第19話 選抜大会前日<4>
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早速、三人で訓練場の隅を使わせてもらうことにした。騎士の上官に魔法の練習がしたいと説明したら、こころよく受け入れてくれた。
さて、練習と言うがいわばこういう流れのようだ。ルー爺が持ってきた多くの本から、セリナや俺が使えそうな魔法を選んでいく。それが発現できるかどうかを、どんどん試していく。そういう流れで、とにかく魔法をどんどん吸収していくのが今日の狙いだ。
「セリナ、これなんてどうじゃ? フィジカルアップ。身体能力を上げられる魔法じゃ」
「やってみる。実際に言わなくても、頭の中で名前を思い浮かべるだけでもよかったよね?」
「そうじゃ」
マリナは早速、フィジカルアップを試して、訓練用の人形を木剣で叩いてみることにしたらしい。剣を構えて、そのままジッと人形を見る。
そして、走り出す。さっき男に見せた胴打ちのときよりも、ずっと素早く訓練用の人形までたどり着き、木剣を華麗に叩き込んだ。
「おおっ!」
一連の動作が無駄なく洗練されていたので、思わず口から感嘆の声が出た。流石、と言うべきか。今までかなり訓練を積んだに違いない。
ルー爺も驚きを隠せないようだ。
「セ、セリナ。お前、いきなり素早くなったわりに、えらくピッタリに斬れたのう」
「そこはもう、勘で調整して叩けばいけたよ!」
どうやら、かなり感覚派のようだ。それくらい鍛えたのだろう。才能もあるし、天才の類かもしれない。
「じゃ、次はアンタね」
「うん」
だが、念じても素早くならない。
「ええ? ダメなのか……」
正直、がっかりだ。失敗がすぐに分かったので、「ダメみたい」と言ってルー爺の元に行った。
「ふむ、そうか。そういえば、お主はファイアーボールが使えたな?」
「はい」
「それなら、お主が使えるのはこっちかもしれん」
そう言って、パラパラとページをめくった先にあった魔法は、バーニングだった。
「バーニングとは、お主の体に熱を付与し、ついでに身体能力も上げてくれる魔法じゃ。身体能力アップの質はフィジカルアップには劣るが、お主の体に触れた相手は火傷をするかのごとき熱さを体験すると言われておる」
「それだけの熱を纏って、俺は何ともないんですか?」
「心配はいらん。そこは魔法じゃ。お主の体に大きな影響はない」
「そうなんですね」
これに関しては、理解の範疇を超えていると思ったので、深く突っ込まないことにした。
とりあえず、今度は心の中でバーニングを唱えてみる。
「――おお!」
すると、今までの中で一番、体が軽くなったような感じがしてきた。試しに走っていって人形を木剣で叩いてみると、今までの中で一番速く走れたし、強く人形を叩くこともできた。
思わず、ルー爺の方を見る。すると、納得するように頷いていた。
「やはりな。お主、炎系統の魔法には強い適性があるようじゃの。そこを中心に、今後は魔法を選んでみれば良かろう」
「分かったよ、ルー爺」
そこからは、交代で魔法が使えるかどうかを確認し合った。セリナは魔法を使うのが楽しくなり始めたのか、自分で本を漁り、自分から魔法を使うようになっていく。その度に、ルー爺は「なんでその質でその魔法が使えるんじゃ?」と驚いていたが、そこは感覚派らしく、ルー爺を唸らせていた。
そろそろ夕方か。そんなくらいになりかけた頃、セリナは言った。
「ねぇ、模擬戦しようよ。鏑木君」
「え、俺と? どうして?」
そこいらで訓練している兵士とではダメなのだろうか。そう思ったのを察してか、悩むように言う。
「それはね、君がバーニングを使えるからかな。多分君は剣を握ったことはないだろうけど、反応速度とか、走る速さとかはバーニングを使えるってだけで兵士たちより上だと思うんだよね。だからお願いしたいんだけど。ダメかな?」
