2、合同攻略(前編)
塔に入ってからの瞳たちは、外での気さくな感じとは全く違っていた。
掃討の終わっている一階を過ぎ、二階に入った途端、その真価は発揮された。
「今回は俺たちが先行する。悪いけど、手ぇ出さないでくれよ?」
伊倉さんが先行し、その後を海老原さんが詰める。瞳と久野木さんはその後ろ、殿を大柄な戸張さんと頑丈な武藤さんが守る。
「チェック完了、上の矢と足元にブレード。敷石がスイッチな」
「確認しました。前方三メートルほどで、スイッチのパターンが変わるようですが?」
「ダミーかもしらんから、むじな、確認よろ」
俺たちが通路の脇に退いたのを確認し、武藤さんが手の部分から何かを射出。
罠の作動する音と共に、鋭い矢の斉射が打ち出され、彼女の鎧に弾かれた。
ダミーのスイッチは無し。今回は素直な配置だった。
『クリア。伊倉さん、先行を』
「おっけー。みんな、俺の歩いた通りに頼むわ」
とにかく、確認と作業が早い。
メインで動くリムーバーは伊倉さんだけど、海老原さんと武藤さんも解除知識があるから、見落としが少なくて処理も的確だ。
「うちでも、しおりちゃんと柑奈が手伝ってくれるけど、練度が段違いだな」
「あたしみたいなセンサーもなしに、とんでもない速度ねー」
「今後は、わたしも率先して罠解除に協力したほうがいいでしょうか?」
「やめておけ」
すべてを観察していた大川さんは、不敵に笑う。
「あれは、あやつらのみに許された熟練よ。同じ動きなどしようものなら、たちまち己を見失い、無惨な屍を晒すこととなろう」
「ですね。そもそも、装備も経験も段違いだ。今回は熟練冒険者の、いい所を見せてもらおうぜ」
そのまま難なく三階に進み、今度は瞳を先頭に、伊倉さんと久野木さんがバックアップに入る。
いつものむせかえるような森の臭気と、壁になった木々の通路を抜けて、アリによく似た甲虫たちが、群れて襲い掛かってくる。
「行くよ!」
叫んだ途端に瞳が先行し、大剣が三匹の首を叩き斬っている。
「うらぁっ!」
その脇に走り込んだ久野木さんが、鋭いアッパーカットでもう一匹の顔を砕き、
「せいやっと!」
伊倉さんの手にした二本の曲刀が、顎と目と、前足をバラバラに切り刻んだ。
群れの後ろに残った二匹に、流星のように降る光の鏃が突き刺さる。
早い。早いけど、なによりも。
「お、音が、ほとんどしないぞ……」
紡が気後れしたようにつぶやく。
確かに、戦闘音はそれなりにしたし、完全に無音というわけでもない。
それでも、甲虫たちは威嚇音や、仲間を呼ぶ軋るような声も漏らさずに、淡々と処理されていった。
「獄層においては、静穏こそが尊ばれます。なにより、一度の戦にて、全力を出すことなく切り抜ける技前を、日々磨いておりますれば」
落ち付いた声音で、戸張さんが注釈をつけてくれる。
そういえば、戦闘に入っても、戸張さんや武藤さんは、ほとんど動いていない。
海老原さん自身も、遠距離攻撃を先制ではなく、後詰を潰すために使っていた。
状況を見て戦略を変える、柔軟な姿勢ってやつか。
「す、すごいね。僕たちと、全然違う」
