31、Show Must Go On
事務所に上がり、俺たちは久しぶりに顔をそろえたメンバーと、『アカザ』への対応をまとめた資料を、全員が閲覧した。
「……心底キモイな、ストーカーって」
身も蓋もない紡の言葉は、この場にいる全員の感想だったろう。崩落前にまとめておいた阿部藜の過去は、それだけのインパクトがあった。
「大体なんだよ、アカ使い分けてファンとアンチやるって、頭おかしいだろ!」
「……こうした病的行動は、対象への支配欲を満たすために、行われるそうです」
しおりちゃんは冷徹に、事実を切り分けて、心理的な負担を減らしていく。
理解不能と思える異常行動も、分析してしまえば、ニンゲンが持つ情動の『故障』にすぎないからだ。
「阿部藜、という人物は、周囲の状況をコントロールできると思い込み、好意を向けた相手に干渉していた」
「実際、あたしもその手に転がされたからね。口汚くののしられた後って、やっすい慰めでも、効いてくるもんだから」
殺人被害者を前にして、事件の見分というのも、なかなか気が引けるなあ。
それでも、解決するためには必要なことだ。
「ところで、柑奈……悪いけど」
「だから気にすんなって言ったでしょ。あいつがどうして、あたしに執着したか。殺すまでに至ったかよね」
おそらく、他の被害者よりもエスカレートした理由は、そこにある。
柑奈は辛い過去をより分け、真相を公開した。
「もともと、あたしはオールディーズ中心で歌う『v』をやってたの。地下アイドルの方は、今風のを中心にしてたけどね」
「おーるでぃーず?」
「簡単に言えば、自分たちよりも上の世代の古い曲のことだよ。そういや、アカザって四十後半だっけ」
明らかに柑奈とは世代が違う。
そんな年下の子が、自分世代の曲を歌っているのだから、好意をもってハマるのもある意味当然だったのかもな。
「あたしのおじいちゃんが、声楽志望でね。海外留学とかもしたんだけど、鳴かず飛ばずでさ。田舎に帰ってきて、古本とか、古いレコードとかを扱うお店をしてたんだ」
「……もしかして、柑奈のギフテッドって」
「あたしにとっての原点だからね。オールディーズの曲、古い雑誌、おじいちゃんと一緒に歌ったこと。昔に帰りたいって気持ち。大切な、あたしの郷愁だよ」
そっちは納得いったけど、銃のマガジンの方は?
「この体に入るとき、まだ機械の意志は『生きていた』。その時にあたしのギフテッドと感応した機械の『プロトコル』が、融合したんじゃないかって」
「それって、リロード欲、というか『戦い続けるために物資補給したい』ってことか?」
「あくまで推察だけどね。あたしも結構納得してる」
狙ってできることじゃないけど、下手すりゃパペッティアの模造人には、結構起こりうることなのかもしれない。
もしかして、アカザにもあるんだとすれば、恐ろしいことになるんだが。
俺たちの疑問に、柑奈は首を振った。
「あいつのギフテッドは、そういうのはないよ。あたしがそばで見てたから分かる」
「……そりゃ、愛するヒトになら、見せるだろうなあ。見て気分のいいもんじゃないだろうけど」
「そうだね。それより、アカザが暴走した件、だけど」
それは、アカザに対する判決が言い渡され、柑奈がある芸能プロダクションから、デビューすることを告げた動画でのことだった。
「え……お前、デビューするとこだったん!?」
「あいつとの示談が済んだから。っていうか、いろんなところから訴えられすぎて、裁判っていうより、書類を右から左にって感じだったけどね」
その辺りは雑誌に書いてあった通りだ。そもそも、何かを請求することさえできないから、泣き寝入りしたヒトも多かったそうだけど。
「その時は、好きだった昔の曲をメドレーで歌ってたんだ。そのうちの一曲が、お気に召さなかったらしくてね」
「それで配信がめちゃくちゃになった、と」
「最後だからって、コメント欄開けてたのもまずかったけど、個人的な連絡先やら、あたしの目につきそうなところに、殺害予告がびっしり。いやあ、まいったまいった」
本人は軽い感じで言っているが、当時は地獄だったろう。
その後、柑奈の未来は、断たれた。
「こっちに転生してきたのも、自分の終わりに納得できなかったから。最初は結構苦労したよ。かわいい動物さんならともかく、鋼鉄の乙女だもんねー」
「でも、カンナちゃんはすごいんだよ。自分も大変なのに、みんなにやさしいし、僕も、ずっとお世話になったし」
「んー、ありがとねーふみっちぃ。やっぱりふみっちは最高だあー」
肉厚な文城に抱き着き、ご満悦な柑奈。文城も納得してるっぽいし、思う存分癒しを得るといいさ。
「で、リーダー。具体的な方策は?」
「柑奈、お前に全面的に協力してもらう必要がある。頼めるか?」
「まかせて。っていうより、あたしが落とし前つけるのが当然でしょ」
「心理的な問題もあります。無理はなさらない範囲で」
しおりちゃんの気遣いに、柑奈は体を起こし、座り直した。
「この体になって、あいつと再会して、あたしは……自分に絶望した」
その擬態を解き、鋼鉄の本体をあらわにする。
全体的なデザインは変わらないが、完全にオーバーホールされていた。
「あいつへの嫌悪も、苦痛の記憶も、シャットダウンできてしまった。感じた恐怖も、追って来た過去への絶望も。機械的に、処理してしまえた。あんなに怖くて、痛くて、苦しかったはずなのに」
それは、とても便利な機能だった。おそらく、それがなければ柑奈の精神は病んで、二度と立ち直れなかったろう。
反面、それは彼女の自我を傷つけた。
「それじゃ、今のあたしはなんなの? 神崎柑奈っていうニンゲンの意識をコピーした、コマンド一つで泣き笑いをエミュレートする、かりそめの存在なの? って」
朝トレに付き合った時の会話を思い出す。
あの時、柑奈が言ってた『やさぐれていた時期』って、そういうことか。
「だから、あたしはうれしかった。あの時、ふみっち――文城を抱きしめて感じた、感情の揺らぎを」
鋼の体が、メイドの擬態に覆われていく。
穏やかに笑いながら、それでも決意を秘めた顔を見せてくれた。
「自分の理性でも制御できない、好きになる気持ちを、呼び出してくれたから」
「カンナちゃん……」
「それに、約束してもらったから。ね?」
話を振られた文城が、耳まで硬直させて正座する。それから照れくさそうに頷いた。
「僕が、今度は僕が、カンナちゃんを助ける番だよって、言ったんだ。怖いものから、悪いものから、守ってあげるって」
そういえば、この前インスピリッツに送り出したとき、文城も付き添ったんだっけ。
本当に文城ってば、成長著しいなあ。
「というわけで、ふみっちの愛に溢れた今! 何があってもオールオッケー! オーバーホールも済んだ、ブランニューKANNA様に、どーんとまかせんしゃい!」
「分かった。それなら、このプランで行くか!」
実のところ、崩落クエストの間も、柑奈のことは考えてあった。
アカザをおびき寄せ、捕縛する方法も。
みんなで俺の作戦を確認し、細かい部分をチェックし、修正する。
「んじゃ、打ち合わせたとおりに、関係各所へ連絡頼む」
それぞれが頷き、俺たちは動き出す。
柑奈を縛る、しがらみを断ち切るために。