5、メタリック憂鬱
「おい孝人、ここの仕入れ分、ちょっと見てもらえるか?」
ムーランの四階、その片隅を仕切って作られた事務所。
俺はロップイヤーの模造人、柚木と一緒に出納帳や帳簿とにらめっこしていた。
「ああ、これか。チケット払いと結晶払いが、ごっちゃになってるからだよ。木卵の仕入れはこれがあるからな。結晶三個で卵一個、で計算しといてくれ」
「なんでこの街には、共通の通貨がないのかなあ。計算めんどくさくて……」
「そういうもんだって、割り切ったほうがいいぞ」
おそらくPは『通貨』というものを設定することで、金融の概念が発生するのを嫌ったんだろう。不労所得者に経済での支配を企てられないよう、物々交換を取引の中心にしたわけだ。
「お疲れ様です、祐司君、小倉さん。お茶どうぞ」
「ああー、ありがとう。ちょうど休憩にしようかと」
「ありがとな、明菜」
お茶を持ってきてくれたのは、シャムネコの模造人、芥川明菜さん。
俺は手元の帳面をめくり、二人から視線をそらす。仕事の話をしつつ、さりげなく雑談をする姿は、どう考えても……アレだ。
そう言えば、この街にはウマの模造人もいるようだから、あのことわざは、ちょっと使いにくくなったよな。
「あ、あー、そういえば、この買掛金ー、支払いがまだだなー。どこの店だっけ?」
「それは……『文化屋』だな。店で使う食器、あそこで乙女さんが見繕ってるから」
「ちょっと行って、払ってくるよ。残りは、お前だけでも大丈夫だろ?」
「なんだよ、サボりか?」
ムッとしたよう顔でにらみつけるウサギ。
やれやれ。せっかく気を利かせても、こいつってばなあ。
「根詰めすぎるなってことさ。お前も少し休憩しろよ。めんどくさかったら、俺が帰ってきてから、一緒にやろうぜ」
「行ってらっしゃい、気を付けて」
さすがに明菜さんはすべて心得ているようで、笑顔で挨拶してくる。
俺は帳面と、支払い分のチケットを物入れにしまい、通りに出た。
『文化屋』は、ムーランのあるP館北前通りの、西方面にある。
四階建ての雑居ビルと、そのふもとに大きなテントのような細長いモールが広がる、一種のデパートのような店だ。
『いらっしゃ、買取? 買い付け?』
モールの正面に、奇妙な土管のようなメタリックな筒が立っていた。
その上のほうに赤い筋が、ちかちかと走査線のようなものを走らせ続けている。
「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの小倉です。買い付けた食器の支払いに来ました」
『いつもニコニ、現金だいす、四階に来』
「は、はい」
受付の『電信柱』にあいさつすると、俺はビルに入った。
中は埃と何かの香料、あるいは出所不明の異様な臭気が、よどんでわだかまっている。
そして、見渡す限りの、雑多な雑貨が、所狭しと並んでいた。
第一印象は、バカでかいリサイクルショップ、という感じだ。
「あ、あれ、ここにこんなのあったっけ?」
しばらく進むと、巨大な冷蔵庫が壁のようにそそり立っていた。その両脇にはどこぞの仏像が、くすんだ黄銅の顔でこちらを見下ろしている。
無数に並んだクローゼット、綿の飛び出たソファ。頑丈そうな金庫の側に、園芸用の鉢が無造作に積まれていた。
「相変わらず、迷路だよなあ」
『おい、小倉こう、こっちだ、まよう』
どこからか滑ってきた、床掃除用のロボット。そこから響いてくるのが入り口の『電信柱』と同じものだ。
「すみません。っていうか、さすがに店員さん、もう少し雇ったほうが」
『問題な』
そう告げるお掃除ロボットの前に、そこら辺の隙間から湧き出した同系統別バージョンの連中が、ずらっと整列する。
『ミーの店、ミーそのも、ミーあちこちにい』
相変わらずの独特なしゃべり。俺は黙ってお掃除ロボやドローンに案内され、四階へと足を踏み入れる。
そこは、下のそれとは、かなり雰囲気が違っていた。
置かれているのは無数の『ロボット』のパーツだった。ここだけは、下のような小さなドローンではなく、頑丈そうな箱型の作業用メカが管理を受け持っている。
薄暗い照明と締め切られた窓のせいで、下腹をくすぐるような、緊張感が満ちていた。
『ごきげんよ、ミーの店、ようこ』
その一番奥に、店主は静かに座っていた。
おそらく女性型機人らしい金属の姿が、車いすに座っている。身に着けているのは、フリルのついた緑のエプロンドレスと白のブラウス、胸元に赤いリボン。
その顔には、白い布が掛かっていいる。
「買掛金の支払いがまだだったので、お皿の代金です」
