16、アイドルを探して
「インスピリッツにも、来てないって」
顔を見せるなり、瞳は沈痛な顔で告げた。
パッチワーク・シーカーズ事務所。いるのは俺と紡、そして瞳の三人だけだ。
インタビューの仕事が終わった次の日、柑奈は消えてしまった。
どこにいるのか、誰にも知らせないまま。
「あいつ……なにやってんだよ。もうすぐ、避難所も締め切るってのに」
不安そうに紡がつぶやく。
文城やしおりちゃんには、このことは報告していない。消息を聞かれた場合は、ラジオ局の仕事に出ているという形にしてある。
とはいえ、ごまかすのも、もう限界だ。
「孝人、やっぱり、わたしたちだけじゃ無理だよ」
「……そうだな。でも、どうする?」
「乙女さんにも、言ったほうがいいんじゃないか?」
「それは……」
ギルドメンバーの安否は、長である乙女さんにも知らせる必要がある。
それでも、避難所での仕事で忙しい彼女に、何もわかりませんという状況だけ伝えるのは、負担を増やすだけだ。
「せめて、何か手掛かりでもあればなあ」
「おい、孝人!」
事務所の扉を無遠慮に開けて、柚木が顔を出す。その後ろで、杖を突いたシェパードの模造人が、軽く頭を下げていた。
「お疲れ様です。身勝手で申し訳ありませんが、うちのギルドマスターを引き取りに来ました。そろそろ肉獄――」
「北斗!」
瞳は勢い込んで、自分の参謀に頭を下げた。
「助けてほしいの! おねがいっ!」
事務所の椅子に座り、俺たちの話を聞いた北斗は、手にした杖で床を突きながら、思考をまとめ始めた。
「神崎さんが行方不明になり、音信不通のまま一日が経過。メンテナンスに立ち寄ったわけでもなく、どこかで仕事をしているわけでもない、と」
「楽山さんも連絡つかないって言ってた。正直、ヒントがなさ過ぎてお手上げだ」
「彼女の足取りが消えた場所は?」
シェパードの顔は、冴え冴えとした冷静さに引き締まっている。この前の、絶望顔のかけらも見えない。
「カンタービレのカラオケボックスだよ。それ以降、あいつの姿も見てない」
「思いだせる限りで構わないので、あなた方が神崎さんを、最後に見たときのことを教えてください」
そんなこと、言われてもなあ。
「俺が最後に見たのは、みんなに毛布掛けてる姿だったな……あ、沼津さんと一緒に、片付けしてたみたいだから、あのヒトに聞くほうがいいかも!」
「……わたし、夜中にトイレ行くのに起きたけど、その時は多分、いた気がする」
「そうなん? オレが起きたときは、もういなかったな。明け方ぐらい?」
俺たちの証言を聞くと、北斗は立ち上がる。
それから、なすべきことを告げた。
「瞳、これから尾上さんのところへ行って、神崎さんの失踪を報告してくれ」
「そんなことしていいの!?」
「一日以上経っている、おそらく何らかの事件だろう。心当たりを聞いてきてくれ。合流はカンタービレで」
「わかった!」
口をはさむ間もなく、赤いネコが姿を消す。
仲たがいしても、いざという時の信頼感は消えてないってことなんだろう。
「勝手をして申し訳ない、ですが」
「いや、これは俺のほうが後手に回り過ぎた。悪いけど、力を貸してくれ」
「わかりました。行きましょう」
体のハンデも感じさせない素早さで、北斗が先を行く。
それにしても、どうして柑奈はいなくなったんだ。
あの時、あいつは確実に喜んでいたはずだ。いや、もしかすると、巧妙にそう見せていただけかもしれない。
とはいえ、あいつの性格からして、文句や意見があるなら言っていたはず。
「まさか、誘拐、なのか?」
大通りからは、だいぶ人影が少なくなっている。店も入り口に板を打ち付けたりして、やってくる崩落への備えをしていた。
「可能性はあります」
「あの柑奈だぜ? あいつがおとなしく、誘拐されるかあ?」
紡の疑問に、北斗は生真面目に回答を返す。
「魔機人といえど、攻略法はあります。それに、神崎さんは本体に問題を抱えている」
「隙を突かれたら、可能性はあるってことか。でも、あいつを襲う理由は?」
「犯行の理由なんて、犯人に聞くべきでしょう。まずは」
すでに見慣れた四階建てのビルを見上げ、シェパードは冷徹に告げた。
「現場の検証からです」
すでに閉店していたカンタービレには、店長代理の沼津さんが残っていた。
店の片付けや補修もほとんど終わっているようで、連絡係として待機しているということらしい。
「なるほど。神崎さんが……」
「多分、最後にあいつと話したの、沼津さんだと思うんです。なにか妙なところとかありましたか?」
ヒツジの模造人は、当時のことを思い出しながら、証言してくれた。
「たしか、久しぶりに歌って、アイドルとしての過去を思い出した、という話をされていましたね。次に作る楽曲に、私も参加しないか、とも」
「向こうでは、プロのバイオリニストさんだったんですよね」
「ええ。片付けを手伝っていただいた後、そのまま別れました。あとは、朝方にゴミ出しをしていただけると」
彼の言葉を受けて、俺は腕組みしつつ状況を整理する。
瞳と紡の証言も合わせれば、
1、柑奈は俺たちが休んだ後も起きて片付けを手伝っていた。
2、朝方にゴミ出しをすることを約束していた。
3、一番早く起きた紡が見たときはすでにいなかった。
「もし、誘拐されたんだとすれば、早朝ってことか」
「そうですね。しかも、彼女自身はアイドル活動の再開を希望していたと考えられます。つまり、自発的な感情で行方不明になるとは、考えにくい」
しかし、そうなると朝方いきなり柑奈を襲撃し、さらって行ってるってことになる。
あいつが抵抗できなかったのなら、相当の手練れか、弱みでも握って――。
「北斗!」
全身からうっすら煙を漂わせ、赤ネコが受付に飛び込んでくる。その表情を見てシェパードは、何かを悟ったような顔で頷いた。
「犯人の情報が、手に入ったんだな」
「え……? あ、うん。乙女さんは、心当たり、って言ってたけど」
「詳しい話を頼む」
すでに用意してあった水を差しだす北斗と、飲み干しつつ息をつく瞳。
ほんとにこの二人、絶妙にかみ合ってる感があるなあ。
「もう二年も経ってるし、死んでるんじゃないかって! それでも、そんなことをするヒト、一人しか思いつかないって! Pの館にも話を――」
「名前と、種族と、神崎さんとの関係を、順に頼む」
「えっと、名前は阿部藜、種族は魔機人……柑奈との、関係は」
言い淀み、表情を陰らせた瞳は、触るのも嫌だというように告げた。
「柑奈の、ストーカー。しかも、向こうで、柑奈を、殺した相手、なんだって」