14、RADIO(後編)
南の陣地は、生活圏と警戒域の境目に近い所に引かれていた。
この辺りは南の森から伸びてくる植物たちのせいで、魔界の植生がなんとなくわかるようになっている。
背が低くて小さな葉を持つものや、痛そうな棘がびっしり生えたもの、あるいは固く丸く縮こまったもの。
そんないじましい植物を蹴散らすように、やぐらや土台、馬防柵のようなものが、あちこちで造りつけられていた。
「あ、孝人! ラジオ聞いてたよ! インタビューも面白かった!」
こっちに気づいた文城が、建築用の資材を抱えつつやってくる。
攻略用の防具の上に『甲山組』のベストとヘルメットを着た姿は、様になっていた。
その姿に、柑柰と紡が思い思いの反応を示す。
「現場ネコならぬ現場文城だなー」
「ふみっちならすべてヨシッ!」
「それって、なに見てヨシッて言ったんですか案件じゃね?」
「ふみっち以上にヨシなものがあるんですか?」
「……うん、オレが悪かった。ゴメン」
まあ、柑奈と紡は置いとくとして、
「こいつと一緒にするの、止めてくんないって言ってるでしょ?」
「そっちも勝手に、内心を推察しないで!?」
「それより、選手交代。藍さんの指示にもあったでしょ」
俺は素直にマイクを渡し、インタビュアーを譲る。ついでに、質問内容を書いたメモを見せて、軽く打ち合わせをすることにした。
「質問に関しては、基本ポジティブなコメントを貰えるのを選んで、その人となりを分かってもらえる内容と、締めに崩落対策の心得とか、引き出せればいいかなって」
「午前中ので、だいたい感じは掴んでるから。任せて」
「おう、お前らも来たのか!」
作業服に身を包んだ甲山の親方が、声を掛けてくる。その後ろには工具を手にした甲山組の面々と、手伝いに来ているフリーのヒトたち。
「こんにちはー! みなさんお仕事ご苦労様でーす! ニュータウンFMの取材で、現場の方にインタビューをさせていただきたいんですが!」
「は、はぁ? い、インタビュー!?」
「おやかたー、聞いてないんすかー? 山本さんも朝のうちにやってたみたいっすよー」
たちまち、親方は顔を歪めてあとずさり。その顔にずいっと、マイクを近づける柑奈。
「というわけで、一言、お願いしまーすっ!」
「ば、バカヤロウッ! 俺はスピーチとか、インタビューとか、苦手なんだっての! 頼むから勘弁してくれっ!」
「いやいや、山本工務店がやってんだから、甲山組も負けてらんないっしょー!」
「そうそう! 親方のちょっといいとこ見てみたい! そーれお・や・か・たっ!」
わー、界隈独特のノリが炸裂してるー。
逃げられなくなった親方は、観念してマイクに向き合った。
――では、お名前と所属ギルドをお願いします。
『こ、甲山組の、甲山航大っ。ギルドマスター、なんてガラにもねえもんをやってる』
――緑獄崩落の対策中ということですけど、具体的にはどんなことを?
『具体的……あ、あぁ、なんだ、櫓だの、杭で柵造ったり、見りゃわかんだろ!』
――では、造った櫓を寝かせてあるのはどうしてですか?
『緑獄の部分が上から落ちてきたら、地震で全部なぎ倒されちまう。だから、造ってから壊れないよう養生して、地面に寝かせて、収まったらロープで引き上げるんだよ』
――なるほどですねー。緑獄の崩落で難しいと思うことは?
『そりゃ、なんつっても『残さなきゃならん』とこだな。木だの草だの、そこで生きてるイキモノとかな。野放しにできないのを狩りつつ、飯の種にできるのをなるべく狩らないようにする。この加減がなかなか難しくてよ。まずは遠くから』
――ありがとうございましたっ。大変でしょうが、ケガのないよう頑張ってください。
『お、おう。うちはいつでも、安全第一でやってっから、そこは心配すんな! 俺たちだけじゃなく、山ちゃんやクリスもベテランだからな、安心して待っててくれ!』
『おやかたー! 菜摘さんになにかひとことー!』
『なつみさーん! 親方が愛してるってー!』
『バカヤロウッ! 余計なこと言ってんじゃ――』
なんとか現場を離脱した俺たちは、顔を見合わせて苦笑した。
「親方、ちょっとかわいそうだったかもなー」
「さすがにあの手の現場ノリは、コントロールむずいわぁ」
「甲山組のみんな、ノリよすぎだろー。オレ、こっちにはあんまり呼ばれないし、次の緑獄があったら、なんとか入れてもらえないかなー」
遠ざかっていく現場の景色を眺めつつ、瞳は目を細めてつぶやいた。
「こういう作業風景って、ちゃんと見たことなかったよ」
「ホライゾンは前線のアタッカー役なんだっけか。現場作業は付き合わないのか?」
「わたし、力には自信あるんだけど、背がちっちゃいせいで、かえって迷惑になっちゃうんだよねー。他のみんなは、手の足らないところに行ったりすることもあるけど」
そういえば、ホライゾンは少数精鋭のギルドだし、防衛陣地や計画的な狩猟討伐は専門外なんだろうな。
俺たちはそのまま、南東エリアの市街を縫うようにして進む。
この辺りは、ぱちもん通りから伸びるようにして造成され、新しい家が目に付く。
その中心に、頑丈な建屋の『三根医院』が建っている。
正門の前に近づくと、中で忙しそうに働くスタッフの姿が見えた。
「そういえば、三根先生にもインタビューするの?」
「……あたしはパス。リーダーは?」
「たぶん『このクソ忙しい時に、ラジオなんざ付き合ってられるかい!』って、言われるのがオチじゃないかなー。俺もパスで」
「なるほど、わっしはそういう目で見られてるんだね」
気が付くと、仏頂面の白兎が、煙草をふかして背後に突っ立っていた。
いや、なんで誰もいるって言ってくれないの!?
