23、獄層崩落(その一)
緑獄崩落へ対応する連中の待機所は、Pの館近くにある宿泊施設が当てられていた。
本来は、P館付きのフリーランスたちが詰めている木賃宿で、広いフロアに畳敷き、そこに手渡された寝具で雑魚寝という感じだ。
個室が欲しい、とも思ったけど、非常時だから仕方がない。
「朝ごはんの配給です! 一列に並んで受け取ってください!」
宿舎出口には配給所ができていて、水のボトルと文城の弁当が積み上げられている。
一応、P館の配給食も並べてあるけど、コンビニ弁当の人気は圧倒的だった。
「おはよ! 朝から大変そうだけど、大丈夫か?」
「う、うん。この後、休憩貰えるからだいじょうぶ。孝人も頑張ってね」
俺も弁当を受け取り、文城とあいさつを交わす。
とはいえ、雑談をする間もなく、外に造られた簡易テントに向かい、割り当てられた班のみんなと一緒に、朝食を取る。
「今日のC班は、森付近の巡回と罠の点検です。その後、昼食休憩を取った後、哨戒班と交代となります。体調に問題がある人は早めに言ってください」
班のまとめ役であるイヌの模造人は、山本組のメンバーだ。あまり話したことはなかったけど、リーダー的な役割を果たしていたヒトと記憶してる。
一緒にいるメンツは、俺と似たような背丈の、小柄な模造人で構成されていた。
「それでは、出発します」
俺たちは宿から出て、そのまま南を目指す。街と危険地帯の間には、ラジオの取材で見た以上の、馬防柵がびっしりと並んでいるエリアが展開されている。
その後ろには、寝かされたやぐら、巨大なバリスタ、投石器が並ぶ。
俺たちの担当は、無数の馬防柵が並んだところだ。
一番外縁には、巨大な棒杭が斜めに突き刺さり、そこから少し離れて、細い槍を連ねた様な柵、最後に深めの堀が刻まれている。
「こんなもんで止める敵って、どんなレベルなんだ……」
俺と一緒に作業するネズミの模造人が、胴体と同じぐらいの太い杭を見てぼやく。
地面の埋まり具合や、崩落の衝撃を和らげる仕掛けを確認し、また別の杭へ。
「アラシシっているじゃないですか、芋虫とモグラのキメラみたいな」
「あれって、オレたちよりちょっとデカいくらいじゃ?」
「前、南の森に行ったとき、その三倍ぐらいあるの、見たことありますよ」
「……そんなのに会ったら、軽く死ねるな」
その言葉に、以前『EAT UP』と合同で狩りをした時のことを思い出す。
あんなのを軽々殴り倒してたクリスさん、マジですげーよな。
「やっぱ、避難組に行っときゃよかった」
「……こっちにはいつ頃?」
「ひと月とちょっと。塔の中とか、森とかは入ってたけど、本格的な戦闘なんて、ほぼやったことがないし」
そのヒトの身に着けている鎧も槍も、まだ真新しかった。Pの館でフリーランスをしながら、今後の身の振り方を考えていたらしい。
「結晶武器もないのに、この体で前線なんて無理だし」
「解除屋とか、どうですか」
「あんたもそうなんだって? ネズミとかウサギは、だいたいそっちに回るとか。でも、あれって責任重大だし、ちょっとね」
転生して状況が分かってくると、自分の立ち位置が見えてきちゃうからな。物語みたいにはうまくいかない。希望と現実のギャップは、俺もよく感じてきた。
彼はつくづくとため息をつき、空を見上げた。
「なんでこんな世界に、転生しちゃったんだろうなあ」
「アレに見つかった時点で、選択権はないっぽいですけどね」
「そもそも、なんで異世界じゃなくて魔界なんだよ。せめてあんなバケモノじゃなく、女神様が出てくればいいのに」
俺はあいまいに笑い、手にした器具で中型の柵を検査していく。こっちは初めから倒れるの前提で、付属させた綱を使う時に張りつめさせて、一斉に起こす予定だ。
「この調子じゃ、あっちであがめてた神様、実在しない妄想の存在だったのかもな」
「甲山組には、神棚が飾ってありますけどね。親方が、そういうの気にするたちで」
「日本人らしいといえば、らしいけどね」
『神去の者』
しおりちゃんの言葉が蘇る。
神に棄てられ、神を棄てた民、それが俺たちなのだという。
魔界の最底辺に存在する、造られた命にさえ蔑まれ、憐れまれる地球人たち。
だからあんな、異常な超越者に拾い上げられてしまったんだろうか。
「ここの砂地に仕掛けするのは、もうちょっと後なんだっけ?」
「結晶使った地雷、だそうですからね。落ち切った後にまかないと」
包囲罠の一番街に近い場所、そこが砂地に変えられていて、即席の地雷原に指定されている。
エネミーを倒すためというより、それ以上先に進ませないための仕掛らしい。
