10、フリクション・キャット
「いやあ、どもどもかわいいオーナーチャン。オレっちはDJ.RUN! またの名を楽山藍、シクヨロ!」
「その喋り、もしかして、藍さんもヤンキー系のヒト!?」
「えぇ? あー、若いコには、そう聞こえちゃう? 聞こえちゃうかぁ……オレっち、かなりショック……」
しょんぼりした黒ヒョウの手を、笑顔で握る瞳。
無理をしている、という感じじゃないけど、昨日の今日だからな。
「ところで瞳、ギルドマスターの仕事はどうしたん? 北斗に怒られっぞ?」
「いいのいいの。ちゃんと書置きして来たし、どうせわたしが居なくても、北斗なら、全部ちゃんとやってくれるから」
ああ、言葉の端に棘を感じる。
事情は知らないものの、きな臭いものを感じたのか、紡も追及を引っ込めた。
「それに、わたしの出番は崩落が起きた後。実際の戦闘だから、今はとくにやることもないしね」
「土地の所有者であるマスギルがいるなら、オレっちたちの仕事も、爆速ビュンビュン系で進んで、あっちゅう間に高速道路の星ってわけだねぇ」
などと言っている間に、インスピリッツのメンバーが機材を運び上げてくる。
機材を入れるプレハブが組み上げられ、結晶を使った発電機と、巨大なアンテナ、それからかなり大きなアレが、ラジオの送信機なのだろう。
「わたし、ラジオの放送局、造るのなんて初めて!」
「へへへ、実はオレっちも初めてなんだなー、これが」
「ホント!? 向こうでそういう仕事とかしてたんじゃなくて?」
「へっへ、オレっちってばチキジョージ生まれヒップホップ育ち、近所のろくでなしはだいたい友達な、根っからのDJだかんねー。お皿は回せても、電装はこっち来てからオベンキョしまくりだったのさ」
そんなことを言っている間に、あっという間に設営が完了し、作業員のヒトたちが挨拶をして帰って行こうとする。
「あ、ちょっと待った! 文城、悪いけど頼む!」
「うんっ。みなさん、好きなお弁当、貰っていってください!」
「サンクスべりベリマッチョ! その能力とホスピタリティ、カインドネスだねぇ」
俺たちの対応に藍さんは感心しながら頷き、出来上がった放送局に入る。
「んじゃ早速、エクスペリメンッ、と行きますか」
彼が発電機のレバーを入れると、不思議な振動と音が周囲に漏れ始める。
直結した送信機が光り輝き、メーターが動き、盛大に何も始まらなかった。
「で?」
紡のツッコミに、ずいっと差し出されるラジオ。
そして黒ヒョウさんが、マイクを握る。
『模造の街のみなさま、こんにちは。昼下がりのひと時、いかがお過ごしでしょうか』
「おおおおおおっ!?」
俺たちは声を上げ、ちょっとハウリングしかけたラジオに群がった。
「すげー、ホントに声が出るんだこれー!」
「ちょっと藍さん! あたしには直接キクんだから、いきなりはやめてってば!」
「すごいすごいすごい! こういうラジオ、生まれて初めて……っていうか、前世含めて初めて見た!」
「なるほど、これが文明というものなんですね!」
「しおりちゃん、その発言、あまりにも……いや、いいや」
「これで、今日からラジオ局ができる、んですか?」
文城の問いかけに応えるように、人数分のラジオが手渡され、黒ヒョウDJは外を指さした。
「少年少女よ、書を捨てて、じゃなかった、グリグリメガネを掛けつつ、ラジオを持って街に出よう! オレっちがテキトーに喋り散らし歌い散らしてっから、それ聞きながら、どこまでもあるってってちょーだい!」
「なんだ、ラジオの仕事って言うから、街頭インタビューとかすんのかと思ったよ」
「そいつは後のオタノシミってね。じゃ、頼んだぜ子供たち、Let’s RUN&GUN!」
俺たちがラジオを手に外に出ると、
「それじゃわたし、街の端までぱっと行ってくるね!」
「え……? あっ! ちょっと待てひと――」
俺が止めようとする暇もなく、赤いネコの姿が消えて、
ぱんっ!!!
