4、カナリア、忘れた歌を思い出す
塔から出た俺たちを、二人のハイイロオオカミが出迎えた。
「ようやく出て来たかァ、殿様! 待ちくたびれちまったぜ!」
「……無事の御帰還、お慶び申し上げます、殿」
「うむ。両名共、待たせたな」
荒っぽい喋りと丁寧な口調、見事にキャラ分けができていて、ビックリするくらいだ。
荒っぽい方は、羽織袴の上から、妙に長い白コートのような物を着ている。
丁寧な方は普通に羽織袴だけど、体の線かららして女性だろう。
「オウ瞳ィ、殿様どうだった? 今日もキマッてたかよ?」
「うん! バリバリで、最高だったゼ!」
「っしゃ! チームの頭は、そうでなきゃなァ!」
「……Aチームの皆様も、ご苦労様でした。では、我らはこれにて」
殿様は鷹揚に片手を挙げて、二人を両脇に歩み去っていく。
って、あっちの荒い喋りの方の背中。
毛筆風のフォントで『天翔二輪族 (へぶんりぃぎゃんぐすた)』という、いかにもな文字列が、でかでかと描かれている。
「も、もしかして、あれ、特攻服って奴!?」
「陣内迅駆、大川さんの一番隊隊長、だってさ。かっけーよな!」
あー、ジャンルこそ違えど、紡はああいうの好きそうだよなぁ。
「で、そのヤンチャなヤンキーに心底苦労してるのが、剣崎計都。あの二人が、奈落新皇軍の一番隊と二番隊っていう、戦闘部隊の隊長なんだよね」
「そこは侍大将じゃないか?」
「そうそれ、そんな感じだったかな」
千人越えの部下を統率するんだ、大川さん一人じゃないと思ってたけど、いよいよ本格的な軍隊って感じだな。
いざとなればPの館も武力制圧できそうだけど、あいつも得体が知れないから、今は様子見しているんだろう。
「瞳、俺たちも、ここらで解散すっか?」
「これから打ち上げ行こうよ! 『カンタービレ』で!」
「まあ、付き合わんでもねーけど、お前らどうする?」
伊倉さんに問いかけられ、俺を含めたシーカーズは全員参加、Aチームは言い出した瞳と、久野木さんと伊倉さんが参加組だ。
「むじなっちはいつもだけど、たまには戸張さんもどうっすか?」
「それがし、歌唱は不調法にて。それに、具足の整備もありますれば」
「もうしわけありません。わたしも手に入れた『ジャンク』の鑑定に参りますので」
そういえば、さっきの攻略で海老原さんは、ダンジョン内の『ジャンクボックス』に御執心だったな。
手に入れたのは六階で、中身は宝飾品みたいな感じだったけど。
「カラオケの前にお風呂行こうよ! さっぱりした後の方がいいでしょ?」
「俺たちも装備置きに行けるし、一旦ムーランに戻るか」
俺たちは連れ立って、ムーランへと向かう。
時間は十時を回ったぐらいで、開いたばかりの銭湯は人影もなかった。
ゆったりと湯船につかりながら、俺は伊倉さんに、何とはなしに問いかけた。
「海老原さんの『ジャンクボックス』漁りって、毎度なんですか?」
「状況が許すなら。特に宝飾品や鉱石類に目がねえよ。あっちじゃ、宝石商をしてたとか聞いた」
「だからか。『ジャンクボックス』の中味って、本来的にはガラクタですからね」
塔ダンジョンには、設定された『トレジャーボックス』の他に、ランダムで生成される『ジャンクボックス』が存在する。
その中身は階層ごとによって違うが、基本的には冒険に役立たないものばかりだ。
ただ、中身によってはお宝に化けることもある。
「機械部品や食料品、娯楽の道具や書籍、宝飾品に個人的な趣味ものもんまで。しかも、みんな『地球産』ときた」
「『人参畑』から、昔のゲーム機のソフトとか基盤の捜索依頼、出てますしね」
「なんで、あんなもんがポップすんのかね。まあ、俺らに取っちゃありがてーけどさ」
実際、地球産の食料品や香辛料の類は、商店で高額引き取りがされるし、娯楽のための品物なども、専用の買い取り店舗がある。
