28、狩りの終わり
『対策本部! 援護射撃を開始! それと、補給ボックス射出です!』
倭子さんの赤い機体が、器用に信号弾を撃ち分け、俺たちの後ろ側に青い煙、向かってくる蟲達の方に赤い煙が立ち上る。
たちまち、土ぼこりを上げて、石や結晶爆弾が降り注ぎ、敵の増援を押しとどめた。
『支援組の皆さん! 足りない資材の補給を! 終わり次第、加勢お願いします!』
指示を叫びつつパワードスーツがギルドマスターたちと合流し、森のヒトを取り囲む。
「せぇいっ!」
森のヒトに向けて、最初に切りかかったのは山本さんだった。
足でグレイブを掴み、空を滑るように滑空しながら、深紅の刃を叩きつける。
あの技、足でもできるのかよ!?
「――――!」
だが、その刃は掲げた杖でさえぎられ、衝撃波も体を避けて通った。
奇妙な仮面をつけたそいつが、顔を山本さんに向けた瞬間。
「くおっ!」
巻きついていたムカデが。鞭のように唸って襲い掛かる。しかも、薄い羽根が広がって刃のように空間を薙いだ。
その一撃を、何とか滑空して避けるタカの模造人。
「いただきっ!」
踏み込み、ハンマーで横殴りするクリスさんの一撃。
それを遮ったのは、黒光りする竹のような植物。
「こ、硬装竹!」
しおりちゃんの専売特許のようなそれが、強烈な結晶武器を完全に遮る。
しかも、
「おおっとあぶないっ!」
軽口を叩きながら、必死に下がるキツネの模造人。彼女のいた場所を、竹の槍が薙ぎ払っていた。
生やすだけじゃなく、その場で加工もできるとか、完全にしおりちゃんの能力の上位互換じゃないか!
『みなさん離れて!』
滑り込むように突進する赤い甲冑。腰だめにしたポーズから、片手の銃を立て続けに打ち込む。
敵が守りに生やした竹が粉砕され、その奥で伸びてくるのは、膨れたつぼみをびっしり付けた危険な植物。
「カホウセン!? あんなもんまで!?」
耳が痛くなるような破裂音、地面や装甲を激しく衝撃が、俺の全身を痺れさせる。
ギルドマスターそれぞれが受け、避け、上空でかわし、まったく傷一つなく攻撃を再開する。
そんな光景を見るしかない俺たちの後に、重い音を立てて、クッション材に包まれた補給物資が降ってきた。
「結晶の装填忘れんな! それと毒玉は一人三個! 疲れてるヤツ奴は水と軽食な!」
俺は共用のリローダーを十個と、毒玉、それから水を一本貰って、その場で身支度を済ませる。
続々と戦線へ復帰していく連中を追って、俺もエネミーの迎撃方向へ向かう。
その間にも森のヒトは杖を振り、次々と植物を生やし、身に着けている蟲を操って、攻撃を続けている。
親方のごつい武器を腹に喰らい、クリスさんのハンマーにぶん殴られ、山本さんの斬撃を喰らう。
それでも、大きく身震いした足元から、無数のねじれた幹のようなものを生やし、何かを射出した。
「っがぁっ! ってえなこんちくしょうが!」
親方の鎧にびっしりと刺さる、ねじれたコルク抜きのような代物。多分、あれも植物でそういう性質なんだろうけど。
「つまり、あんなのが獄層には、うようよしてるってことかよ!」
とても俺が手を出せるような戦いじゃない。
その光景を振り切って、俺は援護射撃で動きが鈍ったエネミーに近づく。
「うらあっ!」
棍を叩きつけてアリの頭を砕き、振り回して飛び交うムカデの翼ごと引き裂いて捨てる。
そのまま、さっきの盾持ちのヒトに走り寄った。
「すみません! オフェンスやれます!」
「今度は突出しないでよ! 俺らは雑魚を、親方たちに近づけないようにすりゃいい!」
「了解です!」
そこに補給を終えた連中が集まり、盾持ちのヒトを安全地帯にしながら、向かってくる蟲や動物を叩き落とす。
その間にも、空が光を失い、視界が悪くなっていく。いくら俺たちが模造人だからって、夜闇の中ではそれなりに不利になる。
そんな動揺を悟ったように、森のヒトがギルマス達から距離を取り、
『――――――――――――!』
どうにも形容できない、音を越えた何かを解き放つ。
背後の森と、ようやく仕留められたクモの背中が、ざわっと揺れた。
何かが鈍く破裂し、羽音を立てて飛び立つ。
暗くなりかけた空に、大きな翼が、無数に飛び交い始めた。
『いけない! ハネブトンです! 火炎弾をできるだけ遠くへ放って!』
考えている暇はない。
荷物入れから一個取り出し、ヒトのいない方へ――。
「ひぎゃああっ!?」
空の何かが、一気に舞い降りて、ばくりと飲み込んだ。
それは一瞬のうちに丸まり、とげの生えたサボテンに変わる。
あれって、しおりちゃんが汚物処理に使ってたやつか!
