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REmnant・REvenants・REincarnation ~異世界転生日本人、魔界の最下層で生きていく~  作者: 真上犬太
れ・れ・れ Day by Day 04

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星屑のヒトたち(後編)

 オレにとって、久しぶりのクエストを二日後に控えた今日。

 雄太と一緒に朝から顔を出すと、店主のおじさんが鎧掛けに据えていた皮鎧を、指で示してくれた。


「試着してきな。仰木君、見てやんなよ」

「え……は、はいっ!」


 雄太は大急ぎで仕事着に着替え、フィッティングコーナーで道具を構えていた。

 なるほど、オレを練習台にしての修行ってことか。


「な、なんか緊張すんな」

「僕もだよ。じゃあ、つけてみて」


 鎧は皮と木でできた、いわゆるハードレザーって呼ばれる防具だ。

 デザイン的には剣道の胴に近い。肩パットはオプションで付けるようになってるけど、動きの邪魔になるのでやめておいた。


「どうかな?」

「あー、ちょっとゆるいけど、クッション用の服着てないからだな。でも、体には合ってるから、大丈夫だと思うぜ」

「うちのでよけりゃ使いな」


 投げ渡された綿入りのチョッキを付けて、改めて確認。

 今度はぴったりフィットして、動きを阻害しない。軽く自分の拳で叩いたり、雄太に模造刀で殴ってもらったりして、強度を確かめた。


「うっし。これならいいか。ありがとうございます」

「次、壊れたらすぐ来な。手付金さえあれば、分割も受けてやるから」

「すんません。そん時はヨロです」

「あ……あのさ」


 少し照れたような顔で、ウサギの模造人モックレイスは、小脇に抱えていたものをオレに手渡してくる。

 皮でできた手甲。革ひもで留める、指ぬきの手袋つきの奴だ。


「もしかして……お前が作ったのか!?」

「違う違う! それ、お店で補修依頼受けてたんだけど、持ち主が亡くなったとかで……置き去りになってて。練習台に使わせてもらってたんだ」

「お代も貰ってあるから、持ってってくれていいよ」


 マジか。

 正直、防具はちょっとづつ買いそろえていくつもりだったけど、こんな形で手に入るとは思わなかった。

 付け心地は良好で、手首のところもしっかりと可動域が取れている。


「そのタイプは使い込むと手袋が破れるから、マメにメンテナンスしなよ。せっかく、相棒がいるんだから」

「うっす。そん時は正式に依頼出すな!」

「分かった。任せて」

 

