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1、ふかふか屋の会合

「いらっしゃいませー! ただいまベーコンエッグパン、焼き上がりましたぁ! ホッカホカでおいしいよぉ!」


 大きめのトレイに乗せられた、こんがり焼き立てのパンを陳列していくのは、白と黒の毛皮を持つ、パンダの模造人(・・・・・・・)だ。

 店長の時任俊哉ときとうとしやさんは、俺の顔をじっと見つめて、ニヤリと笑う。


「おっ、とうとう言っちゃう? きみも言っちゃう? 例のアレ!」

「い、嫌ですっ! ここまで来たら、言ったら負けな気がするんでっ!」

「パンダのパン屋さん」


 俺の耳元に、柑奈がそっと囁く。


「いいじゃない。しかも、言った方がお得なんだよ? 最初の一回だけだけど」

「僕も初めての時、サービスしてもらったし」

「うち、いっぱい言った! でも、サービス一回だけ!」

「わたしもわたしも!」


 そう、ぱちもん通り商店街のパン屋『ふかふか屋』では、店主に向かって『その一言』を告げると、どれでも好きなパンを一つ、貰えるのだ。

 ただ、俺は最初に来た時、それを我慢してしまった。以来、なんかこう、ためらってしまうのだ。


「だって、ダジャレじゃんっ! ベッタベタのっ! なんか悔しいじゃんっ! 言っちゃうのさあっ!」

「言えば楽になるのにー、変な意地はっちゃってぇ」

「嫌だぞ! ここまで来たら、ぜーったいに言わないっ!」


 そんなやり取りをしつつ、俺たちは店先に並んだパンを物色する。

 どれもこれも、いい香りを漂わせた極上の代物だ。

 総菜パンにクリームやあんこを入れた菓子パン、厚切りにされた食パンやバケットが、所狭しと並べられている。

 パンを選びつつ、セットメニューを追加するのが、この店のモーニングだ。

 店の前にはテーブルが出され、オープンカフェ形式で食事を摂れるようになっていた。


「俺、モーニングのサラダとスープセットで」

「僕も」

「うち、スープだけ」

「あたしはコーヒーセット」


 文城のトレイには、大きなスープカップと山盛りのサラダボウル、厚切りサンドイッチにガーリックトーストとハンバーガー。

 鈴来は小ぶりのスープカップとクラッカーにラスク。

 柑奈はコーヒーとサラダサンド。

 俺は、スープとサラダにメンチカツサンドにしていた。


「ああ、そうだ、メンチカツサンド二つ、包んどいてもらえます?」

「はいはーい。ごゆっくりー」


 俺たち四人が座ったテーブルの隣に大川さんと瞳、それからホライゾンの『Aチーム』たちが座って、のんびりドリンクを飲んでいる。


「お待たせするのも悪いんで、先に行って貰ってよかったんすけどね」

「構わぬ。効率を追うばかりが能でもあるまい」

「そ、そういえば、今日は、大川さんだけ、なんですか?」


 ガーリックトーストをもぐもぐしつつ、文城が問いかける。

 確かに、いつもお付きのヒトらしいお侍さんが居たはずだけど、今日は本当に一人だ。


「此度は我から、『ホライゾン』に依頼を出してな。供廻りを申し付けた」

「ほら、なんかむかーしの時代劇に? あるんだっけ? お忍びってやつね!」

「そういうことなら、変装しつつ、旗本の三男坊とでも名乗ったほうがいいのでは?」

「そうさな。いずれ太平の世が来たらば、そういう酔狂も面白かろうよ」


 口元をくつろげて、クマさんが笑う。

 ギルドのトップとは言え、大川さんも瞳も、フットワーク軽いからな。こういうフランクな付き合いが性に合ってるんだろう。


「そう言えば、後ろのヒトたちは、"食事会"の時以来だったな」

「じゃあ、みんなに自己紹介してもらおっか。最初は九蘭からでいい?」

「うん。それじゃ」


 イヌ科の顔立ちをした、赤毛の模造人が立ち上がる。

 甲虫の軽鎧にごつい手甲を身に着けた姿は、いかにも格闘主体といった感じだ。戦闘スタイルは文城と同じ。もちろん、こっちは手数主体だろうけど。


久野木九蘭くのきくらん、Aチームの……リーダーをやらせてもらってる。よろしくね」

「小倉です。瞳がギルドマスターで、チームごとにリーダーがいるって感じですか?」

「獄層攻略は、単なる資源採取のこともあるからね。ギルマスはうちの最高戦力だし、新しいエリアの攻略の時だけ入ってもらうんだ」


 あえて深く知ろうと思ってなかったけど、さすがは街のトップチームだけはある。組織の運用や構成は、おそらく北斗の発案だろう。

 久野木さんが下がると、間を置かずに毛皮にが入った、細身のネコ科模造人が握手を求めてきた。


伊倉以蔵いくらいぞう、一応、Aチーム所属ね。解除屋リムーバーと、九蘭と組んで瞳の尻拭いやってるよ」

「よろしく。そういえば、山本さんの所にいたとか?」

「元はね。うちの参謀、引き抜き大好きっこだから」


 そういえば、今日は北斗もこの場にいないな。冒険できるような体じゃないし、こういう場には出てこないのも当然か。

 その次に出てきたのは、明らかに雌ライオンの容姿をしたヒト。

 軽く会釈をする姿勢に感じるのは、そこはかとない育ちの良さ。


海老原絵里奈えびはらえりなです。以後お見知りおきを。後方からの支援を担当しております」

「こちらこそ。結晶弓ですか、俺も使おうと思ってたんですけど、ショートボウでも、いまいち馴染まなくて」

