日々に咲く
モック・ニュータウン、魔界の底に造られた奇妙な街。
ここに『宗教』は存在しない。
あの奇妙なバケモノに転生させられた時、思い知るからだ。
この世界には、僕らが信じていた神様や悪魔も、天国も地獄も、本当の意味での転生も、存在ないと。
『――それでは、これより獄層対応における戦没者慰霊祭を、開催いたします』
それは、下宿屋の食堂に設置されたラジオから、流れてくる声だ。
テーブルのあちこちに座っている同僚たちも、音源に顔を向けて黙っている。
『初めに、大川大瓜氏による弔辞を、お願いいたします』
この街最大のギルドをつかさどる男が、語りだしていた。
『まずは、生きてこれを聞く、すべての住民に告げる――よくぞ生き延びた! 我は貴様らが費やしたすべての努力と、葛藤と、後悔と、克己の全てを、賞賛しよう!』
スピーカーが壊れそうな音声。少しひずんでしまったけど、言葉にこもった実感は少しも損なわれなかった。
『そして――ここに至れなかったすべての命に、尽きせぬ感謝と限りない前進を、誓約するものである!』
僕は一度も、獄層崩落で前線に立ったことはない。これからも立つ気はないし、約束された法外な報酬に、惑わされる気もなかった。
それでも、
『たとえこの世が、死より先を約束することはなくとも、我らが忘れぬ限り、去っていった者たちが、真に失われることはない!』
彼らのような前線に立つヒトたちが、恐ろしい災害をはねのけてくれることを、忘れるつもりもなかった。
『盃を取れ! 我らの生存と、去り行く者たちの意志に満たされた、杯を掲げよ!』
水で満たされたカップを手に、みんなが同じように空に掲げる。
そして、
『生ある限り、我らは汝らと共に歩まん――献杯』
僕らはそれぞれ、中身を口にする。
この街に『宗教』は存在しない。
救いを祈り、天国を望み、来世に期待しても。
そんなものはどこにもないと、知ってしまったからだ。
でも、だからって、死んだら終わりなんて言えるほど、ドライには生きられないから。
死を悼む儀式だけは、こうして続けていた。
『ありがとうございました。続いて、戦没者の発表に移らせていただきます。ここで読み上げられた方は、後日、慰霊碑に彫琢させていただく予定です――』
読み上げが始まると、食堂に集まっていたヒトたちは、思い思いの動きをした。
足早に部屋に戻るヒト。
何かを確かめるように、ラジオを見つめるヒト。
そのまま外に出ていくヒト。
あるいは、座ってカップを見つめるヒト。
「出てきますね」
大家さんに告げると、僕は外に出ていく。
前線で戦わない僕ができる、誠意を示し終えて。
僕らの工場にラジオが導入されたのは、獄層崩落が終わってから三週間たったぐらいのことだった。
インスピリッツの関係者は、優先的に導入できるということだったけど、実感としてはかなり後回しにされた感じだった。
『ニュータウンFM、お昼のニュースです。昨夜十時ごろ、南の森で発生したスタンピードですが――』
食堂に流れるニュース番組。アナウンサーの読み上げを聞きながら、麦のおかゆをすすっていると、隣にウサギの後輩君が、相席してきた。
「お疲れ様です、ちょっといいですか?」
「うん。なにかあったの?」
「うちの相棒が、そろそろ先輩も呼んで飯食いに行こうって」
そういえば、そんな約束もしてたっけ。
獄層崩落の後は、前線に出ないヒトでもそれなりに懐が潤う。Pの館の福利厚生のおかげってやつで、多少のぜいたくは許容範囲だ。
「いいよ。また銭湯に行って『サンタナ』にする?」
「今度は自分の行きつけに連れてくって言ってました。東前通りのお好み焼き屋」
「東前なら『軍配』かな?」
「知ってたんだ……それ、あいつには」
彼の気遣いに、僕は笑って頷く。
「いつにする?」
「明日ぐらいには。今日は南の森の制圧に出るって言ってたんで」
「出来立ての森は暴れるからね。無理せず、体が空いた日に言ってよ」
「はい!」
その約束をしてから、三日後。
銭湯でさっぱりした僕らは、P館東前通りにあるお好み焼きの店に入っていた。