 これで準備は整った。

 防御力も強化できたし、あとは実戦で活躍するだけだ。

 そして、久しぶりの冒険の日が、やってきた。



 午前六時、塔南の受付前。

 ちょうどいい感じで、オレたちは集合を果たした。


「よし、お前ら。一列に並べ!」


 千駄木さんの武器は、街では珍しい純鉄製のメイス。

 防具は甲虫と三分結晶でできたプレートアーマー風の防具に、木と皮でできたラウンドシールド。

 チャージ武器は仕掛けが壊れた時が信用できない、って言って質量で殴ることを選んだんだそうだ。一応、予備武器にバレット式の短剣を持っている。


「最初は厚木。目の色、よし。鼻も問題ない。昨日、酒飲みすぎたりとかは」

「ないっす! 防具もちゃんと直してきたし! あとこれ!」


 オレが両腕の手甲を見せつけると、みんなが歓声を上げる。

 ただ、ついてきていた雄太は、恥ずかしそうにうつむいてたけど。


「次、権藤。目、鼻、毛並みも問題なし。深酒は?」

「ねえよ」


 ぶっきらぼうに告げる権藤さん。

 メインに使ってるのは、いわゆる突撃槍って言われてるでかい槍だ。こっちは固くて重い材質の三分結晶製で、サブ武器に結晶を打ち出す抱え筒を持っている。

 元々は、この二人で組んで南の森や三階を中心に、他のパーティの助っ人なんかをしていたって聞いた。


「佐土原」

「はいはいなー。ワタシも全部良好でっす!」

「うちで最後の仕事だ、舞い上がってミスするなよ?」


 黒イヌの佐土原さん。

 オレと同じような皮鎧に、バレットチャージ式の双剣二刀流が主武器だ。

 偵察と遊撃を得意としていて、解除屋リムーバーとしても活躍してきた。この前の打ち合わせの時、移籍の話はしてあるから、特に問題はない。

 ただ、入りたての頃に結構面倒見てもらったから、いなくなるのはちょっと寂しい。


「鮒川、お前は痩せろ。以上」

「ちょwww いきなりアイデンティティへ攻撃はやめるお! 辛辣すぎて草も生えないwww」


 灰色ウサギの鮒川さん。

 はっきり言って冒険には不向きな体形なんだけど、これでもメンバーの中で千駄木さんたちの次に古参なんだよな。

 基本は解除屋リムーバーで、戦闘には参加しない。

 その代わり、応急処置や宝箱ジャンクボックスの罠解除に関しては、佐土原さん以上の腕前。動植物の鑑定眼もあって、素材の加工なんかもできる。

 防具に関しては胴鎧に小手、ヘルメットにブーツとしっかり身に着けてるけど、気休めにしかならなさそうだ。


「じゃあ、仰木。装備の確認頼む」

「は、はい!」


 出発前の体調の聞き取りと装備点検。

 防具に関しては個人で事前にチェックって感じだったけど、雄太が加わったおかげで、こうして出発前に点検できる。

 でかいギルドではやってるらしいけど、個人運営のチームでやるのは珍しいって聞いていた。


『センちゃんまじめだかんねー。ワタシも最初びっくりしたよん』

『一般人ぽくないとこ、ありますよね』

『なんか、元自衛官だったって噂もあるにゃー』


 佐土原さんに誘われて飲みに行ったとき、話したことを思い出す。

 表には出さないけど、時々見せる表情や雰囲気には、確かに『カタギではない』って感じるものがあった。


「ひ、一通り、見れたと思います」


 留め具や可動部分のすり減り具合、革ひもやベルトの強度を調べて、雄太は少し不安げに付け足した。


「で、でも僕、まだ慣れてなくて。うまくできたかどうか」

「それを何度も続ければ、そのうち慣れるさ。今後もできる範囲で頼む」

「はい!」


 支度を終えると、千駄木さんはよく通る声で宣言した。


「それでは、プアリーズ、出発っ!」


 手を振る雄太に見送られて、オレたちは塔ダンジョンに入っていく。

 今日の目的地は三階と八階での素材集め。それが早く終われば、南の森でもう一つクエストをこなす予定だ。

 入口の扉を抜けると、あちこちから騒音が聞こえてくる。始発組の掃討があるから、一階でトラブルに会うことは少ない。


「おーい! トレジャー出たぞー! 欲しい奴集まれ!」


 奥のほうから声が届いて、一斉に動きだす気配がある。

 一階のトレジャーは『ログボチケット』、開けた時に周囲にいる人数分が出るという特殊な仕様だ。


「そこのヒトら、行かないのか!?」

「ああ。うちはいい。気をつけてな」


 大急ぎで走ってく別パーティを通して、オレたちは警戒を解かずに進む。

 千駄木さんの方針で、『プアリーズ』はログボ取りには参加しない。


