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13、RADIO(前編)

 モック・ニュータウン、その中心である『塔』。

 それは非日常の象徴として、俺たちの生活に根差していた。

 だが、今やその姿は一変していた。


「おー、避難所できてんじゃん、はえーなー!」


 感心したように見渡す紡。

 その視線の先には、塔前広場に立ち並ぶ、三階建てほどのプレハブ建築があった。

 緑の芝生は補強材が敷き詰められ、その上に住居が建てられていく。その内、塔の周りを埋め尽してしまうだろう。

 すでに避難しているヒトたちや、これから避難するヒトたち、作業者や資材が、忙しそうに行き来している。


「ああ、小倉君、どうしたんですか」


 建築や場所整備の指示をしていた山本さんが、通りすがりに声を掛けてくる。

 せっかくだ、ここから仕事を始めちゃおうか。


「おはようございます、俺……私たちは近日開局予定のFM局『ニュータウンFM』取材班です。よろしければ、インタビューをお願いできますか?」

「はあ、ラジオ、ですか。噂には聞いていましたが……」

「あとこれ! 楽山さんに配れって言われたんだ! 試供品のラジオですっ!」


 紡に渡されたそれを受け取り、山本さんはちょっと迷ってから、頷いた。


「テスト放送は始まっているんですか?」

「昨日から、ほぼぶっつけ本番ですけど。えっと、スタジオの藍さん?」


 俺がマイクに喋りかけると、ラジオから声が返ってきた。


『感度良好、ちゃんと伝わってますよ。それでは、現場の小倉さん、インタビューをお願いします』


 イベントの司会進行はやったことあるけど、レポーター業はこれが初めてだ。

 とりあえず、聞くべきことはメモッといたから、それに従ってやってみますか。


「それじゃ、あんまり長くないようにやりますんで、よろしく」

「……こういうのは、久しぶりで、緊張しますね」


 はにかんだ顔のタカの模造人モックレイスは、それでもよく通る声で、答えた。



――ではお名前と、所属ギルドがあればお願いします。


『山本保志、ギルド『山本工務店』のギルドマスターを勤めています』


――今日のお仕事は何を?


『塔前の避難所に、仮設住宅やトイレを設置する仕事ですね。住民の皆さんが落ち付いて生活できるよう、整備中です』


――何度目の獄層崩落ですか?


『すでに十回以上ですね。単層であれば、八回ほど、二重崩落は今回を含めれば四回経験しています』


――山本さんと工務店の皆さんも、防衛に回られるんですか?


『はい。私たちと甲山組の皆さんで、緑獄を中心に当たります。仮設住居の整備が終わったら、私たちも緑獄方面の陣地設営に向かう予定です』


――ご苦労様です。最後に、住民の皆さんにメッセージがあれば、お願いします。


『崩落が初めての皆さんも、経験済みの皆さんも、落ち着いて行動してください。みなさんの生活を守れるよう、我々もがんばります』



 崩落イベント中、塔の二階までが、俺たち住民に開放される。

 一階の結晶ゴーレムや二階のトラップどころか内壁さえも無くなっていた。

 その代わり、食料や日用雑貨などが山と積まれ、タグ付けされて整理整頓されていく。

 使わないスペースを活用か。Pの奴、ホント有能だな。

 三階以上には上がれないようになっていて、現住のヒトたちの様子は分からなかった。


「あら、孝人君! みんなも一緒で、何をやってるの?」

「俺たち、ラジオのインタビュー中なんです。街の声を電波に乗せて届ける係」

「ああ、藍君のアレね! で、なぁに、そのマイク?」


 微妙にうろたえた乙女さんに、俺は外との連絡を計った。


「スタジオの藍さーん、感度どうですか?」

『ちょっと……聞こえにくい、ですが、大丈夫です。続けて……ださい』

「あたしがむりやり向こうに通すから大丈夫。さっ、乙女さん!」

「え、だ、ダメッ! そんな、恥ずかしいからダメだってばっ!」



――お名前と所属ギルドをお願いします。


『……尾上乙女、です。その、銭湯と喫茶店のお店を、あと、ムーランっていう、ギルドのマスターを、少々』


――今はどんなお仕事をなさってるんですか?


『塔の一階と二階が、倉庫になってるから、食料品とかお水とか、お薬なんかを仕分けて整理してるわ。この備蓄だけで、二月は持つ計算よ。だから、よほどのことが無ければ足りないなんてことはないから、安心してね』


――塔の中を倉庫にするって、面白いですね。


『そうね。はじめはびっくりしたけど、こういう時でもないと、中に入れないから。この時だけは……ちょっと面白いと思っちゃうの。不謹慎だけど』


――崩落の時に気を付けていることは?


