巨大おはぎは、少しだけしょっぱい
本日は婆ちゃんの墓参り。姉の家族は、姉を除いて京都に旅行中。なので姉と私、そして両親で向かう事になった。何故に姉の家族は自分達だけ旅行に行ったのかと言えば、別に姉が仲間外れにされたわけでは無い。
「マジで仕事満載でさぁ、しかも前日キャンセル食らったのよ。おかげで今日行けるんだけど」
「お疲れっす」
マイカーで姉を迎えに行き、車の中で仕事の愚痴を聞かされつつ、両親も拾って……いざジブリパークへ! ではなく、お墓参り。(途中でジブリパーク通り過ぎてマジで行きたくなりました)
お寺に付くと、なんだかお高そうな車が数台。まさかと思いつつ本堂の方に向かうと、うちの親戚連中が勢ぞろいしていました。なんかお葬式の時よりも人数が多い気がする。
その中でも異様なオーラ……と言ったら失礼かもしれないけど、御年九十五歳の、我が親戚のドンも居ました。以前、お葬式で私の叔父とバトルになるのでは……と恐れていたドンだ。相変わらず九十過ぎとは思えない足取りの軽さ。東京から岐阜まで一人で新幹線でやってくるのだから、まだまだ元気。
「私、あの人苦手なんだよね……」
「奇遇だな、姉よ。私もだ」
苦手というか、私の実家は親戚連合の中では末端も末端。東京や大阪、果ては北海道から九州まで幅広い我が一族だが、うちは結構のんびりしている。なのに、何故かそのドンは妙に岐阜の我が家がお気に入りのようで、会う度に固い握手をしてくるのだ。
(九十過ぎの握力じゃねえ……っ!)
そんなこんなで親戚連中との挨拶を済ませ、本堂でお経を詠んでもらい、納骨堂で婆ちゃんに挨拶する……というのが本日の流れ。というか、そこは省略させていただく。問題はそこからなのだ。
※
「私の遺産の話なんだけど」
いきなりドンがそんな事を私の父親に話し出した。私と姉はゾっとする。この親戚連中の中、このドンは何故か我が実家をお気に入り認定している。しかし遺産なんぞ貰おうものなら、マジでめんどくさい事になりかねない。
父もそれは分かっていたようで、その話が出た途端「うちはいらんから、アハハ」みたいに誤魔化しつつ逃げる準備万端。私は私で車のエンジンをかけて早々に退散せねばとするが……その時、雨が降ってきた。
駐車場には屋根など無く、本堂の方に雨宿りするくらいなら車の中に入った方がいい。というかもう帰るし。そんなこんなでワンボックスの後部座席の扉を開けると、父親とドンが同時に入って行った。
おい、ドンよ。貴方の車はそっちのレクサスでは? 私の母の弟の息子が寂しそうに一人で運転席に座ってるんですが?
「ちょっといい? これを見て欲しいんだけど」
私と姉は運転席と助手席にそれぞれ座りつつ、差し出されたソレへと目を向ける。それは婆ちゃんの家系図。これ、ドンの直筆か? めっちゃ達筆だな。
「俺の遺産、みんなに分けようと思って。税金とかに持ってかれるよりはいいだろ」
「はぁ……しかしウチは……」
遺産貰えるというのに、こんなに渋るのも変な話だが、マジで面倒なのだ、うちの一族は。詳細を説明すると、それはそれで面倒臭いし複雑すぎるので省略するが。
「あのね、あの子(婆ちゃん)、こんな言い方するのも何だけど、政略結婚なのよ」
「は?」
私と姉はなんとか「は?」と言葉を絞り出した。言葉といっていいのか分からないが。
「だからこんな事言うのもなんだけど、受け取って貰わないと俺の気持ちが収まらんのよ」
「ちょ、ちょ、ちょ、見せてください!」
その家系図でおかしな事に気が付いた。婆ちゃんの相手……遠い親戚じゃん! 親戚同士で結婚したのか?!
そんな話は私は勿論、姉も知らなかった。しかし父と母は知っていたようだ。まあ、当たり前か。
「当時好きな人も居たのに、こっちの都合で結婚してもらったのよ。本当にいまさらだけど、だから受け取ってほしい」
「いやいやいやいやいや……」
ドンはこれでもかと押しまくってくる。そして雨は激しくなるばかり。まるで当時の婆ちゃんの涙のようだ。これは完全に私の妄想だが。
そうか、婆ちゃんが良く作ってくれた巨大おはぎ。あれがちょっと、しょっぱかったのは、涙の味が……
「いや、普通に塩おはぎだったんじゃない?」
「姉よ、私の心にツッコミを入れるでない」
婆ちゃんは基本的に明るい人だ。ゲームとか携帯電話が大好きで、私も小さい頃、スーファミのソフトを買って貰った事がある。ちなみにスーパーロボット大戦だった。
あの婆ちゃんが政略結婚? とても想像出来ない。婆ちゃんの旦那……つまりは爺ちゃんは私が中学生頃に亡くなってるし。実はその時初めて、私の父と母は奇妙な家系図に気が付いたそうだ。前々からおかしいとは思っていたらしい。
「まあ、そんなわけで。東京にも遊びに来てね」
いや、そんな爽やかに帰るな。私と姉は今もちょっと混乱中よ!
「まあ、遺産って言ってもそう大した額じゃないし、気楽に受け取ってよ。ぁ、借金はないから安心してね」
「はぁ……ありがとうございます……」
この人の大した額じゃない、は信用出来ん。だってさっき、ガソリン代とか言いつつ私に二万程渡そうとしてきたし。一体、ドンは私が、どんな距離を走ってきたと思ってるんだ? 高速道路で一時間の距離よ、ここ。
「いつか俺も体壊して入院するだろうけど、見舞いなんていらないから。棺桶の中も覗きに来なくていい。生きてる時に遊びに来てね」
「はい……」
ドンが言うと重みが凄い。今、ドンは一人暮らし状態だ。一度だけ小さい頃に遊びに行ったが、サマーウォーズに出てくる武家屋敷みたいな……なんかこう、本当に迷いそうになる家。あんな広い家に一人暮らしは寂しいだろうな。
そのまま私達は一族達と別れ、帰路へと付く。
そして車の中には、案の定、二万円の入った封筒が残されていた。おい、ドン……!
「まあ、あんた受け取っておきなさいよ、手間賃よ、運転の」
「どこの世界にそんな高いタクシー料金があるよ。まあ、昼飯どっかで食っていこうか……」
帰りのサービスエリアで、ラーメンとチャーハンのセットを頼んで食べた。
なんだかしょっぱい。しかし美味しい。
婆ちゃんのおはぎ、あれも美味しかった。
政略結婚だったけど、愉快な親戚と孫に囲まれて幸せだった……と思いたい。
婆ちゃん、本当にお疲れ様でした。来年もまた来るね。