深夜の友は真の友?(後編)
モック・ニュータウン、西の廃ビル群。
機獄崩落によって生み出される、どことも知れない街の寄せ集めでできたここは、新米冒険者の練習場としても知られていた。
出現するエネミーは機械系だが、電撃を発する結晶を用意しておけば、ほとんどが無力化可能であり、そもそも崩落時点で危険なエネミーはほとんど退治されているからだ。
だが、今俺たちが見ているものは、そのいずれでもなかった。
「これ……地下のモールか?」
「そうさ。機獄崩落は他の獄層と違い、こういう構造をしている。上の街並みはあくまで見せかけであり、本命はこっち」
さっきの廃ビルの地下のさらに下、導かれる先にあったのは、巨大な商業施設のような空間だった。
入り口になったのは、一台のエレベーター。おねえさんが端末を操作することで、表示よりも深い空間へと、たどり着く。
壁や天井が一部崩れているが、原形をとどめた地下のショッピングモール。
まったく明りがないのかと思ったら、無事な電灯が光を投げかけている。
「なあ、おねえさん、なんでここ、電気がついてるんだ?」
「一部の区画で、緊急事態に備えた自家発電設備が動いている、らしいんだ。そのおかげで。こういう照明いらずのエリアがある」
「らしいということは、その発電施設を見たヒトはいないのですか?」
しおりちゃんの問いかけに、おねえさんは足を止めて、俺たちに振り返った。
「その前に、どうやら君たちの出番のようだよ」
その宣言が終わる前に、力強いモーター音とともに、ヒト型の何かが突き進んでくる。
頭頂部に赤い警告灯が輝く、おそらく警備用のロボット。右手には青く火花を散らす警棒があり、左手には銃器のような筒。
下半身は足ではなくて、武骨な無限軌道で、瓦礫の散らばる通路も難なく走破する。
「ガードだ! 残念ながら、膝に矢を受けても引退はしてくれないぞ!」
「でしょうね! 膝なんてねーもんな!」
合計三体のガードは、接敵する前に柑奈の狙撃で一体砕け、紡の刃で二体目が両腕と頭部を断ち切られ、三機目が文城のこぶしで、肉球型に壊れた。
「すごいな! 話には聞いてたけど、ここまで鮮やかだとは!」
「まーね。って、こいつら、多分初めて見た奴らだぜ?」
「そもそも、『電子の陵墓』って、今まで聞いたことないんだけど?」
手元の端末に何かを打ち込みながら、おねえさんはそっけなく答える。
「インスピリッツが、意図的に漏らさないようにしているからね。この入り口だって、わたしと一緒じゃなきゃ、見つけることさえできないよ」
「それだけ危険度が高い、ということですね?」
「その通りさ。しかも、潜在的な危険度なら、肉獄に匹敵するほどの」
そのまま、比較的原形を保っている店舗の跡地に入ると、彼女は腕に装着した端末に映し出された情報を開示する。
ワイヤーフレームで描画されているのは、おそらく地下街の様子。
だが、その深度はとんでもなかった。
「最深部推定……千メートル!?」
「冗談でしょ?」
「少なくとも、三百メートル地点までは確認済みさ。しかも、崩落を重ねるたびに、より深くなっていくんだ」
ほんと、この街には毎度驚かされるな。
見慣れた場所のはずが、秘密のベールを一枚めくっただけで、まったく違う様相を見せるだなんて。
「わたしたちの推定だと、この地下ダンジョンには、ある種の意志のようなものがある、とされている」
「意志って……迷宮の主、みたいな?」
「一番最初に落ちた機獄層の中核に『なにか』があったらしい。前任者の記録によれば、地下にあったのは巨大なシェルター、あるいは軍事施設、のようだったと」
なかなかに、きな臭い情報が出てきたな。
おねえさんは地面に転がった『ガード』の頭を指さし、さらに剣呑な言葉を吐いた。
「ああいう残骸を残しておくと、いつの間にか、何者かが回収してしまう。それどころか……新しく崩落してきた獄層地下の中身が、ごっそりと持ち去られていることもあった」
「ちょっとやめてよ。まさか、そのなにかが、いつか出てくるとか、ないでしょうね?」
「そういう予測を立てているメンバーもいるね。なので、わたしたちもこうして、調査員を送りこんでいるというわけさ」
なるほど、インスピリッツも思いのほか、多岐にわたる仕事をしてるんだな。
って、ちょっと待てよ?
