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第1話 異世界転生

「おお……!」


 老人の声が耳に届いた。体に違和感を覚える。痛みがない。不思議な感覚だ。

 どうしてだ? 俺はガンになっていて、意識が朦朧として、目を閉じるまであんなに体が痛かったのに。


 そう思ってすぐに気付いた。もしかしてここはあの世なのだろうか。それなら、痛みがなくなっていて意識があるのも納得がいく。うっすらと目を開けてみた。


 目に飛び込んできたのは、見知らぬ天井だった。ドーム状の白い天井で、視界の端には建物を支えるための支柱がある。あの世にはこんな建物があるのか。


 いつぶりか、まるで何の違和感もなく起き上がることができた。ここ数ヶ月はずっと寝たきりだったから気持ちが良い。何て気持ちが良いんだ! 死んだっていうのに!


 開放感で満たされたくて、思いきり背伸びをする。涙が溢れ出てきた。目をこすって涙を拭く。死んでも涙は出るんだ。


 ――そういえば、老人の声がしていたな。そう思い辺りを見渡す。


 全体的に円柱みたいな部屋だった。足元には魔法陣のようなものが描かれており、そこから同心円状に五段の階段がある。


 階段の上には、本棚と机をバックに老人が一人いた。髪と髭はすっかり年相応に白くなっているように見える。服は緑色のローブを着ていた。内側の服も、緑で統一されていたが、金の線などの模様がある。まるで魔術師のような見た目だった。やけに若々しい目をしているのが、印象的だ。


 一体、どんな人なんだろう。そう思っていると、再び老人の口が開いた。


「本当に……本当に、異世界人を召喚できたぞ! ひゃっほい!」


 両手をグッとし伸ばしながら、喜びの表情で飛び上がっている。あんなに飛び上がったら、腰をやっちゃわないだろうか。


 それにしても、召喚? 何を言っているんだろう。まさか。


「あの、すみません。ここはあの世ですか?」


「ん? ああ、あの世ではないぞ。死んだお前を健康な体に再構築して、ここルースネッタ王国に召喚したのじゃ」


「要するに、体はそのままで別世界で蘇ったってことですか?」


「健康な体にしたと言ったじゃろう。まあ、それ以外は正解じゃ」


 予感が的中した。

 

 てことは、人生をやり直せる? 17歳でガンに見舞われてしまった俺が?


「や――」


「や?」


「やったあああああ!」


「うお!?」


 まさか、入院中に見ていた転生ものの小説と似たようなことが起こるなんて!

 こんなに嬉しいことがあるだろうか! いや、ない! たぎってきたぞ!


 前世、生きていたときにガンで余命を告げられてからは本当に絶望したものだった。

 やけになって、読書に逃げて。もっと生きたいと願っても悲しくなるばかりで。結局、そのまま死んでしまった。


 でも、こんなチャンスが舞い込んできた。別世界だけど、やり直すことができるという嬉しいチャンスが。

 必ず、今度の人生は良い物にしてみせる!


「な、なんじゃ急に、びっくりしたわい。そんなに嬉しかったかの?」


「そりゃあもちろん! ありがとうございます!」


「そうか。そりゃあ良かったわい。ほっほ」


 自分の体を見ると、服は着ているようだった。黒いシャツに青のジーンズ。健康だった頃の普段着だ。懐かしい。だが、この世界だとこの格好は浮くかもしれないから、何か買わないといけないかな。


 それにしても、このお爺さんは誰だろう。そう思ってお爺さんを視界に入れたところで、頭の中に情報が入ってきた。


 この老人の名前はフェルド・ルーマン。年齢は78歳で、身長は162cm、体重は55kg。ルースネッタ王国の参謀であり、賢者でもある。


 驚きのあまり、口が開いた。頭の中で疑問に思ったことの答えが、スラスラと頭の中に入ってくる。

 もしかして、と思い周りを見てみた。柱が石材でできていることや、本棚に並んでいる本には魔法が書かれていることなどが分かる。目で見たものなら、情報を手に入れることができるのか。


 蘇りに際して説明などはなかったが、こんな能力まで手に入っているなんて。これはいよいよ、人生をやり直すことに意欲が沸いてくる。


 ところで、どうして俺は召喚されたんだろう。何か理由があるのかもしれない。


「さて、とりあえず状況の説明がいるかの? 話して大丈夫か?」


「あ、はい。お願いします」


 理由を聞こうかと思ったが、ルーマンが髭を撫でながら問いかけたので、素直に応じる。聞くのは話が終わってからでも、遅くはない。


「よし! まず最初に言ったが、ここはお主の知る世界ではない。名をアルドン界という。その中にあるルースネッタ王国に、お主を召喚した。ちなみに、偶然ではないぞ? この世界に適応できて、特別な素質がある死者を召喚できる召喚術を使ったからの。その結果、お主が選ばれたのじゃ」


 つまり、俺には何らかの素質があるということか。もしかして、この個人情報保護法もびっくりな能力が、素質ということになるのだろうか。

 あまり戦闘には役立ちそうにないが、それ以外に今は考えようがない。確認のために、ルーマンさんに聞いてみよう。


「お爺さん。特別な素質っていうのは、どういうものなんですか?」

 

「そう、そこじゃ! 問題はそこなんじゃ! 何か、変わったことができるようになっておらんか? お主の世界ではできなかったことが、この世界ではできるようになっておるはずじゃ!」


 何やら切羽詰まっている印象を受けるが、そこはとりあえず置いといて言う。


「じゃあ、例えばお爺さんの個人情報が見ただけで分かるって言ったら信じてくれますか?」


「おお! 試しに言ってみろ」


 言ってみろ、と言ってくれたので、今知ることができたことをそのまま告げてみる。言っている間、ルーマンは表情を緩めていった。


「……確かに、相違ない。いいぞ、いいぞ! ワシはフェルド・ルーマン。皆からはルー爺と呼ばれておる。お主も好きに呼んでよい」


「分かりました。ルー爺」


 そう呼んでくれ、と言っているようなものだから、お言葉に甘える。ルーマンというよりは、こっちにとっても親しみやすくていい。


「それで、どうなんですか? これは、特別な素質とやらなんですか?」


「うむ、その通り! そんな魔法は聞いたことがないからの。間違いなく、それが素質じゃ」


 ルー爺は満足げに頷いてから駆け寄ってくる。


「そ、それで、じゃ。お主にやってほしいことがあるんじゃが、引き受けてくれるかの?」


 やっぱり、さっきから俺に色々と期待していたみたいだし、呼び出した目的はあったか。

 

 とはいえ、人生をやり直せる機会をくれただけで、このルー爺には恩がある。言うことを聞くのは、別にいい。


「構いませんよ」


「そ、そうか、そうか! では是非、力を貸してもらいたい! さすれば、そなたには我が国でも最高の地位が与えられるだろう!」


 最高の地位か。それはどっちでもいいが。

 ともかく、自分の好きにするのは、事が解決してからということにしよう。

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