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17、僕との決別

 ムーラン・ド・ラ・ギャレット襲撃は、大きなニュースとなって街を駆け巡った。

 主犯の磨平一派は残らず逮捕され、いくつかのギルドにわけて収監されている。そのうち何名かは、Pの館に引き渡され、壁外追放を受けた。

 見舞いに行った時、佐川さんはこの世の終わりみたいな顔をしていた。

 付き添ったコウヤが、かなりクソ外道な発破を掛けてたっけ。


『責任取って、腹を切るとか抜かすなよ。迷惑こうむって死んでった皆さんの分まで、百年でも二百年でも、恥をさらして生きてけや』


 あいつのメンタリティは鎌倉武士かなんかなの? 紡といいコウヤといい、戦闘職はみんな、ああじゃないとダメなんかねぇ。

 てなもんや新聞には、一連の事件について、元町さんの辛辣な『社説』が載っていた。


『他者への共感と利益交換に基づく社会性こそが、我々を困難に立ち向かえる、集団たらしめる。同時にそれは、身内びいきと馴れ合いの温床でもある。いかなる組織も、腐敗とは無縁ではない。そのことを、我々は今一度、思い起こすべきだろう』


 そうだ、これは『ローンレンジャー』だけの問題じゃない。

 むしろ『ムーラン』の方が、事態は深刻だった。

 ヒトに優しく、弱者にいたわりを、うららかな、心優しい願いだ。

 同時に、その優しさがどういう風に作用するのかを、俺はこの一月余りのあいだに、思い知っていた。

 仲代君や柚木は、乙女さんの気持ちを汲んで、歩き出して行けた。

 氷橋すがはし古郷こざとは、彼女に甘えて、自分を堕落させた。


「ほんと、ニンゲンて、難しいな」


 同じように接しても、決して同じにはならないこと、それがニンゲンの個性だ。

 どうすれば正解なのかなんて、答えはどこにもないんだよな。


「で、さっきから新聞片手にたそがれて、いいご身分ね、リーダー?」


 メイドさんに叱られて、俺はカウンター席から飛び降り、店内を見渡した。

 襲撃の痕跡はきれいさっぱり拭われて、完全リニューアルしたムーランでは、結構な数のスタッフが、立食パーティの準備を進めていた。

 店長の快気祝いで、ギルド内のささやかなお祝いをすることになったのだ。


「新しい店長補佐の補佐として、今日まで頑張ってきたでしょー。メイド長補佐さん?」

「その肩書も、今日で終わりだけどね。あたしもメイドさん卒業だし」


 ムーランの組織改革は、だいぶ進んでいた。

 あの『食事会』以降、スタッフに何人かの『長』を置き、それぞれに責任を分担することにしていた。

 柚木は店長補佐として、メイド喫茶と銭湯のスケジュール管理や資材の発注業務を。

 明菜さんはメイド長として、メイドたちの教育指導を。

 乙女さんはそれを監督し、厨房を中心に活動する。


「それにしても、出戻り組が多かったのは意外だわ」

「親元のありがたさって、出た後に気づくもんだよ。それに、再度出てく奴もいただろ」

「柚木、嫌そうな顔してたよね。あいつまた、ボッチになんなきゃいいけど」

「たぶん、大丈夫じゃないかな」


 裏口近くで、シャムネコとロップイヤーが顔を合わせて、何事かを相談している。

 柚木はおとなしく明菜さんの意見を聞き、対するメイド長の見落としを、店長補佐が

丁寧に修正していた。


「職場恋愛は事故の元、って頭はないわけ?」

「しばらくは大丈夫だろ。柚木の奴、堅物で鈍感だし」

「いざとなったら、あたしがやらしい雰囲気にしてあげるか」

「馬に蹴られて死んじゃうから、やめときなさいって」

「おい小倉!」


 こっちの会話を知ってか知らずか、キレ気味に柚木は俺に怒鳴ってきた。


「そろそろ店長迎えに行けよ! メインの料理、作り始めるから!」

「了解。じゃ、ちょっくらいってくるわ」


 表に出ると、胴鎧に朱槍を掲げた足軽のヒトが、軽く礼をしてきた。


「お疲れ様です。交代はされました?」

「お気遣い、痛み入ります。そこもとは、半刻はんときばかり前に、受け持ったばかりでありますゆえ」


『奈落新皇軍』のお侍さんは、みんなこういう喋りをする。時々、練度が足りなくて、普通の言葉遣いのヒトもいるけどね。


「交代の時には、上がって飯でも食っていってください。大川さんからも、許可を貰ってますから」

「かたじけない」


 磨平の一件以来、大川さんも宇藤さんも、結構神経質になっていた。何度か辞退したんだけど、ならず者に示しを付けるためということで、守衛として兵士のヒトを送ってくれるようになっていた。

