19、渇愛の鋼鉄獣
外に出るころには、時刻は三時を回っていた。
塔に近づくにつれて、ヒトの流れが多くなっていく。そういえば、今日の晩が崩落前のムーラン最終営業日だったはずだ。
「日が暮れる前に、勝負を付けたいな」
「なあ、孝人。なんでオレたちが行く場所が、一番あやしいんだ?」
通り過ぎていく人々の目を引かないように、道の端を進んでいく。紡の重要な質問を、何でもない顔をして答えた。
「原住の模造人って、俺たちとは交渉がないだろ。そして、Pの館にとって、彼らはジョウ・ジョスのおもちゃだから、大事に保護する必要がある」
「つまり『不可侵の存在』であるからこそ、その群れに紛れ込んでしまえば、ということなんですね」
「でなきゃ、Pの館が強権をふるえばいいだけだからな」
納得してしおりちゃんが頷く。
以前、柑奈は『模造人の身なりにもなれる』と言っていた。ということは、原住模造人としてふるまって姿を隠せば、派手な動きをしない限り、見つかりにくいというわけだ。
「だ、だったら、なんでもっと前の崩落の時に、探さなかったのかな?」
「探しただろうな。でも、その時は、姿をくらますなり、別の場所に潜伏してやり過ごしたんだ」
「ってことは! 柑奈を捕まえて動けない今なら!」
大声を上げた瞳を、紡と文城がその口を抑える。
ちょっと勘弁してよ。この会話だって、下手すりゃ聞かれてる可能性もあるんだから。
「Pの館が許可を出したのは、そこらへんの事情を当て込んで、俺たちに解決させようって腹だろうな」
「んだよそれ……なんかずりぃな。こっちは気が気じゃないってのに」
「それで、わたしも一つ質問」
二人の拘束から抜け出した瞳は、いつになく厳しい表情で問いかけてきた。
こういう顔をすると、彼女もいっぱしのギルマスなんだなって感じるな。
「北斗も孝人も、ここに『アカザ』がいるってわかってたんでしょ?」
「俺はともかく、北斗は最初からそう考えてたろうな」
「それなら、みんなでここに来たほうが良かったんじゃない?」
俺は二本の指を立てて、理由を語る。
「理由その一、いなかった場合の保険。一番確率が高い、ってだけで、他の地点にいる可能性もある。潜伏するための『ベース』も、複数あるだろうからな」
「二つ目の理由は?」
「隙を見せれば、柑奈と無理心中するって選択肢を取らせにくくなる。ここまで潜伏してまで、柑奈を思ってるヤツだからな。可能性がある間は、逃げて機会をうかがうはずだ」
とはいえ、これはあくまで俺と北斗の勝手な想像だ。ストーキング野郎の思考なんて、どうやっても理解できないからな。どんなスイッチが入って、暴走するかわからない。
「瞳、魔機人との戦闘で気を付けることは?」
「いっぱいあるよ。銃にレーザー、グレネード、ミサイル、電気とか耳鳴りする音とか、めんどくさくて怖い武器ばっかり!」
「聞くんじゃなかったよ。対処法は?」
「射線に入らない、妨害する、撃たせない、感知範囲外からの先制。この順ぐらいかな」
あれ、なんで感知範囲外の先制が一番最後なんだ?
