13、ケモノたちの謝肉祭(後編)
ムーランの店前には、大きな円卓が設置されていて、その周囲にギルドの長、あるいは代理人が座っていた。
(殿様の脇を、二つの戦闘ギルドが固めるのは、いかにもな感じだな。そこから隣り合って、付き合いのあるヒトや、好意を持ってるヒトたちが座る感じか)
瞳の右隣にはクリスさんや倭子さん、佐川さんの左隣には親方と山本さん、戦闘系ギルドの対面に座るのが、三根先生と元町さんに一宮さん、そして乙女さんか。
戦闘、製造、情報と生活支援。席順はこちらが指定したわけじゃないけど、綺麗に分かれているのが面白いな。
「それでは皆さん、グラスをお取りください」
ホスト役の乙女さんの合図で、メイドさんたちがそれぞれの客に飲み物を注ぐ。
これこそ、ムーランが『スーパー銭湯メイドカフェ』なんて、ねじれた業態を運営している理由だ。
すべては『食事会』の予行演習、必要なスタッフ育成と確保のために。
「皆さん、お忙しい中、お集まりいただき感謝します。『食事会』の開催を宣言と、皆さんの健康を祝して、わたくし尾上が、乾杯の音頭を取らせていただきます」
グラスを掲げると、乙女さんはみんなを見回し、宣言した。
「今日の息災と、明日のええことが、続くことを祈って、乾杯」
『乾杯』
なんでちょろっと関西弁? と思いつつ、元々の挨拶をしていたヒトの宣言を、引き継いでいることに気が付く。
みんなが儀礼的に盃を干し、給仕係が料理の皿を出していく。
いわゆるコース的な、均一の物じゃなくて、それぞれの好みにあったものが提供される形を取っていた。
殿様と卯月さんは和食、瞳は山盛りのどんぶり、佐川さんのは厚めのステーキ。
クリスさんと倭子さんは、酒に合うオードブルや串焼き、親方と山本さんは大ぶりな焼き魚。
元町さんは徳利の酒と酒盗を幾らか、一宮さんは水とクラッカーに果物、三根先生は果物とクリームが乗ったパンケーキ。
そして、乙女さんの料理は、それぞれに提出されたものを、少しずつ皿に盛った形だ。
毒見役というわけでもないんだろうけど、何かの気遣いなのは確かだ。
「孝人君」
みんなが食事に手を付け始めた頃、彼女は俺を振り返った。
「文城君の見届け役、よろしくね」
「分かりました」
俺は深呼吸を一つ、打ち合わせは済んでいるけど、やっぱり緊張すんなあ。
「文城君、本当にいいのね?」
問いかけられた文城は、顔を硬直させながらも頷いた。
「は、はい。大丈夫、です」
「他の人たちの報告もあるから、食事でもして待っていてね」
乙女さんの指示で椅子がやって来て、俺たちも腰掛ける。目の前に酒とオードブルが出されたが、手を付けていいもんだろうか。
ここにいるのは全員ギルドのトップで、その側近でさえも、相席することが許されていない。おそらくセキュリティ上の理由なんだろうが、こんな席で飲み食いできるほど、神経太くないぞ。
「それでは、大川さん。今回の遠征について、お話をお伺いしてもよろしいですか?」
「よかろう」
自分の前の膳を下げさせて、クマの模造人はゆっくりと語り出した。
「今回は街の北方、百キロの地点まで進軍した。前回築城させた山城は跡形もなく、バケモノどもにより壊滅。やはり、この街以外で人為的な構築物を残すには、防人を置くよりほかはないようだ」
初めての時のツッコミは、的を射ていたわけか。単なる建造物にも、魔界のバケモノは旺盛な攻撃性を示すと。そういや、鈴来の壁画の時も、壁にバケモノがぶち当たることがあるって言われてたっけ。
「半年ばかりは、【驚天】の修繕と改修、新兵器の開発や練兵のため、街に滞在することとなろう。塔の迷宮へも派兵を行うつもりだ」
「やれやれ。俺らの仕事は邪魔せんでくれよ、殿様」
渋い顔の親方が、ぞんざいに抗議を上げる。
殿様の軍隊が入っちゃうと、攻略できる人数上限に抵触することになるだろうな。
「協定は守ってくれ。その代わり、月に二度は、あんたらの兵隊の貸し切りってことで」
「よかろう。山本もそれでよいか」
「構いませんよ。むしろ私の方は、上層と獄層の攻略で協力できるかと。外征組の戦闘経験を共有できれば、こちらにも益があります」
親方とは交渉、山本さんとは協調。こういうところに強権を行使しないのが、街の四分の一を牛耳っているニンゲンを、受け入れさせている秘密か。
「我からは以上だ。壁外にて捕らえた獲物を、市場へかなりの数流したが、何か障りはあったか?」
「むしろ潤って助かったよー。このところ緑獄の崩落も無くて、お肉の備蓄が心もとなかったんだー」
「それでは! 『インスピリッツ』からの報告、よろしいでしょうか!」
倭子さんが元気よく手を挙げて、用意していた大きな地図のような物を広げる。