「す、すみません。その、塔の避難所には行かれないんですか?」
「崩落があっても、病院から動かせない患者もいるからね。そういう手配りをしてる最中なんだよ。何か文句あるのかい」
「い、いえっ! それで、今は何を……」
「散歩だよ。一段落付いたから休憩さね。まさか、医者は休んじゃいけないとでも?」
俺は必死に顔を振って、全面降伏の姿勢。
素早く態勢を立て直した柑奈は、三根先生にマイクを差し出した。
「それなら、先生にもインタビューしてよろしいでしょうかっ!」
「……ふん」
――お名前と所属ギルドをおねがいします。
『三根水鳥、ウィタ・セクサリスのギルドマスター。三根医院の医院長やってるよ』
――獄層崩落は街の一大事ですが、心掛けておくべきことは?
『午前中の放送は聞いてるよ。乙女とクリスの言ってたことが全てさね。飯食って、よく寝て、くよくよ悩まない。前線に立つ奴も、避難してる奴も同じだよ』
――えっと、次の質問ですが……
『貸しな。――獄層崩落ってのは、この街にとっては一種の新陳代謝、汗やら呼吸やら、クソやら、そういう『生理反応』みたいなもんだ。嫌がっても避けられない。覚悟しろ、と押し付けるつもりもないがね』
『もし避難生活が不安だってんなら、手を動かしな。炊き出しの手伝いや便所の掃除、ちょっとした荷物運びでもいい。そういうのが難しいなら、あやとりや折り紙みたいな手遊びをするもありだね。単純で頭を使わない作業が、ストレス回避になるのさ』
『体の清潔には気を付けるんだよ。水はそう潤沢でもないが、手洗いや顔洗い、そういう身づくろいはできる。気分も変わるし、感染症予防にもなるからね』
『不安でたまらなくなったら、うちの病院の出張所があるから、そっちに顔を出しな。気の病も立派な病気、軽いうちに見せに来るんだよ』
――あ、ありがとうございました。さすが、この街の最古参ですね。
『どいつもこいつも、勝手にくたばるんじゃないよ。生きてこそ、愚痴も吐けるし、何か面白いことにも会えるってもんさ』
言うだけ言うと、三根先生はさっさと病院へ戻って行ってしまう。
さすがの貫禄。そういえば、柑奈が『最古参』って言ってたな。
その辺りを耳にいれているらしい瞳が、去っていくウサギを楽しげに評した。
「三根先生って、この街ができたぐらいからずっといるんだって! 緑獄を最初に踏破したパーティの一人だったとか聞いたよ!」
「伝説の傭兵的なアレだったのか……あの迫力、まだ現役感あるなあ」
思い切りインタビューの主導権握られちゃったけど、端的で参考になる意見だったな。
三根先生だけじゃなく、さすがにギルドの長を張ってる人たちは、それぞれの立場で崩落を乗り切ろうとしているのが分かる。
「インタビュー、やってよかったな」
「そうだね。こういう広報って、今までは『てなもんや新聞』で特集組んだり、って感じで、いまいち地味感あったんだよね」
「ペーパーメディアの限界、ってことを仰りたいんですかい?」
いつの間にか、こっちと歩幅を合わせるように歩み寄ってきた、和服姿のトカゲの模造人。
元町さんは苦い笑いで、俺たちの持ってるラジオを指さした。
「とうとう、やられちまいましたか。出来れば、放送局ができる前に、あっしも一枚噛んどきたかったんですがね」
「マスメディアとしてはそっちが先輩でしょ? 多少譲歩すればよかったのに」
「放送局の地代はこっち持ちで、放送内容には一切口出し無用ときなさったんでね。こっちのうまみは、うちの名前を冠した帯番組の融通程度でしたよ」
ずいぶん吹っ掛けたな。
ラジオの開発は藍さんの持ち出しだそうだし、元町さんに主導権を握られたくなかったんだろうけど。
「こうなりゃ、うちはテレビかインターネットでもこさえましょうかね」
「あまり過熱しないでくださいよ? それに、情報発信元は一本化しないのが、健全なありかたでしょ」
「相変わらず、マスメディアに手厳しい御仁だ。この後はどこに行きなさるんで?」
「肉獄の防衛陣地です。そこでインタビューの仕事は終わりですね」
「そんなら、皆さんのお手並み拝見と行きますか」
