表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/144

19、オールドファッションド

 モック・ニュータウンには、三つの生活圏が存在する。

 比較的、安全な生活が約束された『ハビタブル』

 四方の獄層崩落に巻き込まれる可能性を持つ『ハザード』

 そして、魔界と街を仕切る壁にほど近い、無人のエリア『ボーダー』。


「おーい! コウヤ―!」


 南に広がる『森』を越えて、南門にほど近い所に広がった、荒れ地。

 そこに、見事な竹林が出現していた。

 しおりちゃんの『硬装竹』によって生み出されたそれに囲われて、一件の小屋が建てられている。

 プレハブ建築ではなく、そこそこきちんとした建屋で、窓は付いているが厚いカーテンが掛けられている。


「お、来たな。ご苦労さん」

「あー、しんどかった」


 小屋から出てきた赤い竜の男は、いつもの着流しではなく、武侠小説に出てきそうな中華風の衣装を着けていた。

 俺は背負った荷物を足元に置き、一息つく。

 中身は食料や酒類、コウヤは専用のポーターを雇わず、俺をその役割に据えていた。


「注文の品、受領しましたよっと。んじゃ、おつかれ」

「何度目だこのやりとり。渋ってんじゃねえよ、ほら」

「こんなことなら、佐川にでも頼むんだったぜ。ったく」


 本気で嫌そうな顔をしつつ、コウヤは壁に立てかけられていた、長い棒を手に取る。

 俺も背中に刺しておいた棒を引き抜き、両手で構えた。

 互いの棒の先端を合わせて、交差させる。


「じゃ、まずは」


 棒の先端が、わずかな動きで、俺の棒を押しのけようと動く。

 応じて、俺の棒が下回りの半円を描いて、弾こうとした方向へ、相手の棒を弾き、

 

 ぱしんっ!


「っく!」

「見え透いてんだよ」

 

 手に強烈な痺れ。

 コウヤの棒が、弾こうとしていた俺の棒を、さらに回り込んで弾いていた。

 それでもなんとか、取り落さずに構えを取り続ける。


「手首が固い、起こりが見え見えだ。棍に限らず、武器を使う時は、瞬間的な握力を意識しろ。緩めて締めるだ」

「……っす」


 ふたたび開始位置に『棍』を合わせる。

 今度は、コウヤの一撃が、俺の胸元にするっと伸びてくる。

 俺は相手の棍にかぶせるように、左回転の円を描くきつつ、弾きとば――


「っぐ!」


 みぞおちに強烈な衝撃。俺の回転を抑えるように、同方向にねじり込んだコウヤの一撃が、突き刺さっていた。

 それでも、手にした武器は離さない。


「技を技で返そうとするな。高級な戦闘方法は、攻撃と防御を分けて考えない。防御にならない攻撃はなく、攻撃にならない防御はない。そういう意識を保て」


 俺は大きく息をついて、構え直す。

 たったこれだけのやり取りで、すでに息が上がりつつある。

 それでも、始めの頃よりはまだましだ。


『俺にも、教えてくれないか。武術って奴』


 コウヤに呼びつけられて、はじめてここに来た時。


『お前はパーティリーダーだろ』

『だからこそだ。こんなネズミがこざかしく生きるためには、なんでもやるしかない』

『俺以外にも、武術の心得のあるやつはいるぞ』

『でも、俺を強くできるのは、きっとお前だけだ。だから、頼む』


 その時の顔を、俺は生きている限り忘れないだろう。

 心底嫌そうでありながら、どこか嬉しそうな笑いを。


『ホント、お前は兄貴そっくりだよ』


 がつんっ!