フリーランスの冒険者の中には、そういう『ジャンクボックス』を中心に扱う連中もいると聞いている。
「そういや、小倉さんは」
「孝人でいいっすよ」
「孝人は次の崩落が初めてなんだっけ?」
崩落、その言葉は俺にとって、緊張する単語になっている。
塔を出る前、大川さんから告げられた言葉に、正直驚いていた。
『肩を並べてって……まさか、大川さんも?』
『どころか、この街の冒険者、あるいは希望したすべての住民が戦に臨む。それだけ二重崩落、わけても肉獄崩落は、この街にとっての一大事なのだ』
あの時の表情は、鬼気迫るものがあった。
肉獄と緑獄の二重崩落、そこまでのモノなんだろうか。
「大川さん、肉獄関連になると度を失いがちだからなー。そうでなくても、肉と緑、同時はヤバい」
「なんでですか?」
「互いに喰い合う関係で、本来は『同時に成長しない』からだよ。それが一緒になるってことは、分かるだろ?」
つまり俺は、初めての崩落イベントを、最悪の規模で体験することになるのか。
「詳しい話はミーティングの時、Pの館で聞けるか。つまんねー話、しちゃったな」
「いえ、ありがとうございます。崩落の話はなんでも参考になるんで」
「ところで伊倉さんっ! あの『ネコノツメ』って、いくらっすか! ……あっ」
「てめ、この紡っ! そのイジリはやめろっつったろっ!」
「いやこれは、そういうんじゃなくて素で、うひゃああっ!?」
たちまちお湯の掛け合いに発展し、俺と文城までもがびしょびしょになる。
この伊倉さんってヒト、見かけや言動よりも、本来年齢は若いのかもしれない。
「お客様! 入浴中は静かにって書いてあるだろ! 孝人もちゃんと注意しろ!」
思わぬとばっちりを喰らいつつ、俺たちはそそくさと、風呂を後にした。
この街唯一のカラオケボックス『カンタービレ』は、『涯を追う者』の直営店だ。
四階建ての雑居ビルと、地階が一つ。上の階はカラオケルームで、地下は別営業のバーになっている。
でも、なんで?
「それはね、わたしがお店屋さんの、店長さんをやりたかったからですっ!」
おお、なんとすがすがしい回答。
伊倉さんは虚無的な笑顔で拍手、久野木さんは苦笑しつつ肩をすくめる。
「とはいえ、ギルマスのわがままってだけでもないんだよ。この店で扱ってるカラオケの音源、あたしたちが、塔や機獄で拾って来たものでね」
「娯楽の少ねぇこの街のためにも、ってことさ。ただてっぺん目指すだけじゃ、住民の理解も得られねーし」
「Bチームのみんなが、担当になってくれるんだよ。Aチームが道を切り開いて、Bチームがその道を使って、いろんな素材を流通させるの!」
地域密着の冒険者か。
でも面白いな、本当にダンジョンの発掘が、そのまま街の運営に寄与する。
「ああ、ジャンクボックスって、そういうのを促進するって理由もあるのか」
「なんのはなし?」
「さっき、伊倉さんと風呂で話してたんだよ」
ダンジョン攻略に直接影響する資源、食料や日用雑貨を作る材料、そして生活の質を上げるための嗜好品。
地上だけでは決して成り立たず、塔や獄層にアクセスしなければ、この街は立ち行かないようになっている。
「塔に行くヒトも行かないヒトも、否が応でも意識せざるを得ないってさ」
「実に巧妙だよね。Pの奴が何を企んでるのか、話題になることも多いよ」
「まー、考えても無駄な気もすっけどね。気づいたところで、って話だし」
以前、北斗とも話した『この街の最終目的』。
あいつは、この現状を維持することが最終目的だと言った。俺たちを超越者の娯楽として捧げ続ける事で、利益を得ていると。
であれば、獄層崩落というイベントが起こる理由は――。
「お待たせしました。部屋の準備ができましたので、奥の105号室へどうぞ」