結構派手な爆発音が、近くの街並みから聞こえた。
「ぎにゃあああっ!?」
「柑奈!」
俺の意図を汲んで、鋼鉄のメイドがジェットを吹かしながらビルの上から飛び降り、あっという間に、身に着けていた服と毛皮を焦がした瞳を連れ帰ってくる。
「しおりちゃん、頼む!」
「はいっ!」
緊張の面持ちで医療チェックを見守る俺たち。チョウゲンボウの模造人は顔を上げて、安堵の笑みを浮かべた。
「大丈夫、大きなケガはありません。毛皮が少しと、服が焦げてしまっていますが」
「MyGOSH! そういう労災想定してないマジ勘弁! 安全第一ゆーおーけー?」
「ご、ごめん。そう言えばこれ、結晶使ってるんだよね。投げ捨てたけど、間に合わなかったよ」
瞳の"シフト"は、運動エネルギーなどを保持したまま、瞬間移動するギフテッド。
所持している物品にもその負荷はかかり、それを利用したのが、彼女の結晶武器『ブラステッド』だと聞いた。
つまり、ラジオに使われている結晶にも、シフトによる負荷がかかって、爆発を引き起こしたわけだ。
「瞳、お前はクライアントでギルマスなんだぞ? 軽々しい真似はするなよ」
「うう、ごめんなさい」
「それにしても、折角の服、焦げちゃったね」
薄いブルーのショートパンツと、裾の長い白黒ボーダーのロングシャツ、そのどちらにも派手な焼け焦げが出来ている。
物悲しい表情は、それが彼女のお気に入りの一着であることを示していた。
「リーダー、こっちはあたしらがやるから、あんたは瞳と一緒に、服買いに行って」
「え? いや、なんで俺?」
「あたしはここで、藍さんと機材の調整だし、みんなは電波チェックでしょ」
「でも、服を見に行くなら、しおりちゃんの方が」
そこで彼女は、困ったように首を傾げた。
「わたし、そういうの、苦手なんです。向こうにいた時も、おかあさんやお友達に選んでもらったのを着てただけで」
「あ……ああ、そういうこと」
彼女はいつも『魔法使い』的な服を着ている。コーディネートがばっちりすぎて気づかなかったけど『それしかできない』のね。
「ギルドに帰って、こげこげのままの姿なんて見せたら、北斗がブチギレでしょ。リーダーにセンスなんて期待してないから、お財布役だけしてればいいの」
「分かりましたよ。確かにセンスはないけど、そんな風に言わなくたっていいじゃん……じゃ、行こうか」
「ごめんね。着替えたらすぐに戻るから!」
瞳が走り出し、後に続こうとした俺に柑奈がラジオを差し出す。
「服買ってる間でも、仕事はできるでしょ」
「そうだな、行ってくる」
「今日は帰って来なくていいから、瞳とデートでもしてきなさいよ」
その発言に、俺はあえて反論しなかった。
昨日の俺の『なにかできないか』発言、その答えか。
ホントコイツってば、心底有能で優しいメイドさんだ。
仲間に手を振ると、俺は瞳の後を追った。
『ラジオの前のみなさま、こんにちは。こちらラジオ・ニュータウンのパーソナリティ、DJ.RUNです』
俺はラジオを小脇に抱えて、瞳と一緒に歩いていく。放送局の藍さんは、普段とも真面目な時とも違う、独特の話し方に変わっていた。
『獄層への対策準備で忙しい昨今、お疲れ様。そんなみなさまに、ひと時の楽しみと安らぎをお届けできれば幸いです。それでは、まずはこの一曲』
「藍さんっていい声だね。聞きやすいし、いつもこうやって喋ればいいのに」
「あっちは営業用なんだってさ。こっちは公共電波用とでも言えばいいのかね」
ラジオから流れてきたのは、アメリカの古いポップスだった。
それは、歌う事の純粋な悦びを語っていた。
力強く、大きな声で歌おう、上手い下手なんて問題ない。
幸せを歌おう、それが一生続くほどに、と。
「いい曲だね」
「大分古いやつだけどな。俺もうっすら聞いたことがあるくらいだ」
道行くヒトたちが、珍しそうに俺の方を見る。
それがラジオだと気付いた連中に呼び止められて、そのたびに放送局が開設されることを話した。
「なるほど、俺の方は宣伝広告係か」
「柑奈って頭いいよね。優しいし」
「だな」
そのまま、俺たちは『フローレス・ニーナ』に入る。
さすがに崩落対応に追われているせいか、店に客の姿はない。ニーナさんも店員さんたちも、展示されていた高級服を仕舞っているところだった。
「あらいらっしゃい! 小倉さんに瞳ちゃん! 珍しい組み合わせ……って、どうなさったの、その服のこげこげ!」
「えへへ。ちょっと失敗しちゃって、着替えを探しに来たの」
「そうでしたの……その服、さすがに上は無理ね。でも、下はなんとかなるかも」
「ほんと!?」