 脳を揺らす一撃がぶち当たり、めまいとしびれが全身を駆け巡る。

 膝から力が抜けて、とうとう俺は武器を手放していた。


「ほい、今日のご指導は、これでおしまい」

「あ……ありがとう、ございました」


 さすがに、そのまま小屋に帰るような真似はせず、コウヤは煙管を取り出して、据え付けの長椅子に座って、一服を始めていた。


「ムーランの方は、どうだ?」

「平穏無事だよ。警備についたお侍さんが、ちょっと威圧感あり過ぎだけど」

「そういや、佐川の奴、裏に越してきたんだって?」

「向こう三軒両隣に、引っ越しの挨拶配ってた。メチャクチャ気遣いのヒトじゃん」

「レスラーってのは大抵、そういうもんなんだよ。イベンターなんて、対外交渉が出来てナンボだからな」


 めまいが収まると、俺は立ち上がった。


「それじゃ、また明日な」

「ああ」


 竜が巣に帰る。

 そして、


「おら、へたばってねえで起きろ!」


 俺は唾を飲み込み、振り返らずに、走り出す。

 薄い壁を通して、俺の時よりも激しく争う音が、響いてきた。


「足を引きずるな! 重心を偏らすな! 薄紙一枚の隙間を忘れんな!」


 そして、重くて大きな何かが、地面に叩きつけられる。

 文城がここに籠ってから、二か月が過ぎた。

 その間、文城はほとんど休む暇もなく、コウヤの指導を受け続けていた。

 休めるのは寝る時と、俺に指導を付ける時だけ。

 俺の戦力強化と、せめてその間だけ、文城に休みを取らせること。

 これが今の俺にできる、精いっぱいの手助けだ。 


(あと、一月とちょっとか)


 そんな短時間で、どうにかなるものなのか。

 沸き起こる疑念をかみつぶして、俺は日常へ逃げ戻っていく。



 コウヤとの修行には、二つの約束がある。

 一つは、指導を受けている間、決して武器を取り落さないこと。

 取り落せば、その日の修業は終わり。

 二つは、絶対に文城に話しかけないこと。

 破れば二度と、指導はされない。

 一手教わるたびに俺の体は痛めつけられ、あっという間に打撲と擦り傷で、毛皮も皮膚も、ボロボロになった。


『棍が動く時、腕や足、関節から動かすな。脳天から股間を貫く軸を意識して、それを中心に、体自体が回転するイメージでだ』


 両肩と両ひざが、鮮やかな連突きで痛めつけられる。

 だらしなく地面に転がって、指導終わり。

 

『攻撃を捌く時は、傾斜を使え。無理に押し返すんじゃなく、相手の攻撃を、お前の棍っていう『レール』に乗せて、脱線させてやるんだ』


 強烈な脳天への一撃で、目から火花が出る。

 思わず棍を取り落す。指導終わり。


『攻め気が強すぎる! フィジカルのないお前が、紡みたいな真似すんな! もう一度、基礎からやり直してこい!』


 突きかかろうとした瞬間、棍ごと引き倒されて地面を舐めた。

 たった一分で、指導終わり。



 それは、徒労にも思える日々だった。

 練習時間は、短ければ秒で、長くても五分。ときおり、こっちのダメージがひどい時は雑談しながら様子を見てくるが、大抵はそのまま小屋へ戻ってしまう。

 俺は店に帰りながら、教わったことをメモに取って、帰りがけに棒を振って練習を繰り返した。

 最初は羨ましがっていた紡も、やがて真剣な顔で練習に没頭するようになり、紡のテント前で、一緒に戦闘訓練をするようになった。


「相変わらず、文城とは話せてないのか」

「っく……ああ、ちょっと、待って……息が……っはぁ~……」


 コウヤのそれとは違い、紡の剣は縦横無尽で奔放だ。習った技術を生かそうにも、ついて行くのが精いっぱい。

 紡は師匠とは違って、いくらでも付き合ってくれるが、こっちが三十分も持たずに疲れ果ててしまう。


「迷いを起させないため、だってさ。俺が来てるのは知ってるって」

「それにしても、孝人もだいぶ動けるようになったなあ」

「お前には、全然敵わないけどな」

「いや……それはそうなんだけど」


 そこは、ちょっとは否定してくれよ。

 こっちの不満顔に白い狼は笑い、眉間にしわを寄せつつ、意見を修正した。


「五階のゴーレムいるじゃん」

「ああ、毎度出オチ感でやられる」

「あいつよりは、今の孝人は強いぞ」

「単純反応のエネミーより強い、って言われてもなぁ」

「あいつの代わりに、孝人が五人いたら、俺はちょっと警戒する」


 なるほど、そういう事か。

 倒せる相手だが、簡単には倒せない相手ってわけだ。


「じゃあ、その警戒が引きあがるように頑張るか」

「いいよなあ、孝人も文城も。師匠に丁寧に教えてもらってさあ」

「ハハッ」


 渇いた笑いで会話を打ち切ると、俺は教えられたとおりの基礎練習を始める。

 その隣で、白い狼も練習を再開した。

 基礎体力の増強、反復練習、対人訓練。

 まさに昔ながらのやり方オールドファッションドの修業を、俺たちは重ねていった。



「お前への指導は、今日で最後だ」


 それは、最後の二週間の頭。

 互いの棍を重ねるのと同時に、投げられる言葉。


 カ、カカッ!