 乙女さん、ホントにあの二人から好かれてんだなあ。

 通いなれてしまった病院までの道を行くと、途中で意外な人物に出会った。


「あ、孝人さん! こんにちは!」

「お疲れ様です」


 瞳と北斗のペアは、それぞれ土産を手に持っている。


「もしかして乙女さんのお見舞いか? 悪いけど、今日退院なんだよ」

「知ってるよ。だから、快気祝いに合流するの!」

「知ったのはついさっきだろう。だから君は、行き当たりばったりじゃなくて、少しは計画性ってものを――」


 病院の玄関先につくと、乙女さんを囲うようにして、紡たちが俺たちを待っていた。

 まったく、一月余りの間に、こんだけ医者の世話になるとは。

 そんな集団の中に、少しイレギュラーなヒトが混ざっていた。


「佐川さんも、退院されるんですか?」

「……すでにしていたんだが、無理にお願いして、尾上さんの護衛にな」

氷橋すがはしも、大丈夫なのか?」


 文鳥の模造人モックレイスは黙って頷く。やつれた感じはあるけど、目の色も落ち着いていて、だいぶ穏やかな雰囲気になっている。

 そんな氷橋を、佐川さんが抱き上げて、肩に乗せた。


「え? いや、どういう関係?」

「入院中、暇だからって乙女さんがさー」

「あっ、ダメ、紡君! 孝人君にはないしょって」

「おーとーめーさーんんんんんんん!?」


 ったく、このヒトはぁ。

 ケガ人なんだからおとなしく療養して、骨休めしろってあれほどいったでしょうが。


「療養中の患者に、彼女の『ギフテッド』で、温浴治療をしていたんだ。俺と氷橋君が、その手伝いにな」

「そん時に仲良くなったらしいぜ。おもしれーよな」


 うん、ホント面白い。

 たぶん、こんなことでもなければ一生、つるむこともなかった二人だ。

 人間万事塞翁が馬、むしろ禍福は糾える縄の如し、ってか。


「今後はどうするつもりですか?」

「二十一階のギルド本部を売った代金で、『ムーラン』の裏手のビル買い取った。しばらくはそこに住んで、やるべきことを探すつもりだ」

「私も、そこから通う、と思う」


 小鳥と大男か。なんとも言えない組み合わせだけど、余人が何か言うこともあるまい。

 それに、佐川さんが近くにいるってのは、防犯上も悪くない。


「なんでえ、ずいぶん大所帯じゃねえか」


 ふらりと現れたコウヤは、一同を見回すと、背中を向けた。


「ってどこ行くんだよ」

「こんだけ揃ってりゃ、用心棒なんて必要ないだろ。『大しけや』で飲みなおしてくる」

「仕事をしろよ酔っぱらい」

「だぁってよぉ」

「師匠!」「コウヤさん!」


 瞳がシフトして先回りし、反対側を紡が塞ぐ。

 そして、口々に要求をわめきだした。


「俺に修行付けてくれ! 二度とあんな負け方、したくないんだ!」

「わたし、もうすぐ紡に追いつかれそうで! だからもっと強くなりたくて!」

「だぁっ! ひっつくな! うっとうしい! そういう暑苦しいのはやめろおっ!」


 子イヌと子ネコにじゃれつかれ、珍しくコウヤが悲鳴を上げる。そんな様子を見て、佐川さんは、ぼそっと呟いた。


「できれば、俺もお願いしたい」

「聞こえてんぞそこぉっ! 俺ぁそういうスポコンが大っ嫌いなんだよ! あっちいけ、しっしっ!」 

「ケチケチしないで付き合ってやれよ。報酬だって」

「俺は弟子を取らねえ。いや、取れねえんだよ」


 仏頂面で子供らを押さえつけるコウヤは、気が進まなさそうに、吐き出した。


「うちの家督は兄貴が継いだ。家伝の剣術は甥っ子が継いでね。んで、俺は家長と師範代両方から、勘当かつ破門されてる。そんな俺に剣を教える資格はない。たとえ生まれ変わろうと、そこだけは曲げられん」

「勘当かつ破門って、何やったらそんな役満案件になるんだよ」

人を斬った(・・・・・)。ちなみに、日本の法律には触れてないから、安心しろ」


 その発言のどこに、安心要素があると思ってんだお前は!

 見ろ、居並ぶ皆さん、ドン引きパラダイスじゃねーか。


「な、納得いかないけど、納得するしかない……のかなぁ」

「なら、俺と勝負してくれ! 強い騎士は手合いで学ぶって、漫画で読んだぞ!」

「瞳はともかく、紡には絶対、なにも教えてやらん」

「なんでオレだけ!?」


 小馬鹿にしたように、コウヤは紡の額を指ではじいた。


「あんなカスチンピラの、ショボい『ギフテッド』にやられやがって。その程度で、修行とか抜かしてるお前に呆れてんだよ。佐川、お前もだぞ」

「ちなみに、その『ギフテッド』って?」

「本人サマが言うには『未来予知』だとさ。数秒先の未来が見えるとよ」


 えええええええ、どこがショボいんだよ。充分チートじゃねえか!

 

