21、過去と語らうもの
『住民の皆さん、今日は避難所入所の最終日です。攻略班に入っていない住民の皆さんは速やかに、指定の避難所に避難してください。繰り返します、今日は避難所入所、最終日です。住民の皆さんは――』
退避を促すアナウンスが、うつろに響き渡る。
『涯を追うもの』の本部で一晩を明かした俺たちは、今後の対応を相談するために、応接間に集まっていた。
Pの館から戻ってきた北斗が、一冊の資料をテーブルに置いた。
「Pの館による現場検証と、所見をまとめたものです。今後は彼らも、原住模造人への対応を、再検討すると」
「上司お気に入りのおもちゃに触れるんだ、いくらPでも慎重になるか」
実際、阿部藜の対応が後手に回ったのも、転生システムが『ジョウ・ジョスの趣味嗜好』に依存するところが大きい。
地球から勝手に選んだ『魂のガラクタ』を、模造人という『肉のガラクタ』に詰め替えて遊ぶという悪趣味を、邪魔しないために。
「模造人の魂を喰って栄養にしつつ、空いた脱け殻で異世界転生もどきをさせる、なんて話も聞くなぁ」
「とはいえ、転生先に指定された肉体が、元の姿とまったく違った形になる場合もあるとかで……実のところ、模造人という存在が必要なのかさえあやしい、という意見もあります」
伊倉さんとしおりちゃんの会話内容で、軽くげんなりしつつ、俺はそれ以上の詮索を打ち切った。
降りかかった理不尽に文句を言ったところで、どうにもできないからな。
「阿部藜の追跡はいったん打ち切り、崩落終了後、正式にハンティングクエストをPの館名義で出すみたいだな」
「なんで今になって、そんなこと言いだすんだよ。もっと早く言えばいいのにさー」
「隠せる段階じゃなくなったからだよ。柑奈っていう実際の被害者が公になって、アカザの潜伏先まで発見されたし」
「相手の顔写真や細かい情報が、神崎さんからもたらされたのも大きいでしょうね」
気丈にも、柑奈は壊れかけた体をおして、Pの館に藜の細かい情報を伝えた。ボディの型式番号や本体形状などを。
その柑奈は、アルケミスト・ワゴンで完全休養している。
「柑奈の奴、大丈夫かなあ」
「Pの館がすぐに、スペアボディの手配をしてくれたし、ワゴンに常駐してるメンバーが修理に入ったから」
「それもあるけど、オレが言いたいのは、気持ちの方。あいつ、すげー怖がってたろ」
この場に文城はいない。事情聴取が終わった後、完全に憔悴した柑奈に付き添って、ワゴンに泊まりに行っている。
「今回の崩落、柑奈抜きで戦わないとならないね」
「実際、崩落の混乱に乗じて、アカザが彼女を取り返しに来る可能性もある。福山君も彼女の付き添いで、攻略班には入れないかもしれないな」
北斗の言葉で、一同が深々とため息をつく。
そんな空気を払うべく、俺は努めて明るく、先の話を続けた。
「ホライゾンのみんな、今回は本当にありがとう。Pの館からも報酬は出るだろうけど、乙女さんや俺たちからも、なにか礼を用意するから」
「……その話は、すべてが終わってからにしましょう。うちも、アカザの件は最後までお付き合いします」
そう告げるシェパードの顔は、いつもの冷徹なものに戻っている。つまり、最後まで関係者でいる理由と、うまみがあるってことか。
だが、乗り気な参謀に反して、伊倉さんはネコ顔に怪訝そうなしわを寄せた。
「とはいえアカザの方は、しばらく潜伏しっぱなしだと思うぜ。自分のベッドが壊され、大事な宝物を奪われた。しかも、柑奈の奴はインスピリッツにかくまわれてる。次の機会を待って、って考えるだろうさ」
俺もその意見におおむね賛成だ。
コウヤに撃退された前回、隠れ家に襲撃された今回、そのどちらもあいつは、最後に逃げを打っている。
自分の身を守り、何年でも柑奈のストーキングを続けるつもりに違いない。
「策が必要ですね。アカザをおびき寄せて、罠にはめるための」
「あと、あいつの隠ぺいを見破る方法だな。完璧なステルスがあるらしくって、あの時、ビルを包囲してたP館の連中も、逃げるアイツを発見できなかったんだと」
「おびき寄せるほうは、なんとかできるかもな」
俺は片手をあげて、ラジオを取り出した。
スイッチをひねるが、今は放送局が動いていないため、空電がホワイトノイズになってつぶやくだけだが。
「あいつの独占欲は、とことんまで濃縮されてる。手足をもぎって、声を奪って、自分以外の者に目を向けさせないよう、カメラアイを」
「ごめん、細かく言うのやめて。あれ、思い出したくないから」
瞳の言葉に俺は頭を下げ、作戦を告げた。
「柑奈次第だけど、例の音楽祭。そのリハーサルの情報を流せば、食いついてくる、かもしれない」
「おいおい孝人よぉ、かもしれない、じゃ困るぜ? オレらも、柑奈もだ」