それは、俺がまだ見たことがない、塔の上に広がる、獄層の見取り図だった。
「二十一階、獄層観測班からの報告によると、ここ一月で、肉獄と緑獄、二つの獄層の膨張が確認されました! 予測では、あと三か月程度の後、二重崩落が起きる可能性があるとのことです!」
「そういえば、機獄から帰ってくるとき、ものすごい勢いで二層が食い合いしてたよ。そっかぁ、二重崩落かぁ」
「獄層攻略組に、可能な限りの剪定をさせたほうがよさそうですね」
しれっと、会談に混ざり込んでいる北斗。ていうか、細かい報告作業は、瞳じゃ無理だろうから、北斗がやってるんだろうな。
「獄層の話題が出たので、『涯を追う者』から一点、発言の許可をお願いします」
「どうそ、北斗君」
北斗は倭子さんの略図に、俺製の色鉛筆で、機獄層の所に丸を描いた。こいつ、いつのまに入手してんだか。
「今回の遠征で、機獄層のコアらしきものが納められた、玄室を確認しました。これで、肉獄を除く三層において、コアが確認されたことになります」
「ということで、『ホライゾン』から各ギルドへ、長期クエストの依頼ね。わたしたちと協力して肉獄層のコア探索! 協力できそうな人は、連絡お願いします!」
クエストには、各ギルドから依頼されることもあるとは聞いたけど、こういう風に提案されるのか。
そして、肉獄層の深部攻略。今の俺たちじゃまったく関われない案件だけど、長期だっていうならワンチャン、ありそうかもな。
「すまない。獄層に関しては、うちからも一つ、ある」
おおう、針の筵状態で、それでも頑張って発言か。なるべく顔に苦痛を浮かべないようにして、佐川さんは発言を始めた。
「中央の『蕾』の攻略は、今回で完全に行き詰った。四方向から伸びる階段と、閉ざされた扉から、何らかの鍵が必要らしい。出てくる敵も明らかに、他の四層とは違う。うちも……だいぶ手勢を失った」
ここまでの発言で、俺は獄層の構造を何となく把握した。
四つの層はお互いを『食い合い』、栄養を得て増殖、膨張していく。それが限界を超えると落ちてくる。それが『獄層崩落』だ。
そして、それらを無視するように、中央にそびえた『蕾』が存在していて、内部への侵入を拒んでいると。
そんな分析をしている俺をよそに、瞳が沈痛な面持ちで問いかけた。
「あの、ごめんなさい。もしかして、上のホームに、木賀田さんや近江さんが居なかったのって……」
「撤退時に、殿に立ってもらった。俺たちが全滅せずに戻ってこれたのも、木賀田のパーティのおかげだ」
「彼女の隊がロストしたのは痛手でしたね。今後はどうされるおつもりですか」
ここでそういうことを聞くかぁ? まずは弔辞を述べるところだろうがよ!
俺の無言のツッコミは当然、冷酷シェパードの耳には入らない。代わりに、だいぶ力を落とした佐川さんの、短い答えが返った。
「その話は、後だ。他の人の報告を進めてくれ」
「では、僭越ながら、『グノーシス』から、よろしいでしょうか」
ここで一宮さんか。グノーシスからの発言って、何があるんだろう?
「現在、北の結晶鉱山が活性化し、影響範囲を拡大しています。当寺院内においても異常存在の発生が頻発しており、可及的速やかな対処が必要かと」
「それは案ずるには及ばぬ。次期遠征の燃料確保に、近々、手勢を送る手はずだ」
「またぞろ妙な幻だの、見えないバケモンだのがうろついても困るからな。うちからも何人か行かせるわ」
「……感謝いたします」
戦力が出せる殿様と親方が、そろって意見を出す。
そういや、あの結晶ってそういう影響があるんだっけ。てことは、グノーシスの寺院もまた『別の脅威』に備えている場所ってわけか。
「それじゃあ、うちからも一件、いいかい」
「先生、おねがいします」
三根先生は冷めた目で周囲を見回し、つまらなそうな顔で告げた。
「全体的に医薬品が不足してる。ある程度在庫ができるまで、冒険者向けの販売は停止させてもらうよ。できれば緑獄あたりで、薬草摘みでもしてきとくれ」
「了解しました。アタックチームを、緑獄層に向かわせます」
「こちらでも消毒用アルコール、増産しておきますね!」
こっちは公衆衛生と医療関係か。ほんと、それぞれのギルドが、この街の運営に密接にかかわってんだなあ。
「それじゃ、あっしからも一言、よろしいですかい」
遠慮がちに手を上げたトカゲの模造人は、戦闘系ギルドの三人を見回した。
「毎度すみませんが、今回の遠征についての取材を、お願いしたいんでさ。大川さんところは従軍記者が入ってましたんで、原稿が上がり次第、見分をお頼みもうします」
「よかろう」
「コアの写真とかは撮れなかったけど、すごいもの一杯見れたから、期待しててね」
「……その前に、うちの連中の正式な訃報を頼む。取材は、その後でだ」