僕らはそれぞれ、ビールやソフトドリンクを満たしたジョッキを掲げ、打ち合わせる。
「獄層崩落生存、おめでとうございますっ!」
「おめでとう、そっちも無事でよかったよ」
「おとといのケガがなければ、素直に喜べたんですけどね」
ウサギの後輩君の言葉に、ハイエナの彼は渋い笑みを浮かべた。
「ほんと、悪かったって。今後は気を付けるからさ」
「冒険にケガは付き物だけど、防具が壊れたからって、なしで行くとか……」
まだ不満が収まらない後輩君をなだめつつ、やってきたボウルをみんなに手渡し、それぞれのお好み焼きを作っていく。
魔界にはキャベツがないので、食用の木を加工したものを代わりに使っている。食感はもやしで、風味はゴボウに近い。
「しょうがないだろ。冒険者の道具ってみんな高いんだから。ダンジョンの低階層ならともかく、外の活動も含めると、チャージ武器は必須だし」
「普通の武器だって、結晶製なんだろ? エネミーにはそれで十分なんじゃ?」
この街の主要な道具は、結晶が中心だ。
金属資源は廃墟か機獄層でしか取れないため、結晶と別の素材を合成して造られる合成物を利用している。
ただ、その結晶にも、いろいろな種類があった。
「一般で流通する武器や防具は、大体『三分結晶』製だよ。結晶が三分でそれ以外の物質が七って感じでね。混ぜた物質によって強度や性質が変わる」
「低階層で戦うとか、街の見回り程度ならそれでもいいけどさ。でも、冒険者としてやってくなら、やっぱり攻撃力がないとな」
鉄板の上では、もうもうと湯気をあげて、お好み焼きが焼きあがっていく。僕たちはそれぞれをひっくり返し、形を整えていった。
「ムゲンアリとかカニサソリ、ウスバムカデみたいな敵は、ソッコーで殺さないと被害が出るから。どうしても攻撃重視になんの」
「バレットやスクリューみたいな『チャージ武器』は、『六分結晶』を本体に使うし、チャージには『八分結晶』が必要だからね。どうしてもお金がかかるんだよ」
「そういや、緑獄対応で組んだネズミのヒト、バレット使いだったんだよなぁ。あっちのが威力も出るんだけど……使いたいなら稼がないとだし」
バレットチャージはその性質上、攻撃のたびに結晶を消費する。それを普段使いするってことは、結構な金持ちなのか、有名ギルドメンバーなのかも。
僕たちはいったん会話を止めて、いい感じに焦げ目のついたお好み焼きに、ソースやトッピングを施していく。
ここでは『マヨネーズみたいなもの』とか『鰹節めいたなにか』がちゃんとあって、ソースも本当にウスターソースみたいな香りがする。
ハイエナの彼はそこにマヨネーズをたっぷり、後輩君は鰹節を山盛りにしていいた。
ちなみに僕は、どっちも適量な感じで。
「だからって、防具も無しに行くのはだめだよ。崩落の時も、防具なかったら危なかったっていってたじゃん」
「あれは、油断したっていうか……その」
「まあ、防具に関しては、あんまり彼を責められないところはあるよ」
「……そうなんですか?」
あくまで受け売りだけど、という前提で、僕は和久井さんから聞いた話を披露する。
「結晶は武器には向くけど、防具としては利用価値が低いんだ。三分結晶は、混ぜた物質よりも強度が落ちるし重量もある。六分以上は衝撃に弱くて防具には向かない。かといって、金属製は希少すぎるから、皮や甲殻防具を中心にせざるを得ないんだよ」
「一応、チャージ防具なんてのもあるけど、あれ使えんのは、ホライゾンとか、インスピの獄層組みたいな連中だしな」
「ついでに言えば、防具は武器以上に保守管理が大変でね。専門の装具士が必要だ」
結晶の武器は、実のところ使い捨ての側面が大きい。
上位の冒険者が持つという『完全結晶武器』は別格としても、研ぎや錆止めの必要がない代わり、限界が来ると折れたり砕けたりする。
反面、防具の方は、皮や甲殻なら保湿や修繕が欠かせないし、特殊な機構を組み込んだタイプは、精密機械さながらの整備が必要とか。
「装具士っていえば、緑獄に出たんだって? 和久井さんのアレ」
