第2話 ルースネッタ国王
「ところで、名前が先に来ますか? 姓が先に来ますか?」
「名前が先じゃ。間違えない方がよいぞ」
「分かりました。それで、何を手伝えばいいんですか?」
「それは――」
「ルーマン殿! 王がお呼びです!」
その兵士の言葉に、ルー爺はビクッと反応した。どうしたのだろう。そんなに驚くことだろうか。
「分かった、今行く!」
兵士に対して反応しながら、ルー爺は息をつく。何やら、嫌そうだ。
「すまんが、一緒に来てくれんか?」
「? はい」
兵士が去って行った方向と、同じ方へとルー爺が歩いて行く。それに付いていく。荘厳な雰囲気の廊下を歩いていると、なんだか背筋を伸ばしたくなった。目的地に辿り着くまでの間に、ルー爺が耳打ちをする。
「今から、クリストル王と謁見をする。ただ、くれぐれも粗相をせんようにしてほしい。礼儀が分からないなら、ひとまずワシの真似をするんじゃ。無事を保証できない」
「物騒ですね」
いきなりな話に、何が出てくるのか不安になりながら、廊下を歩く。
謁見の間に着くと、そこには大勢の騎士が並んで立っていた。まるで王の威厳を自分たち込みで示そうとしているようで、整列には一部の乱れもない。
試しに騎士たちを目で見てみると、それぞれの騎士の名前が頭の中に入ってくる。だが、今はそれが重要ではないので、スルーしようと思った。すると、頭の中に情報が入ってこなくなる。どうやら、意識的に、この能力のオンとオフは切り替えられるようだ。
それを確認しつつ、今度は玉座に座っている王を見てみる。思ったよりも若そうだが、いかつい顔立ちをしている。黒髪は短めで、王冠を被っていた。青色を基本とした服を着ており、赤い豪華そうなマントを羽織っている。肘掛けに肘をつき、頬杖をしている辺り、だるそうな感じが出ていた。
そして、王の情報が頭の中に入ってきた。名前はマイヤー・クリストル・ルースネッタ。年齢は35歳。ルースネッタ王国の国王で、パワハラの常習犯。礼儀のなってない者を処刑した経験あり。
--って、パワハラの常習犯? 礼儀のなってない者を処刑? そんなのが王様なのかここは。
いきなり平和のへの字もなさそうな相手の登場に、思わず眉をひそめたくなったが、粗相をすると無事を保証できないと言われているので、我慢をする。
そのルー爺は、王の御前まで行くと、片膝をついて頭を低くした。俺もそれに習った姿勢を作り、見かけだけは敬意を示す。
その一部始終を見ていたクリストル王は、鼻をフンと鳴らした。
「どうやら、異世界人にしては最低限の礼儀はできるようだな」
ーーいきなりの挨拶がそれか? 下を向きながら、眉根を寄せる。
だが、機嫌を損ねただけで、せっかくの第二の人生を終わらせられるのはたまったものじゃない。今はとにかく、礼を尽くさなければ。
「お褒めに預かり、光栄です」
「我が名はマイヤー・クリストル・ルースネッタ。クリストル王と呼ぶがよい。さて--」
自己紹介の後に、嘲笑が入り交じった。
「異世界人を呼べて、ひとまず首が繋がったな? ルーマンよ」
「はい。まこと、ありがたきことでございます」
異世界人を呼べて首が繋がった? まさか、俺を召喚できなかったら死刑になっていたのか?
それで、あんなに喜んでいたのか。合点がいったと同時に、ルー爺に同情の念が起こる。
「それで、お前。名前は何と言う?」
「琉也・鏑木です」
「何ができる?」
「目で見れば、相手のことが分かります」
「ほう? それは面白い」
クリストル王は頬杖を付いていた手を肘掛けに落とし、斜めに構えていた姿勢を真っ直ぐにした。どうやら、興味を示したようだ。興味なんて持ってほしくないけどな。嫌だな。
「試しにワシを見てみろ。何が分かる?」
ひとまず、言われたとおりにする。とりあえず、何か困っていることがないか、と心の中で聞いてみた。すると、答えが頭の中に入ってくる。
「お姫様が人質にされて、困っていますね」
「うむ、その通りだ。それは、ルーマンから聞いたのか?」
いきなり疑い出すか! 少しイライラしてきた。
それを察したのか、ルー爺が先に声を出す。
「いいえ、王様。私の方からはそのことについては言っておりません」
「ほう、そうか。試しに他にも言ってみろ」
バレないように、鼻で深呼吸をして心を落ち着かせる。どうやら、ルー爺が知っていない、教えられないことじゃないと納得しないらしい。それなら、と思いいくらか心の中で質問を思い浮かべながらクリストル王を見る。
「得意なことは意見を通すこと。趣味は人を眺めること。イリス様を溺愛している。合ってますか?」
「ほほお」
ようやく、クリストル王は感心したようだった。
「流石に、それらはルーマンから聞く理由がなかろうし、まあ、信用してもよいか」
上から目線で評価を下す。王様だから偉い、とでも思っていそうだな。偉いかどうかはその人間の質で決まるというのに。
「さて、ルーマン。そやつを使って、見事、サラを助けてみせよ。できなかったら、分かっておるな?」
「はい。もちろんでございます」
「ならばよい。下がって良いぞ」
その言葉を聞いて、ルーマンは立ち上がる。それに習って立ち上がり、去るついでに騎士たちが王をどう思っているのかを見てみた。
ある者は、「あーあ、また王様の無茶ぶりが始まったよ」と思い、ある者は、「こんな王様だと知っていたら兵士に志願しなかったなぁ」と思っている。思った通りというべきか、クリストル王の評価は高くないようだ。
これは、俺としても長くあの王の元にはいたくないな。
ひとまず、謁見の間を出て、そのまま一直線に外へと出る。そこで、ようやくルー爺が口を聞いてくれた。
「お主、よく約束を守ってくれた! 礼を言うぞ」
「そんなに神経を尖らせないとダメなんですか?」
「どこでプッツンするのかワシもよく分からんのだ。無事に終えられて良かった、良かった」
おいおい、と突っ込みたくなる。
その後、思い出したかのようにこちらを見る。
「あ、それと、今回は良かったが、あまりその能力の使いどころを誤らん方がいいと思うぞ」
「どういうことですか?」
「余計な敵を作りかねないからじゃ。結局のところ、見えているからと言っても、証拠がなければお主が勝手に言っているだけ、にすぎん。基本的には、うやむやに躱されて終わるのが関の山じゃろう。どうしても説得力を作りたいなら、証拠を揃える能力や、言っても大丈夫な状況を作るか利用するかする能力が必要じゃと、ワシは思う」
「なるほど」
正直なところ、そこまでは考えていなかった。言葉には責任が伴う、という言葉もあるし、ルー爺の言葉にも説得力がある。あまり、相手の中身が読めても、無闇にそれを喋るところまではいかない方が良さそうだ。
「約束してくれるか? 無闇には使わないと」
「分かったよ。使う前に相談するよ、ルー爺」