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7、抜本的改革

「みんな、よく集まってくれたわね」


 いつもの『ムーラン』の店内に、乙女さんの声が響く。ただし、声を掛けている相手はお客さんじゃなくて、うちのギルドのメンバーたちだ。

 集まっているだけでも、五十名以上はいる。実は、店内に収まり切れなくて、店の外から中を覗き込むようにしている連中もいた。


「一昨日、『新皇』の遠征隊が帰ってきたのは知ってるわね? それで、先延ばしになっていた『食事会』が、十日後に開催されることになったわ」


 乙女さんの宣言に、みんながざわつく。その面子のほとんどは、俺より一つ分頭が大きい程度の、小柄な模造人モックレイスたちだ。

 荒事向きじゃない連中の互助を目的としたギルド『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』。

 そこに所属する彼らにとって、『食事会』は特別な意味を持っていた。


「いつも通り、ボーナスも弾むから、可能な限り協力をお願いね!」


 ボーナス、という言葉に沸き立つ群れ。

 だが、


「騒ぐ前に返事はどうした! 頼まれたんだから、はい、だろうが!」


 乙女さんの隣に陣取る柚木が、いら立った声を上げる。

 三々五々と返事が起こったけど、みんなの顔は沈み込み、不満げに歪んでしまった。


(言ってることは正論なんだけどなぁ)


 俺は知っている。なぜムーランの部屋住みが、俺を含めて七人しかいないのかを。


『あいつ、マジでウザいんだよね。朝は早く起きて集団でチケット取りに行けとか、暇してるなら自分の部屋を掃除しろとか。あたしらは子供かっつの』


 地獄を煮詰めたような嫌悪感をむき出しにして、柑奈かんなはぼやいていた。


『ヒトのことに口出ししまくってさあ。チケット取るタイミングだって、乙女さんは好きにしていいって言ってんだよ? あの仕切りが嫌で、みんな住みたがらないのよ。あたしも含めてね』


 チケットの取り忘れ防止に、部屋の掃除。一つ一つは理にかなってるんだけど、やり方が中学や高校生の生活指導なんだよなあ。


「参加希望者は、名簿に名前と希望部署を書いておいてね。決まり次第、やってもらうところを通達するから」

「チェックは俺がやるから、全員、今日中に提出しろ」


 組織を運営する以上、責任者として断定的な発言をする必要はある。

 でも、柚木のやり方は、他人を威圧しているだけだ。あれじゃ、どうやってもヒトは付いてこないだろう。


「私からは以上よ。それじゃ、なにか質問のあるヒトは?」

「はいはーい」


 集団の中から気の抜けた声が響き、軽く場が開いて、センザンコウの姿が現れる。


「ボーナスって、プラチケとかもらえるんですかー」

「さすがに、そこまではね。一番難しい仕事で、ログボが三枚の予定よ」

「えー、でも、文城たちが取って来れるんでしょー。いいじゃん、そんくらい」


 ……は?