 瞬間的に三度、互いの一撃が交錯し、俺は再び棍を構え直す。

 こっちの動揺を狙うとか、油断も隙も無い。


「文城にとっては、ここからが正念場だ。ちんたら休んでる暇はない」


 今度は大気をねじり込むような一撃。俺は棍を斜めに立てかけ、脇にすり抜けていく攻撃を、上からかぶせるようにして抑え、


「しっ!」


 鮮やかに引き戻されていく棍が、一瞬で突きに変わる。

 俺は下げていた左足を前に進めつつ、右半身を守るように棍を立て、反れた一撃を抑えつつ、突いた。


 ぱしんっ。


 コウヤの体に当たるはずだったそれは、あっという間に戻っていた相手の武器に、完全に止められていた。


「とりあえず、基礎はこんなもんだろ。あとは実戦で身に着けてけ」

「ありがとう……師匠」

「やめろ。そういうのは嫌いだっつったろうが」

「それにしても、こんなのどこで覚えたんだよ。剣術以外に武術までとか」


 意外なことに、俺の軽口を受けて、コウヤは笑って一服の姿勢を取った。

 そうか、これが文城にとって、『最後の休憩時間』か。


「世間の連中は勘違いしがちだが、武器術と格闘術は二つで一つ。徒手の理合いの延長に武器があり、武器によって徒手の理合いの深奥を探るんだ」

「これっていわゆる中国武術ってやつだろ? お前の剣は日本のじゃないのか?」

「ああ、これ?」


 赤い竜は、とても爽やかな笑みで告げた。


「後輩から盗んだ」

「……は?」

「俺の大学の後輩に面白い奴がいてよ。仕事を辞めて台湾で拝師パイスーまでして、功を練ってたやつがいたんだ。真面目だったけど、才能はいまいちでなー」


 懐かしげに語るのは、ろくでなしのとんでもない悪行。


「日本に帰って来た時、そいつにしこたま飲ませて、礼代わりに『秘伝を見せてくれ』って言った。んで、夜の運動公園で、教わった流儀の秘伝をみせてくれたんだわ」

「ま、まさか……」

「そいつが寝た後、一晩中しっかり、体に染み込まさせてもらったよ。んで、俺の動きを見てそいつ、真っ青になってさぁ」


 お得意の声帯模写で、ろくでなしはその時の状況を語った。


「『なっ、なにやってんすか先輩!? それ、うちの……っ』」 

「『秘伝だか絶招だかしらねーけど、知識はみんなで共有してこそだろ?』」

「『こ、こんなこと、師父や師兄たちに知られたら、俺、殺されますっ!』」

「『だいじょーぶ。黙っときゃわかりゃしねえって』」

「『勘弁してくださいよぉっ』」


 俺は瞑目し、その後輩さんの無事と幸福を祈った。

 名も知らぬ後輩さん、安心してくれ。このろくでなし、こうして地獄に堕ちてるから、もう迷惑かけることもないぞ。


「破門された自分は師匠になれないとか、実家に不義理はできないとか、どの口でほざくんだか」

「だからこうして、剣術以外を教えてんじゃん」

「……最低だ、お前って」

「安心しろ。お前ら以外には、この術理は誰にも見せてない。剣の足しにはさせてもらったがな。クレームが来たら、俺の首を差し出してやるよ」


 ぴしゃり、と自分の首を叩いて、コウヤは笑った。


「で、その後輩さんは?」

「こっちに来る前、会ってそれっきりだ。だいぶ見違えててな。二度ばかり、命のやり取りをしたとか聞いた」

「類友かよ」

「折角、一皮むけたと思ったんだが。もう満足です、とか言いやがって。実家に引っ込んで、武術教室を開くんだとさ」


 どこか寂しそうな顔で、赤い竜はしみじみと、煙を吐いた。

 それから煙管を始末して、立ち上がる。


「もう配送は必要ない。当日の引率も手配済みだ。お前らは、会場で待ってろ」

「……っ」


 その名を、呼びそうになった。

 あと少しで、すべてを台無しにする寸前、俺は踏みとどまった。

 いつもみたいに、話をして、悩みを聞いて、大丈夫だと言ってやりたかった。

 でも、今はダメだ。


「気を付けて帰れよ」

「ああ。またな」 


 俺が背を向けると、小屋の扉は静かにしまった。

 ほぼ同時に、大地を割るような踏み込みの音。激しくぶつかり、弾けるやり取りの応酬が耳朶じだ穿うがつ。

 前よりも、長く続くその攻防を、俺は立ち尽くして聞いていた。


「とっとと帰れ! 修行の邪魔だ!」


 コウヤの怒りが俺を撃つ。

 そして今度こそ、背を向けて立ち去った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。 [一言] 厳しい修行。 見守りたいのも、それによって里心がつく可能性があるのも……自然ですね。 待ち遠しく思いながら、会えない間も相手を思う。 また会える日を。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