向こうにあったのとそっくり同じの、カウンター受付。そこに座るのは、白いもこもこの毛をしたヒツジの模造人。
沼津縫人さん、この店の店長代理。正確には、ギルマス稼業で忙しい瞳の代わりに、店を仕切る支配人だ。
「ところで、カラオケの音源って、どうやって拾ってくるんだ?」
「ああ、それはね」
俺の疑問に、柑奈が答える。
「CDやらDVDやらを回収して、そこから抜いてくるのよ。で、専用のサーバにぶち込んで、疑似通信式にしてんの」
「それもインスピリッツが?」
「あたしも手伝ったことあるよ。あたしの中に一時吸出して、そっから直で入れるわけ。パソコン要らずだし、処理も転送も爆速だから、時々お呼びがかかるのよね」
105号は奥まった多人数用のルームで、ミラーボールやらLEDの照明が輝いて、映像を投影するモニターさえ完備されている。
ここだけ見たら、向こうのカラオケ屋とそん色がない。
それぞれが適当に座りつつ、ドリンクメニューを眺めたり、入っている曲のチェックに入っていく。
「あとは、レーザーディスク、というものを拾う場合もあるそうですね」
「あったあった! 獄層で見つけた時、絵里奈さんが見るまで、何に使うものだかわかんなかったのよねー」
「レーザーディスクは何者だ、ってか。となると、海老原さんは俺より年上だな」
「なんかすごそうだな、レーザーのディスク! オレらも探すか!?」
紡の発言に、友人の家で見たクソデカいLDのジャケットを思い出し、苦笑する。
あれってかさばるし重いし、しかも割れやすいから、持ち出すとしたら相当な苦労になるだろうな。
「それじゃ、まずはわたしからね!」
さっさと曲を入れていた瞳が、マイクを握る。ホントにこの子は、何をやるんでも楽しそうだ。そんな集団の中で、微妙に居心地悪そうにしているのが、文城としおりちゃん。
カラオケはこういうことがあるから、万人向けの娯楽にはならないんだよな。
「なんなら、曲は入れずに聞いてるだけでもいいぞ」
「う、うん……僕、こういうの、一度も来たことなかったから」
「わたしも、流行りの曲が全然わからなくて、学校でも浮いていました」
「俺も、高校ぐらいのころまであんま好きじゃなかったよ。職場に入って、恥ずかしさが抜けて、だいぶ慣れたけど」
そういえば。
俺は視線を柑奈に流す。彼女は手ににぎやかし用のタンバリンを手に、瞳の歌に合わせて綺麗にリズムを取っている。
俺や久野木さん、紡が曲を入れたのは見てたけど、柑奈はそういう動きはなかった。
どうすっかな、でも聞くと、地雷になりそうだし。
「はい、次は紡の番ね」
「お、さんきゅ!」
「そう言えば、柑奈は歌わないの?」
ナチュラルに切り込む瞳に、思わず意識がきゅっとなる。
メイド姿の柑奈は、かすかに何かを呟き、笑った。
「……そうだね。折角だから、一曲行くか!」
ムーラン・ド・ラ・ギャレットのメイドアイドルを自称し、向こうでもVtuberと地下アイドルの二足の草鞋で活動していた、という柑奈。
でも、歌も踊りも、一切披露したことはなかった。
少なくとも、俺が知りうる範囲では。
すでに選曲は終わっていたのか、指さし一つで入力。
自分の番が回ってくると、彼女は立ち上がった。
「それじゃ、神崎柑奈、久しぶりに歌います」
流れてきたのは、しっとりしたスローなメロディだった。
特別なおいわいやデートをするわけでもない。
それでも、一緒にいるだけで、嬉しいという二人。
夕暮れのころ、別れと共に明日の再会を約束する。
付き合って間もない、恋人同士の日常の歌。
「おお……」
紡が、呆然とした顔で吐息を漏らす。
あいつにしてみれば、いつもバカやってる相手が見せた、とんでもない一面だからな。
歌い終えると、俺たちはみんな、拍手していた。