俺たちの疑問に、瞳は苦笑いしつつ告げた。
「わたしたちに、メカの感知範囲外ってわかる?」
「そ、それは……」
「望遠レンズ、赤外線、レーダー、上空からのドローン撮影、そういうのをすり抜けて先制攻撃なんて無理だからねー」
「『敵レーダー』のギフテッドなんて、聞いたこともないしなぁ」
そんなことを話している間に、俺たちは北西エリアにある、無数の廃ビルが並んだエリアにたどり着く。
普段なら、奥からにらみつけてくる原住のヒト達が顔をのぞかせてくるけど、今は動くものの気配もない。
瞳が自然と前に立ち、その隣に紡がつく。文城は列の最後、俺としおりちゃんがみんなから挟まれる形だ。
「すみません、来ておいてなんですが、ここでお役に立つのは難しいです」
「ああ、いつもの竹バリア、街中では使えないからな」
「使える植物もありますが、基本は状況を見て離脱するようにします」
それを言えば、俺も確実に役立たず枠だけど、的が多ければ敵も迷うかもしれない。
初めて入る街の中は、異様な臭気が空気に漂っている。ただ、思ったよりは往来が汚れているわけでもない。
ところどころ、普段は店か何かをやっているような場所もあった。
「それで、孝人。どこに行けばいい?」
「生活感のない建物を中心に探す」
いくらこのエリアが治外法権的な場所とは言え、アカザは外部のニンゲンだ。それに、Pの館に通報することで、利益を得ようとする奴もいるだろう。
いかにも頼りない探索方針に、しおりちゃんが助言をしてくれた。
「であれば、外周との境界線当たりの建物だと思います。原住の方々は、北の結晶山を極度に恐れていますから」
「それでも、結構広そうだけどね。じゃあ、ここからは警戒強めで」
「建物への潜入は、わたしが行くね」
そうか、視界が通りさえすれば、瞳なら一瞬で中を確認できるんだな。
ほんとに、めちゃくちゃ役に立つギフテッドだよなあ。
歩いていく先で、建物から生活感が失せ始め、行き止まりや道端に、ゴミの山が積まれるようになってくる。
よどんだ空気、鼻をつく異臭、ビルの間から差してくる光が、次第に弱まっていく。
「すみません、孝人さん」
「どうしたの?」
「もしかすると、このにおい――」
何気ない問いかけに、俺は隣のしおりちゃんに顔を向け――
「――っそがああっ!」
反応できたのは、ほぼ奇跡だった。
厚く積もっていた汚物から、おぞましい速さで突き進んでくる切っ先。
それが、チョウゲンボウの模造人の首を狩る寸前、俺の武器が炸裂して、死の一撃を吹き飛ばした。
「きゃうっ!?」
「みんな散って!」
襲撃者の背後に、大剣を担いだ瞳が回り込む。体にこびりついた汚物や、何かの残骸をまき散らし、そいつは信じられない速度で、バックアタックを受け止めていた。
「お前が、柑奈をっ!」
『どけ』
そいつの背中やふくらはぎから、噴射炎が噴き出す。焼けた汚物の不快な臭いと煙。
あっという間に瞳の体が、ビルの壁にたたきつけられ――
『ぐあっ!?』
その寸前でシフトした瞳が、さらに敵の背後を取る。
壁に自らをめり込ませた機械の体が、驚異的な反射で不意打ちをかわし、ジェットをふかして素早く逃げを打つ。
「無駄っ!」
逃げたはずの方向、その背後にぴたりと張り付いた、赤いネコの模造人。
機械の体に許された、ヒトを越える動き。その行動を凌駕して瞳が動き、敵を翻弄し続ける。
「孝人! 柑奈を探して!」
彼女の全身から、白い煙が立ち上り始める。
連続で"シフト"しているせいで、体への負担が掛かっているんだ。
「こいつは、わたしがひきつけるから!」
「で、でも……」
「孝人さん! こっちです!」
叫んで走り出すしおりちゃん。その動きに気づいた敵が、片腕を突き付けた。
「おりゃあっ!」
その真正面に立って剣を振り落とす紡。同時に、咳き込むような銃弾が地面を穿つ音。
「早く行け! しおり、見つけたんだよな!?」
「はい! 行きましょう、皆さん!」
迷いのない動きに、俺と文城が後に続く。その背後で、断続的にばらまかれる銃弾と、金属と結晶がぶつかり合う異音が響いた。
「と、ところで、本当に見つけたの!?」
「確証はありませんけど、おそらくは!」
彼女は狭い路地を抜けた奥にある、ビルの一つに入り込む。
その途端、強烈な異臭が俺の鼻をいじめぬいた。
「ぐえぇっ、なんっ、だっ、この、気持ち悪い、甘ったるい、すっぱい臭いはっ」
「こ、孝人、あそこ!」
鼻を抑えつつ文城が指さすほうに、地階への階段があった。
悪臭の根源は、明らかにそこだった。
「なにがあるにせよ、多分、ここが目的地だ」
「カンナちゃん……っ」
「行きましょう」
そして、俺たちが踏み込んだ先で見たのは、地獄を煮詰めたような光景だった。