3、合同攻略(後編)
「全員フリーバトル! 行ける敵からガンガン落としてって!」
ウィザードが出現するなり、赤毛のネコが指示を放つ。
Aチームの様子を眺め、緋縅鎧のクマは壁際に下がった。
「じゃ、セオリー通りにいきましょうかねっ! 九蘭!」
「了解!」
軽やかな動きで、ウィザードたちの中央を突っ切る二人。それぞれのターゲットが高速で動く者に集中し、連続で魔法を叩きつける。
「確認しました。岩と電撃を優先排除します」
「では、それがしも!」
巨大な戦闘槌を握ったウシが突進し、無数の魔法弾や炎を浴びていく。
それでもまったく動きが衰えないのは、単なる耐久力が高い、ってだけじゃない。
彼の鎧に仕掛けられたものを指し示し、しおりちゃんが解説を付けてくれる。
「スクリューチャージ式の結晶防具。内蔵した結晶に加圧し、その威力を一定に保って放出。バリアのように使うものですね」
「あれ、ものすごく高い上に重いんだよなあ。カッコいいからオレも使いたいんだけど」
戦場に出た三つのターゲットに、散漫になる攻撃。
その全てを確認して、大弓を引き絞った海老原さんが叫ぶ。
「まずは二体、いただきます!」
一射、流れるように放たれた攻撃で、岩を操る杖が砕かれる。
二射、弓弦を握る右手の薬指と小指に保持した矢を 素早くつがえて、雷の杖を砕く。
さらに三射目。高く解き放たれた大きめの鏃が、天井近くで炸裂してウィザードの高度を押し下げる。
「こっちは省エネで一体ね!」
ネコの身体能力を生かして、高く飛び上がった伊倉さんが、スピンしつつ二刀で杖を切り裂く。
『空からの圧を強化します。こちらも一体』
重そうな甲冑が、冗談のように伊倉さんの上を越えてジャンプし、右腕を射出する。チェーン付きのロケットパンチがさらに一本の杖を砕く。
援護射撃と、上空に舞い上がる二体の敵対者。
それを避けるべく地面に降りてきたウィザード連中を、
「殿の御前、敵の首級を上げてこそ、武士の本懐!」
振りかぶった巨大な戦闘槌が、唐突に光を噴射しながら加速、その回転に巻き込まれ、三本もの杖が叩き壊された。
「ちょっと徹さん、張り切りすぎだってば!」
最後に残った一体が、逃げつつ炎を吐き出す。
その全てを、久野木さんの拳が、流星のような輝く軌跡を描いて切り払い、杖とウィザードの本体もろとも破壊していた。
戦闘開始から十分と経っていない。
実力を見るつもりが、その片鱗さえ分からないままに、終わっていた。
「……ホント、うますぎて参考にならないってのは、このことだよなぁ」
「戸張さんのでっかいハンマー、なんか変な動きしてたよなー、あれなに?」
「それがしの得物は、スクリューとバレットの併用型。いわゆる『ダブルアクション』と申すものにて。値段も整備もかかりますが、威力は折り紙付きにございますれば」
なるほど。結晶の『反応』を加速に利用して、打撃力の方はスクリューで張ったフィールドに任せてるのか。
感想戦に入ろうとした俺たちを、壁から離れた大川さんが押し止める。
それから、埋め込まれた結晶を指さした。
「海老原よ、あれらを撃て。あとは我と、瞳に任せよ」
「マスター?」
「クライアントの依頼は絶対だよ。それに、このままじゃわたしも、いいとこなしだし」
いつかの闘技場で見た、瞳の闘志に溢れた顔に、雌ライオンの模造人は苦笑して矢をつがえる。
その後ろで大川さんが、佩いていた太刀を、ずらりと抜き放つ。
「八つ目を射たところで、下がります。ご武運を」
「よかろう」
止まっている的とはいえ、海老原さんは一射ごとに結晶を砕いていく。
そう言えばこのヒト、ここに来るまで一発も外してなくないか!?
その弓を引く姿勢はとてもきれいで、視線の先にある結晶に、吸い寄せられるように矢が向かっていく。
そして、部屋の中央に、それが姿を現す。
八本の杖に八本の腕、八つの顔。
異形のマスターウィザードが、正対した瞳と大川さんを見つめた。
「まずはわたしから!」
大剣を肩口に構え、赤い姿が虚空を跳ぶ。
距離も時間も無視して、瞬間移動する彼女のギフテッド。その恩恵さえ、異形になったウィザードにとっては無意味に等しい。
だが、
「ブラステッド・ファーストストライク!」
それまで、鉄に似た光沢だった巨大な結晶剣が、銀色に輝く。
叩きつける一撃に強烈な爆発が起こって、マスターウィザードの体が吹き飛んだ。
追いすがる瞳が、連続でシフトしながら、輝く剣を叩きつける。
「ウィザードが、魔法撃つ暇もないなんて……」
「あのまま、倒しちゃう、のかな?」
「そんなうまい話、あるわけないだろ」
伊倉さんの指摘に答えるように、ウィザードの杖の一本が、唐突に破裂する。
辺りに無数の岩が吐き出され、シフトで避けた瞳と、目の前に迫る巨大質量を避けよう共もしない大川さんの姿。
「せぇええいっ!」
一閃。
気合と共に振り下ろした一刀が、岩を割り砕いて、地面に亀裂を刻み込む。
そして、切っ先を背中に向けて、腰だめに構えると、ニヤリと笑った。
「合わせよ! 一撃で仕留める!」
「了解! ブラステッド・セカンドイグニッション!」
空高く飛翔した瞳の姿が、二重にブレる。
掲げた大剣が、真紅の光と共に大きく刃を伸ばし、
「ぶった斬れ、『スカーレット・レイザー』!」
振り下ろした剣から光の刃が飛び、ウィザードの腕を切り飛ばす。
それでも、もがくように体を震わせ、八つの顔の奥で、禍々しい光が収束していく。
「『散るをいとふ、世にも人にもさきがけて』」
身構えた、クマが吟じる、一首の句。
太刀に宿るは、白き輝き。
前かがみ、構えた両腕が背中に回り、切っ先が張りつめ、
「『散るこそ花と 吹く小夜嵐』!」
振り抜く、剛の一撃。
それは津波のような光の怒涛となり、ウィザードの胴体を、上下に両断。
どころか、背後の壁に、横一文字の爪痕をくっきりと刻み込んでいた。
「……ん、な」
開いた口が塞がらない。
確かに、ある程度の実力差はあると思っていた。チュートリアルの塔であくせくする連中と、獄層に踏み込むパーティとは違いがあるとも。
でも、でも、でも!