柑奈の顔は、ほんのりと上気したようになって――。
「っと、ごめんごめん。このまま歌い倒しそうになっちゃった。次のヒト、どうぞ?」
本当に、ほんのわずかな一瞬。
柑奈の顔には、苦しさがあった。
歌ったことにではなく、歌い続けられないことへの、残念が見えた気がした。
俺の気のせいかも、しれないけど。
「ということで! 次はみんなでごはんを――」
カラオケ屋を出て、宣言した瞳の頭を、嗜めるようにぽふっと叩く久野木さん。
「そこまでだよ、瞳。みんなにも都合があるんだから」
「わがまま言ってっと、北斗に怒られんぞー。オレらだって、午後からミーティングだって言われてるっしょ?」
「ううう、ギルドマスター、自由が無い」
それでも、瞳は笑顔でこっちにサムズアップしてみせた。
「次は、崩落クエが終わったらね。みんなで遊びに行こ!」
「おう! その前にオレと勝負な!」
「ほんと、アンタってば懲りないね」
「ほら、もう行くぞ。んじゃ、お疲れさんっした」
そうして去っていく三人の背中は、年の離れた兄弟姉妹、という感じだった。
長女が久野木さんで、次男が伊倉さん、末の瞳ってところだな。
「じゃあ、俺らも解散で。次の集合は明後日、Pの館に九時集合な」
「オレ、これから飯食いに行くけど、誰か一緒に行く?」
俺は少し考えて、首を振った。
「乙女さんから、書類仕事の手伝い頼まれてたんだ。柚木だけでも行けるけど、獄層クエスト始まる前に通常業務に目鼻つけたいって」
「そっか……」
「申し訳ありません。わたしもグノーシスからの依頼があって、さすがにこれ以上は」
「あたしも店のヘルプがあるから、わるいね」
しょんぼりしてしまった紡を見て、俺は文城に水を向ける。
「文城、行ってきてもいいぞ?」
文城は少し迷い、それから頷いた。
「ごめんね。僕もおてつだいできたら、いいんだけど」
「気にすんな。それじゃ」
それぞれが、それぞれの目的地へと散っていき、気が付けば俺は、柑奈と二人になっていた。
「……メイドさんは、卒業じゃないのか?」
「専属はね。あたしの枠が一つ空けば、ムーランで専属できる子が増えるでしょ」
「専属冒険者、ってガラでもないだろ。例えば、その……」
踏み込まなければ、波風は立たないだろう。
でも、言わなきゃ始まらないこともある。
「アイドル、とか」
柑奈は、怒らなかった。
驚いたような、それでいて嬉しそうな。それでも、首を振る。
「リーダーは詮索好きだね。おせっかい焼き」
何も言えなくなった俺を、柑奈は笑い飛ばした。
「そんな顔しなくても大丈夫だよ。その辺りは、もう終わった話だから」
「それで、いいのか?」
「うん」
追及を、柑奈は拒絶する。
それから、別の話題を口にした。
「ああ、そうだ。あたし、明日一日連絡つかないから。崩落に向けての下準備ね」
「メンテナンスか。体は大丈夫なのか?」
「……まあ、ぶっちゃけると、よろしくはないかな」
いつも擬態を使ってるから分かりにくいけど、柑奈の体にはだいぶガタが来ている。
文城が前線に立つようになって、負担もだいぶ減ったはずだが、初めて会ったころのアクティブさは、だいぶなりを潜めていた。
「インスピリッツに発注したパーツは?」
「入荷待ち。機獄のエネミーとやり合う場合、完全破壊か大破が普通だって。原型が残った奴は、高額過ぎて手が出ないし」
「まだまだ、俺たちが自力でってわけにもいかないしなぁ」
強くなってはいるが、それでも目的には届かない。
いっそのこと、どこかのギルドに依頼するべきかもしれない。
「まあ、細かいパーツ換装すれば、延命治療はできるから」
「……そういう間に合わせは、重要な部位に負担をかけるって聞くな」
「言わないで」
話題は、店のドアの前で途切れる。
俺たちはそのまま中に入り、それぞれの仕事へと向かった。