「創作だと、その予測を超える速度で動けば、いくらでも対応可能って話だけど、そんなにうまく行くのか?」

「オレ、早さも反応も、自信あるんだけど。あいつはなんか、違うんだよ。完全に逃げ道塞がれてるって言うか……」


 未来予知って、そういう事だもんな。とはいえ、コウヤ自身は磨平に対応してたし、なにか、秘密があるのかもしれない。


「それじゃ! 私とは勝負してくれるんでしょ!?」

「やだ、絶対に」

「えー、なんでぇ!?」

「瞳は教えると、強くなっちゃうから。そんな相手すんの、めんどくせーしぃ」

「うわ、理由がクズぅい」


 とはいえ、コウヤの発言から分かったこともある。

 俺はしょんぼりしている二人組に、注釈をつけることにした。


「紡、コウヤの言ってること、ちゃんと聞いとけよ?」

「……どういうことだ?」

「今の磨平とお前は、そんなに違わないってことだよ。たぶん何かの見落としとか、そういう程度の違いだ。実力差があるなら、こいつはちゃんと言ってる」

「ありがとう師匠! オレ、もう負けないからな!」

「チッ……余計なことを」


 白い狼は、尻尾をブンブン振り回して興奮しきりだ。

 落ち込んでる紡なんてらしくないし、さっさと元気になってもらった方がいい。


「ちなみに、瞳の方は今後の伸びしろで、コウヤ越えもあり得る。良かったな、天才剣士様のお墨付きだぞ」

「あ、そういうことか! よーし、がんばっちゃうぞー!」

「覚えてろよオマエ。あとで仕返しすっかんな」


 いつまでも、意味深なこと言うぶらぶらおじさん役なんて、させてやるかよ。

 それに、こいつの思惑も、なんとなく見えてきた。


「俺らの実力が上がるのは、そっちにだって悪い話じゃないだろ。あのギルドに所属してる以上、一緒に獄層入りってのもあり得るからな」

「しばらく低階層で、のんびり遊んでろよ。焦りすぎて、つまづいても知らんぞ」

「ご忠告どうも。うちパーティはみんな、成長著しいんでね。期待してていいぜ」


 コウヤは笑いながら歩き出し、みんなもそれに従う。

 だが、一人だけ、その場から動かない影があった。


「コウヤ、さん」


 丸くて太い、ハチワレネコの青年は、うつむきながら、告げた。


「僕、どうしたら、強くなれますか」


 俺は文城に駆け寄ろうとして、長刀の鞘に遮られた。

 同時に、乙女さんが、赤い右腕で押しとどめられていた。

 俺たちと、文城。

 まるで測ったように、切り分けられていた。


「どうして、それを俺に聞く」

「教わったから、孝人に。分からないことは、知ってる人に聞けって」

「なるほど。道理だ」


 遮っていたものを収めて、竜は猫に近づいた。


「どうして、強くなりたいと思った」

「僕の、せいだから」


 震える小声が、次第に大きく、強い意思を主張していく。


「僕が、磨平、なんかに、頼まなかったら。僕が、最初から、ダンジョンに、行けてたら……みんな、ケガしなくて、済んだから!」

「文城! それは」