「なにより、皆さんがそれぞれ、高度な戦闘能力を有しています。このレベルでないと、獄層には至ることはできない、ということですね」
その後の戦闘も、まるでゲームのオートバトルのように、あっけなく終了する。
「この速度で攻略できるなら、引率屋も楽にできそうだなー」
「どうかねー。たぶん、引率屋だったら、ここまでの腕に成れなかった、じゃねーかな」
紡の言葉に、伊倉さんが意地悪く笑う。
「甲山の親方も山本さんも、モノは悪くねーと思うよ。でも、実力は正直、落ちてきてるかもな」
「そもそもあの両名は、そなたらと目指すものが違う。厨の包丁に、天下の大業物を使う愚か者はおらぬ、ということだ」
「そっすね。しょーもないこと言っちゃったか。失礼しました」
抜けて四階。
闇に支配された階層で、いつものようにしおりちゃんが灯りをともそうとする。
『あなたたちは今回、見学です』
そういう武藤さんの鎧が、光を放ち始める。
肩口や腰のあたりに、強力な投光器が装備されていた。
『シャドウストーカーと、それに類する魔界のエネミーは、自分の性質に合った領域を作り出す。それを打ち破る方法は、魔界の植物だけではないです』
「武藤さんの研究の賜物、ということですね!」
『インスピリッツとの共同開発、まだ試作ですが』
闇の中で隙を伺う敵に、威嚇の光が浴びせられ、悲鳴を上げて逃げていく。
そう言えば、ここに上がってくる前、武藤さんは荷物から取り出したパーツで、装備を換装していたっけ。
「やっぱ、いつ見ても、むじなのパワードスーツって、かっけぇよなぁ」
「それなー。俺、次の実験に付き合うことにしたんだぜ」
「マジか。オレもやりたかったけど、サイズ合わないって言われてさー」
「ほら、そこのおガキ様たち。やることないからって、気ぃ抜いてんじゃないわよ」
「であれば、だ」
なぜか進み出た大川さんが、目の前に開けた五階への階段を、指し示した。
「『パッチワーク・シーカーズ』、現状の戦力を、次のフロアボスで披露する、というのはどうだ?」
こちらを見るクマの模造人は、露骨にある人物への期待を向けている。
やれやれ、本当にこのヒトは『奇貨』が大好きだな。
「文城!」
「え、は、はいっ!」
「行こうぜ。大川さんたちに、いい所見せてやろう」
途端に、緩みがちだった太い顔に鋭さが宿る。相棒の闘志を確認すると、俺は自分の得物を再確認し、歩き出す。
「孝人よ、自ら戦場に向かうということは、そなたにもなにやら、見せるべきものがあるという事よな?」
「だてに、あのろくでなしに師事したわけじゃない、ってことですよ」
ふたりだけで五階に上がる。
途端に、部屋の中央で結晶が組み上がり、巨大な剣を手にした巨像が、威嚇の姿勢を取った。
「まずは俺から行くわ。俺のはじきが決まったら、そっからフォロー頼む」
「分かった」
背負い袋を放り捨て、背中に棒を差し込むと、俺は四つ足でゴーレム目掛け走り出す。
地面スレスレの低い姿勢と、急激に詰まる間合いに、進み出かけた敵が戸惑ったように右足をぶらつかせる。
「せいっ!」
前方に宙返りを決めつつ、引き抜いた棒を、軸足になった左踵に叩きつける。
ばんっ!