『いくら一階とは言え、戦闘区域がクリアリングもされていない状況。狩り残しに無防備で会敵するリスクは避けるべきだ』

『お金よりもいのちをだいじに。それが『プアリーズ』のモットーなのにゃん』

『おかげで貧乏暇なしだおw おっおっおっww』


 装備のことといい、冒険中の動きといい、千駄木さんは徹底した安全策を取る。

 最初はかったるいと思ってたんだけど、


「うわあああっ!?」


 オレたちの行く手、十字路の右手側で叫び声が上がる。次いで、悲鳴や絶叫。

 みんなが警戒し、黒イヌの模造人モックレイスが、双剣を掲げて先に立つ。

 そのまま、腰をかがめて通路の先へ素早く進んでいった。


「あー! センちゃん! アッちゃん! ごめん、手ぇ貸して!」

「行くぞ厚木。権藤、鮒川は警戒しつつ待機」


 オレたちが後を追って通路に入り込むと、少し進んだ先に曲がり角がある。

 その辺りで、倒れている誰かの足が見えた。


「佐土原! 状況!」

「要救助二! エネミー三!」

「厚木、救助に回れ!」

「っす!」


 角の先には結晶ゴーレム三体を引き付けている佐土原さんと、そのごく近くに、倒れ伏している誰かが二人。

 ゴーレムを挟んで奥のほうに、仲間らしい集団が立ちすくんで状況を傍観している。


「退け! 佐土原!」

「にゃあいっ!」


 さっきまで隣にいたはずのリザードマンが、一瞬のうちに結晶ゴーレムに、体ごとぶつかっていく。

 かざした盾で壁に押し付け、頭部を叩き潰してエネミーを一体減らした。


「厚木!」

「あ、はいっ!」


 オレは倒れている二人をざっと見て、状況を確認する。角の所でうなだれている奴は、必死に起き上がろうともがいている。

 もう片方は、地面にぐったりと横たわっていた。

 こういう時は、


「立てるか!?」

「あ、ぐ……」

「大丈夫だ、そのままオレの手ぇ掴んで」


 意識があって、動かせそうなのから、先に助ける。

 ダンジョンでの救援活動は、向こうの遭難被害者救助とは違う。襲い掛かってくる敵がいる以上、動けないやつは、見捨てるのが前提だからだ。

 なんとかそいつを安全圏に座らせると、倒れたやつに駆け寄る。


「……っ! くそっ」


 まだ温かいネコの模造人。

 脈取りのために首筋に当てた指には、命の拍動が伝わってこない。念のため、鼻面に手を当ててみたけど、呼吸の刺激もなかった。

 改めて見てみると、口元から血を流し、頭の脇に殴られてくぼんだ部分があった。

 結晶ゴーレムの剣は鋭くないけど、重さはある。一階での死因はこいつらの一撃による頭蓋骨折が一番多い。


「どうだ?」


 気が付けば、結晶ゴーレムは撃破されて、仕事を終えた千駄木さんが近づいてる。

 遅れて、佐土原さんが通路の奥にいた連中と一緒にやってきた。


「こっちは……ダメ、だと思います」

「分かった。権藤! 鮒川! 来てくれ!」


 二人がやってきてもう一人を確認し、そっちは腕の骨折と脳震盪だけで済んだことがわかった。

 助けた冒険者たちは、最近パーティを組んだばかりだったらしい。

 これまで何度も、一階は回っていたから、そういう油断の結果。

 リーダー役らしいヒトが、泣きながら死んだ仲間に謝っているのが、キツかった。


「うん。これで骨折は大丈夫だお。余裕があるなら、三根医院で見てもらうべきだお」

「亡くなった仲間の処置に関しては、塔の受付で詳しい話を聞いてくれ。……権藤?」

「あいよ」


 ケガの応急手当と、入り口前への死体の運搬を手伝い、去っていく背中を見送る。

 結局、冒険を再開できたのは昼近くになってからだった。


「早めに頭防具、買います」

「それがいい」


 千駄木さんのそっけない返答に、俺は黙って頷く。

 気持ちが前のめりになってるとき、ダンジョンで感じるのは冒険と、成功に対するワクワクした気持ちだ。

 でも、こうして現実を思い知るたびに、重いプレッシャーで胃がキリキリする。


「厚木氏ー、顔がぎゅってなってるお? おトイレ我慢してるとか?」

「え……いや、そういうんじゃないっすけど」

「出したいなら早めに言ってくれお。ボクもお付き合いするから。ってか、ちょうど今、絶賛尿イングマイウェイだったりしてー」

「馬鹿野郎、とっとと行ってこい!」


 ダンジョンの中には基本、トイレがない。

 それ用に使える『トレジャー』もあるんだけど、たいていのパーティは塔に入る前か、塔前広場のトイレで済ませることになる。

 最悪、地面のある三階と八階で『用を足す』ってのができるけど。

 

