18、宣戦布告
城下町北東、『奈落新皇軍』の本拠点、移動要塞【驚天】。
その天守閣の最上階、評定の間。
「下手人、磨平周」
奥の座に座りながら、酷薄な目で、城の主が目の前の罪人を睥睨する。
壁際には城詰の兵士たちと、挑むような目で見つめる、赤いネコの模造人。
下への階段の前には、怒りを隠しもしないオーガの姿があった。
「貴様の縛を解き、放免とする」
探るような眼をしていた磨平は、下卑た笑みを浮かべた。
「へっ、結局はそうなるかよ。腰抜けども」
それには、誰も答えない。そのことに気をよくしたのか、チンピラは思うさま、罵詈雑言を吐いた。
「テメエらも、あのPとか言うチビが怖えんだよな? オレを殺せば、アイツの決めたルールを破って死ぬからなぁ」
この街に置いて課された『他者を殺すなかれ』というルールは、俺たちによる私刑も禁じている。
たとえどんなに、こちらに理があろうとも、どれだけ慕われていようと、誰かを殺した者は、街の権力によって裁かれる。
「別に、縛り付けて処刑しても構わねえぞ? そしたら、それをやれっつった奴も、街のキソクで、ぶっ殺されるだけだからよぉ」
そして磨平は、この街に隠されたルールである『生殺与奪を住民が握ってはならない』というPの意図を、十分に理解している。
他者の死に関与した者だけでなく、命令した者も、同罪であるとされることを。
「磨平ァ、あんま吹き上がってっと、潰すぞ?」
「おお、おっかねえ。オレに腹ァかき混ぜられて、良く生きてたなぁ、ヘタレの佐川さんよぉ、へへへ」
傷つけるまでは合法、殺してしまえば違法。
そのギリギリのチキンレースを生き延びつつ、磨平は暴虐の限りを尽くしているんだ。
「だが、その定めも、貴様が自裁すれば、例外となろう」
「じさ? ああ、ジサツ、ジサツね。へへ、ひゃはははは、だぁれがやるか、ボケ!」
そうだ。
この街には残念ながら、結構な数の自殺者が出る。それに関しては、誰も咎めない。
「そして、迷宮での死は、計上されぬ」
「あー、そっすねえ。そりゃ怖えな。オレをダンジョン中へ連れてって、ぶち殺す? いい考えだねぇ。早く連れてってくれよ。なあ、ほれ」
もちろん、それは街の法を逃れる一つの手だ。
だが、あそこは処刑場ではなく、危険なトラップやモンスターがうごめく、俺たちにとっての敵地だ。
万が一、磨平に有利な状況ができた場合、永遠に取り逃がす可能性がある。
「まったく、テメエらときたら、クソみてえな甘ちゃんで、ゲボがでるってやつだ! オウサマだギルドの頭だって言って、結局、誰かにヘコヘコして、生きるしかねえんだからよぉ」
煽り立てる磨平、周囲のヘイトを集め続け、俺たちに手を出させようとしている。
この中の誰かがこいつを痛めつけ、それが元で死を迎えれば、その人物を道連れにできるというわけだ。
「おら! ヘタレ共が! 来いよ! オレをぶっ殺して見せろ! そんで、オレと一緒に死んじまおうぜ、ギャハハハハハハハ!」
「なるほど、それが貴様の主張というわけだ」
「ああ?」
大川さんはもう、磨平を見なかった。
瞳を、佐川さんを、そして、俺を見た。
「貴様を放免するために、一つ条件を付ける」
「しらねー。勝手にホエてろボケ」
「磨平、それを飲めばくれてやるよ。『ローンレンジャー』のギルド、その権利をな」
さすがに、磨平は態度を改めて、佐川さんに向き直った。
「テメエのクソギルドは潰れたろ」
「資金さえあれば、申請は可能だ。そして、その出資も『奈落新皇軍』がやってくれる。お前はただ、俺たちの出す条件を、飲めばいい」
「言えよ。聞いてやる」
俺は、磨平の前に進み出た。
「んだテメエ、ザコネズミが、クセエから散れや」
「三か月後、俺のパーティの代表者と決闘しろ。それに勝てたらギルドはお前のものだ」
「……ぷ、はっ。はは、ハハハハハハハハハハハハハ!」
オーケイ。予想通りの反応どうも。
とはいえ、嫌とは言わさねえぞ。
「なに笑ってんの? 俺らが怖くて気でも狂った?」
「ああ!? 舐めてっと」
「殺せよ。んで、オレと一緒にじばくしよーぜぇ、ヒャハハハハハハ」
あー、もう。こういう品性のないやりとり、二度とやらないからなっ!
