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女神の戯曲~堕落に灯る翡翠~  作者: 橘澪
第1章:レネイストに眠る虚無の巫女篇
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第1章 第2話 悪魔の商談

 人との関係や国同士の間に出来た軋轢により、戦争は起こる。

 一度火蓋が切られ開戦すれば、後戻りは難しい。

 元の生活には帰れない。

 争いは数多の命を奪い、文明を破壊する。

 戦場に生まれるのは、死屍累々の惨状だ。

 然れど、そんな災厄を望み誘発に導き、利益を享受する者がいた。

 互いの陣営に武器を売り、その見返りに金銭を貰い受ける、所謂武器商人と言われる一行だ。

 武器商人は極度な肩入れはしない。

 双方、どちらが勝とうが所属する組織が得をする商談を進める。

 戦争の勝敗は、正直武器商人には重要な結果じゃなかった。

 武器商人が主目的とするのは、そこに発生した金銭。

 その資金を使い、また別の戦争の画策を試みる。

 全部、組織の未来のため。

 人の命など、その信念の前には霞み消える。

 露程も価値は感じなかった。


「ごめんなさい、お待たせしたわね」

 両開きの扉が開けられ、客室に入室したのは彼岸。

 謝罪の意思が伝えられるが、しかし本心じゃないだろう。

 その後に続いた堕落が、静かに扉を閉める。

 客室の内装は、簡素なものだ。

 必要最低限の調度品だけが置かれる。

 古風(アンティーク)な備品が目立つが、それは彼岸の嗜好だ。

 彼岸は目新しい物品を好まない傾向にあった。

「構わないよ、私はそこの悪魔とは違い、短気じゃないからね」

 色褪せた(テーブル)の上に手の指を組み、背もたれのある長椅子(ソファー)に座る客人。

 それが徐に堕落を見やる。

 着込むのは、スーツ。

 生地の質が高質だ。

 特注品(オーダーメイド)なのだろう。

 微塵も皺が目立たない。

 どこか声が篭ったように聞こえたのは、顔に着用された仮面だ。

 仮面舞踏会(マスカレード)でつけられるような、漆黒の鴉を模した代物。

 肩に伸びた長い金色の髪が黄金糸のようだった。

 判然としないが、男性だと思われる。


「……」

 名指しは避けたが、婉曲に謗られた堕落。

 しかし、口は出さない。

 堕落は従者の立場だ。

 主人、彼岸の許可が無ければ、それは許されない。

「あらあら、仲が良いわね」

 冷たい空気が漂うなか状況を読まない、いや意図的にそういう態度をとる彼岸。

 手を合わせ雅やかに笑った。

 それから、ゆるりと対面側の長椅子(ソファー)に座る。

 彼岸は僅かに眉を顰めた。

 長椅子(ソファー)の座り心地が思ったより劣悪だったのだろう。

 まあ、それに文句を言おうがどうにもならない。

 これらを買い揃えたのは堕落だが、そう頼み込み御願いしたのは、彼岸だ。

「相変わらず、目が節穴らしいね」

 何よりだ、と言う。

 わざわざ皮肉を混ぜるのが、平常なのだろう。

「寝起きだもの、仕方ないわよ」

 小さい欠伸をする彼岸。

 まだ眠たい意識を働かせ瞼を擦った。

「そういう貴方の方も、偉そうに人に説教出来た立場じゃないわよね」

 堕落が(テーブル)に置いたソーサーとカップ。

 眠気覚ましの為か、褐色の苦味のある嗜好飲料が注がれた。

 甘い飲み物が苦手な彼岸は、そのまま口にする。

「側近に裏切られたから此処に来た、そうよね貪欲」

 珈琲を飲み干すと、そう対面の席に座る貪欲に話しかける。

 貪欲は否定しなかった。

 商談といった名目は、この屋敷に訪れる建前だ。

 本当の目的は別にある。

「目は悪いのに、耳は良いのかな」

 内心、僅かながら動揺はあったのだろう。

 しかし、それを表に出さない。

 貪欲は平静だった。

「別に良し悪しは関係ないわよ」

 何故なら、と彼岸は続ける。

 一通りの給仕を終え片付けに入る堕落を横目に言った。

「私には、それなりに使い道のある執事がいるから」

 なるほど、そう貪欲は納得。

 下手な隠し事、腹の探り合いは無駄だと悟る。

 指を膝の上に組み直し本題に入った。

「君の言う通りさ、彼岸」

 話す姿勢が整ったのか、貪欲は朗々と話し出す。

 直近の出来事を思い出すよう天井に視線をやった。


「少し前になるかな、私の右腕が星灯録教会に『狂笑会(きょうしょうかい)』の機密情報を流したのはさ……」

 レネイストの主神は、ヴァルノレイア。

 それを崇め奉る団体が、その星灯録教会。

 大国に匹敵する戦力と、世界を動かす発言力を所有する、最大の宗教団体だ。

「面倒な真似をしたものだよ」

 貪欲が所属する商業組合、通称『狂笑会』は主に武具の売買をする。

 『狂笑会』の深部に保管された情報は、組織の存続に関わりかねない代物だ。

 それを盗まれ、そのうえ星灯録教会に流されたとなったら盗人の上司、つまりは貪欲の首が飛ばされる。

 星灯録教会と『狂笑会』の仲は、険悪だ。

 何時(いつ)抗争が起きようが、不思議じゃない。

 渡された情報は、上手いように使われるだろう。

「私も暇じゃないのだけどね」

 貪欲の信頼を裏切った以前に、窃盗は『狂笑会』に対する叛逆だ。

 無論、その責を貪欲はとらされるだろうが、盗みを働いた本人は、それどころじゃない。

 余程の代償、いや見返りがなければ実行しないだろう。

 『狂笑会』上層部からの厳罰に、しかし貪欲は恐れなかった。

 部下に裏切られた失念というよりも、本当に唯々億劫。

 そういう心境だった。


「遠からず、私の元に執行人が送られるだろう」

 『狂笑会』の裏面を支配し、組織を影から支える暗殺者は、実力が折り紙付きだ。

 そこに長年所属する貪欲だから、それが分かる。

 仕事の失敗は許されない。

 反目など論外だ。

 このまま行けば、貪欲は楽に死ねないだろう。

 唯、殺されるならまだ良い方だ。

「だから、少しの間私の護衛を頼みたい」

 貪欲は商人だ。

 職業柄武器は扱うが、それはお遊び程度の腕。

 本職にはかなわない。

 それこそ『狂笑会』の執行人は、指折りの強者だ。

 逆立ちしようが擦り傷さえ与えられないのは目に見える。

 護衛の依頼、それが貪欲が来た理由だった。

「ふーん」

 然程興味はなさそうに彼岸は相槌をうつ。

 貪欲の生死を彼岸は重要視しない。

 それなりに旧知の間柄とはいえ、線引きがあった。

 彼岸は毛先を弄りながら返答する。

「まあ、いいわ」

 けれども、意外にも解答はあっさりとしたもの。

 逡巡もない。

 妖美に微笑み了承する。

「貴方に恩を売るのも、いいものね」

 どうやら、それが思惑のようだ。

 流石に彼岸も利益なしに、無償の手助けはしない。

「なら——」

 と、言葉を続けようとした貪欲。

 そこに堕落が速やかに割り込む。

 瞬時に《魔力障壁(アマリルカ)》を張り巡らせ、貪欲を護った。

 同時、客室が凄絶に爆発したのだった。

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