34、すばらしい日々へ
闘技場の外に広がる荒野に、柑奈は立っていた。
その隣には、いい加減な業界人的格好をした、黒ヒョウの模造人。
「ハードでヘイトなビズ、おつかれちゃーん。実にソーバッドなナイツだったねい」
「ほんとですよ。あと、機材と音源の提供、どもでした」
「こ、小倉さん」
後ろからの声に振り返れば、シロクマの模造人、仲代七戸君が、Aチームのみんなと一緒に立っていた。
「ほんとありがとう、仲代君。君には関係ないのに、協力してくれて」
「は、はい。僕も、お役に立てて、うれしいです」
アカザのステルス機能は、かなり厄介だった。
本体のボディがかなりの高性能で、視覚どころか音や圧力さえ消しきっていた。
それを潜り抜けたのが、仲代君の『ステータスウィンドウ』のギフテッド。水中の魚群や壁の裏の敵まで、範囲に入れば確認可能。
実は緑獄崩落の時も、この能力が大活躍していたと聞いて、協力をお願いしたんだ。
使えない能力から、一気になくてはならないレベルに昇格したなあ。
「みんなありがとう! 報酬はがっつり、Pの館から搾り取っとくから期待してくれ!」
「とはいえ、契約通りの範囲を越えることはないと思いますが」
相変わらずの冷たい顔で、水を差す北斗。っとに、こいつはもうちょっと、かわいげを身に着けるべきだぞ。
「俺たちはこれで引き上げます。後始末はお願いしても?」
「任せろって。これ以上付き合わせても、悪いしな」
「……柑奈、大丈夫?」
瞳が柑奈の側に寄り添い、その手を取る。
柑奈は彼女の頭に手を置いて、くしゃくしゃと毛皮をかき混ぜた。
「遅くまでありがと。大丈夫だから」
「後でまた、カラオケ行こうね。柑奈の歌、いっぱい聞きたい」
「うん。何時間でも、何日でも付き合っちゃうよ!」
「何日もは無理だなー! でも、ぜったい、やくそくだからね!」
去っていったヒト達を見送ると、紡が深々とため息をついた。
「ああー、マジ腹減ったぁ……オレらも帰ろうぜ。乙女さんが夜食作っててくれるって言ってたし」
「しおりや鈴来も待たせてるし、帰ろっか」
「うん! ……孝人?」
俺は片手を挙げて、三人に手を振る。
「明日の仕事は今日のうちに、ってことで、後始末を済ませてから行くよ」
「ブラックしぐさ―、いい加減それもやめなさいよー?」
「腹減って倒れても知んないぞー?」
「それじゃ孝人、はい」
文城のおにぎりを受け取り、仲間たちを見送る。
残ったのは、黒ヒョウのDJだ。
「藍さんも行ってください」
「いや、オレっちも、それなりに責任? 感じちゃってるワケ」
サングラスを外し、星もない、暗い空を見上げた。
「柑奈ちゃんの才能は、前から目をつけててね。こっちに来た頃は、いい声で歌ってたのを覚えてる。ところが、ある時ぱったり、カナリアは歌を忘れた」
「理由は知ってたんですか?」
「乙女さんに、聞かないでくれって言われてさ。ところが、その彼女が歌を思い出したって知ってね……こんな騒動になるとは、思ってもみなかったよ」
楽山さんは、顔をひとなでして、自分の過去を吐き出した。
「向こうにいたころ、俺はしがないDJ兼企画屋でね。皿回したり、イベント打ったり、楽しいキリギリス生活だった」
「そうか……イベント関連は、いろいろダメージ喰らってましたね」
「俺もそうだったよ。おまけにコロっと逝く羽目になっちまった」
苦い過去を脇に置き、彼は闘技場の方へと向き直る。
その目には、何かを思い出すような光が、ともっていた。
「こっちには、まだ何もない。アイドルどころか、芸能界もない。ラジオだってお手盛りだから、ヒットチャートも、バズりにピリピリする広告代理店もない」
「もしかして、元町さんに厳しかったの、その辺りが原因?」
「イ・エース。商売人とアーティストって、仲良しじゃいられないからねぇ」
そして彼は、自分の不満と欲望を、そろっと吐き出した。