だが、さすがに磨平は、冷静だった。
こいつの実力なら、俺を殺すなんて簡単。そして、簡単にこいつの命が弾ける。
「吹き上がってんじゃねーよ、チンピラ。俺も殺せねえヘタレの分際で」
「……っ!」
「悪いけど俺、いっぺん自殺してんだわ。今更、命なんて惜しかないし、テメエみたいなカスチンピラを始末できるなら、喜んでやってやるよ」
心底嫌そうな顔で、磨平が視線を逸らす。
街のルールは絶対だ。それを逆手に取っているように見える磨平も、うっかり弱い住民を殺せば、ルールによって殺される。
だから散々、俺たちをいたぶりながら、最後の一線を超えないようにしていたんだ。
「勘弁しろ。こんなザコけしかけて、テメエらは高みの見物か?」
「違う。お前みたいなチンピラに、俺たちが負けるわけないって、分かってんだよ」
俺の言葉に、磨平の安くてチンケなプライドが、震えた。
同時に、周到な言葉で、自分の逃げ道を確保した。
「こいつら鉄砲玉にして、オレをハジこうってんなら、お断りだ。こいつら殺しても、問題ないようにしろ。どうせできねーだろうけどよ」
「Pの館に確認済みだ。正式な決闘の形式にするなら、闘技場に掛けられた特例と同じく扱うってな」
そう、この街で死が咎められない、もう一つの特例が、大川さんの闘技場だ。
今時決闘裁判とか、日本から文明人を転生させてやらすことかよ。Pの野郎、後でぜってー殴る。
「つまり、お前は俺らの代表を、決闘場でぶちのめせば、晴れて無罪放免。ギルドも手に入って悠々自適ってわけだ」
「気に喰わねえな」
野生のケモノって奴は、ホントめんどくさいなあ。ここまでやって、かえって警戒心を強めちゃったか。
でも無理、お前はもう、逃げられないんだよ。
「さて、ここで皆さんお立合い、『てなもんや』さんから上がってきた、刷りたてほやほやのポスターですよ。とくとご覧あれ!」
俺は用意してもらっていた、B2サイズのポスターを床に放りだす。
そこに描かれていたのは、とんでもない代物だった。
画面中央部に、稲妻を思わせるフォントで描かれる『PUNISHMENT(処刑)』という文字。
そのすぐ下には『悪党よ、震えて眠れ。試合のゴングがお前の弔鐘だ!』、というアオリが入っている。
何より目を惹くのは、大写しになった主役――こっちを見て、一生懸命に真剣な顔でファイティングポーズをとる、文城の顔だ。
画面下部手前には、あらん限りの手を加えて、悪人面を際立たせた磨平が、こちらを挑発するように中指を立てている。
そして、今から三か月後の天覧闘技場にて、二人の試合が執り行われる旨が、記されていた。
「……んだ、このっざけたポスターはよおおおおおっ!?」
「ふ、はははっ、ははははははははははははは!」
大川さん、大爆笑。
兵士の皆さんも必死に笑いをかみ殺し、瞳は目を輝かせて大喜びだった。
「うっそ、こんなの私、聞いてないって! マジなの!?」
「マジも大マジだよ。このクソチンピラを、うちの文城が」
「ナッダッウラァッ!? ツッアガッコラアァアアアアアアッ!?」
うわキツ、知性の死んでるチンピラが叫ぶ、意味不明の威嚇音ってやつか。
マジでキレてんのな、ざまみろ。
「ッザッ! ざけん、なぁっ! あ、あ、あの、クソ、クソがァアッ!?」
「ちなみに磨平さーん。これ、街中に貼っちゃったんだよね、け・さ・が・た」
「ハアアアアアアッ!?」
磨平は目を血走らせ、怒声をぶちまけて、こっちを睨む。
あ、ヤバい。これ以上煽ると、たぶんここで殺されちゃうわ。
そんな俺の前に、佐川さんがずいっと、進み出た。
「逃げんのか? 磨平よぉ」
