星屑のヒトたち(前編)
異世界転生、冒険者、そしてギルド。
オレがこのおかしな街に転生してきて、真っ先に思いついた、三つの単語だ。
モック・ニュータウンの顔役をしてるPってゴブリンは、笑顔でオレの意見に頷き、パンフレットを渡してきた。
『おそらく、ここではあなたの望む生活を送ることができるでしょう。もちろん、死と隣り合わせとなりますが』
物騒極まりない脅しとともに、厚木信二第二の生は始まった。
赤みがかったブチハイエナの獣人――模造人の体を貰って。
「それじゃ、僕は行くけど、ちゃんと後片付けとゴミ出ししといてね」
「んあー、りょうかいー」
手にした道具箱をガチャガチャ言わせて、同居人のウサギの模造人、仰木雄太が出かけていく。
この街に来て少し経った頃、オレの下宿に転がり込んできたあいつは、現在『装具士』の見習いとして活動中だ。
元々、エントツ街の工場勤めだったのを、オレたちの鎧の面倒を見るために、転職を決めてくれたんだよな。
「さてと」
食卓の上に残された、朝食の残骸を片付ける。この街にガスや電気はないから、一般家庭で自炊をやるやつはほぼいない。
たいていは買ってきた総菜や弁当中心の生活、とはいえ、向こうにいたころもコンビニ弁当で済ましてたから、そんなに変わってないけどな。
「あ、やべ。今日は掲示板行かなきゃなんねえわ」
部屋の中を軽く見まわし、異常をチェック。
いわゆるリビングダイニングには、鎧ケースに武器を掛ける棚、フローリングに直置きの食卓に、地続きの小さな台所。ふすま一枚で隔てた部屋に、二段ベッドと私物用の棚やタンスがある。
隣のベッドに脱ぎ散らしておいたズボンとシャツを着ると、剣帯を巻いて剣を差す。
最後に、玄関近くにある姿見で、全身を確認。
「よし、今日もオレ、カッコいいっと」
別にナルシストってわけじゃない。冒険者の先輩であり、リーダーの千駄木さんに言われたからだ。
『出がけには絶対、自分の全身を見とけ。俺ってイケてるか? ってな。イケてなかったら、イケてる自分に調整してから来い』
鏡で自分を客観視して、ちゃんと装備が整ってるか、体調はどうかってのを見るのが大事だ、ってことだそうだ。
この部屋を紹介してくれたのも千駄木さん。
同業者のヒトが亡くなって空き部屋になったから、ってのは引っかかったけど。
戸締りして下宿を出ると、P館前の掲示板を目指す。
朝の東前通りは、すでにヒトの群れがはけてきていて、少し焦りながら足を速めた。
「P館クエスト、すべて終了しました! 今日のP館クエストは終了でーす!」
係員のゴブリンの声に、掲示板前に群がっていた連中が、ごっそりと移動していく。
この街の運営と管理を行っている『Pの館』。その庭先に設置されている掲示板では、毎日クエストが張り出されることになっていた。
ここで受けられるクエストの種類は、主に三つ。
「くっそ、あと一回でプラチケなのによぉ! もうちょっとクエスト増やしてくれ!」
一つ目、Pの館が依頼する『P館クエスト』。
比較的安全で、街に来た初心者でも受けやすいものが多く、一定回数務めると様々な特典が得られるうえに、二十回以上受注すると、プラチナチケットが一枚手に入る。
とはいえ、競争率もめちゃくちゃ高くて、早朝から並んでも受けられるかどうかだ。
「優先券とかありゃいいのにな。家が近い奴が先にとれるとか、ズル過ぎね?」
「それ、昔やって殺し合いになったから、廃止になったらしいぞ?」
悔しげに去っていく連中をやり過ごしつつ、オレも掲示板のチェックに入る。
フル装備をしている冒険者の一団が、張り出された依頼内容を、声に出しながら吟味をしていた。
「ホライゾン、Aチーム候補募集だって。募集資格……二十階クリア経験必須、単独制覇者優遇……って、それができりゃ苦労しねえよ!」
「そんな超上級者、なかなか出てこないですよね。現状、崩落後の南の森って、いい狩場がありますし」
二つ目は、他のギルドが依頼する『ギルドクエスト』。
必要としている素材や仕事の下請け、団体専属のアタックチーム補充など、大体組織の運営に関わることが中心だ。
一番人気は生産系の『インスピリッツ』が出すクエストで、食料に関わる『EAT UP』、情報収集や取材協力を依頼してくる『てなもんや』なんて変わり種もある。
オレも内容をチェックし、素材採取系の依頼チラシをいくつか手に入れておく。
そのまま、前の二つ以上の広さを誇る、掲示板のエリアに入った。
「"引率お願いします。当方戦闘技術なし。ログボ十枚から応相談"……って、ヤベえな」
「相場以下で受けろとか、ぜってー新入りだろ。パスだパス」
三つ目が、『個人クエスト』。
その名の通り、街に住む個人や商店の依頼が中心になる。その大半が、滞留資格獲得に必要な、プラチナチケット獲得の引率募集。