『崩落が近いの、身じまいする気づか、感心な』
彼女は車いすを使い、こちらに近づくと、チケットを受けとった。
この店の主、真野益美さんは、柑奈と同じ魔機人と呼ばれる種族だ。
喋りが妙にぶつ切りなのは、このビル全体に存在する『彼女たち』を、コントロールするための代償、らしい。
「ところで真野さん、ちょっといいですか」
『神崎かん、交換パー、まだ未の』
「ここに並んでるのでも、駄目なんですか?」
『無理。システム不適ご、同系統、同タイ、入手こんな』
そっけなく無理と伝えてくる真野さん。
つまり、柑奈のボディに近い型番の機体でないと、修理に使えないってことか。
「入手法と入手難度評価、お願いできます?」
『金、マニー、プラチケ、たくさん』
「ですよねぇ」
とはいえ、俺はずっと不思議に思っていたことを、さらに問いかけた。
「でも、この手の品物って、買い手がいるから高額になるわけでしょ? 柑奈以外にも顧客がいるんですか?」
『Pの館、最大のこきゃ、獄層、パペッティ、活動中のものど』
上にパペッティアがいるというのは、分からんでもないけど、Pの館もこういうのを買い付けてるのか。
まさか、古代の兵器を組み上げて、魔界を征服とか考えてるんじゃないだろうな。
「なら、P館向けの商品に、柑奈に適合するボディもあったりして」
『プラチケ、あまたのプラチ、払えるか?』
彼女はまるで笑っているような声で、手にしたログボチケットをひらひらさせた。
もしかして、あの束と同じかそれ以上の枚数をご所望で?
「できれば、一体、確保しといてもらえます?」
『完全なボディパ、すべてPの館へ行、例外はな』
「……了解です」
この店とは、ムーランとの取引で繋がってるだけだし、Pの館ににらまれるほどのリスクを共有できるほどの信頼はない。
挨拶をして店を出ると、何とはなしにムーランとは逆の方向へ歩き出す。
それは街の西方面、いわゆる『エントツ街』と呼ばれる、工場地帯だ。
立ち並ぶエントツからは、いつもならもくもくと煙が立ち上っているはずだが、今はほとんどが停止している。
「あら、小倉さん、でしたわね?」
人ごみの向こうから声をかけてきたのは、ホライゾンの海老原さんだった。今日は普段着姿ということで、ロングスカートにロングシャツという、ラフなスタイルだった。
「こんにちは、今日はお休みですか?」
「ええ。崩落前、最後の休日という感じですわね」
そんな彼女の首元には、太めの金鎖で編まれたネックレスが光っている。左腕にも同じ光沢のブレスレット。
「その着けられてる装飾品も、ジャンクボックスからですか?」
「いえ、これはあちらの道具屋街で作っていただいたものですわ」
エントツ街と道を挟んで北側には、道具屋街と呼ばれるエリアがある。廃ビル群から掘り出した品物は、エントツ街や道具屋街に回って加工されるか、『文化屋』のようなリサイクルショップで直接取引される。
明確な意思で作り上げられた、ぱちもん通りとは対照的な、地元の欲求が作り上げた街並みだった。
「この姿になってから、なかなか似合うものがありませんでしたので。回収した貴金属を鋳つぶして、再加工をしていただきました」
「向こうでは宝石商をされてたそうですね」
「ええ……どうでしょう。お時間があるようでしたら、お茶でも」
彼女は通りにある店を指し示す。
木造の外観はどこか中華風を思わせる造形で、この辺の機能優先な建屋とは、ちょっと雰囲気が違っていた。
「そうですね。俺も伺いたいことがあったんで」
「では」
中は落ち着いた感じで、結構なお客がついている。奥まった座席につくと、彼女は慣れた調子で、お茶とお菓子のセットを注文していた。
「今日は、カラオケにお付き合いできなかったお詫びとして、わたしのお勧めを召し上がってくださらないかしら。お代はこちら持ちで」
「え、いや、お勧めはありがたくいただきますけど、お茶代は払わせてください。昨日のあれも、好きで付き合っただけですし」
それにしてもこのヒト、喋り方といい物腰といい、それなりのお歳だったんじゃないかな。あんまり詮索する気もないけど。
やがて、白い大ぶりなティーポットと、円盤型の月餅と炒った豆菓子が、二人分供されてくる。
「瞳さんたちはどうでした?」
「ああ、終始盛り上がってたというか、やんちゃな妹の面倒を見る、お兄さんとお姉さんって感じでしたよ」
「そうですか。獄層攻略を終えて、瞳さんも元気を持て余していらっしゃったので、いい気晴らしになられたでしょうね」
