27、獄層崩落(その五)
アラシヤマ、それはアラシシとよく似た、まったく別の代物。
巨大な全身に密生した、剛毛が震えるたび、静電気の稲妻があたりにほとばしる。
その青い光をものともせず、大きく飛び上がって巨大なハンマーを振りかぶる、キツネの模造人。
「かったいお肉はー、叩いてやわらかくっ!」
結晶の噴流を後に引く、毛の下の肉が分かるほどの痛打。
絶叫して身をくねらせ、毛の化け物が電撃を振りまいた。
そのすべてをクリスさんの鎧は、いなして背中に吹き散らしている。マントに似た飾りが、放電器官の役目を果たしていた。
「おやかた! とどめお願い!」
「応!」
地面に叩きつけられた毛の塊に、突進する甲山の親方。
普段の皮鎧じゃなく、騎士甲冑のような完全武装。その両腕の下に、長い筒状の武器が装着されている。
「これで、終わっとけ!」
突きこまれた左の筒、同時に強烈な破裂音。
爆炎が排気されて、巨大な生き物が、力を失ってくずおれる。
力任せに引き抜いた筒の先端には、血脂にまみれた鋭い杭のようなもの。
「もたもたすんな! 獲物引っ張ってけ!」
あっという間に二体のアラシヤマが片付けられ、突き出た杭を再装填する親方と、ハンマーを担いだクリスさんが合流する。
あんなバカでかいのを、二人だけで狩るのかよ。
『甲山さん! クリスさん! アラシヤマ討伐お疲れ様ですっ! 残るはクモが二体! 一気に終わらせてしまいましょう!』
倭子さんのアナウンスに、気を引き締める。
そっちの方は、と顔を向ければ。
「え?」
確かに、クモは二体残っていた。
片方は甲山組や山本工務店のヒト達がけん制して、その場にくぎ付けにしている。
もう一匹を相手にしているのは。
「せいっ!」
クモの鋭い前足を、手にした長刀で弾き飛ばす山本さん。身に着けているのはかなり軽装の鎧で、特別な仕掛けはないように見えた。
そもそもあのグレイブだって、トリガーもスクリューも入ってなさそうなのに。
「はぁっ!」
気合とともに振られた一閃。クモが跳ねて距離を取り、唐突に触角と前足の一本が切り飛ばされている。
まさかあれって、大川さんの見せた『完全結晶』の一撃!?
実際、彼の手にした刃は、黒曜石のような黒から、日暮れの残照を思わせるような赤に染まっている。
「甲山さん! 久野さん! 足止め頼みます!」
「任せろ!」
「おっけー!」
クモの視界を横切るように二人が両脇に回り込み、真正面に見据えて腰を落とし、背中に長刀を構える山本さん。
「光弾いくぞ!」
振り上げた筒状武器の脇から、転がり落ちる小さな球状の物体。
あわてて目を覆うのと、光が炸裂するのが同時。
絶叫するクモ。
「だっしゃらああっ!」
凄絶なハンマーの一撃が、見えない視界の先で、強烈な打撃音を響かせ、
「『かぎろい』――穿!」
ぎりぎり回復した俺の視界の前で、残照の輝きを思わせる紅い光帯が、クモの頭をきれいにぶち抜いていた。
すべての足がびくり、と跳ねて、クモの体が地面に擱座する。
驚く俺たちを置き去りに、回収班がウインチや台車をあてがい、すさまじい重量がありそうな遺骸を引きずっていった。
『甲山の親方も山本さんも、モノは悪くねーと思うよ。でも、実力は正直、落ちてきてるかもな』
「どこがだよ!」
周囲のヒトが驚くのも構わず、誰かさんの発言にツッコミを入れる。
みんなの実力を疑ったことはないけど、まさかここまでとか思わなかった。
特に親方とクリスさん、完全に実力隠してんじゃん。山本さんは、最初からなんかできる感じはしてけどさ。
『さて、大物狩りも後一体です! あと少し、緊張感を切らさず――なんです?』
それまでテンション高めだった倭子さんが、急に語気を強める。
『すべての緑獄迎撃班に通達! 観測班が『森のヒト』を確認した模様! 全員最大警戒態勢! 黄色と緑のリボンのヒトは、大至急後退してください!』
その一言で、前にいた親方たちが一斉に身構え、指揮していたリーダーが叫びだす。
「聞いた通りだ! 黄色と緑は全員下がって! 赤はリーダーのところに集合!」
森のヒト、一体なんだそれは。
その疑問は、すぐに解消された。
生い茂る森の奥から、進み出てくるのは、異様に背の高いヒト型のエネミーだった。
全身は毛なのか、コケなのかわからないものに覆われ、胴体や肩に甲虫らしきものやムカデがうごめいている。
その片手には、木でできた槍か杖のようなものを携えていた。
『各ギルドマスターに警告! 相手は『戦士』個体です!』
「見りゃあわかるよ倭子ちゃんよ! これ以上は打ち止めだな!?」
『現在のところ、他の個体は見当たりません! それに、もうすぐ日が暮れます!』
「そっかー! どうりでおなかペコペコなわけだー!」
そう言いつつ、クリスさんは腰のポーチからカロリーバーを取り出し、他の二人にも投げる。
『森のヒトは、簡単に言えば緑獄の支配者です! 魔界の木々や動物を意のままに操る強敵! 大ピンチです! なのでっ!』
倭子さんが叫ぶと同時に、何かが風を切って降ってくる。
それは武藤さんのよりも一回り大きな、深紅のパワードスーツだった。
『緑獄迎撃班総指揮、並びに『インスピリッツ』ギルドマスター代理、和久井倭子! 試作型結晶機『テスタロッサ』にて、参戦します!』
ええええええええええええええええ!?
「な、なぁにその、カッコいいのぉ!?」
甲虫の外殻を使った装甲、カブトムシの形状に似せた頭部。着地した時に見えたけど、おそらく結晶を推進剤にしたスラスター。
左手には結晶の盾。右手には銃剣のような武器。
あれはもう、パワードスーツってレベルじゃない、むしろ。
「ロボだ! ムシ型ロボ! すげえええええええ!」
俺と同じ気持ちの連中が、一斉に歓声を上げる。
赤いロボの片手が上がって、照れたような声が響く。
『声援ありがとうございますっ! でも、気を抜かないでくださいね!』
森のヒトが杖を一振るいすると、残っていた巨大なクモが俊敏に起き上がる。
同時に、背後の森から追加のエネミーが湧き出してきていた。
『迎撃部隊の皆さんは、可能な限り持ちこたえて、他のエネミーのターゲットを取ってください! その間に、わたしたちが!』
つまり、森のヒトが倒れるのが先か、俺たちが全滅されるのが先か。
『おそらくこれが、今日最後の戦闘です! みなさん、生き残りましょう!』