『怖がり過ぎないこと、かしら。隣にいる人と手を握ったり、何でもないことをお話したりとか、お店から持ち出したゲーム盤で遊んだり』


――ありがとうございます。住民の皆さんに、なにかアドバイスがあれば。


『そ……そうね。こういう時だから、一人でいないようにして欲しいわ。そういうことが難しいヒトもいるでしょうけど。もし悩んだり、辛いことを抱えているようだったら、わたしに声を掛けてみてね』



 次第に人が集まって活況な塔を後に、俺たちは、ぱちもん通りに向かった。

 すでに避難を開始してるかと思いきや、


『崩落前閉店大安売り! 買ってってくれ!』

『今ならこいつと、こっちのをセットでログボ三枚だ! 買わない手はないぜ!』

『避難所に入ったら、しばらく食えないよ! 今のうちに食った食った!』


 さすがは商売特化の地区といったところ。

 とはいえ、ニーナさんや浦部さんの所みたいな店はすべて閉まっていて、にぎやかなのは表向きだけだった。

 そんな喧騒から、よろよろと歩み出てきたのは、毛皮もぼさぼさのキツネの模造人。


「はー、疲れたあ。ああ、孝人君ー、おつかれー、って、どうしたのみんな?」

「お疲れです、クリスさん。『EAT UP』も閉店セールですか?」

「うちらも緑獄に回るから、今日で閉店だよー。ていうか、しばらくは正規営業もできないかもねー」


 意外な一言に、俺は思わずマイクを突き出していた。


「なにこれ?」

「FMニュータウンのインタビューです。ギルドマスター、久野クリスさんに突撃取材って感じで!」

「FM? ラジオ!? うわぁ、そんなのができるんだ! うちのCMとか流せる!?」

「そ、それは――ええ、DJ.RUNさん、ラジオでCMとか行けそうですか?」


 スタジオの声は笑いをこらえつつ、答えてくれた。


『正式に開局したら、改めて商談させてください。それじゃ、インタビューよろしく』



――お名前と所属ギルドをお願いします。


『久野クリス! ぱちもん通り商店街西口、安くておいしいダイナー『EAT UP』やってます! 機会があったら食べに来てね!』


――CMもいいですけど、これインタビューなんで。


『あっ、ごめんごめん! えと、食堂と同じ名前のギルドをやってまーす。次の獄層崩落では、緑獄撃退の指揮をやらせてもらう予定だよー』


――EAT UPは食材を求めて獄層も攻略するそうですね。


『最近は、ホライゾンのみんなが頑張ってくれるから、私たちが出張る機会も減っちゃったけどねー。でも、緑獄層に関しては、まだまだこっちが上と思ってるから!』


――だったら次は、わたしたちと合同で攻略しようよ!


『いいともー! それに、次の崩落で、南の森も生態系が変わるから、しばらくはその剪定で忙しくなるし、そっちもお願いねー』


――な、なるほど。南の森の安定が見込めるまで、『EAT UP』も休業ですか?


『避難が解除されても、一か月はお昼だけとか、週に何回かって感じかなー。冒険者のみんなが手伝ってくれれば早く終わるよー。そっちのクエスト受注もよろしく!』


――では、住民の皆さんに何か一言。


『えー、宣伝も、クエストの話もしちゃったからなー……ああ、怖い気持ちとか、溜め込んじゃダメだよー。美味しいもの食べて、なるべくゆっくり休んでねー。それで、うちが再開したら、食べに来てくれるとうれしいでーす!』



 インタビューを終えて通りから出た俺は、スタッフさんを叱り飛ばした。

 

「だからっ、放送中だっていったでしょーがっ! 勝手に割り込まない!」

「ご……ごめんなさい……」


 恐縮しきりの瞳にため息をつくと、俺は柑奈の方を向いた。


「午前中はこんなもんか?」

「だね。あたしらも食事休憩して、その後は防衛陣地二件と、殿様の所に行って、試験番組も終了だよ」

「なんかおもしろいよな、ラジオの仕事! またやろうぜ、次はオレがインタビューしたいし!」

「えー、次はわたしだよ! わたしがギルマスで、スポンサーなんだからね!?」

「職権乱用じゃん! ズルいぞ瞳ー!」


 じゃれ合っているネコとオオカミの姿に、笑顔が浮かぶ。それを見ている柑奈の顔も、ほっとしたような表情だった。


「ところで、昼飯どうするかな」

「クリスさんが、お弁当持たせてくれたよ。適当なところで食べよっか」

「ありがてぇ。あの混雑に並ぶの、正直げんなりだったからなー」


 近くの時計が十二時の鐘を響き渡らせる。

 俺たちは、適当に座れそうな場所を探しつつ、商店街を後にした。

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