25、獄層崩落(その三)
「櫓起立! 号令で一気に引け! いちぃ、にぃっ、さぁん!」
俺たちが引っ張り上げた櫓が次々と起き上がり、その上に弓や結晶銃、抱え大筒を手にした射撃班が乗り込む。
そうしている間にも、森から湧き出した無数のエネミーが、土ぼこりを上げながらこっちに突進してきていた。
「引き起こし班! もたもたすんな! 次は敵避け柵だ! 早くしないと抜かれるぞ!」
休む間もなくC班のメンツが駆け出し、俺も遅れないように続く。罠のはるか先で、とんでもないデカさの何かが、杭にぶつかっていた。
ビルの一階分もありそうな、黒光りした甲殻。それでも、何とか杭が持ちこたえ、体液をまき散らしながら、そいつが動きを止める。
「罠引き起こせ! 蟲どもが来る! 起こしたら留め具忘れるな!」
仕掛けておいた綱を引き、逆棘の罠を仕掛け、持ってきていた木釘で地面に留める。
「罠保定ヨシっ! そっちは!?」
「ちょ、ちょっと待って!」
同僚のネズミが必死に杭を叩き、保定を終える。
その頭目掛けて、何かがとびかかった。
「っぶねえっ!」
棍を炸裂させ、そいつの顔を吹き飛ばす。
それは薄い羽根を体の脇にはやした、ムカデそっくりのエネミー。地面を這うんじゃなくて、空を滑るように襲ってくる。三階でもまれに見たことのある奴だ。
「ひ、あ」
「大丈夫! ここは終わったから下がるぞ!」
「う、あうっ」
手を引っ張って罠地帯を走り抜けると、彼はその場でうずくまった。
「俺は地雷撒きに入るから! そっちは下がってろ!」
「で、でも」
「大丈夫! あんたの分もきっちりやるから!」
救護所の方へ、押し出すように背中を張り飛ばすと、彼はよろめきながら歩き出す。
現場では失敗を責めるな、親方に言われたとおりに。
踵を返すと、すでに地雷原の方でも、抜け出てきた細かいエネミーのせいで、作業が進んでいなかった。
「細かい蟲が抜けてきてる! 罠班だからって気を抜くな!」
「今回は鎧蟲が多い! 前列がどんどんつぶされてるぞ!」
叫びかわす現場のヒト達。その中の一人が、状況を見まわして叫んだ。
「地雷は二列目までは捨て! 戦える奴、前で押さえ頼む!」
「赤リボンつけたヤツ、来い! 倒さなくていい、地雷班の方に近づけさせるな!」
班分けの時、俺たちは戦闘経験で役割を振り分けられ、リボンで区別している。
緑は初心者や戦闘に自信のないヒト。さっき送り出したネズミの同僚が緑。
黄色は戦闘経験あり。ただし、身の程知らずの自己申告の可能性もあるので、大抵のメンバーがこれだ。
赤色は塔ダンジョン攻略を複数回行ったヒト。俺や文城は赤をつけていた。
「お、アンタか。さっきはありがとな」
駆け付ける途中で、ハイエナの模造人と合流する。策罠と地雷原の間で、すでに戦闘に入った連中が交戦中だ。
「罠を生かせ! 直接傷つけなくても、動きが鈍らせられる!」
長柄の槍を振り回したヒトが、襲ってくる蟲の群れを吹き飛ばす。うまい具合に柵に引っかかり、一瞬の空隙が生まれた。
「そこの二人! ここ任せていいか!? 東が手薄らしい!」
「はい! そっちも気を付けて!」
勝手に返事しちゃったけど、大丈夫かな。
隣のハイエナは気にする様子もなく、剣を引き抜いて構える。グリップをいじったしぐさから、スクリューチャージの武器だとわかった。
「トリガーって怖くない? 乱戦の時、リロードできないっしょ」
「リローダー使ってるから、割と行ける。でも、フォローお願いするかもなんで」
「任せて」
さすがは赤リボン組。こっちの意図をちゃんと汲んでくれる。そんな関心をする暇もなく、ざわめく波音と一緒に、柵を食い荒らして突き進んできた無数の大あご。
「ちょっと、多すぎだろ!?」
下がりながら棍をすくい上げ、黒いアリの顔を吹き飛ばす。その隣で前足と顔の半分を切り落とすハイエナ。
そんな俺たちを取り囲み、アリたちがギリギリと鳴きわめいた。
「やっべ! 仲間呼びかよ!」
「誰か! こっちに加勢!」
叫びを止めさせるために一匹突き殺し、そのまま二匹目を横殴り。同僚が体ごとぶつかる様にしてもう一匹。
その死体をくぐる様にして、すべらかなムカデの一撃が、彼の肩口を切り裂いた。
「うがあっ!?」
「くっそがあっ!」
たたきつけた一撃が軽い。片方のリロードが間に合ってない、素早く、もう片方を叩きつけて吹き飛ばすが、装填分を使い切った。
残ったアリたちが仲間を呼び、アリだけじゃなくムカデや、小ぶりの鎧蟲まで湧き出してくる。
「後退してください! 旗竿を目印に地雷原を抜けて!」
空から声が降る。
それは両翼を広げて羽ばたく、山本さんの姿。
片足に長刀を掴み、一気に急降下する。