「もしかして今の俺たち、その調査員に計上されてるってことォ!?」
「おや、言ってなかったかな?」
「聞いてないですよ一切! そんな激ヤバ案件なら承知しませんでしたって!」
「大丈夫。表層階に厄ネタは存在しないから――おそらく、たぶん、めいびー」
うわあ畜生、このおねえさんも大概だな。
だが、それまでの気さくでへらついた顔を改めると、おねえさんは俺たちを見回した。
「正直、わたしたちとしても、ここの情報を広く周知して、解明を進めたいんだ。でも……機獄のエネミーを相手にできる人材は、そう多くない」
「つまり、あたしたちならいけるんじゃね? って思って、テストしてみたってわけ?」
「そうだね。まあ、それなりに報酬は上乗せするから、それで勘弁してくれたまえ」
俺たち全員の様子を確認すると、おねえさんは腰を上げた。
「では、必要な物資を、回収しに行くとしようか」
彼女の案内で進む地下の世界は、見るべきものが多かった。
上空からの落下を経ても、形状を保っている地下の空間は、最下層にいる『なにか』の干渉が影響しているらしい。
そして、うろつきまわっている『ガード』も多種多様だった。
「地下に陣取る『なにか』とやらは、大変なきれい好きでね!」
暗がりの奥から這い出して来る、ムカデのような多脚のロボットに向けて、お姉さんのドローンが、電撃ネットを投射する。
ゲーセンで使っている警備用の装備じゃなく、こういうダンジョン向けに切り替えてきているわけだ。
動きを縛られた敵をタコ殴りにすると、戦闘はあっさりと終った。
「こういうロボットやドローンを使って『整理整頓』を定期的に行っているんだ」
「そういえば店舗の中にも、商品の残骸らしいものが見当たりませんでしたね」
「レストランみたいなとこにも、ご飯の残りとか、なかったし」
「その通り。そして、その『なにか』は、崩落によって階層が増えるたびに、この地下ダンジョンを整備もしているんだ」
やがて、俺たちは一階の奥にある、広い空間にたどり着いた。
これまでのダンジョンと違い、整然と広がる金属のフレームで仕切られた、倉庫のエリアだった。
「え……なんだこれ!? どっかの配送センターか!?」
驚く紡の腰を叩き、おねえさんは口元に指をあてた。
「ここから先は、スニーキングミッションだ。内部で管理を受け持つドローンたちに見つからないよう、目的のブツをいただく」
「つまり?」
「来たまえ少年、君とわたし、二人の怪盗団と行こうじゃないか」
仕方ない、そういう仕事は俺の領分だしな。
他のメンバーは離れた場所に待機してもらい、俺はおねえさんと一緒に、倉庫へと侵入することにした。
それにしても、とんでもない広さだな。
天井までの高さは、だいたい二十メートルぐらい、金属フレームの細い柱を板材で仕切り、いくつもの段ボールが積まれている。
照明の暗さもあるけど、倉庫の端まで一キロはあるだろう。
紡の言う通り、どこかの配送センターそっくりの情景だった。
「この倉庫の中身、地上に持ち出せば、いろいろ助かるんじゃないですか?」
「そう思うよね。そして、それがなされていない理由まで、思い至らないかい?」
「……『なにか』を刺激して、ひどい目にあった?」
「十年前に起こった二重の獄層崩落。先任者たちはいくつもの間違いを犯した。この『電子の陵墓』への干渉も、そのうちの一つなんだよ」
おねえさんは手元の端末を操作して、付近にいるドローンの位置を確認している。俺の方は、彼女の探知をすり抜けてくるかもしれない存在を、目視で警戒する役目だ。
「肉獄と緑獄の異常な肥大に対応するべく、街は総力を挙げた。とはいえ、今と比べればすべてが貧相だったそうだが。それを補うべく、『たたら場』のメンバーはこの倉庫を利用する計画を立てた」
「『たたら場』、ギルドの名前ですか?」
「インスピリッツの前身でね。うちのギルドマスターが、サブマスターをしていた」
計画はうまくいくはずだった、低階層の陵墓は敵も弱く、資材も持ち出したい放題のはずだった。
「突然、最深部と思われるエリアから、大量の機械兵器が吐き出された。機獄層深部にしかいないはずの『駆逐機兵』がね。ギルドの構成員はほぼ壊滅、物資を補充するどころか……崩落対応の人員さえ、失ったと聞く」
「もしかして、この物資って……ある種の寄せ餌、ってことですか?」
うまい餌に誘われた犠牲者を、残らず殺すためのトラップ。俺の意見に、おねえさんは首を振り、少し離れた場所にある資材の棚を指さした。
「目的のブツは、あの辺りに保管されているはずだ。巡回はしばらく来ない、急いで物色しよう」
素早く移動すると、そこには細長い形状の段ボール箱が積み上げられていた。
表面の文字は日本語もあったが、海外どころか地球の言語でさえない、異様な書体で書かれたものもある。
「よし、どうやらこれでよさそうだ。持っていきたまえ、少年」
「え!? いや、こんなもん持って帰ったら」
「わたしが大丈夫と言ったんだ、信じたまえよ」
いろいろ言いたいことはあるが、俺はその箱を持ち上げ――いやこれ結構重いな?