 なに言ってんだコイツは。

 自分の言ったことを理解もしてないのか、へらへらと笑う古郷こざと


「あのね、小弥太君。あれはみんなが、ダンジョンで苦労してとってきたもので」

「それって、乙女さんの感想ですよね。別にアイツら、ケガとかもしてなかったし」


 ……へぇ、そうですか。

 そういうことを、仰るんですか。へぇ。


「別にどうでもいいから、そんなの。終わったんなら解散でいいでしょ」


 いかにも不機嫌でヒトを突くのに慣れた声。

 部屋の隅で、翼をいじっていた文鳥が、ふてくされた声を上げた。


「あと、私のシフト、まだ上がってないんですけど、休みの予定立てたいんで、早くしてもらえます」

「ご、ごめんね。『食事会』のこともあるから、今日中には」


 ふぅうううううううううぅ。

 だぁめだ。もう、限、界、だ。


「こ、孝人! お、落ち着いて、ね?」

「ダメだよ、ふみっち。こうなったリーダーが止まんないの、一番知ってるでしょ?」

「悪い文城、ちょっと荒っぽくなるぞ。あと柑奈、バックアップよろ」

「はいはい」


 とはいえ、北斗に指摘されたことを、忘れるつもりもない。

 クールになれ、孝人。

 鋼鉄の腕にベルベットの手袋を、って奴だ。


「店長、俺から発言、いいですか」

「あ……ど……どうぞ、孝人君」


 乙女さんの顔にあるのは、驚愕とかすかな怯え。

 ごめんなさい。俺、今からこのギルドの『これまで』を、ぶっ壊します。

 人波を掻き分け、カウンターの前まで来ると、スツールの上に飛び乗って、みんなを見回した。


「初顔合わせのヒトもいるから改めて。俺は小倉孝人、三か月前ぐらいにこっちにやってきた。今はこのギルドのメンバーで、最初の専属冒険者パーティのリーダーだ」


 俺の宣言に、ほとんどの連中が驚いた顔をする。

 文鳥のスヴィは嫌そうに視線を逸らし、ウサギの柚木は威嚇するように睨み、センザンコウの古郷は、きょとんとしていた。


「今のところ、メンバーは俺を含めて五人。そこに居る柑奈と文城、それと、今日は来ていない紡としおりちゃんだ。一昨日も、十階に入ってチケットを取ってきた」


 俺は二人を招き寄せ、脇を固めてもらう。それまで乙女さんの隣で存在感を誇示していた柚木は、彼女の陰に隠れてしまった。


「俺たちの目標は、塔の二十階を経て、獄層の攻略。そして頂上の蕾を目指すことだ」


 放たれた言葉の意味が理解されていくうちに、ギルメンたちは思い思いの反応を示していく。

 驚き、不信、警戒、あるいは侮り。


「ほ、ほんとに、十階に行ってきた、んですか?」

「そうだよ。もう三回目になる」

「なんで文城? そいつ、まともに動けんの?」

「この前、ウィザードを一体仕留めたぐらいには、動けるよ」

「その! わたし、戦うのとか嫌いで、このギルドに入ったんであって」

「別に、攻略の強制じゃないから安心して。今後の話のための前振りだから」


 次第に疑問の声が高まり、誰もが俺に問いを投げてくる。

 そんな状況に、柑奈が進み出た。


「みんな、落ち着いて! うちのリーダーから重大なお話があります! まずはそれを聞いてからね!」


 さすがは元アイドル。声の通りも掛けるタイミングもばっちりだ。

 ついでに、不満を口にしようとしていた柚木が、完全に出鼻をくじかれていた。


「これまで『ムーラン』には、周回可能な専属パーティがいなかった。そのことで、乙女さんはもちろん、みんなも不自由したと思う。今後、俺たちは、冒険のかたわら、みんなの引率業務を受け持っていくつもりだ」

「なんで引率なんだよ、けちくせーな」


 出たなクソガキ。

 俺は生意気な口を叩くセンザンコウに、笑顔を向けた。


「同じギルドのニンゲンなんだから、無料でくれてもいいじゃん」

「では貴方も、明日からギルドの仕事は無償でお願いしますね」

「な、なんでだよ!? そんなのぜってーヤダから!」

「はい。そういうことです。俺も無償なんてやるつもりはありません。貴方が嫌なんですから、俺も嫌です」


 言葉に詰まり、それでもごちゃごちゃいうガキを無視して、説明を続ける。


「交換レートはプラチケ一枚に対して、ログボ十四枚。経費ギリギリまで切り詰めて、このぐらいだ。ムーランのギルドメンバー限定のお値段ね」


 実際、甲山組でもログボチケットは二十枚からだから格安だ。俺の提示した話に、ほとんどのみんなが喰いついてくる。


「で、いつまでどうでもいい話、続けるわけ」


 まあ、さっきから文句言いたそうな顔してたから、来るとは思ったよ。

 俺はしかめ面の文鳥を、真正面から見据えた。


「次の『食事会』の取り仕切り、俺が店長の補佐に入る。もちろん、尾上店長が許可してくれるなら、だけど」

「ふ、ふざけるな!」


 さすがに黙っていられなくなった柚木が、『おかあさん』の影から出てきた。

 それじゃ、二人まとめて相手してやろうか。


「それは俺の仕事だ! 俺が現場責任者だぞ! 何の権限があって、そんな」

「勿論。権限はないよ。今はね」

「……どういうことだ」

「店長、『食事会』に関わる費用計算と、出納の記録。会場のセッティング指示に各ギルドへの協力要請、使用する食材や備品の発注と納品のチェック、当日のスタッフ割り当ては、誰がやってたんですか?」