「すんません。ちょっとビビってました」

「厚木氏はチキンハート、いや、チキンを超えたチキンオーバーライスだお、ぷぷぷw」


 連れションに付き合ったウサギの模造人モックレイスは、眉間にしわを寄せ、意味ありげな笑いを浮かべて、オレをからかった。


「気にすんなお。『身構えているときは死神は来ないものだ』、キリッ」

「多分、なんかの語録かもですけど、振られてもわかんないんで」

「ダメダメだね、チミ。ネットミームは紳士のたしなみ。ゲーセンのおねえさんなら、ちゃんとリアクション返してくれるお?」


 しょうもないやり取りのおかげか、ざわついていた気分も落ち着いてきた。

 しゃべり方はアレだけど、鮒川ふながわさんも結構ヒトを見てる。

 千駄木・権藤ペアがまじめでいかつい分、このヒトや佐土原さんがいい感じに、場の雰囲気を軽くしてくれるんだよな。


「ああいうのに出くわすと……命って、軽いなって、感じちゃうっすよね」

「違うお。そこは『死が身近にある』って言うんだお」


 みんなのところに戻りながら、先輩は何気ない調子で語る。


「言霊ってやつだお。命が軽いって言うと、自分でもそう思い込んじゃう。でも、遠い近いって言っちゃえば、前転回避とかパリィとかワンチャンあるかも、ってことだお」

「……おまじないとか、ゲン担ぎっすか?」

「ゲン担ぎを甘く見るなお!? たった一度の十連無料ガチャも、触媒、お祈り、キャッシュクリア、その他もろもろを欠かさないやつに、勝利が訪れるんだお!」


 何を力説されたかは分からないけど、言わんとしていることはわかんないでもない。

 それに、ヒトの失敗に引きずられないようにって、何度も言われてるしな。


「おら、厚木、鮒川! もたもたすんな! こっからは巻きで行くぞ!」

「えー、ボクって急かされるより焦らされる派なんだおー。あと、デブにキビキビ期待すんなし!」


 気を取り直したオレたちは、そのまま二階を過ぎ、三階の森へと足を踏み入れる。

 今回のクエストは採取が中心なので、鮒川さんを守る形で動く。


「リーダー、今日は薬草系だけでいいのかお?」

「どうした?」

「今回のダンジョンガチャ、SRぐらいの感触だお。ほら、ユツボカズラがこんなに」


 壁代わりの樹木に、ぷっくりと膨れた実を付けたつる草が生えている。小ぶりの実を取って殻を割ると、中から白みがかった液体がドロッとこぼれた。

 この街で料理油に使う植物。こういう意外な採取があるのも、この手のクエストの面白いとこだ。


「そこそこ量あるし、EAT UPでも定期で採取クエ出てるし?」

「分かった。今日は八階行きはやめて、三階を重点で行動しよう。採取量は任せた」

「任されたおー」


 鮒川さんと、アシストに入った佐土原さんが採取に回り、オレたちは周囲に気を配る。

 一階や二階は敵を全滅させてのクリアリングが可能だけど、三階はその性質上、騒げば騒ぐほど隠れていた敵が出やすい。

 一番最悪なのは、土に潜っていたやつから奇襲を喰らうことだ。


「アッちゃーん、こっちの袋いっぱいになったから、キミのに入れさせてー!」


 オレはあえて背中を向けたまま、背負っていたザックに新しい荷物が加わるに任せる。

 