伊倉さんの舌鋒は鋭い。地下駐車場の振る舞いから感じた印象だから、間違ってはないと思うけど、裏付けがないでは話にならない。
なにより柑奈の協力がないと成立しない話だからな。
「でも、このままじゃあいつ、安心してアイドルできないだろ! そこは、何とか頑張ってもらうしかない、と思う」
いつもよりも歯切れの悪い紡。この前から結構、柑奈のこと気にしてるし、ああいう異常な精神の敵と戦うのも、初めてだろうし。
「阿部藜、という人物の精神構造を、理解できればいいんですよね?」
「……しおりちゃん、なにか名案があるの?」
「案というより、裏取りの方法ですが。必ずうまくいく保証はありませんけど」
当てのない推論より、可能性があるなら、それを試すべきだろう。
俺たちは今後の方針を話し合い、席を立つ。
「俺はしおりちゃんと一緒に『裏取り』してから、緑獄迎撃部隊に合流する。みんなと次に会えるのは、崩落イベントの後、だろうな」
「あんまり無茶すんなよ、孝人。いくらオレでも、緑獄までは飛んでいけないから」
こんな時でも、紡は他人の心配をしていた。差し出した手を握ると、白いオオカミの顔が笑みを浮かべる。
「全部終わったら、またみんなで遊ぼうぜ。カラオケ行ったり、飯食ったりさ」
「わかった。それじゃ、またな」
それから、Aチームのみんなから挨拶を受け、最後に瞳と北斗がそろって頭を下げた。
「わがままばっかり言っちゃって、ごめんね。でも、シーカーズのみんなと冒険して、すごく楽しかったよ。ラジオの仕事も、またやりたいし!」
「ギルドマスターがふらふらすんなって。それとも、有能な参謀さんに全部任せればいいってか?」
「大川さんほどではないですが、組織のトップとしての規律とけじめは、しっかり守ってもらわないと。こういうことは――」
北斗は最後まで言い切らず、別れを告げた。
「まずは、生き延びましょう。失礼します」
「またね!」
俺たちも外に出ると、しおりちゃんに尋ねる。
「避難所の締め切りは、六時だっけ?」
「はい。ただ、北の結晶山を監視するため、大聖堂にも人員が残っているんです」
「時間がかかるようなら、しおりちゃんは先に戻ってくれていいよ。前に一宮さんにもらった許可証もあるし」
普段はあまり意識することのない、グノーシス魔界派の総本山、大聖堂。
昼を少し回ったという時間でも、近づくほどに威容と不気味さが際立ってくる。
いや、それだけじゃないな。
「だいぶ……でかくなってるな」
振り返って空を見れば、普段のそれとは違う、変化が横たわっている。
ここに来た頃、獄層を象徴する四枚の花弁は均等に、伸び広がっていた。
花でいえば「がく」にあたる支えから、大きく飛び出し、その端がゆがんで、たわみつつある。
緑獄の外周の部分は、ざわめいてとがって、不格好な木の葉のような形に。
肉獄は、見てわかるほどに、輪郭が伸縮してどくどくと脈打ち、逃れようと暴れもがきつつある。
「正直、インスピリッツの予報よりも早く、崩落するかもしれませんね」
「今日明日中、とか?」
「何とも言えません。でも、今日が安全に避難できる期限なのは、間違いないかと」
だが、今は別件の心配だ。
大聖堂の僧兵たちにあいさつすると、そのまま中へ。
どうやら信者の皆さんも避難しているらしく、巨大な伽藍は文字通り『がらんどう』になっていた。
そのままいくつかの廊下を通り、地下に向かう階段を降りていく。
「あれ、図書館じゃないの?」
「今回は『コウレイ課』の案件ですので」
「コウレイ、って交霊、つまり霊を呼び出したりとかそういう?」
しおりちゃんはなぜか苦笑いしつつ、薄暗くて不気味な地下通路の、奥まったドアを叩いた。
「すみません『ウーグル』です。『エンバーマー』はいらっしゃいますか?」
エンバーマー、つまり遺体保全師か。宗教施設はヒトの死体も扱うだろうけど、こんなところで何を。
「避難ならしないよ。結晶山の見張りってことで、許可はもらってるんだ」
「いえ、実はある人物の『前世』について、知りたいことがあったので、お力をと」
「なんだよ、崩落で不安になった新参が、カンバック・シンドロームでも起こした? それなら、三根のバアさんの案件だ。ボクの方は間に合ってるんでね」
「死してなお、前世の縁を手繰ってストーキングを繰り返す異常者、そんな検体を、扱ってみたいと思いませんか?」
結構ギリギリなしおりちゃんの言葉に、部屋の主はゆっくりとドアを開けた。
白衣を身につけた、薄汚い格好の、でっぷり太ったキツネの模造人。
だらしない笑みを浮かべて、そいつは俺たちをいざなった。
「やっぱり君は、ここを出てくべきじゃなかったよ。入ってくれ、詳しい話を聞こうじゃないか」