「……まあ、俺も試したいから、断る理由はないよ」
「ホント!? やった!」
おお、なんだか純粋に喜んでもらえた気がする。そうなると、期待を裏切る訳にはいかない。能力を使って――。
「あ、でも能力を使うのは無し。見れば分かるってことは、先読みもできるってことでしょ? 普通にお願いね」
「あ、はい。分かりました」
読まれてしまった。まあ、普通にやるだけで期待に応えられるなら、それでいいか。
木剣を構える。すると、すぐにセリナは叩きに来た。どうにかそれを受け止める。
「うん! やっぱり良い反応!」
少しずつ、少しずつ、少しずつ。セリナは、俺の対応力を見ながら速度を上げてくる。間違いなくフィジカルアップを使ってきている。
一方の俺はと言うと、受け止めるだけで精一杯だった。確かにバーニングのおかげで身体能力も上がっているし、セリナの動きも見える。だが、大して戦ったことも動いたこともないのだ。攻めるなんて夢のまた夢で、防御のみになっている。
だが、少し楽しかった。ここまで動けるのは初めてだったから。
やがて、セリナは高くジャンプした。そこから、振り下ろすような一撃を加えてくる。それを今までと同じく木剣で受け止める。
「おっっっも!?」
「女性にそれは禁句よ!」
いや、攻撃の重さの話をしているのだが。分かっていて言っているだろ絶対。
と言うか、死んだらどうする!?
そこから、鍔迫り合いの状態に入り、文句のひとつでも言おうかと思った。だが、鍔迫り合いということで、俺の手がセリナの手に触れてしまう。
「熱っ!?」
「あ、ごめ――」
「隙有り!」
……理不尽だ。木剣で頬を叩かれる。
バーニングで帯びた熱で、火傷をさせるつもりはなかった。だから、熱がったときに、思わずごめんという気持ちの方が先に出た。それに対して、「隙有り!」はなくないか。
流石に、これ以上やる気は起きないので、「あのさ」と声をかける。
「謝ろうとしたのに、酷くないですか?」
「酷くはないよ。アンタは、私が怯んだ隙に一撃を入れるべきだった。模擬戦だったんだから」
「……そういうもんですか」
「そういうもんよ」
確かに、模擬戦ではあったから、反論も仕切れない。なんか釈然としなかったが、しょうがないと木剣を収めた。
「けど、結構素直なのね。アンタ」
「何が?」
「剣よ。気付いてないの?」
「そんなの気にする暇もなかったよ」
「じゃあ、いっか」
何を言っているか分からなかったが、悪い意味で言っている訳ではなさそうだったので、スルーする。
「さて、今日はどうするんじゃ? セリナよ」
「ちゃんと宿に予約入れてるわよ。明日のために、もう早く寝るわ」
そう言って、去って行こうとする。その背中を見て、そういえばと思い、聞いてみる。
「あ、セリナ」
「何?」
「君は何のために、明日の大会に出る予定だったの?」
「ああ、そのこと? ……うーん、腕試しがしたかっただけよ。どうしたの?」
「ああ、いや。騎士になるつもりはないのかなって思いまして」
「へ?」
「ほほお」
意図を察したような反応を、二人ともがする。
「何? 騎士として雇いたいの? 私を?」
「うん。君ほど才能がある人、他にいなかったから」
「ふーん」
セリナはちょっと考え込むように、腕を組む。
「まあ、いいわ。考えとく」
「分かった」
そして、今度こそ、セリナは去って行った。それを見送ってから、ルー爺に小突かれる。
「なんじゃ、思ったより積極的じゃのう」
「いや、そういう訳じゃ」
「ええて、ええて。公爵様の騎士なぞ、これほど良い就職先なんてほとんどない。そのときは、あの娘をよろしく頼むぞ」
そう言って、背中をポンポンと叩かれた。