「え? あー! 見ました見ました! すげーカッコよかったっすよ! いきなりロボ出るとは思わなかったし」
「え、なに、ロボ? なんでロボ?」
うちの工場でも時々話題に出ていた、インスピリッツ謹製の『秘密兵器』。それに使うパーツの加工が、うちの熟練工に依頼されていたのも知っていた。
「インスピリッツの前身が『たたら場』ってギルドなんだけど、その時からの悲願らしいんだよね。ヒトが操縦できるロボットの製造」
「え……そ、そんなことやってるんですか!?」
いつもは控えめなウサギ君も、この時ばかりは興味津々で食いついてくる。
僕は店員さんを呼んで、追加のおつまみとお酒をオーダーしつつ、話題を繋げた。
「噂だと、たたら場のギルドマスターさんって、ロボットを出すギフテッド持ちだった、らしいよ」
「マジで!?」
「でも、もういないんですよね?」
「十年前の二重崩落の時に、亡くなったらしい」
今回の崩落対応で、いつも以上に街がピリピリしていた理由。
それが、十年前の緑獄と肉獄の二重崩落だった。
「『ぱちもん通り商店街』の南条南さんと『たたら場』のギルドマスターは、今の街の基盤を作り上げたヒトだ。『ぱちもん通り』は衣食住で、『たたら場』は結晶技術関連で、なくてはならない存在だった』
「南条さんの話は聞いてるっすよ。肉獄の侵攻を一人で押しとどめた、とかって」
「どこまで実話かは、分からないけどね」
実のところ、南条南さんの武勇伝については、ほとんど語られることがない。十年前を知っているヒト達は、あえてその時のことを口にしないし、語られる思い出話も、彼の人当たりの良さを示すものばかりだ。
でも、それも仕方ないことだろう。
「城下町の慰霊碑、見たことある?」
「そんなのがあるの、ラジオで聞いて初めて知りました」
「オレはリーダーに、一回連れてってもらいました。最初の冒険に出るとき」
城下町には、奈落親王軍に加盟したものが使える『墓地』がある。その入り口には、獄層崩落対応で戦死したヒト達の『慰霊碑』が建てられていた。
「最初の石に刻まれた人数、千五百七十二人、だそうだよ」
「それって、その……」
「今の住民が一万ちょい、十年前はもう少し少なくて、八千人ぐらいだったって。だから……」
住民の二割に近い被害を出した、最悪の事件。しかも、慰霊碑に刻まれたのは、身元確認ができたヒトだけと聞いた。
「それ以前は単層だけか、対応しやすい二重崩落だったから……今ほど対応策も確立してなくて、人員も確保できなかったそうだよ」
「避難のやり方も、その時から改めたんだってさ。塔の開放や避難所の設定、冒険者の参加も、自由参加から半強制になったりな」
「……そうなんだ」
僕らは黙って、ジョッキの中身を飲み干し、静かに料理をつつく。
それから、ハイエナの彼が、取りなすように告げた。
「それから比べれば、今回は相当、うまくやったんじゃないかなって、聞いたけどな」
「死者は、緑獄と肉獄を合わせて五十三名、だっけ。もちろん、犠牲なんて出ないに越したことはないけど」
「いっそのこと、獄層なんてぶっ壊しちゃえばいいと、思いますけど」
僕と彼の友人は顔を見合わせ、同じような溜息をついた。
「な、なんだよ……」
「いや、お前の言う通りだなってさ」
「そうだね。当たり前のように、あんな災害が起こるなんて、ないほうがいいよね」
ウサギの彼が言うのは、願いであり理想だ。
街の全ての住民が、命を賭さないとならない事態なんて、ないほうがいい。
でも、僕らがこうして味わっている料理は、定期的に降ってくる獄層の恵みに依存している。
僕たちの生活から獄層を切り離すのは、無理と言ってよかった。
「……今日は、ここらでお開きにしようか。明日も仕事だし」
「そっか。そっちは勤め人ですもんね」
「ちょっと待ってて。会計と一緒に、朝ごはん買ってくる」
後輩君が席を立ち、つかのま二人きりになる。
僕は少し考えて、それから告げた。
「さっきはああいったけど、やっぱり防具は気を付けたほうがいいよ」
「うちのメンバーにも言われました。大丈夫、まじめに考えます」