なんだよ、付いてくる気か。
こっちは正式なスタッフでもない上に、ちょっとした素人のごっこ遊び感覚で、楽しんでたってのに。
プロの目線でツッコミされると思うと、微妙にやりにくいな。
そういうことなら、少しは働いてもらおうか。
「柑奈、折角だから元町さんにもインタビューしよう」
「あっしはただのブンヤですぜ? 前線に出るわけでも、裏方に携わってるわけでもねえんですが」
「前回の、緑獄と肉獄の二重崩落について、話してもらえませんか?」
こっちの言葉に、トカゲの顔はたちまち嫌そうな顔にしかめられた。
「そいつは、この街じゃあ、結構な厄ネタなんだってことを、ご存じないんですかい?」
「同時に、南条南さんの話にもつながってくる。違いますか?」
「なるほど。いわゆる『戦争体験者は語る』的な真似を、あっしにしろと」
あれ、ずいぶんと手ごたえが渋いな。この話題なら、乗ってくると思ったんだけど。
元町さんは煙管を取り出し、気の進まなそうな顔で応えた。
「殿様にくびり殺されますぜ。間違いなく」
「比喩表現でなく?」
「壁外に連れ出されて、バケモノの餌になってもいいってんなら、止めやしませんがね」
それから煙管を一吸いすると、元町さんは皮肉気な笑いを浮かべた。
「別に、皆さんの仕事に横やりを入れようなんて、思ってませんや。ただ、その仕事ぶりを取材するのは、悪いこっちゃないでしょう?」
「記事にする前に、ちゃんと楽山さんに筋通してくださいよ。俺らはバイトなんで」
「合点承知の助」
などと言いつつ、元町さんは薄ら笑いを浮かべている。
やがて俺たちはぱちもん通り商店街の東側、守護神像の向こう側に広がっている、巨大な陣地を見ることになった。
「……マジで、でけえな!」
それが素直な感想。
目の前では、見渡す限りの荒れ地に広がる、巨大な馬防柵のような木の杭が、崩落予想地点を囲うように設置されている。
しかも、インスピリッツから借り出されたショベルカーとクレーン車が、大規模な掘削や建築の補助で動き回っていた。
その作業をメインで行っているのが、足軽鎧を身に着けたお侍さんたちだ。
「ここは、『奈落親王軍』が中心になって、防備を行ってるんでさ」
すべてを心得ている元町さんが、上空の肉獄層と地上の防備を交互に指さす。
緑獄のそれとは違い、柵のさらに先には深めの堀が、地面に刻み込まれている。櫓の数も、緑獄のそれとは比べ物にならない。
「あの方が外征を熱心にやるようになったのも、あの二重崩落からでしたね。外の脅威やそこで得られる知見、資材、そういうもので獄層崩落に対抗するための戦力を、整えなすってるんで」
それから、瞳が進み出て、ここから北のほうに見える『天守』を指した。
「あの大きなお城も、外に落ちてたのを持ってきたんだよね?」
「ええ。最初のうちは、機獄層から掘り出したものやら、廃ビルに埋まってたものを改造してたんですが、あれは遠征の折に、苦労して持ってきなさったもんですよ」
そこで、トカゲの模造人は、苦い笑みを浮かべた。
「あれこそは、大川の殿様の威信にして、拭えねえ恥の象徴なんでさ」
俺が何かを問いかけようとする前に、元町さんはぽんと、片手を口に当てた。
まるで、それ以上の言葉を、封じるように。
「自分に言えるのはここまで、ってことですか?」
「さあて、あっしは何も?」
「まあ、いいですけど」
オフレコかつ、さりげない世間話でこっちの質問に、できる限り答えたってことか。
ほんと、食えない爺さんだな。このムーブ、藍さんでなくても警戒するわ。
そんな俺たちのもとへ、見慣れた人物が、結構な人の列を引き連れてやってくる。
「おお、よくぞ参った。待っていたぞ」
緋縅鎧に太刀佩きのクマの模造人、供には白い特攻服のオオカミと、紫の肌のサキュバスを連れている。
そして、後ろに控えていた小姓たちに敷物や陣幕を用意させ、あっという間に、会談の席を作り上げてしまった。
そのすべてに満足すると、大川大瓜は、太い笑みを浮かべた。
「ラジオの取材、その締めを飾ってやろう。存分に、問うがいい」