「ギイイイッ」
一薙ぎで数匹が切り落とされ、地面につきかけた体を、長刀を足場にして軽やかに空へと舞い戻る。
今まで、物静かな姿しか見ていなかったけど、山本さんってあんなに動けるのか。
「もたもたしないで! 早く救護班へ!」
「は、はい!」
地雷原には無数の旗竿が建ててあり、そこをたどることで安全に逃げることができる。
同時に、
「ギュイイイイイッ」
俺たちの後を追ってきた蟲が勢いよく弾け、吹き飛んでいく。
なんとか地雷原を抜けきるころには、エネミーは振り切れていた。
「うっぐ、いてえ……っ」
「ちょっと、血が出過ぎてるな……誰か!? 手をかしてくれ!」
「あ、あっ! すぐ行く!」
さっき後ろに下がらせたネズミが、大急ぎで駆け寄ってくる。俺たちは二人掛かりで彼の鎧を脱がせて、傷跡を確かめる。
「あのムカデは、牙のところに溶血性の毒を分泌させてるんだ。水か専用の薬剤で洗わないと」
「わ、分かったよ……とにかく救護所へ」
「くっそ、こんな序盤で……」
俺は二人をかばいつつ棍に結晶を装填、残りのリローダーを確認する。その間にも、いくつかの戦線が崩れて、地雷原を抜けながら退避する連中が増えていた。
「この辺りが引き際っぽいな。打合せ通りに壁の向こうへ!」
「キミはどうするんだ?」
「まだ残ってる人たちがいる。後退を援護する」
応急処置が終わったハイエナに手を貸しながら、ネズミが下がっていく。二人が壁の向こうへ消えたのを見極めると、俺は声を上げて柵の方へと走った。
「誰かまだいるか!? いたら返事しろ!」
すでに、ここら辺の罠は使われたか、敵の踏み荒らしで壊されている。無数の蟲や猛獣の死骸の間に、血まみれの体が、転がっていた。
助けたい、死んでいたとしても、何か。
「ギチギチギチギチッ」
サソリ、あるいはカニに見える何かが、死体に群がっていく。俺は、この戦いの前に言われたことを思い出す。
『作戦終了が宣言されるまで、戦闘区域での『死体回収』は、禁止です』
それは今日まで常に、言明されていたこと。
『魔界の生物は、その過酷な環境に適応するため、食事と繁殖をきわめて短いサイクルで行います。特に生物の死骸は、彼らにとっての滋養であり、苗床でもあります』
荷物入れの中から、支給されていた結晶爆弾を取り出す。セーフティシールをはがし、指で突起を刺激、心の中で三秒数えて、投げる。
爆発と閃光。
死体があった場所は、群がった蟲達と一緒に焦げたクレーターに変わっていた。
『可能であれば支給の火炎弾で、火葬にしてあげてください。息がある場合でも、救うのが難しければ、個人の生存を最優先すること』
幸か不幸か、さっきの犠牲者以外、それらしいものは見えなかった。それまで夢中で意識できなかった、生き物の体液や内臓がぶちまけられたせいで、異様な臭気があたりに満ちわたっている。
『中央防衛ラインの迎撃部隊に通達! トラップによる遅延作戦を終了します! 最終防衛ラインに下がり、次の指示を待ってください!』
これも作戦で決まっていたことだ。
トラップゾーンはあくまで『エネミーの漸減』が役割。落下の衝撃で発狂暴走した第一波を、ある程度抑えることが目的だと。
それぞれの持ち場に散っていた連中が、防壁の内側に戻ってきて、班長を前に点呼を行っていく。
「――以上、C班、点呼終わります。負傷四名、行方不明、死者、なし」
どっと俺は息を吐き、他の連中も顔を緩ませる。
ただ、離れたところで点呼を取っていた連中には、表情を暗くする奴もいた。
「あ、あの、班長」
「どうしました、小倉さん」
「俺……さっき」
班長は何かを察して、首を振った。
「火炎弾一個使用。大まかな使用位置と合わせて明記してください。それで充分です」
「でも」
「これはそう決まってるんです。記すのは結果だけ、行為者も事情も含めない。そうしないと、遺恨が残りますから」
彼はそれ以上追及もせず、言われたとおりに俺は、火炎弾の使用と位置だけを記す。
その間にも、断続的に櫓や投石器から放たれる威力が、トラップ地帯を抜けてくるエネミーに浴びせられている。
連中の死骸や投石の残骸が、即席の防波堤を作り上げていた。
『緑獄の剪定、その第一段階は、溢れて暴走したエネミーのせん滅です。トラップ地帯で第一波を受け切り、最終防衛ラインからの間接攻撃でさばけるようなれば、成功です』
見える限りでは、大体トラップの辺りで侵攻は止まっている。何とか最初の試練は、越えられただろう。
「皆さんお疲れ様です! 全員、食料の配給を受けたら一時間の休憩! その後、C班は東側の追い込みに参加します!」
班長の指示に、思い思いの感情を示しつつ、俺たちは配給所に向かった。