「なんじゃあそりゃあああああ!?」
「あー、小倉さん、気持ちは分かっけど、落ち着きなって」
「いやだって! おかしいでしょあれぇ!?」
苦笑する伊倉さんに、礼儀も忘れて突っ込む。
レベルどころか前提が違うじゃん!?
こっちがコマンド式RPGでちまちまやってるとしたら、あっちは必殺ゲージ付きのアクションRPGじゃん!?
「完全結晶鍛造兵装、あるいは単にフローレス。それが、お二方の力の源です」
なぜか嬉しそうに、海老原さんが解説を挟んでくれる。
「晶獄層の奥深くより掘り出し、あるいは莫大な対価を支払ってPの館より購入する、純度99.99%の結晶。それら二種類以上を鍛造して合成、武器の形にしたもの」
「そんな高純度な結晶、扱えるんですか? 爆発しちゃうんじゃ……」
「インスピリッツの研究の賜物だそうですよ。そうして生み出された武器から力を引き出すことで、あの一撃が可能となるのです」
マジかよ。なんだその、漫画みたいな展開。
こっちが必死こいてちまちま武器性能上げてるところへ、そんな飛び道具があるとか聞いてねえぞ。
「ちなみに、その完全結晶って、俺らでも力が引き出せますかね?」
「ヒトによるなあ。俺の『ネコノツメ』も一応、フローレスだけど、狙って出せたためしがねえし」
二本の曲刀を、くるくると弄ぶ伊倉さん。それは石英のよう鈍い輝きで、二人の使っていた武器にどことなく似ていた。
「完全結晶の武器自体、あらゆるエネミーに効果を発揮します。ある種の『毒』になるそうで。瞳さんたちの力は、おまけのようなものとお考え下さい」
「お菓子のおまけが本体みたいな話っすね」
要するに、上位の連中は完全結晶による武器が、デフォルトの装備になるわけだ。
戸張さんや武藤さんは違うみたいだけど、独自の性能を特化させている。
これが、トップクラスの実力の、一端か。
衝撃の事実を思ってげんなりする俺と違い、紡は興味津々で、瞳や大川さんの装備に食いついている。
「いいよなあ、完全結晶武器! オレも欲しかったんだけど、高すぎてスクリューチャージのしか買えなかったし」
「あれ、紡の『バレット』じゃないんだ?」
「リロードすんのめんどくさくてさ。それに、エンチャントっぽくてこっちのが好き!」
「我が配下となれば、望むものを下賜するも、やぶさかではないぞ?」
白いオオカミの模造人は、眉間にしわを寄せた後、二ッと笑った。
「そういうのは、自分でゲットしてこそでしょ!」
「善き哉。それでこそよ」
あー、やっぱ俺に足りないのは、紡みたいなポジティブさなんだろうな。
できないことを落ち込むより、やれる今を楽しむっていうか。
「それじゃ、トレジャーの分配しよっか」
ギルドマスターらしく、赤ネコの模造人が宣言する。
そういえば、さっきマスターウィザードを倒しちゃったけど、手に入るトレジャーは裏バージョンになるのか?
瞳は箱の中から十連プラチケと、見たこともない何かを取り出した。
「十階の裏トレジャーは『フォースフィールド』、魔法をはじめとする特殊な攻撃を、一回弾く指輪です。ここだけは、表のトレジャーと同時に手に入るようですね」
しおりちゃんから貰ったダンジョンのデータは、一部に抜けがあったっけ。本人の調査や聞き込みがもとになってるから、こうして現地で確認する必要があるわけだ。
「では、我はその指輪を所望するが、それでよいな?」
「今回の依頼は『崩落に向けての肩慣らし』と『フォースフィールドの入手』だからね。残りはチケット一枚づつを全員に、ってことで」
「いや、俺たちは見学に来ただけで、大したことはなにも……」
「いいのいいの。わたし、孝人たちと一緒に冒険したかったから誘ったんだし!」
少し迷った後、俺は礼を言ってそれを受け取り、他のみんなも倣う。
向こうでもよくあったことだ。
どんなに世間が、契約や金だけで割り切る、ドライな個人主義を称揚しようとも、最後にものを言うのは『リアルの交友関係』だ。
とはいえ、こっちだって大川さんや瞳にすり寄って、うまい汁をすすろうとしたわけじゃない。
仕事はドライに誠実に、かつ敬意をもって接した結果だ。
「……まあ、きっかけは俺のやらかしってのが、なんとも恥ずかしいんだけど」
「どしたの? なにか気になる?」
「今後は実力付けて、対等な形で参加出来たらいいなって」
「案ずるには及ばぬ」
上機嫌なお殿様は、太刀の穢れを懐紙でぬぐい取りつつ告げた。
「此度の獄層崩落、我ら一丸となって事に当たる。目覚ましき槍働き、期待しておるぞ」