「こうやってアッちゃんと潜るのも、最後なんだよにゃ」

「帰ってきたりとか、同じクエストに入ったりとかは?」

「リーダーの性格上、ムリ筋って感じかにゃー。ワタシは上を目指すのだっ」


 荷物がきちんと背中に収まって、オレたちはそのまま別の場所へと移動する。

 蟲の羽音や、動物の這いずる音も聞こえない、静かな状況だ。


「でも、なんでホライゾンじゃなくて、山本工務店なんすか?」

「ワタシ、まだ二十階経験ないの。まずはそっちで慣れてからね。いきなりハードなトップギルドに入るの、ちょっと怖いしぃ」


 そうやって、下の階層に甘んじていた彼女を、奮い立たせたヒトがいる。

 オレは、問いかけてみた。


「氷月……さんって、どんな感じすか?」

「厚木、私語は慎め! 佐土原も気ぃ抜いてんじゃないぞ!」

「えへへ、申し訳ないっす! では、警戒態勢っ!」


 一喝されて、その質問は途切れてしまい、オレたちはひたすら採取を繰り返した。

 そんな感じで一日が終わり。



「よし。全員整列!」


 塔から上がると、朝と同じように千駄木さんが号令をかけた。


「厚木、現在の体調で、気になるところはあるか?」

「疲れたこと以外は、特にないっす。あー、でも、まだちょっと鎧が慣れないかな」

「次も違和感があるようなら、すぐに言うように。次、権藤」


 体調チェックの後、オレたちは大荷物を分配し、手分けして納品先に向かう。

 ぱちもん通りで千駄木・権藤ペアと別れ、オレたちは三根病院へ行くことになった。


「納品終わったら『大しけや』集合な。六時からだから、早く来いよ」

「っす。そんじゃ、またあとで!」


 早めに上がったつもりだけど、採取系は納品物のチェックもしないとだから、降りてきてからも時間がかかる。

 食材納品のクエストに人気がないのって、手間と苦労がでかいからだよな。


「あのさ、佐土原氏……本気で工務店行くん?」


 珍しく、先に立って歩きながら、鮒川さんが問いかける。

 いつもなら、すぐにリアクションを返すはずの佐土原さんも、ためらうような無言。


「……ホライゾンで、新メンバー募集してるの、知ってるっしょ?」

「また、"お姫様"のお守りが、いなくなったって聞いたお」

「今度は円満らしいけどにゃ。フナっち風に言うなら『乗るしかない、このビッグウェーブに』って感じ」


 よくわからないやり取りで首をかしげるオレに、二人は苦笑いを浮かべた。


「『ホライゾン』って成果もデカいけど、メンバーも入れ替わり激しいんだにゃ」

「厚木氏は見たことないかもだけど、ギルマスのヒトミちゃん、バリバリ最強ナンバーワンなんだお。でも、他のメンバーがついてけなくて脱落するの、チャメシインシデントなんだお。『お前とバスケするの、苦しいよ』ってやつだお」


 実際に、その実力を目にしたことがないオレには、いまいちピンとこない話だ。

 それでも、佐土原さんはテンション上げ気味に、先の展望を口にした。


「この前の肉獄の時、改めて、すごいにゃぁって思ったわけ! ホント、アニメか漫画みたいで――間近で見られたら、いいなって」

「見るとやるとじゃ大違いだお? ボクたち小市民、あんな超人バトルについてけるわけがないじゃんか」

「そうかもしんない。でも、見てみたいんだよね。あそこから、街を」


 彼女が指さした先にあるのは、塔のてっぺん。

 獄層という名の花びらの付け根にある、かすかに見える何かの輪郭。

 それはベースと呼ばれる、さらなる冒険への玄関口。


「細かいクエストで日銭を稼ぐとか、そういうの、飽きたんだにゃ。知らない世界を冒険したい。贅沢な話かもしんないけど」

「……そうだお、贅沢だお」


 振り返った鮒川さんの顔は、笑っていなかった。

 怒っている、というより、不安で歪んだ表情をしていた。


「ちょっとぐらいの器用さなんて、上じゃ通用しないんだお。そういうの、調子に乗ったモブキャラが、うっかり死するときのムーブだお!」

「ふ、鮒川さんっ? そのっ、ダメっすよ、今のは!」


 いつもならこんな言い方しない、鮒川さんの態度。

 完全な否定の言葉に、黒イヌの模造人モックレイスは、ゆっくりと首を振った。


「確かに、そうかも。それでも、やってみないとわからないっしょ?」

「ここはゲームの世界じゃねんだお! 決意とか気合とか、屁のツッパリにもならねえんだお! わかれお!」

「うん。わかってる。それでも、だにゃ」


 太ったウサギから、空気が抜けるようなため息が漏れて、しぼんだように見えた。

 何を言うべきか迷って、それから彼は、真正面に佐土原さんと向き合った。


「好きだお、佐土原」


 え。


「知ってる、ありがと」


 は。


「ボクと付き合って、地上で暮らしてほしいんだお」

「ごめん。それは無理」


 衝撃の告白、鮮やかに破局。

 それでもなんとか、太っちょのウサギは、すがるような苦笑で告げた。


「……も少し、早く言ってたら、アリよりのアリ?」

「ナシよりのナシだにゃ。だってワタシ、ワガママだもん」


 いきなりなんだ、この展開。

 完全に置いてけぼり喰らったオレを、リアルでも置き去りにして、二人が歩き出す。


「ほら、厚木氏ー。ボクもうおなかペコちゃんだし、納品して飯食いいくおー」

「うちのパーティ、仲間内で恋愛禁止だから。リーダーには黙っててにゃ?」

「ばらしたら、焼き土下座の刑だお。誠意を見せてもらうお?」


 よろめきそうになる体を必死に立て直し、何とか状況についていくオレ。

 恋愛禁止なんて話、初めて聞いたし。しかもさっきのやり取りって『恋人にはなってなかったけど、付き合ってた』ってことか!?