月餅の中身は紫がかった白あんで、香ばしい実が練りこまれている。お茶の方は、口に含むとすっきりする渋みと、ほのかな甘さがあって、かなりの逸品だ。
「ここには何度も来てるんですか?」
「ええ。現地の植物で作られた『お茶』の中で、この茶館のものが口に合いましたので」
「やっぱり、向こうでもこだわりがあったんですか?」
「取引の関係上、インドや中国をめぐることが多かったからか、自然と」
なんて世間話をしつつ、ちょっと考える。
彼女が社交性のあるヒトというのは当然としても、昨日の様子を聞いてきたということは、パーティの状況への懸念があるということだろう。
とはいえ、ここで『そちらのパーティ、なんかやばいんすか?』なんて、聞くのは無粋すぎる。
そして、俺にも知りたいことがある。であれば、だ。
「実は、ちょっと俺、相談したいことがありまして」
「わたしにですか?」
「うちのパーティに柑奈っていう魔機人がいるんですけど、あいつのメンテナンスパーツ問題で、困ってるんですよね」
「機獄層の様子や、攻略についての意見を求めておられると」
さすがに理解が早いな。
彼女は笑い、少し考えてから答えを返した。
「機獄層は、獄層の中でも比較的簡単に侵入できるエリアであり、成果を得るのが難しいエリアであると言われています」
「そう評価される理由は?」
「最難関の肉獄や、特別な防除、対抗手段を必要とされる緑獄、晶獄に比べて、攻略編成をしやすい点が、侵入しやすいという評価に繋がっています」
機獄は防御や攻撃手段、持ち込む道具が管理しやすいってことか。
表情を引き締めて、海老原さんはお茶を口に含み、その渋みと等しい現実を告げる。
「反面、出現するエネミーは、重装甲かつ殺傷能力の高い兵器を所持し、戦闘に入ればどちらかが全滅するまで、というケースが大半です」
「……さっき、文化屋でもそんな話を聞いてきました。ってことは、特定のパーツを持ってるエネミーを、ほとんど破壊されていない状態で持ち帰るのは」
「手練れの冒険者でなければ成しえない。むしろそんなことをする意味がない、まである行為ということですわ」
参ったな。
実力を持つ海老原さんでさえ、こういう回答なのか。
「この街で、パペッティアの転生者が極端に少ない理由も、そこにあります」
「『機械はニンゲンよりも寿命が短い』なんて、向こうで言われてましたからね……」
「今の皆さんの実力では、二十階に到達は可能でも、獄層侵入は自殺行為であると、申し上げざるを得ません」
「仮に、Aチームの皆さんに依頼するとしたら、どのぐらいかかります?」
彼女は虚を突かれたように黙り込み、ゆっくりと首を振った。
「申し訳ありません。この場では、お答えできかねます」
「そうですよね。かなり大きな仕事になるでしょうし、瞳や北斗にも確認が必要だ」
「……ええ。そうですね」
「それに、パーティ全体の意識もかみ合ってないと、ですね」
カップを持ち上げ、口元を隠しつつ、海老原さんは告げた。
「申し訳ございません。お気を使わせてしまったようですね」
「俺でよければ聞きますよ。外に漏らさないこともお約束できます」
「いいえ。少し弱気になっただけですので、ありがとうございます」
俺が踏み込めるのはここまでか。一人で抱えるのには大きいけど、茶飲み話でガス抜きするのがギリギリって感じ。
それでも表情を明るくさせた海老原さんは、別の方向性を提示してくれた。
「機獄層攻略に関しては、私どもではなく『インスピリッツ』にお話を持ちかけられたほうがよろしいかと」
「あー、やっぱり、そういうのやってるんですね」
「あのギルドにとって、機獄層の解析は重要なことだと伺っております。定期的な攻略隊を送り出しておられますし」
俺は海老原さんに礼を言って別れ、ムーランに戻ることにした。
柑奈が顔を売っていても、現状は渋いわけだから、インスピリッツに特別な貢献をするくらいじゃないと無理そうだな。
とはいえ、そんなうまい話が転がってるわけはない。
「ただいまー」
「よお、待ってたぜ、リーダーチャン!」
出迎えるのは、耳慣れないヒトの声。
漆黒の毛皮を持つ、細身なヒョウの模造人が、俺を出迎えていた。
「ど……どちらさま?」
「早速だけど、オレっちの依頼、聞いてもらえるかい?」
青のサングラスに白の開襟シャツ、首には赤い革のチョーカー、ぴったりした革のパンツスタイル。ホストと見まごうスタイリングだ。
その隣には、微妙な顔で俺と黒ヒョウを見かわす柑奈。
状況が飲み込めない俺を置き去りに、彼は告げた。
「彼女――チャンカナを、アイドルデビューさせてみない?」