そこからかなり場所を開けて、壁が建てられるように石やコンクリで保定用の足場が組まれていた。
「……死にたくねえ」
作業をしつつ、彼は苦し気に告げた。
俺だって同じ気持ちだけど、こっちは半年近く過ごした経験がある。磨平に襲われた時のこととか、五階のゴーレムとか、死の危険を身近に感じ続けてきた。
慣れるわけじゃないけど、踏ん切りはつけたつもりだ。
でも、彼は心の整理をする時間もないまま、ここにいる。
「……戦場では、大胆なヤツより、臆病者が生き残るそうですよ」
「逆じゃないか? 怯えて逃げた先で死ぬ、ってよくあるじゃない」
「大胆なヤツは危険を侮るし、臆病者は恐れて危険を侮らないから、だとか」
『いざって時に肝が据わらないヤツは、何があっても死ぬけどな。大胆にして臆病ってのが、戦場で生きるための心得だ』
コウヤに教えてもらったのは、二つでセットなんだけど、今のこのヒトに、そんなことを言うのは酷だろう。
「俺も臆病者の方だし、うまいことやって、生き延びましょう」
「……悪いね。気を使わせて」
「それに、頼もしい先輩連中がいるんですから、大丈夫ですって」
罠地帯の先、最前線にあたる部分に、物々しい連中が整列していた。
甲山の親方にクリスさん、山本さんが完全武装で、居並ぶ戦闘部隊に戦闘時の隊列などを打合せしていく。
俺たちは後方で支援役だけど、あのヒト達は最前線だ。
あの中で何人が――
「あそこの端までチェックしてから、昼飯行きましょ」
「ああ」
俺たちは仕事を終え、炊き出し場に向かう。
最終防衛ラインの向こう側に、煮炊きの煙が立ち上り、うまそうな匂いが漂っている。
メニューはシチューと、分厚い肉の挟まったサンドイッチ、ドリンクは水と一緒にお茶かジュースが選べて、いくらかの果物とカロリーバーが付く。
文城の弁当オンリーじゃあないのは、コンビニ弁当ばかりじゃ、士気が下がるから。
そういう食事への気遣いは、向こうの軍隊を参考にしたのだとか。
用意されたテーブルに座るヒト、少し離れた草地で食べるヒト、受け取るなり腹に流し込んで、さっさと立ち去るヒト。
思い思いの昼食をとる中、俺たちは空いてる席に座って食事をした。
「奮発してるな、こんなに肉がゴロゴロしてる」
「『EAT UP』だと、大抵こんな感じですよ?」
「P館食堂、安いし割引もあるけど、メニュー少ないし。ぱちもん通りの店は、たまの贅沢って感じだよ」
クリスさんも安くてうまいを掲げてるけど、さすがに限度があるからな。俺たちは飯を食いつつ、自然と身の回りの話をしていた。
「ムーランって、あの銭湯のある店だろ? ギルドがあるって聞いたけど、まだ行ったことがなかったな」
「最近、内職とかができるフロアを作ったんですよ。外の仕事が合わないようなら、そっちでどうですか?」
「プラチケはどうする? 今回の迎撃部隊に入ったの、プラチケが二枚手に入るからってのがあるんだ」
「毎月ログボを一定額、上納してもらえば更新分ぐらいは。俺のやってる冒険者パーティでも、ギルメン価格で受けてますし」
目の前のネズミは、心持ち表情を明るくさせた。
「オレ、もともとはエントツ街や職人街の方で働きたかったんだけど、技能無しは受けてもらえなくてさ。向こうでも、事務方の仕事しかしてなかったし」
「ちょっとづつ、やれること増やしていきましょう。身の回りが落ち着けば、悪くないですよ。ここの生活も」
「……そっかぁ。正直、タコ部屋生活もうんざりしてたし、この崩落が終わったら」
言いかけて、彼は苦笑いしつつ、肩をすくめた。
「これ、露骨に死亡フラグだよなぁ」
「ゲン担ぎも大事だし、止めときましょうか」
「神頼みも効きそうにないしな」
そもそも、この街にある宗教団体は、露骨に営利団体のカルトだし。教義の内容も詐欺まがいだから、頼りにならない。
俺たちが食事を終えるころ、スピーカーからアナウンスが流れ始めた。
『Pの館より、お知らせします。インスピリッツの観測班により、肉獄、緑獄の各層にて余震を検知したと報告がありました』
休憩していた連中に、緊張が走る。
少し間をおいて、俺たちの頭上から、遠雷にも似た振動と異音が響いてくる。
天候や気象という言葉がないこの街に、唯一、降り注いで来るモノ。
『崩落予想は二日後の見込みです。繰り返します、崩落する二層に余震を検知しました。崩落は二日後の見込みです』
その場にいた誰もが、自然と動き出していた。
談笑していた者も、疲れた顔の者も、不安な奴も、空元気の奴も。
武器を携え、決められた配置に向かう。
この街を飲み込もうとする、破滅に立ち向かうために。