「それなら、結晶弾を投射する抱え筒などいかがでしょう。出費は掛りますが、獄層での打撃力を増すのにも使えますので、ご一考されては」

「ありがとうございます」


 彼女の装備で特に目立つのが、結晶製の大弓だ。鏃にいろいろな結晶を付けて、その効果で攻撃や補助を行う。

 元々は、文城にそういう武器を扱ってもらうつもりだったんだけど、クラスチェンジしちゃったからなあ。

 そんな海老原さんの後ろから、上背のある肉厚なウシの模造人が進み出る。

 身に着けているのは、殿さまのとは違うけど、日本の武者鎧だ。


「それがしは戸張徹とばりとおる、見ての通りの盾役にて、Aチームの護りと殿しんがりを勤めさせていただいております」

「……もしかして、元は殿様の所にいたとか?」

「いかにも。御殿には無礼を承知で、瞳殿の配下に付くことを、お許しいただいた次第」


 恐縮する戸張さんに、大川さんはニヤリと笑い、それ以上何も言わなかった。そういう話は、ずっと昔についているんだろう。

 最後に、甲殻で造られた西洋甲冑のような形状の姿が、片手を挙げた。


『武藤むじな。以上です』

「ちょっと、むじな……それじゃ自己紹介になんないでしょー?」

『元インスピリッツ、現Aチーム所属。目的、自分の研究成果を実戦で確かめる。これでいいですか?』

「せめて、顔ぐらい見せてってば……」


 瞳のぼやきに観念したのか、鎧は自分の腹辺りの装甲に手を当てて、がばっと引っぺがして見せた。

 中に入っていたのは、アナグマの模造人。

 鎧の中味は、なんかこう、生っぽい部品やらワイヤーやらが組み合わさった代物。


「も、もしかして、パワードスーツ!?」

「試作品ですけど。興味が?」

「……それ、俺も使えたりします?」

「試作品ですので。実験に参加していただけるのであれば、あるいは」


 パワードスーツまであるとか。この街の技術って、変な進化してるよなあ。

 とはいえ、こんなカッコいい代物、興味なんてありまくりだろ!


「科学と技術の進歩に協力できるんなら、ぜひ!」

「……すみませんが、お名前は?」

「こ、小倉です。小倉孝人」

「分かりました。小倉さん。覚えました」


 ああ、このヒト、Mの付くタイプの技術者だ。

 さっきまで俺の名前、全然覚える気なかったな。

 それにしても、


「さすがはこの街一の冒険者ギルドのメンバー。バラエティ豊かだなぁ」

「むしろ、瞳の人徳故に集った者ども、と言う方がよかろうよ」

「さらに言えば、瞳の無茶振りに、なんだかんだ付き合える変人、ってとこかな」


 まぜっかえす伊倉さんにみんなが笑い――。


「それじゃ、俺たちも準備してきます。鈴来、紡に連絡頼めるか?」

「わかった! うち、行ってくる!」

「文城、朝飯持たせてやってくれ。俺はしおりちゃんの所に行ってくる」


 それぞれが席を立つ。

 テイクアウトのメンチカツサンドを受け取り、俺は何気ない調子で、柑奈に尋ねた。


「Aチームの仲って、問題ないのか?」

「特に、そういう話は聞かないよ。北斗はともかく、瞳はあの性格でしょ、ぶつかることはあっても引きずることはないし」

「そっか」


 にしては、あの久野木さんの雰囲気が、少し気になった。

 自己紹介の言いよどんだ感じと、伊倉さんにいじられた時の、わずかな表情の動き。


「ただね」


 そんな疑念を裏付けるように、柑奈は小声で付け足した。


「Aチームって、結構入れ替わり激しいのよ。死別はほとんどないけど、引退がね」


 俺は黙って頷き、それ以上の詮索を止める。

 よそはよそ、うちはうちだ。

 俺たちは大急ぎで事務所に戻り、身支度を整えて塔前に集合する。 


「ということで、ギルドの親交を兼ねて、合同で塔の十階攻略! 行ってみよー!」


 元気に瞳が音頭を取って、それぞれが彼女の後について行く。

 すでに始発組は出払い、一階に入る同業者の姿も少ない。ただ、ここに来るまでに街の連中の好奇の視線は、惹きつけてしまったけど。


「これじゃまた、『てなもんや』にトバシ記事、書かれそうだなぁ」

「孝人は、そういうのキライ?」


 嬉しくてしょうがない、という顔で瞳が振り返る。


「向こうにいた時も、うっすらマスコミは嫌いだったから。いざとなったら、直に訂正しに行けるから、まだましだけど」

「リーダーはねえ、あたしらがメジャーになって、調子に乗るのが嫌なんだって」

「なるほど。そういう手綱は引き締めているか。重畳重畳」


 赤毛ネコの模造人モックレイスは、結晶大剣の柄を、軽く撫でる。

 それから、遠い目をして笑った。


「わたしは、好きだよ。はじめてに新聞に載った時、すっごくうれしかったもん。北斗が記事を切り抜いて、取っておいてくれて」

「あいつ、まめそうだもんな」

「さてと――」


 それまで朗らかだった瞳の表情が、引き締まる。

 続くAチームの面々も、それぞれの得物を手にして、その後に続く。


「――『涯を追う者(ホライゾンブリンガー)』Aチーム。エントリー!」

『了解!』


 瞳の宣言と共に、一流の冒険者が、塔へと踏み込んだ。

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