「防具はどこで買ってる?」
彼はちょっと考え、苦笑した。
「道具屋街で中古の奴を。さすがに『フローレス・ニーナ』とか『南蛮具足』は、高くて手が出ないし」
「オーダーメイドにするだけでも違うって聞くよ。どこかの職人さんに相談してみたら」
「……そうっすね」
この街で冒険者をするにあたって、必要な三つのものがあるという。
敵と戦える度胸、装備を整えるお金、息の合った仲間。
うち二つは満たしているようだし、最後の一つがどうにかなれば。いや、彼にも考えがあるだろうし、どうにかするだろう。
「そんじゃ、また」
「お疲れさまでした」
「うん。気を付けてね」
僕らは店の前で解散し、それぞれ家路をたどる。
冒険者の生活。聞き及んではいるけど、いろいろ大変だろうな。
とはいえ、僕になにかできるわけでもないし、その話題はそれきり忘れていた。
三人で飲みに行ってから、二週間ぐらいたった日曜日のこと。
僕はいつものように、北前通りの『文化屋』に向かっていた。
四階建ての雑居ビルと、そのふもとにある、大きめテントの張られたエリアで構成された、一種の雑貨市場だ。
ビルの方は各階層で商品が整理されているが、テント部分では、ダンジョンや西の廃ビル群から拾ってきた、様々なガラクタ物が売られている。
休日には、ここで欲しいものを探すのが、暇つぶし兼趣味になっていた。
『皆さんごきげんよう、あなたのお耳の恋人、DJ.RUNです。日曜の昼下がり、いかがお過ごしでしょうか』
ラジオ局の局長であり、メインパーソナリティの楽山さん、いやDJ.RUNがいつものいい声で語りかけてくる。
街の当たり前になりつつあるラジオは、文化屋が真っ先に、大々的に使用していた。
しかも、インスピリッツと提携して、携帯ラジオの販売も始めていた。
「とはいえ、ログボ四十枚って、高いよなあ」
使用している結晶が、インスピリッツでしか合成できないってことで、どうしても高くなってしまうらしい。
道具屋街でも似たようなものを作ってみたらしいけど、爆発するかひどい雑音まみれになるそうで、今のところ競合他社は出てこないようだ。
店頭に飾られたラジオを横目で見つつ、テントの下に設けられた露店をぶらつく。
「ちょっと、見せてもらってもいいですか?」
「いいよー」
この露店は正確には文化屋じゃなくて、ここを間借りしている個人商店だ。フリーランスの冒険者が経営していることも多い。
売られているのは、塔の『ジャンクボックス』と呼ばれる宝箱や、西の廃ビル群から掘り出してきたものだ。
そのほとんどが地球産、かつ日本で手に入るものが中心だ。
僕は並べられた品物から、目当ての『本』を物色し、立ち読みしていく。
「すみません、今『バケ転』の四巻探してるんですけど、入荷してませんか?」
「バケ転?」
「いや、これ」
僕は厚めの小説本を取り上げ、背表紙を指さす。
「『バケットホイールエクスカベーター転生~魔王山を掘って掘って掘りまくる~』、略してバケ転」
「……自分で売っててなんだけど、なんだってこんな寿限無みてえな題名なんだろうね」
「惹句としての利便性ですよ」
それは僕でも、店主のヒトでもない、いつの間にか隣にいた、シェパードの模造人の言葉だった。
「小説は漫画やアニメと違い、読むまでのハードルが高い。その参入障壁を下げる効果を望まれた結果です」
「でも、タイトルだけで満足しちゃわないかね?」
「それならそれで、ということです。そもそも、作者が付けようとした意味不明のタイトルを、編集者が分かりやすくした結果、大ブレイクしたなんて例もありますからね」
足が悪いのか、彼は杖を携えていた。それから俺を見て、少し寂しそうに笑った。
「四巻はないんですよ、残念ながら」
「どうしてですか?」
「作者が、亡くなっているので。作業自体はしていたと思いますが、読めるとしてもウェブサイトに上げられた六章までしょうね」
「……そっかあ」
僕は少なからず、がっかりしていた。
こっちに来てから読むようになった中で、結構気に入ってた話なんだけど。
「ずいぶん詳しいね、お兄さん」