遅れて、投げだした火炎弾に空の黒い影が舞い降り、炎を上げながら燃え散っていく。
『捕食したハネブトンは、てっぺんの中心を叩いてください! 早ければ助けられます!』
指示を飛ばしながら、赤い機体が銃撃をかましつつ、ショルダータックルで森のヒトを吹き飛ばす。
俺は周囲を見回し、膨れ上がったサボテンをにらんだ。
この中に、仲間の誰かが。
「この、じゃまあっ!」
とげを打ち払って吹き飛ばし、表面を駆け上がって大きく飛ぶ。
丸いサボテン型のてっぺんに向けて、棍を叩きつける。
「うりゃあっ!」
弾ける一撃に球形の拘束がゆるみ、もう一発でぐしゃりとつぶれる。
飛び降りて、割れ目から手を突っ込み、中のヒトを引っ張り出す。
「大丈夫か!?」
幸いなことに、中のヒトにはまだ息があった。それにしても、こんなもんまで操ってくるのかアイツは。
ハネブトンの襲撃に、援護部隊の被害が増大していく。そうでなくても、森からの増援は、援護射撃を入れても抑えきれそうもない。
その時、赤い機体から指示が飛んだ。
『援護部隊は全員後退! 広域焼夷弾の準備をお願いします!』
「いいのかよ、倭子ちゃん!? 敵どころか森まで焼けちまうぞ!?」
「資源よりみんなの命が大事、だよね!」
「聞いての通りです! 皆さん下がって!」
マスターたちの指示に、各班のリーダーと経験者が、負傷者たちとともに下がる。
それを確認して、倭子さんは告げた。
『その前に、二分ください。その間に仕留められなければ、火炎弾をお願いします』
「……なるほど、そういう腹積もりね」
「なんでえ、やっぱりやる気だったんじゃねえか」
「ここまでやっておいて、成果無しはやはり悔しいですからね」
互いが意思の確認をしている間にも、森のヒトの周囲には蟲や植物が集まり、たった四人だけの敵に圧をかけていく。
無茶、無理、無謀、そう思いかけた。
『わたしの牽制を合図に、攻撃をお願いします!』
「まっかせて!」
「仕留めにかかるぞ、山ちゃん!」
「いつでもどうぞ!」
何かを察した森のヒトが、杖を四人のいるほうへ突きつける。一斉に、蟲や動物が動き出して、意志ある波のように襲い掛かる。
『外部装甲、パージ! 広域拡散結晶榴弾、発射!』
倭子さんを中心に、光が爆ぜ割れた。
色とりどりの輝きが扇状に飛び散り、森のヒトと押し寄せるエネミーを飲み込む。
粉みじんになる蟲達と、黒い竹がすべてを遮る森のヒト。
「いい加減、それも見飽きたんだよね!」
叩きつけられるハンマー。異音を響かせて砕ける竹とヘッドの部分。
ここまでの酷使に耐え切れず、丸腰になったクリスさんに、突きこまれる敵の杖。
「せいやあっ!」
抜き放った腰の二刀で、杖を受け切るキツネ。その柄頭が結合し、白い光を帯びた双頭の剣に変わる。
踊るように体に沿わせ、敵の体を切り刻み、手にしていた杖を二つに断ち切る。
「いい加減、倒れろやぁっ!」
押された敵の背後に、小山のように立ちふさがる親方。その全身を、無数の蔓が縛り上げ、両手両足を引き裂こうとする。