そのまま、帰りも忍び足。慎重に巡回を避けながら、何とか倉庫の外に出た。
「……ふえぇ、きつかったあ」
「こんなところだろう、よくやったな、少年」
「でも、ホントに大丈夫なんすか?」
俺の疑問に、彼女は笑顔で答えた。
「『なにか』が問題にするのは、自分に対しての攻撃行為だ。窃盗に関しては行為者の排除、もしくはエリア外への放逐までしか行わない。『たたら場』の連中が失敗したのは、『多人数で侵攻』し、エリアの『制圧』をしてしまったからさ」
「何だか妙なヤツですね。侵入者は絶対排除、ってのが普通だと思うけど」
「さてね。仮説はあるが、検証はされていないから」
みんなと合流して地上に戻ると、俺は箱の中身を確かめた。
黒ベースの樹脂でできた、機械製品が一つ。
「……これって、ラジカセ、ですよね?」
「わー、なっつかしー! おじいちゃんの部屋にもあったよこれ!」
「え……らじ、かせ?」
「形からすると、ラジオにも似ていますね」
柑奈以外は微妙な反応。
とはいえ、音楽関係はみんなパソコンかスマホ経由、個人所有の音楽再生機で音楽を聴くって文化も、だいぶ廃れたからな。
「カセットテープ対応、タイマー録音機能付きラジカセだよ。これなら、深夜放送を録音して、次の日に聞けるというわけだ」
『おおー』
自慢げに胸を張るおねえさん。
だが、ちょっと待ってくれ。
「おねえさん、一つ質問が」
「なんだね少年? 何でも聞いてくれたまえよ」
「これの電源、どうすんですか。家庭用の電源なんて、店でも引いてないですよ?」
おねえさんは慌ててラジカセの背面をまさぐり、下面についた蓋を外して見せた。
「ほら! ちゃんと単二電池も対応してるよ! 電池なら『文化屋』でも扱ってるし!」
「そもそも、このラジオで放送の受信、できるんすか?」
こちらの質問に、彼女はきょとんとした顔をした。
「できないのかい?」
「……藍さんから話、聞いてないんすか」
それはラジオ局開設の時、本人から聞いたことだ。
『そういえば、発掘品の中に地球の家電とかあるじゃないですか、あのラジオで受信ってわけにはいかないんすか?』
『それがねー。この結晶ラジオ、純粋な意味ではラジオじゃないんだよねぇ』
結晶同士の持つ共鳴する性質を利用した、ある種オカルティックな代物で、電波として送信しているわけではないらしい。
普通のラジオでは、妙な空電は受信できたが、この街の技術で『復号』することはできなかったそうだ。
柑奈をはじめとする魔機人が受信できる理由も、現在研究中とか。
「なるほどなー。なんでラジオを間接的に録音、なんてアナクロなことしてるかと思ったけど、そういうことかー」
「でなきゃ、ラジオ一台ログボ四十枚とかって値段になるわけないでしょ!」
「うわ高っか! 藍君ぼろもうけすぎだろ!」
「ったく……」
しかし、参ったな。このままじゃ、文城の寝不足問題が解決しないぞ。
「そういえば、今回のクエストって結局、ふみっちのお寝坊さんを何とかしようって話なのよね?」
「そうだなー。だから、深夜番組にかじりつかなくてもいいように、録音した奴を昼間に聞けば、ってことだったんだけど」
「だったら、こういうのはどう?」
にっこり笑うと、柑奈は口を薄く開けた。
「――『田宮丹世のラジオはナポリタン、パーソナリティのおねえさんだよー。というわけで今夜もはじまったんだけど……そういえば昨日のお昼、ダブチ食べたんですよ、ダブチ。EAT UPの、その時、勢いよくソースがビュッと』――」
それは紛れもなく、お姉さんのラジオ番組。俺も聞いたことのある放送回の、完璧な録音だった。
「カ、カンナちゃんも聞いてたの!?」
「ふみっちがはまってるって聞いてからねー。『お弁当ネコ』さんの投稿とか、聞き逃したくなかったし」
「にゃっ、にゃあああああんっ!」
顔を両手で押さえて、恥ずかしポーズをとる文城と、それを記録しまくる柑奈。
ほんとひどいオチが付いたけど、こういうことができるなら、今回の問題も解決かな。
「あとは、あたしがこのデッキを使ってテープに録音、その後ふみっちが聞くようにすれば、問題は解決でしょ?」
「文城も、それでいいか?」
「う、うん……ありがと」
「これにて一件落着! おねえさん、大活躍だったね!」
自分で言うなし。ていうか解決したのは柑奈のおかげでしょうが。