「俺も読むのは好きなので。残念ですが、この本はあきらめたほうがいいかと」
「ワンチャン、ここに転生してきて、続き書いてくれないかな、なんて」
シェパードの模造人は目を丸くして、それから笑った。
「どうでしょうね。そんなことになったら、作者も複雑だと思いますよ」
「複雑、ですか?」
「だって、日本にいる読者にはもう、読んでもらえないじゃないですか」
なるほど、それもそうか。
よく、死んで絶筆になった話を、作者が天国やら地獄で書いてるって話があったけど、ここに来れるかは、超越者の気まぐれしだいだしな。
「なら、お勧めの本とか、何かあります?」
「……ちょっと見せてもらっても?」
「いいとも。売れてくれれば、こっちも万々歳だ」
それから僕らは、あれこれ言いながら見て回り、結構な量の本を買い込んでいた。
「それじゃ、僕はこの辺で」
「あの……すみません」
それまで饒舌だった彼は、ためらうように口ごもり、尋ねてきた。
「知人に紹介された喫茶店があるんですが、そこでもう少し、お話を聞かせてもらえませんか」
「……いいですけど、どうして?」
「本の話をできるニンゲンは、貴重なので」
まあ、いいか。
いろいろお勧めもしてもらえたし、ちょっとぐらいなら。
僕は彼の案内で、道具屋街に近いお茶屋さんに入ることになった。
喫茶店というから紅茶やコーヒーかと思ったら、飲茶を出す店らしい。時間的にはお昼に近いので、ランチメニューが中心に出ている。
「小吃セット一つ、五目ちまきで」
「僕もセットで、肉まんお願いします」
それから、お茶や小さなお菓子がやってきたところで、彼は問いかけてきた。
「バケ転、どんなところが良かったですか?」
「え、あー、そうだなあ。やっぱり、最初の『伸び』のシーンかなあ。いきなり魔王城の壁とか天井とかが、めちゃくちゃ崩れて――」
バケ転の主人公は、いわゆる超大型重機である『バケットホイールエクスカベーター』に転生するところから始まる。
最近の転生物は、とんでもないものに意識を降ろすことも多いから、たんなる一発ネタになりがちだ。
でも、そういうのを感じさせないぐらい、話が面白かった。
「――『鋼鉄の竜』の称号を受けたあたりで、話が開拓物になって、だいぶ雰囲気変わりますよね。ていうか、話の初めからネックになってた、重さと機動力の解決を、あんな風にしてくるとか。でも最初の方でもう、ヒントはあったんだよなぁ」
と、そこまで一気に語ってしまって、僕は口をつぐんだ。
シェパードのヒトは特に何を言うでもなく、優しく笑って頷いている。最初見たときは厳しそうな感じだったけど、今はすっかりくつろいだ感じで。
「すみません、なんか僕ばっかりしゃべっちゃって」
「そんなことないですよ。本の感想を聞くの、好きですし」
「あんまり、そういうのを話す機会って、ないですよね。えっと、そういえば名前、言ってなかったか」
テーブルに置かれた二つのせいろをはさんで、僕らは名乗り合った。
「増山松彦です」
「穂高北斗、よろしく」
それから、僕らはお茶をしつつ、読んだ本の話や自分たちの仕事の話をした。
「え……ホライゾンの副長!?」
「前線に立たないマネジメントのニンゲンなので、そんな大それたものじゃないですよ」
「でも、すごいですよ……なんか、うーん」
「気にしないでください。仕事とプライベートは別、ということで」
まさか、いきなりトップギルドのヒトとお茶することになるとか。とはいえ、北斗さん自身は気負ったところもないし、物腰も落ち着いている。
そこまで話をしたところで、僕は気になっていたことを問いかけていた。
「ホライゾンのヒトって、防具はどうしてるんですか?」
「防具……もしかして冒険者に転向されます?」
「いや、僕の後輩の友達が、冒険者やってて、防具で困ってるって」
彼は薄目で何かを探るように沈黙し、頷いて答えを返した。
「フリーランスのヒト達は、防具がおざなりになりがちです。できれば、パーティぐるみで、道具屋街の職人と提携するのが最善だと思います」
「提携……ですか?」