あのメンツで、最も機動力のない親方をくぎ付けにして、戦力を削ぐ。そういう腹づもりだったのかもしれない。
でも、親方は笑っていた。
「あんがとよ、おかげでっ」
腕に装着していた筒の尻を、地面に突き刺し、
「ふんばりが効きやすくなったぜっ!」
爆音を上げて、両腕から解き放たれる筒。その先端が緑のヒトの胴に突き刺さり、くの字にへし曲げながら、空高く打ち上げた。
「山ちゃん! やったれ!」
親方が見上げる先、俺たちがつられて顔を上げた先に、そのヒトは到達していた。
翼を広げ、足でつかんだ長刀を、さらに頭上へ跳ね上げる。
「『かぎろい』――」
森のヒトはそれでも、何かを命ずるように片腕を突き付け、
「――天羽々斬!」
すり抜けるような一刀で、縦一文字に切り裂かれていた。
『最前線、ギルドマスター組から報告します! 森のヒト、撃破しました!』
前面の装甲が完全にはがれ、ボロボロになった機体から、それでも嬉しそうな声が聞こえてきた。
あれほど沸き立っていた蟲や動物たちも、森の方へ引き返して行っている。
『観測班からも、森が沈静化したと報告が。予断を許さない状況ではありますが――』
俺たちの期待に応えるように、緑獄迎撃班総指揮は、宣言した。
『――緑獄崩落、第二段階『剪定』、完了です!』
みんなが歓声を上げ、あるいは疲れ切って地面に腰を下ろす。最前線に立ったままの四人も、すぐに動く気はないようだった。
『本来なら、可能な限りの資源回収や、残ったエネミーの駆除をお願いしたいんですが、さすがに想定外が多すぎました。みなさん、最終防衛ラインに戻ってください!』
どこまでが想定内だったのかは分からないけど、たぶん森のヒトとの交戦は、完全に計算違いだったんだろうな。
それにしても、
『明日以降も、崩落対応は続きますが、難しいことは後にしましょう! みなさん、お疲れさまでした!』
朝から晩まで、全体の状況を見ながら、すべての指示をこなしてのけた倭子さん。
『っと、マイクはこれか? おうてめえら! 帰って寝るまでが崩落対応だぞ! 疲れてても体は洗っとけ! 頭からキノコが生えても知んねえからな!』
頑丈な体を生かしてタンク役を引き受け、とんでもない出力の結晶武器を操った親方。
『お風呂もそうだけどー、ちゃんとご飯も食べようねー! 私もおなかペコペコのペコだからー!』
電撃を避ける鎧に、奥の手っぽい完全結晶の剣を使ってたクリスさん。
『迎撃班に参加してくださった、すべてのみなさん。あなたがた一人一人が、なすべきことをした末に、手にした勝利です。本当に、ありがとうございました』
森のヒト討伐の立役者、山本さんが落ち着いた声で締めくくった。
肺から安堵が漏れて、ちょっとまともに立てそうもない。
朝から晩まで走り回って、敵を倒して、ヒトを助けて。
「大丈夫かい」
いつのまにか、目の前にネズミの同僚の顔があった。
気が抜けて、うとうとしてしまっていたらしい。
「……肩、貸してもらえます?」
「うん」
ほんとにもう、一歩も動けない。
悪いと思いながら、俺は彼に体を預けて、帰途に就いた。
こうして、緑獄崩落の一日目は、終わりを告げた。