実のところ、この街で冒険者という家業が成り立っているのは、引率業があるからって側面もあった。
専門業者の『甲山組』や『山本工務店』が有名だけど、競争率も料金もお高め。
稼ぎの少ない連中はこうして、フリーランスにお願いするのが通例だ。
相場は最低ログボなら二十枚以上で、当日の食事代や危険手当も含めて、三十枚は欲しいところだ。
『まあ、俺はやらないけどな。最初で懲りたから』
千駄木さんは、基本的に引率は受けない。依頼人とひどく揉めて、仲間を危険にさらしたから、だそうだ。
実際、引率業はトラブルも多くて、初心者に毛の生えたような連中が、依頼人含めて全滅したなんて話もよく聞く。
そういう『わかってないやつ』は、比較的良心的な業者から見向きもされず、最終的に『シャーク』にボッたくられたりするんだよな。
『安物買いの銭失いってやつだ。いいサービスを見極めて、ちゃんと払えってこった』
一応、引率をチェックすると、そのまま別の依頼の群れを目指す。
そんな俺の前に、背の低いたれ耳のイヌが立ちふさがった。
「あ、いいっすか、そこ通るんで」
「すみません! 冒険者してるヒトですよね! ボク、仲間に入れてもらえませんか!」
身に着けているのは、皮の防具とショートソード。それっぽい恰好はしているけど、鎧も着慣れていなくて、剣もただの結晶武器だ。
こういう時は、
「悪い。うちのリーダー、今は募集掛けてないんだ。しばらく欠員も出ないと思うぜ」
「……そ、そうですか」
「掲示板に張り出しは?」
「しました……。でも、一週間、なにもなくて」
そいつの仲間募集の張り紙をチェックする。
『塔経験:一階踏破(数回)
有用ギフテッド:なし
特技:なし
備考:やる気はあります。荷物持ち、雑用でも構わないのでお願いします』
やっぱりなあ。こういう書き方してる奴はこうなっちゃうよな。
「あのさ、甲山組って行ったことある?」
「引率屋さんのギルドですよね。でも、入団断られちゃって」
「そうじゃなくて、あそこで講習やってんだよ。罠外しとか、戦闘技能訓練とか」
あそこはたたき上げの現場主義だから、いきなりど素人が頭下げても、よほどのことがない限りはギルメンになることはできない。
とはいえ、門前払いするってわけでもないんだよな。
「チケット五枚で講習一回。何回か行って認められれば、特技のところに『甲山組の講習経験あり』って書けんの。解除屋は不足しがちだから、やれそうなら狙ってもいいんじゃね?」
「……それは、勧められたんですけど」
「思ってたんと違うって?」
こくりと頷く犬の模造人。
まあ、あそこの親方、顔怖いし声デカいし、講習受けてダンジョンに入るとか、違和感もすごいよな。
「あんた、こっちにはいつ来たの? どこ住み?」
「二週間前、です。今はP館の下宿所で」
「なら、今のうちに変なこだわり、無くしといたほうがいいぜ」
『ここでの冒険者って、ゲームとかアニメとかと、全然違うから。イメージ的には現実の土木作業員に近い』
オレも最初のころ、割と勘違いしてたからな。金稼いでちゃんとした武器持てば、そのままどっかのチームに入ってとかって。
幸運なことに、仕事を探しに来てた千駄木さんと出会って、一から仕込んでもらえたけど、普通はそんな風にはならない。
「一階のゴーレムだって、言うほど簡単な相手じゃない。時々、こっちに来て三日ぐらいの初心者が、あっけなくやられたりするんだぜ」
「そ、そうなんですか!?」
「その次に死亡率高いのが二階のトラップ。初心者だけの解除屋なしで挑んだ五人パーティが、帰りは死にかけの一人だけになってた、とか」
目の前のイヌはすっかりおびえて、うつむいてしまう。
でも、言ったことに誇張はあっても嘘はない。大丈夫だと思って行動した奴が、うっかり死をやらかすしな。
てか、オレもやりかけたし。気を付けないとだ。
「そういえば最近、佐川ってヒトが、完全な初心者相手に講習やり始めたらしいから、探してみるといいかもな」
「初心者講習……ですか」
「誰にも教わらないでカッコよく二十階踏破、できたらいいけどさ。それが今、できてないんだから、今後もぜってぇ、できることはないから」
納得は行ってなさそうだったけど、たれ耳のイヌは頭を下げて、去っていく。
今後どうするかは、あいつ次第だろうな。
「なかなかいいこと言ったじゃないか、厚木」
「……千駄木さん!? いつから!?」
振り返ると、二メートルぐらいある、ガタイのいいリザードマンが、口元をゆがめてオレを見ていた。
「こっちに来たときは、さっきの彼よりも危なっかしかったよな、お前」
「う、え、その……」
「まあ、今でも防具の付け忘れとかもあるから、まだまだか」
うっわ、ハッズカシー!