ああ、そうか。
てなもんや新聞って、そういう使い方もするんだ。ダンジョンの攻略情報だけじゃなくて、不帰になったヒトの情報も発信すると。
うちのメンバーの訃報なんて、絶対に載せる気はないけどな。
「それでは、最後にわたしからご報告と議題を」
それまで司会に徹していた乙女さんが、腰を上げた。それから、俺と文城を立ち上がらせて、軽く前に出す。
「事後承諾となってしまい、申し訳ありません。当ギルドにおいて、専属の冒険者パーティが発足し、そのメンバーとして、福山文城が加入することになりました。パーティリーダーはこちらの小倉孝人になります。以後、よろしくお願いします」
俺は軽く頭を下げ、文城もそれに倣う。
それぞれのマスターから拍手が起こり、歓迎する旨を表明してくれた。
「皆様もご存じの通り、福山文城について、当ギルド『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』と『てなもんや』が身元引受人となり、本人の意思を無視した勧誘、隷属の強制を禁じる協定が結ばれていました」
実際のところ、戦闘系どころか生産系でもない『ムーラン』が、ここまで発言力を持つ理由は、乙女さんの人徳によるものだろう。
大川の殿様を始めとして、佐川さんや親方、元町さんも彼女に思い入れがあるらしい。
なにより、今は亡き南条南氏の、『後継者』的な立ち位置にいることは明白だった。
「ある事案により、福山文城の滞留更新に問題が発生、緊急回避的に冒険者パーティを当ギルドにて結成、解決を図りました。協定に従えば、特定のギルドやパーティへの加入は認められていないはずですが、ご理解ください」
ここまでは、俺たちの立場の背景説明だ。
問題はこの後。
「……その後、小倉孝人をリーダーとした冒険者パーティ『パッチワーク・シーカーズ』名義で、福山文城は継続的に活動、現在に至っています。これは、言い逃れのできない協定違反です」
「然り。して、なんと申し開きをする?」
殿様の発言に乙女さんは笑い、元町さんに頷いてみせた。
「福山文城の保護に関する、協定の破棄を、提案します」
「よろしいんですかい? それを破るってことは」
「もう文城君は、私たちが守ってあげなくても、やっていけますから」
「それなら、あっしからは何も言うことはありやせんよ」
元町さんは、着物の袂から一通の封筒を取り出して、中身を広げて見せる。文城に関する協定を記した書類だ。
名だたるギルドマスターの署名があり、その一番後ろに、震えたような歪んだ文字で、文城の名前が書き込まれていた。
「いいわね。文城君」
「……はい。乙女さん、元町さん、ギルドのみなさん」
丸顔のネコは、深々と頭を下げた。
「ありがとうございました」
乙女さんによって書類が破棄され、居並ぶ人々が、静かに拍手する。
俺は、自分の勘違いを思い知った。
このヒトたちは、利得のためだけに文城を取り合ったんじゃない。文城のことを心配したからこそ、それぞれの立場で勧誘していたんだ。
でなきゃ、あんな協定が成立するはずないもんな。
顔を上げた文城は、さっきまでと少し違ってみえた。晴れやかさと、誇らしさのような心情が見える気がした。
「そして、申し訳ありません。当ギルドからもう一件、議題があります」
「いや、尾上さん。そこから先は俺に言わせてくれ」
それまでの和やかな空気が、綺麗に消え去った。
オーガのギルドマスターは立ち上がり、淡々と事実を告げた。
「うちのギルドメンバー、磨平周が、福山君に支払うべき報酬を払わずに強奪した件。正式にこちらでも確認した」
佐川さんは俺の方に顔を向けて、頭を下げる。
「ムーランの専任パーティ、そのリーダである小倉さんからは『一切の謝罪、補償の必要はない。ローンレンジャー並びに磨平からの接触を禁じて欲しい』との要求があった。ギルドマスター、尾上さんも……その形で対応してほしいとのことだった」
佐川さんへの印象はだいぶ改善したけど、彼のギルドについては不明な部分も多い。何より、例の俺に対する襲撃が、磨平によるものらしいてんじゃ、なおさらだ。
「そこで……『ローンレンジャー』ギルドマスター、佐川彩羅から、この場を借りて、正式発表を行わせてもらいたい」
妙な物言いをした彼に、みんなの視線が集まる。
明らかに、こっちが出した要求を飲む、って感じではない。
「本日付けをもって、ダンジョン攻略ギルド『ローンレンジャー』を、解散する」
瞠目、驚愕、推察、あるいは諦念。
それぞれが浮かべた表情を、真正面から見据えて、男はもう一度頭を下げた。
その姿を、カメラのフラッシュが、さざ波のような音を立てて、洗った。