「あっちじゃ誰も彼も、ネコもシャクシも、インプレインプレって、必死だったじゃん。ネットの海で、知らない誰かの肩叩きまくって『これどうよ、面白いっしょ?』って」
「世はまさに大同接時代、情報の氾濫に溺れる民衆、って奴ですね」
「まるでフォアグラさ。次から次へと、高カロリーなジャンクを詰め込んで。あっちのニンゲンって、体の肥満にはうるさい癖に、魂の隠れ肥満には、無頓着だったよな」
なんとなくわかってきた。
このヒトがこの街でやりたいことが。
「そういうしがらみを、ここでなら忘れられる。俺たち一人一人の手に、音楽とか、楽しみとかを。手のひらに乗る分だけ、お届けできるんじゃないかって」
「元町さんは、テレビやネットでも作ろうか、って言ってましたけどね」
「なら、そうなるまでの、一瞬の夢でいい。一口分の幸せ、そういうのを味う喜びを。街の連中に知らせてやりたいんだよ」
果たして、それを実現するにはどうすればいいのか、そもそも実現できるのか。
そんな夢を語った彼は、照れ隠しで両目を覆った。
「そんな感じで、柑奈ちゃんにもオレっちの夢に協力して、欲しかったんだけどね」
「え?」
「アイドル、やらないってさ。音楽祭はやるけど、本格的なのはノーセンキュー」
「……それって、アカザのせいで?」
「んにゃ、アレの話は一切ナッシン。ただ、歌いたいんだってさ」
偶像ではなく、歌いたいだけの、ただのヒトとして。
「楽しく、ただ歌うことをしたいって。彼女はもう、自分だけの一口を、ちゃんと理解してんだよ。オレっちとしても、言うことナシさ」
「残念、でしたね」
「その代わり、ラジオ番組はヒトコマ、持ってみたいって。それでいいかい? パーティリーダーさん?」
「柑奈が満足なら、俺もそれで」
落着した顛末を味わいながら、俺はふと、疑問を口にした。
「そういや、柑奈の歌ったあの曲って、なんなんです?」
「その昔、一世を風靡したアイドルグループがあって、その中の一人がメインで歌った曲さ。『スターダスト・スケープ』、多分アカザは、そのヴォーカルに恋してたんだろ」
だが、その淡い初恋は、最悪な形で踏みにじられた。
「そいつは麻薬不法所持で起訴され、グループから除名。その上……最悪な話がどんどん出てね」
「……どんな?」
「いわゆる『枕』って奴さ。事務所の社長、担当したマネージャ、番組のPやD、作曲家に作詞家、どれが嘘かは分からなかったけど、どれかは『本当』だったのかもな」
「『薄汚い芸能界に染まるのを防ぎたかった』……か」
話を総合すれば、アカザがちょうど中学生ぐらいの時期に起こった事件だ。
やったことを許す気はないけど、そこでなにか、手を施せていたら、変わったものもあったんだろうか。
「おーっす。待たせたなしょぼくれ共」
間延びした声掛け。着流し姿の竜の模造人が、手荷物を片手に歩み寄ってくる。
その後ろには、珍しい姿があった。
藍さんのものとよく似た、ミラーシェードで視線を隠す、ゴブリンPだ。
「首実検は終わったぜ。現場で全部見てたくせに、一応、確かめておきたいなんて、めんどくせえこと言う奴がいなけりゃ、もっと早かったんだがな」
「申し訳ございません。これも運営方針ですので」
今回の一件、本来ならコイツらがやってしかるべき後始末だからな。見届け役として呼び寄せておいたわけだ。
「これ、今回参加してもらったメンバーと、犯罪者捕縛にかかった経費を含めた、請求書ですので、お検めください」
「……やれやれ」
ゴブリンPは苦笑し、自分のサインを記して返してきた。
「主計課へ回してください。報酬の分配はそちらでご自由に。それでは」
「ちょいまち、その前に――コウヤ」
赤竜の剣士は薄く笑うと、手にしていた荷物を放り、一閃。
包みがはがれ、真っ二つになった中身が、大地に転がる。そこにめがけて、俺の棍が炸裂し、粉々にした。
「ずいぶん、念入りにされましたね」
「俺、ホラー映画って大っ嫌いなんで。怖いっていうより、シメがダルくって」