「装具士として職人を雇うには、費用も掛かります。そこで、店で使う素材入荷を担当、見返りとして装備の開発やメンテナンスを請け負ってもらう、というわけです」
なるほど。さっきの文化屋にあった露店みたいな方法か。
ただし、そう付け加えて北斗さんは苦笑した。
「職人との相性もありますし、ほとんどの商店が、複数の冒険者と提携しています。新規に契約を結ぶのは、難しいでしょうね」
「……そっか。そう簡単にはいかないですよね」
「この街における冒険者の死亡率は、安全性の軽視によるところが大きい。うちでも、安価で使いやすい防具の開発をさせているんですが……」
そういうのはインスピリッツの専門だと思ってたけど、現場の意見を直に取り入れられる『涯を追うもの』でも、そういう部門があるらしい。
「今は、インスピリッツで開発中の結晶機とは別系統の、強化外骨格を試作しています」
「え……い、いいんですか? そんなこと、言っちゃって」
「増山さん、うちに来る気はありませんか?」
それまでの、柔和だった彼の顔に、鋭さが宿る。
「うちにも技術者が一人詰めてくれているんですが、人手が多いに越したことはない」
「で、でも、僕、インスピ傘下に勤めてるって言っても、単純加工の作業員ですよ!?」
「それでも三年近く勤めあげ、ある程度業界の内情も知っている。なにより、単純作業の手自体、うちには足りていないので」
言われている間に気が付いていた。これって要するにスカウト、なのか。
ホライゾンが屈指のギルドになった理由って、このヒトの力も大きいんだろうな。
「……和久井さんにも、似たようなこと言われました」
「さすがですね」
「い、いやっ! 別に僕がそんなすごいってわけじゃなくて、その」
「謙遜なさらないでください。この街では、仕事に習熟するというだけで、貴重なことなんですから」
彼の言葉には、いくつもの含みがあった。
この前の獄層崩落もそうだし、三か月ごとの滞留更新もある。そうでなくとも、日々の生活で起こった小さな問題が、死の危険に直結するのがこの街だ。
「お誘いはうれしいですけど、やめておきます」
「参考までに、理由を聞かせてもらえますか?」
「……うまくは、言えないです。ただ、今の生活を、壊したくない、のかな」
とても臆病で、情けない回答だ。
この街は、あらゆる場所に『冒険』への道筋が刻まれていた。
塔を縦横に駆け抜け、外に世界に飛び出すために主に仕え、あるいは不思議な素材や世界の法則と向き合い、開発に没頭する。
そのどれからも背を向けて、ただ日々を送りたいだなんて。
「ありがとうございます。さっきまでの話は忘れてください」
「ごめんなさい。せっかくのお誘いなのに」
「いえ。これは俺の癖みたいなもので、気にしないでいただければ」
穂高さんの顔は穏やかになっていた。むしろ、すまなさそうな表情をしていた。
「こういう態度も、何とかしたほうがいいんでしょうね」
「え、どういう態度?」
「したり顔で、何でも分かったような風でいるな、と、仲間に怒られました」
彼が新しいお茶を注文し、砂糖掛けされた木の実と一緒に出されてくる。喫茶店のお客はだいぶまばらになっていた。
「才能があるヒト、少しでも何かができるヒト、そういうヒト達に先を見てもらいたい、みたいな考えが、どうしても出てしまうんです」
「それは別に、悪いことじゃないと思いますけど」
「でも、本人は現状で満足していた。あるいは、その結果無理をさせてしまった、ということも、ありましたから」
トップに立っている集団が抱える悩み、ということだろうか。
自分はずっと、使われる側だったし、上のニンゲンが何を考えているか、なんてことはあまり気にしてなかったな。
「上昇志向がすべてではないし、下支えの重要さもわかっていた、はずなんですが」
「……大変なんですね、いろいろ」
「そうですね。いろいろ大変です」
そうして僕らは、間持たせのように、笑った。
やっぱり、自分は今のままで十分だ。
彼には悪いけど、冒険も上昇志向も、今の僕には必要ない。彼らは冒険するヒトで、僕は冒険しないヒト、それでいい。