やっぱり偉そうに説教なんてかますんじゃなかったかなー!
羞恥心で死にかけているオレに、千駄木さんは意外な言葉をかけてきた。
「もし次、見かけたら、うちで面倒見るか」
「いいんすか? しばらく新規入れないって」
「佐土原が『工務店』で修業したいんだと。この前、肉獄の支援回ってた時、『ホライゾン』の活躍見て、当てられたらしい」
佐土原さんはうちのアタッカーで、戦闘面ではリーダーの千駄木さんと並ぶ実力者。
元々は『ローンレンジャー』入りを狙ってたのが、例の解散騒ぎでギルドごとなくなって、しばらく落ち込んでたっけ。
「やっぱり、氷月のタレント性はやばいな。ちっちゃい女の子が、空飛びながらでかい剣振り回して、ビーム撃つんだ。無理もないが」
「それ言ったらインスピもすごいっすよ。例の『結晶機』のせいで、傘下の工場も新入りが増えたみたいで」
さっきのヒトには釘刺したけど、この街には『カッコいい冒険者』も存在する。
とはいえ、超が付くほどの上澄みで、あこがれてもたどり着けない、塔より高い隔たりがあるからお勧めはしないが。
「で、今日の依頼はどうだ?」
「インスピ系の素材集めと、EATUPから食材入手、個人受けを見ようと思ったら、さっきの奴に引っかかって、そっちはまだっす」
「じゃあ、手分けするか。午後の集合に間に合わせよう」
めぼしい依頼を集めきってしまうと、オレたちは掲示板の群れを抜けて、そのまま北前通りへと向かう。
昼下がりの通りは人通りもまばら、お昼になればもう少し違うだろうけど、のんびりした空気が漂ってる。
「そういえば、さっきの彼に『ムーラン』入りを勧めてもよかったな」
「あそこって戦闘しないヒトのギルドでしょ? 冒険者やりたい奴には合わないんじゃ」
オレも何度か行ったことがある銭湯とメイドカフェの変な店。あそこがギルドだと知ったのは、つい最近のことだ。
「最近、いろいろ内情が変わってるらしくてな。攻略パーティも抱えるようになった。知らないか? 『パッチワーク・シーカーズ』」
「あー、新聞に載ってたの見たかも」
そんなことを話しながら通りを西に抜けて、道具屋街へと入る。
南側のエントツ街とは違い、こっちは細長い長屋や、平屋建ての店が細かい路地を張り巡らせている。
正確には、適当に立てた家屋が自然に路を造った感じだけど。
そんな長屋の店へ、足を踏み入れる。
「こんにちは、お疲れ様です」
「おう」
入ったときに感じるのは、一種独特なにおい。
ここで扱うのは、エネミーから取れた皮革や甲殻を原材料にした防具だ。
素材自体の持つ獣臭や、皮のなめしや接着に使う薬液、それらが煮られたり焙られたりする煙が、壁や天井に染み込んでいる。
店の主であるネズミの店主も、全身の毛皮がかぴかぴになって、なんとも味わいのある感じになっていた。
「おい仰木君、お仲間だぞ」
「あ、はい!」
奥のほうで皮の前掛けを付けて作業していたウサギが、こっちにやってくる。こうしてみると、すっかりなじんだ感じだな。
「早かったね、もう集合?」
「千駄木さん?」
「うん。頼まれていた素材を渡しに来た、昼になったら迎えに来るよ」
千駄木さんから袋を受け、中身をチェックすると、店主はチケットの束を差し出す。
数日前に南の森で狩っていた蟲の甲殻。リーダーが出荷前の下処理もできるおかげで、うちのチームから出す素材は、結構言い値で買ってもらえるんだ。
雄太がここで世話になれたのも、千駄木さんの口利きがあったからだ。
「そういや、そっちの兄ちゃんの防具、明後日には仕上がるぞ」