とはいえ、本当の意味では、解決してなさそうだけどな。
俺たちは街に戻り、ムーランの前で解散する。
「今日は楽しかったよ。いずれ正式に、陵墓探索の依頼が行くかもだ」
「その前に、今日の分の危険手当、上乗せで請求しますからね」
「うわ! 忘れてなかったか! それでは、サラダバー!」
脱兎、いやさ脱鼬のごとく逃げていく背中にため息をつき、仲間たちも流れで解散していく。
その日の晩。
夕食が終わった後の自室で、俺は文城に尋ねた。
「やっぱり、生で聞きたいか?」
「え……?」
寝そべって漫画を読んでいた文城は、顔を上げた。それから視線をそらし、苦い笑いを浮かべた。
「ごめんね。録音できるのも、うれしいんだけど……」
「夜にこっそり、一人で聞くのが楽しかったんだよな?」
「で、でも、お仕事もちゃんとしないとだし、寝不足だと、みんなの迷惑にもなるし」
「それはまあ、そうではあるんだけどな」
とはいえ、文城の行動を咎める気もなかった。
夜中にこっそり起きてラジオを聴いている姿を見て、思ったんだ。
こういう楽しみも、時にはいいだろうって。
「夜更かしは日曜の夜だけ、お菓子は食べ過ぎない、寝る前に歯を磨くこと」
「う、うん」
「重要任務がある時はあきらめる。朝のトレーニングは必ず出席。その代わり、月曜日の活動は昼以降ってことで」
「でも……いいの? だって僕」
俺は文城に近づき、その頭をくしゃっと撫でた。
「せっかくの自由業なんだ、フレックスにしても問題ないさ」
「孝人……ありがとう」
この判断が正しいのか、間違ってるのかは分からない。
でも、せっかく文城が自分から、面白そうなことを見つけて、楽しんでるんだし。
俺は全力で見守り、フォローしてやるだけだ。
それから、文城の趣味に深夜放送のリスナーと、番組への投稿が加わった。
心配する声もあったけど、月曜日に難しい案件を入れないようにすることで、リスクヘッジには気を使った。
何かあったら俺たち以上に、文城が傷つくからな。
「……ふぁ……あふ」
何度目かの月曜日の朝。
以前よりは多少、眠気をはねのけた顔の文城。その背中を追いながら、山本さんの事務所へと歩く。
「そういえば、おねえさんって生放送やってるらしいけど、帰りはどうしてるんだ?」
「んー、すたじお、に泊まってるってぇ。すたっふさんと、きもだめし、した話、おもしろかったよぅ」
などと話している道の向こうから、見慣れた白衣のイタチがやってきていた。
「ラジオのおねえさんだ、おはようございます」
「あー、少年たち、おはよー」
向こうも大あくびをしつつ、手にした水筒から湯気の立つコーヒーをすすっていた。
「これからトレーニングかい? スタミナとすばやさ大アップってとこか」
「そっちは帰って寝るとこですか?」
「そうしたいのは山々だけどね。朝ごはん食べたら開店準備だよ。昨日も次の番組の打ち合わせと、台本のネタ出しで、あんまり寝てないし」
考えてみれば、このヒトもラジオだけじゃなく、ゲーセンもやってるんだもんな。
文城の方は、おねえさんの発言に驚いた顔をしていた。
「台本って、決められたとおりに喋ってるんですか?」
「演劇のそれとは違うよ。どういう話をするか、とか、この話題に何分使えるか、みたいな予定表みたいなものだね」
「そっか。三十分だけしかないんだし、そうかあ」
なにかを納得したような文城に、おねえさんは水筒を、口に当てつつ告げた。
「悪いけど、明日と明後日は、休店日だからね」
「定休の水曜日だけじゃなくて、明日もですか?」
「そ。理由はほら、例のアレだ」
秘密めかした口ぶりで、イタチの模造人は笑う。
そういえば、これまでもゲーセンは時々、定休日以外に閉まっていることがあった。これまでは、たいして気にもしてなかったけど。
『あそこは――ちょっと特殊なんだよ』
藍さんの言葉が、頭をよぎる。そういえば、あそこで稼働しているゲーム機の電力も、どこから引いているのか。
一枚ベールをめくると、その下からさらなる秘密が現れる。それは、この街の住民にも言えることなんだろう。
「もしかして、おねえさんの、本当の仕事って」
「おっと少年、乙女の秘密を探ろうなんて、無粋なことだよ?」
彼女は歩き出し、背中越しに告げた。
「わたしはあくまで、かわいくてかしこい、ゲーセンのおねえさんさ」