「自分の弱さが許せなくなった、ってことか?」


 頷く文城に、ため息のような息吹が、肯定を告げた。


「克己のために力を求める。それは正当な動機だ。それで、お前はどんな力を望む?」

「道具じゃ、ない、力が、欲しいです」


 その言葉は、俺の反論を完全に封じていた。ウィザードの時の活躍を、文城は自分の成果に入れていない。いや、それ以上のことを考えていた。


「北斗君が、言ってました。獄層攻略は、みんなが強くないと、ダメだって。お弁当も、親方の道具も、僕の力じゃ、ないから」

「己の実力を正当に評価する。それは力を求める者に、必要な賢さだ」


 賞賛を口にしながら、コウヤは文城の背後に回り込んで、少しだけ距離を取った。

 ちょうど文城を境界にして、俺たちと竜の側が、二分されるように。


「選べ、文城。どちらかを」

「コウヤさんと、みんな?」

「孝人たちを選べば、お前はこれまで通りでいられる。みんなと楽しく暮らしながら、自分なりの人生を歩めるだろう」


 文城の丸顔が、不安に歪む。ほんの数メートルの距離なのに、俺とあいつの距離が銀河の端ほどに、へだたっている気がした。


「俺を選べば、今までのお前は、消えてなくなる。武術とは、『暴力』という業を、己に刻むことだからだ」


 その言葉には、重みがあった。さっき言ってた『人を斬った』話、あれも含めて、コウヤは文城に選択をさせようとしているんだ。


「や」

「弁えろ! 馬鹿共」


 誰かの抗議を、剣士は言下に斬り捨てていた。

 それ以上は、なにも言わず、ただ静かにたたずんでいる。

 この場にいる全員、文城にそんな選択肢を選んでほしくないと、思っているはずだ。

 俺だって――いや、そうじゃないだろ。


「みんな、目を閉じてくれ」


 コウヤがにらみつけるのも構わず、俺は告げた。


「文城の決断を、邪魔しないように」


 俺はそのまま、視界を閉ざす。たぶん、他のみんなも、してくれると信じて。

 これが今できる精いっぱいだ。あいつが、心のままに選べるように。


「ありがとう、孝人。みんな」


 足音が、離れていく。


「強くなりたいから。僕、行くね」


 二つの足音が、遠ざかっていく。


「折角だ。そのまま目を閉じてろ。三十数えたら、開けてもいいぞ」


 ゆっくりと三十、数え終わる。

 見開いた先、愛嬌のある丸っこい姿は、どこにもなかった。

 その日を境に、福山文城は、俺たちの前から姿を消した。

 


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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。 [一言] 彼がどういう覚悟で選んだのかは全く理解してませんが、きっとそれはとても彼らしい理由なのだと思います。 彼はアイドルやマスコットのように愛されていました。 彼の…
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