引き受けよう」
「ルーデン国王!?」
「……な、何をするつもりだ」
パーティーの参加者はルーデン国王の参戦に驚き、クリストル王は意図を計りかねていそうだった。
その中で、ただ一人落ち着いて、ルーデン国王は話し始める。
「あなたの言葉だけなら、クリストル国王。大臣の方が疑わしかったでしょうが、残念ながら目撃したという少女がおられる。ここは、第三者たる我々が間に入って調査をするというのが、よき案かと思います」
「そ、それは――」
「毒入りの容器を見つけ次第、フータッチの魔法を使いましょう。そうすれば、その容器を過去に誰が触ったのかが分かる。あなたが無実であるならば、心配なされず、ドーンと構えておいて下さい」
そこまで言って、部下にテキパキと指示を出した。彼の部下たちも、サッサと動き始める。
ただ一人、クリストル王の表情だけが、歪み始めていた。