「……なるほど。スタッフロール後のびっくり演出。事件はまだ終わっていないと、続編を匂わすあれですか」
砕けた機械部品をかき回し、集積回路らしい部分がつぶれているのを確認する。
アカザのアレはバッテリー切れだ。ボディを与えれば、また動き出しかねない。
Pは笑い、笑いながらも、鋭い気配で俺を射抜いた。
「ですが、そうであるなら、始末した段階で頭蓋を砕き、そのまま私どもに提出すればよかったのでは?」
「言いがかり封じと、悪事封じだよ。あんたらの」
この話は、他のみんなに聞かせる気はなかった。特に柑奈には。
「中身を割ったのを提出したら『本物の中身はどこだ』なんて言われかねない。今じゃなくても、先先で俺たちを消す理由になりえる」
「それは、さすがに陰謀論ですよ。この街で、私は契約を違えるつもりはありません」
「魔機人ボディの取引制限ってさ、別に目的があるんじゃないか? 例えば……死を偽装した『中身』入りを、ひそかに確保してる、とか」
ゴブリンはミラーシェード越しに、俺を見る。口元をゆがめ、肩をすくめた。
「ジョウ・ジョスは私の上司ではなく、畏み、敬うべき超越者です。その楽しみを損なうような真似は、できません」
「……上前をはねたりってのは、無理か」
「今だって、奇跡的にご機嫌を取れている状況です。それに比べれば、アカザのかんしゃくなど、足元にも及びませんよ」
「でも、お気に入りのガラクタを修理して、子供部屋に戻すのは、できるよな?」
俺が一番いやだったのは、アカザがこいつらに回収されて、再び柑奈の悪夢として解き放たれることだ。超越者のご機嫌取りのために、振り回されるのはごめんだ。
だが、ゴブリンPはミラーシェードを外した。
「では、あなたに特別報酬を差し上げましょう。ジョウ・ジョスは『再演』が嫌いです」
「見終わった劇に、興味はないって?」
「飽きっぽいのですよ、あの方は。アカザが死んだ、ということは、もう興味が失われたということです」
黄色い異形の瞳は、表現可能な範囲で、真実を込めていた。
同時に、提示された情報以上に、隠されたなにかも、あるはずだ。
「結局のところ、小倉さんは私どもの不始末から、不信感を抱いた、そうでしょう?」
「せめて、自分たちの決めたルールでは、フェアでいてくれ」
「善処します。私もしょせん定命の者。誤謬だらけの存在ですが」
陰謀屋のゴブリンが、一礼して去っていく。
これで後始末は終わった。
俺は残骸を一瞥し、肩をすくめた。
「紡にも、いてもらうんだったよ」
「だったら、気になる部品を拾って、あとで焼いてもらえ」
「……そもそもお前が、きっちり仕留めなかったから悪いんだぞ?」
「そうだな。すまん」
意外に殊勝な言葉。コウヤは残骸のチップを拾い上げ、袂に入れた。
「こいつ、俺から徹底的に逃げやがって。おかげで、落ち着いて酒も飲めやしねえ。お前らから呼び出し喰らったときは、頭を抱えたぜ」
「後始末する気はあったのか」
「受けた仕事は、きっちりし遂げるのが流儀でね」
こいつのぶらぶらの何割かは、そのための時間だったのかもな。
そういうことなら、許してやらんでもないか。
「『ナイトホークス』行こうぜ。事件解決のお祝いだ、おごるよ」
「よし。おごられてやる」
「もしかして、オレっちも?」
「もちろん!」
暗い道を、俺たちはぱちもん通りの東口目指して歩く。
星のない夜の空、何気なく見上げた時。
「あれ……親方か!」
この街には似合わない、白々とした月が掛かっている。
あれは甲山組の辺り、きっと、みんなを集めて宴会でもしてるんだろう。
「予定変更、ただ酒と行こうや。俺らが上がりこんでも、問題ねえだろ」
「わっるいやっちゃなー……乗っちゃうけど」
「SO BAD BOYだねぇ。オレっちも嫌いじゃないぜ」
「それじゃ、走ろうか! 早くいかないと、なくなっちゃうぞ!」
そして俺たちは、走り出す。
ようやく戻ってきた、模造の日常に向かって。