「ありがとうございました。一方的に誘っておいて、愚痴まで聞かせてしまって」
「いろいろ本もお勧めしてもらったし、大丈夫ですよ」
「……もしよかったら、読んだ本の感想、また聞かせてもらってもいいですか」
少し考えて、頷く。
僕自身も、読んだ本の話ができるヒトはいなかったから、ちょうどいい。
休日が明け、いつもの日々が積み重なっていく。
そんな僕の生活に、いくつかの変化が起こっていた。
「よ、よろしくお願いします」
「はい。じゃあ、最初は練習用の部材で慣れていきましょうか」
真新しい作業服に身を包んだ、ネズミの新人さん。
工場勤め自体、まったくやったことがないそうなので、しばらくは付きっきりで面倒を見ないとだ。
「材料は平行に差し込んで、締め付けすぎないでください。強すぎると治具が壊れるんで」
「わ、わか、りました!」
おっかなびっくり機械に触る姿に、昔の自分を思い出す。
スイッチを入れると、旋盤が勢いよく回りだし、彼は困ったように僕を振り返った。
「そ、それで?」
「ブレードを動かすレバーを、ゆっくり押す感じで。いきなり近づけると、刃どころか機械自体が壊れますから」
それからは、切りくずが飛び跳ねるたびに驚いたり、製品の切り出しにまごついたりして、遺憾ない新人さんぶりが発揮された。
「……おもったより、大変なんだね。この仕事」
お昼ご飯のうどんに手を付けないまま、ネズミの新人さんはため息をついた。
「未経験だとそんな感じですよ。最初は……できないのが当たり前だと思うぐらいで」
「は、はぁ」
「分からなかったら、何度でも聞いてください。それで『できた』って自分で判断が効くようになればいいんです」
この辺りは、本当に難しいと、いつも思う。
素直に話を聞いてくれなかったり、いつまでも自分の判断が信じられなかったりするヒトは、最終的には辞めてもらうことになる。
技術や技能って、『受けた依頼を、相手の要望に沿う形で出力する』ことだからな。
「分かった。できれば、ここでやってきたいからね。せっかく生き残ったんだし」
「崩落の時は前線に?」
「その後、森の保全に回って、こっちに席が空いたからって、紹介してもらって」
彼の言う『空いた席』は、ウサギの後輩君がいた場所だ。
一週間ほど前、ここを辞めていった。
『装具士、やることにしました』
僕がたどり着いた改善案は、彼にとって、すでに選択のうちだった。同居人の彼と相談して、パーティ付きの装具士をすることにしたそうだ。
今は道具屋街の防具店に弟子入りしつつ、いずれは独立する気だと言っていた。
『すみません、せっかく良くしてもらったのに』
『大変だろうけど、頑張ってね』
僕は二人の前途を祝して小さな壮行会を開き、互いの道は分かれた。
そんなことを思いながら、ふと僕は問いかけていた。
「……仕事、楽しいですか?」
「え?」
驚いた顔で、彼がこっちを見る。
いきなりこんなことを聞かれて、困るのもわかる。変な意味に取られないだろうか、そう思って口を開きかけた時。
「まだ……よくわかんないよ」
「そうですよね」
「でも、面白いって、思ったかな」
彼の小さな手が、旋盤の動きをまねて、物が削れてい様子を表現していく。
「野菜をむくみたいにして、削っていって、ああいう形になるんだって。今まで、想像もしたことがなくって」
「そうですね。付け方や削り方を変えると、もっと複雑な形にもできますよ」
「なんか、おもちゃみたいだなって……あっ、おもちゃってのは、ダメかな」
僕は笑って、問題ないと示す。
仕事には真剣さは必要だけど、そういう面白いって思う部分も、大事だから。
「大丈夫です、最初はそんな感じで。面白いは、楽しいに繋がりますから」
「……うん」
「もちろん、安全第一で。作業前の安全確認は忘れないように」
「ゼロ災で行こう、だね」
僕らは昼食を済ませ、また作業に戻っていく。
日々の小さな出会いと、ちょっとした起伏をアクセントにしながら。
奇妙でありふれた日常を、続けていく。