大きな破裂音と共に、俺の棒の先が輝き、結晶の装甲に丸い削り跡を残す。
そのまま、棒の握りの所に仕込んだ『トリガー』を弾き、『装填』を完了させた。
「うおっと!?」
こちらが止まったのを見逃さず、振り上げる剣の一撃。
全身を引きはがすように横跳びに避け、直後に敵の剣が地面にすり鉢状の穴をあけた。
ゴーレムはこちらに対する間合い感覚を補正したのか、下がりつつ武器を振り回す思考ルーティンに切り替えてきた。
俺は武器を構え直し、教えを口ずさむ。
「『切り結ぶ、太刀の下こそ地獄なれ』」
それは質量と速度の暴風だ。
叩きつける一撃で瓦礫が飛び散り、振り回す切っ先がこちらの頭上をかすめ飛ぶ。
それでも、相手の攻撃は単調で、軌道は読みやすい。
攻撃の手筋を尽した結晶の巨兵が、槍のように構えて、切っ先を突き出した瞬間、
「『踏み込みいれば、あとは極楽』!」
脇に避け、
掬い上げるように、
跳ねた俺の棒の先が、
「うらぁああっ!」
気合と共に炸裂した威力で、剣を弾き飛ばしていた。
「文城!」
俺が声を上げた時には、黒い影は棒立ちになったゴーレムに殺到している。
「はあっ!」
腹に響く、でかい破裂音。
叩きつける両手の平で、ゴーレムの右の踵が足首ごと砕け散る。
「もういっちょ!」
全身を振り回すようにして、俺が左踵を二連撃。
支えを失い、巨体があおむけに倒れ伏す。
それでもゴーレムは、片手を使って起き上がり、
「いやあっ!」
背中に回り込んだ文城の左の掌打が、ゴーレムのコアと胸部装甲を打ち貫いていた。
フロアボスが片付くと、観客たちは拍手と共に、俺たちの健闘をたたえてくれた。
「見事であった。よもやそなたも、そのような立ち回りを身に着けていたとはな」
「ありがと、ございます。正直、負担もめっちゃ、ありますけどね」
俺は息継ぎしつつ、手にした武器を掲げて笑って見せる。
以前から使っていた、ただの棒を卒業して、新調した結晶武器だ。
「『バレットチャージ』で敵の攻撃を弾きってか。確かに、上に行くんだったら、そんぐらいはできないとだなー」
「コウヤもそんなこと言ってましたよ。正直ハードルガンあがりっすわ」
この街の主な武器である結晶兵装には、特殊な性質を持たせたものがある。
武器の内部で結晶を『反応』させ、その威力を武器に通す。
そういう武器は『バレットチャージ』と呼ばれる。ゲーセンのおねえさんに貰ったのもその一つだ。
その特性を利用したのが、さっきの弾きと呼ばれる技法。
『その棒、リロードに時間かかりますよね。普段使いは難しいです』
「はい。今のところは決めた所で使うか、緊急避難的な使い方がメインっすね」
武藤さんの指摘に、俺はリロードを終えて、暴発防止のロックをかける。
そもそも、この修業をやり始めたのも最近のこと。さっきの弾きだって、成功率が低くて、受け損なって大けがしたこともあるし。
「ねえねえ! 文城の攻撃の跡って、これどうやってるの!?」
「なんか、倭子さんたちが、面白くてかわいいからって……ちょっと、恥ずかしいけど」
貫かれたゴーレムの胸元には、肉球に象られた穴が開いている。
インスピリッツの武器製造担当が、文城のキャラクター性に注目して造った面白兵装。
俺のと同じ『バレットチャージ』で、攻撃のインパクトの瞬間に、結晶の威力が肉球型に広がり進む手甲型武器、らしい。
「なんつったっけ、略してPAWってだけ覚えてんだけどなー」
「punishment assault weapon、だな。遊びすぎだろ」
「すなわち『ふみっち肉球パンチ』! うわあ、めちゃきゃわいいいいいいい!」
「んにゃはああっ、ダメだよカンナちゃん! 攻略中はぁぁああ~」
戦闘の感想が終わると、俺たちは再び塔を登る。
Aチームの実力は一切ブレが無く、俺たちは散歩でもするような気軽さで上へ進んだ。
「では、次は我らの出番だな」
十階へ向かう階段の前で、大川さんが告げる。
「Aチームよ、前座を勤めよ。我はトリを飾る」
「今日はお殿様のお供だし、当然か。それじゃわたしたちの実力、しっかり見ててね!」
そういえば、ここまでの戦闘で、大川さんも瞳も積極的に戦闘には参加していない。
なにより二人は、戦闘ギルドのトップ。
かたや獄層で、かたや壁外遠征で鍛えた力と技を、直に目にするチャンスだ。
「瞳たちのウィザード攻略か、ワクワクするな、孝人!」
頷く俺の視界の先で、戦闘が始まった。