 プアリーズに入って半年近く、この二人にそんな匂わせ、感じたことなかったぞ。

 気が付けば、さっきまでの険悪な空気も消えて、普段通りの顔になっていた。


「はー、ホントひでえお……前世含めて、これが初めての告白だったんだお?」

「ワタシも告られたの初めてかも? お互い、初体験だったのにゃー」

「お、同じ初体験なら、エッチ込みでお付き合いしたかったお! あんまりだおー!」


 そのあと、オレたちは納品を終えて、佐土原さんのお別れ会をした。

 すでに『山本工務店』とは話が付いていて、明日から十一階以上のアタックを繰り返した後、二十階へチャレンジするそうだ。


『いきなりAチーム入りは無理だかんね。獄層採取班のBチームからだと思うにゃ』

『辛くなったらいつでも帰って来いお。ボクの豊満な胸で、存分に泣くがいいんだお!』

『そんときは、リーダーの胸を借りるにゃ。包容力ダンチだしぃ』


 いつものバカみたいなやり取りも、さっきの告白を見たあとだと、違って見えた。

 佐土原さんが抜けて数日後、オレたちは普通に冒険に出ていた。

 千駄木さんの『プアリーズ』が、採取や素材収集を中心にしてる理由は、こうして誰かが抜けても、稼ぎを維持し続けられるからだ。


「千駄木さん、プアリーズって、パーティ内恋愛禁止なんすか?」


 その日の採取を終えて、南の森からの帰り道。

 二人きりになったオレが尋ねると、リザードマンのいかつい顔に笑顔を浮かべて、千駄木さんは頷いた。


佐土原さどはら鮒川ふながわか」

「え……知ってたんすか?」

「一応、パーティのリーダーだからな。あいつらは隠してるつもりだったが」


 うわ、おっかね。

 このヒトには隠し事はできなさそうだ。

 まあ、隠し事をしなきゃならない相手も、今のところいないけど。


「仕事には持ち込まない、を徹底してたようだから、あえてな」

「お別れ会の前に、道端でケンカしだして。なんかこう、鮒川さんが告白して、振られてました」

「ダンジョン攻略に行くやつには、よくある話だ。俺は今のところ、ないけどな」


 いわゆる『吊り橋効果』で、恋愛感情のようなものが芽生える、らしい。

 そう言いつつ、千駄木さんは苦々し気に首を振った。


「そういう感情がプラスに働いているうちはいい。だが、それで相手にのめり込んだり、不仲になったりして、チームワークが乱れることも少なくない」

「パーティに男だけが多いのって、そういうことっすか?」

「男同士の方が、こじれた時に悲惨だとも聞くぞ」


 これ以上は、突っ込まないほうがよさそうだ。

 それに、向こうにいた時と違って、この体に入ってからは『誰か気になるヒト』ってのは、できた覚えがない。

 時々、雑誌のグラビアアイドルとか――もちろん『人間』の――を目にすることもあったけど、どこかに『落っことしてきた』ような感じがあった。

 意識が『人間』のまま『ケモノ』の体に入ったせい、なのかもな。


「まあ、極端な問題にならなければ、俺もそれなりに配慮はするつもりだ。むしろ、隠したままだと対処が遅れる。そうなったら、言える範囲で言ってくれ」

「……うっす」


 納品を終えると、オレたちはぱちもん通り前で別れた。

 下宿までの帰り道、通りがかったP館の掲示板広場。

 空が次第に光をなくして、人影もまばらになったその場所に、立ち尽くす姿があった。

 