オーガのいかつい顔が、最高のアオリスマイルで、ライオンに額を近づける。
「いいぜ、逃げろよ。このタマナシのチンカスが! 街中にテメエの恥、貼り散らかされたまま、ガキみてぇにピーピー泣いて、逃げ回れや!」
「……後悔すんなよ」
磨平の顔が、冷たい怒りに沈む。
「そのブタ、バラバラに引き裂いてやっからな、ゴミ共」
静かになった評定の間で、誰からともなく吐息が漏らされる。
磨平は連れ出され、二十一階の『ベース』に軟禁されることになった。あそこには店もあって、本人にもある程度の小遣いが渡されている。
「獄層に逃げる、なんてことは、考えられないんですか?」
「それなら、俺たちの手間が省けるな。磨平は手練れだが、獄層は『一人で行けるような場所じゃない』」
俺としては、磨平の奴に妙な仕掛けをされたくないから、見えない場所にいて欲しくないんだけど。
そんな不安を感じ取ったのか、佐川さんは俺の肩をポンと叩いた。
「あれだけ煽ってやったんだ、逃げることはないさ。他人から舐められたままなんて、アイツに、耐えられるわけがない」
「しかも、挑戦者が文城ですからね。あれが紡や柑奈なら、のらりくらりとかわしてたでしょうけど」
「とはいえ……よもや文城を代表で出すとはな」
大川さんの顔は、珍しく不安と思案で揺れている。
もちろん俺もそうだったし、この話をコウヤから聞かされた全員が、ほぼ同じ顔をしていた。
「あいつは今、コウヤのところで修行中です。今の自分よりも、強くなるために」
「そして、磨平は克己の試練としては格好の相手、と言う訳か。あの竜め、味な真似を」
「でも、大丈夫なの? これだと三か月くらいしか、余裕がないけど……」
当然の質問だけど、俺は両手を上げてそれ以上の言葉を遮った。
「敵を欺くにはまず味方から。皆さんに話して、そこから磨平に悟られても困ります」
「戦場で、敵を知らぬことほど恐ろしいものはない。よかろう、貴様らに任せる」
「文城もいよいよ本気出してたかぁ……不謹慎だけど、すごく楽しみ!」
「それにしても……傑作だな、このポスター!」
それは笑う、というより、うらやましがる、という風情だった。
子供のように目を細め、ぽつりと、呟いた。
「開始時間的に、前座を一つ、入れてもいいな」
「佐川さん?」
「……冗談だよ。忘れてくれ」
「いいんじゃないですか? 今回のアイデアは、あなたの発案ですし」
その顔に、瑞々しい喜びと期待が、あふれ出していた。手元のポスターを愛おし気にさすり、やがてすべての表情を、苦い笑いの悲嘆に変えた。
「やめておこう。メインイベンターは福山君だ。彼の晴れ舞台を、穢す気はないよ」
「……すみません。出過ぎた真似でした」
「『ベイジャー・佐川』は、もう死んだんだ。気にしないでくれ」
今回の作戦を立てるにあたって、磨平をいかに勝負の舞台に上げるかが問題になった。
狡猾で残忍、自己保身に長けたあいつを、確実に逃げられなくなるする方法。
『任せてくれ。そういう事には、経験がある』
佐川彩羅。元プロレスラー、リングネームは『ベイジャー・佐川』。
地方巡業を中心にした団体で活動し、大きな舞台を踏むこともないまま、練習中のケガが原因で死去、ここに堕ちてきた。
観客の興味をあおるため、リングの内外で行われるパフォーマンスは、彼らプロレスラーにとっての日常であり、それを磨平への罠に変えた。
「これが『ローンレンジャー』の『座長』だった、俺にできる、最後の仕事だ」
彼の決意を胸に収め、俺は改めてポスターを見る。
そして、苦笑した。
「ぜんぜん、迫力ないなぁ」
ポスターの文城は、かわいいネコ顔のままだった。