「あ、ありがとうございますっ!」
「それなら、本格的な仕事も入れられそうだな」
その言葉に、オレは苦笑しつつも喜んでいた。
前回、南の森での仕事を受けた時、オレは防具なしで森に入った。
千駄木さんはあえて何も言わず、オレがけがをした段階で、容赦なく仕事から外されてしまった。
仕事の帰り道、彼はオレに告げた。
『どんな仕事でも、どんなニンゲンでも、絶対にあるんだよ。『俺は大丈夫だ』って勘違いするときがな。つまり今日、このケガが、お前の『過信の結果』ってわけだ』
つまり、オレの気のゆるみも、全部承知の上で『成り行きに任せた』んだろう。
その日の報酬はなしで、しばらく仕事には入れない、そういう命令を受けた。
以後、今日にいたるまで、掲示板のチェックと雑用だけを続けていたんだ。
「よかったね」
「うん」
「さて、それじゃ失礼します」
店を出ると、今度は大通りに戻ってエントツ街に近いエリアへと向かう。そっちは、工場勤めの連中を相手にした弁当屋や食堂が並んでいる。
「『窯パン』でいいか?」
「そっすね」
そこは、エントツ街にある『窯屋製パン』直営のパン屋で、広いイートインスペースが特徴の店だ。
人気メニューは『ハンバーガーセット』で、販売方法も店頭で注文受けて提供するスタイル。どちらかというとファーストフードに近い。
手作り感あふれるぱちもん通りの『ふかふか屋』と、既製品的なクオリティを重視した『窯パン』は、この街におけるパン食界の人気を二分している。
「コーヒーとフルーツパイ、そっちは?」
「ビーソーダとチーズスティックで」
まだ昼飯前だし、オレたちは軽食とドリンクを頼んで、奥の箱席に座る。
それから、持ってきた募集要項をチェックし始めた。
「多分、こっちの二件はもう決まってるだろうな」
「インスピ早いっすからね。念のためって感じで、帰りに出張所に聞いてみましょうか」
「三根医院の依頼、こっちは採用。また南に入るから、今度は気をつけろよ」
「うっす」
結局、受けられそうな募集は三件ほど。
他のニンゲンが取っていそうなので留保がいくらか、あとは依頼の内容や報酬に問題があるとわかって、はねたものが大半だ。
「この素材採取、受けられないんですか?」
「そこは山根のところと繋がってる。あいつとは、顔を合わせたくない」
「……やっぱ、そういうトラブルあるんすね」
「仲良しこよし、とはいかないのが悲しいとこだな」
オレにとってはめちゃくちゃ人格者で、頼りになる千駄木さんも、それなりにヒトとのトラブルは抱えている。どういう事情があるのかは、あえて聞く気はなかった。
どこに行っても、オレたちはニンゲンってことだ。
「おまたせっすリーダー! うさちゃん連れてきたよ~ん!」
黒い雑種犬の模造人、佐土原さんが、雄太を引き連れて入ってくる。そのあとに続くのは、うちのパーティのメンバーだ。
「千駄木、メシだ。注文取ってくるから言え」
店の天井がこすりそうなぐらい、タッパのデカいウマの模造人。サブリーダーの権藤さんが、メモ帳片手に尋ねてくる。
「窯パンもいいけど、次は『サバーイ』キボンヌ。トムヤンクンで体を夏にしたいお」
横幅の太いウサギの鮒川さん。謎の喋りをしてくるので、初対面の時はかなり引いたっけ。
正規の冒険者メンバーと、新たに入った装具士見習いを含めた六人。
これがオレの属するパーティの全員だ。
「よし、それじゃ『プアリーズ』、行動計画会議、始めるぞ」
ファーストフード店の一角に陣取って、冒険のプランを練る。
それが、この街における冒険者の『よくある風景』だった。
~続く~