「…………」


 張り出してあった募集要項をはがして、ぐしゃっと丸めてつぶす姿。

 たれ耳の、イヌの模造人モックレイス


「どうしたん?」


 彼はオレを見て、表情を険しくした。それから、手にした紙切れを、突き出す。


「どこも、相手にしてくれなかったですよ。言うとおりにしても」


 それは仲間募集の用紙。

 この前とほぼ同じだけど、『甲山組の技能講習経験あり』と書き添えてあった。


「甲山組は?」

「面倒みられる人数、もう一杯だって」


 勧めておいた手前、済まない気持ちも起こるけど、どうしようもない。

 この街でも、資格や技能にはレア度がある。公認の資格や技能は、あくまで『最低限の品質保証』でしかなかった。

 鮒川さんも戦闘からっきしだけど、植物や罠の見分けすごいから、うちにいるわけで。


「それじゃ……うちのパーティ来る?」

「でも、この前」

「メンバーが一人抜けて、常駐のヒト探してんだ。リーダーも、許可出してる」


 なんか、このやり取り。めちゃくちゃサギっぽい感じになっちゃったな。一回断っておいて、相手が弱ったところで接触するとか。

 誘われた相手も、すごく不審そうな顔してるし。


「だ、大丈夫だって! 抜けたヒトもトラブルとかじゃなくて、二十階チャレンジのために、でかいギルドに移るためだったし」

「そういうこと、できるんですか!?」

「さ、才能があれば……」


 そこでまた、しゅんとなってしまうイヌ。

 なんか、もうめんどくさい。


「飯食った?」

「まだです。帰りがけに、P館で弁当買う気だったんで」

「今日はオレんち泊まれよ。そんで、明日リーダーに会わせっから」


 なんか、こんなやり取り以前にもしたな。

 雄太と一緒に暮らすようになったのも、オレから言い出したのがきっかけだし。



「んじゃ、行こうぜ。もう暗くなるし」

「は、はい。ボクは」

「さとう、たもつ、さん、でいいんだよな?」


 不思議そうにするイヌに、オレは受け取った募集用紙を返す。

 そこでようやく、相手も笑った。


「よろしく、おねがいします」

「それは明日、リーダーに言ってくれよ。じゃ、急ぐか」

「で、でもボク、まだ弁当」


 オレは笑い、そのまま歩き出す。


「今日はおごるわ。下手なアドバイスして、やな気持ちにさせたかもだし」

「あっ、い、いえ、でも」

「気になるなら、あとでお返しってことでいいから」


 そうと決まれば、どっかに適当によって飯を買い足しとかないと。雄太が買ってきてくれた分じゃ、三人には足りないからな。


「そういえば、あなたの名前と、所属パーティって、なんて言うんですか?」

「オレは厚木信二」


 こういうことをするのは、もしかして生まれて初めてかもしれない。

 少し緊張しながら、自分の所属を名乗った。


「採取と素材集め専門『プアリーズ』のメンバーだよ」



冒険者パーティ『プアリーズ』


リザードマンの『千駄木啓二』をリーダーとする、採取と素材集めを専門にする冒険者パーティ。安全と堅実を重視しており、危険を伴う高階層の塔攻略や、プラチケ取得の引率業務は基本的に引き受けない。

ただし、リーダーの千駄木と副リーダーの権藤両名は、十階のウィザード攻略できるだけの実力は持ち合わせている。

すでに五年にわたって活動している古参に近いパーティだが、いずれのギルドにも属すことはない。『所属ギルドの都合に振り回されるのは嫌だ』という、千駄木と権藤の意向によるもの。

固定メンバーは非戦闘員の鮒川典太を加えた三名で、最大六名までを所属の上限としている。

現在、厚木信二と友人の仰木雄太、新たに加わった佐藤保が正式メンバーである。


ちなみに『プアリーズ』の命名者は鮒川典太で、彼が好きだった『あるTRPGリプレイに出てくる冒険者パーティ』にちなんでつけられた。


「でも、所詮ボクらは平成氷河期育ち。『成金世代バブリー』なんて縁がない。だから『貧乏暇なし(プアリー)』で、ちょうどいいんだお」


という自虐込みのネタである。

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― 新着の感想 ―
自虐がひどいなと思ったら、まさかのバブリーズちなみだったとは。連中も最初はプアリーズでしたし、ひょっとしてもしかしたらワンチャンある、かも?でも堅実に生き残ってほしくはある……。
今回も面白かったでした。 ちょっとほろ苦く世知辛い。 それでも、彼らは必死に生きている。 余計かもしれませんが、彼らに幸福のありますように。
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