俺にセンスがないなら、外注してしまえばいい。俺は接客用のソファに座り、ラジオを置いて、かしましい二人の様子を眺めた。
流れてくるのは軽い調子のジャズナンバーで、モダンな店の雰囲気に合っている。
「あー、出来そうなら、BGM専用の局作ってもいいよなあ」
やがて、瞳は薄いピンクのシャツとクリーム色のカーディガン、短めの黒スカートという、ちょっと幼い感じの着こなしになって戻ってきていた。
「うう、ちょっと子供っぽくない? こんなの着たの、いつぶりかなぁ」
「いいのいいの! 似合うタイミングで似合うものを着る! それこそが着道楽! おしゃれはいつも全力で! でしてよ!」
びしっと決めポーズ付きで力説され、俺たちは勢いに納得させられ、店を出る。
俺のお財布は、ちょーっと納得いかないと、抗議していた気もするが。
「後でお金はちゃんと返すね」
「いいって。作業前のミーティングが甘かったんだから、うちらの労災案件。服の弁償はこっち持ちってことで」
「ありがと。そういえば、お昼どうしよっか」
そうだなあ。
ふかふか屋も連続してるし、とはいえせっかくのデートなんだから、ちょっと気分を変えたいかもだ。
その時、ラジオから流れてきたのは、一曲のインストルメンタル。
俺の好きだった時代劇のエンディングに流れた、海外アーティストの曲だ。
「おっ、なるほど。そういう手もあるか」
「どうしたの?」
「歩くのが苦じゃなきゃ、城下町まで行こうぜ。田楽とか食べたことある?」
「ないかも。てか、でんがくってなに!?」
そんなことを話しつつ、俺たちは城下町に入った。
今日は串ものということで、田楽や串焼き、団子を中心に、街の様子を眺めつつ食べ歩きしていく。
「城下町って、あんまり来たことないんだよね。こっちはお殿様の縄張りだし、北斗もあんまりいい顔しなかったから」
「ああ。そうか。それじゃ、そろそろ」
「……ありがとね、孝人。わたしのことで気を使わせちゃって」
そうだな。
この子も状況を分かってるんだ。隠し事をするのはフェアじゃない。
「放送局のことは、北斗とは関係ない。俺があの場所で、久野木さんの引退話を聞きつけちゃって、そのタイミングで君が声を掛けてきた。その後、流れであいつに教えただけ」
「すごいね。なんだかドラマみたい」
「ホントだよ。あんな無駄なドラマティック、胃が痛くなるだけ。二度とごめんだ」
俺たちは笑い、それから黙って塔の方へと歩いていく。
すでに避難を始めた連中や、最後の集団らしい原住のヒトたちが入っていくのを眺めつつ、瞳はつぶやいた。
「九蘭がね、買ってくれたやつだったの」
「……下の方は何とかなるんだろ?」
「でも上着はダメだって。あれを着て、一緒に出掛けるの、好きだった」
「だ……」
大丈夫だよ、って言ってやりかった。
仕事の関係でなくたって、友達付き合いなら、そう言いたかった。
それが無理なのを、本人が一番、よく知ってるから、黙るしかなかったけど。
「違いすぎるんだって、わたし」
瞳は歩いていく。
道の先へ、あえて南ではなく、北の方へ。
俺はラジオのスイッチを切って、静かに後をついて行く。
「ついて行くだけで精いっぱい、おかげで、ボロボロになったって」
「久野木さんが?」
「市屋さん。背が高くて、カッコよくて、槍を使うのが上手だった。でも、無理だって」
瞳は、いつも全力だ。
思いついたら即行動で、それが戦闘でも現れる。
勘もいいし、伸びしろもある。だから、合わせられるヒトがいると、任せてタガが外れてしまうんだろう。
「北斗の気持ちも、分かるんだよ。わたしの実力を、全力を、使いこなせる環境を作りたいって、わたしのために」
「そのために、誰かを使い潰しても、って?」
「そういうつもりはないって言ってたよ。納得したヒトだけ、Aチームで戦ってもいいってヒトだけを入れるんだって」
そうだろうな、と思う。
でなきゃ、久野木さんはあんなに悩んだりしない。市屋さんというヒトも、最後の最後で、力尽きてしまったんだろう。
みんな瞳が好きで、その実力に惚れ込んだからこそ、こうなった。
「コウヤは、誘わなかったのか?」
「オレはオレのためにしか刀を振らない、だって。カッコいいよね」
「俺に言わせりゃ、『恵まれてんだからちょっとは分けてやれ、ブラおじが』だけどな」
瞳は笑い、殺風景な北門までの長い通りを見つめた。
この辺りは結晶山の影響が強いから、誰も好んで住もうとはしない。
荒涼とした世界を前に、身じろぎもせずに、ネコの模造人は立ち尽くす。
そして、背中越しに告げた。
「もう少しだけ、わたしの愚痴、聞いてくれる?」