 聞くまでもないことだけど、話の振りだからな、こういうのは。

 言いにくそうにしながら、乙女さんは事実を告げた。


「……全部、私よ」

「柚木氏の管轄は?」

「当日の品出しや、バイトの子たちの出欠確認と指示、あとは会場の後片付けね」

「でしたら、何の問題もないですね」


 なにが現場責任者だ、バカウサギめ。

 お前のは、ただのおママゴト。良くて高校の学園祭でやってる、喫茶店の真似事だ。


「要するに、面倒な裏方仕事は全部こちらで引き受ける、ということです。店長の手が空いて、バイトのシフトはすぐに決まるし、柚木氏の仕事もそのまま」


 とは言ったものの、これは久しぶりのブラック案件。

 約十日で、飲食アリのイベント会場セッティングとか。ダンジョンに潜る方がまだ気楽だぞ、クソッタレめ。


「でも……本当に大変よ? あなたたちは、ダンジョンの攻略もあるでしょ?」

「『食事会』は、各ギルドとの関係維持に必要ですし、こういう機会に顔を売っておくのも、後々の攻略に役立ちます。もちろん、報酬も貰うつもりですけどね」


 居並ぶケモノたちは、ほとんどがぽかんとした顔だった。

 なるほど、ここにいる連中のほとんどが、本当の意味での『仕事』を知らないのか。

 そういうことなら、教育してやろう。

 ブラック企業で磨き上げた、『仕事のやり方』というものをなぁ。


「後は、店長次第です。俺に責任者としての権限、みんなへの命令権を下さい。そうすれば馬車馬……いや、回し車のネズミみたいに、大回転してみせますよ」


 乙女さんは深呼吸をひとつした。

 それから、俺に片手を差し出す。


「よろしくお願いするわ、店長補佐」

「了解しました、店長」


 返事と共に互いの手を握り合い、契約が成立する。

 その時、思いもよらないことが起こった。

 柑奈が勢いよく、拍手をしたのだ。

 それにやや遅れて、文城が一生懸命、手を叩き始める。

 やがて拍手は、目の前の集団からも沸き起こって、大きな音の波になっていた。


(アシストしろとは言ったけど、やり過ぎだっての!)


 こっちの視線に気づいた柑奈が、軽くウインクする。

 俺は改めて皆を見回した。

 大抵のものは喜び、あるいは戸惑いのままだ。

 その中にいた小弥太は、訳が分からないまま拍手をして、スヴィは勝手に裏口の方へ出て行ってしまう。

 そして柚木は、すさまじい形相でこっちを睨んでいた。


「それじゃ早速、仕事を開始する! 三日以内に参加可能な作業を第三希望まで、紙に書いて申請してくれ! 望んだ作業でない場合でも、できれば参加してほしい。それでも難しい場合は俺か、柑奈に相談してくれ」

「え、あたしもやんの!?」

「アシスト頼むって言ったろ。超有能メイドの力、期待してるぜ」

「安請け合いするんじゃなかった……。しょうがない、了解しました、ご主人様」


 俺は文城を突き、そっと耳打ちした。


「文城は、あんまり喋るのが得意じゃない連中を頼む」

「で、できるかな」

「街の様子を探るのと同じだ。様子を見るだけでもいいし、作業の提出用紙を回収するだけでもいい。気になることがあったら、報告すること」

「わかった」


 さて、面倒なお仕事の始まりだ。


「今日はこれで解散! 何かあったら連絡するから、聞き逃さないようにしてくれよ!」


 

 店長補佐就任の次の日。

 俺たちは事務所に集まって、目の前に積まれた用紙の整理をしていた。

 意外な事に、提出期限を待たず、ほとんどの申請がそろっている。


「うちに所属してるのが百六人、だっけ? 少ないのか多いのか」

「ギルドみたいな組織を嫌がって、緩く付き合うようにしてる奴も結構いるの。ムーランのバイト、何人かはそうだし」


 用紙をてきぱきと整理し、有用なものをソートしていく柑奈。さすがは鋼鉄のメイドロボだけあって、処理速度と正確さは群を抜いている。


「それでも、非戦闘ギルドでは、てなもんやと並ぶ多さだそうです。その性質上、ムーランの構成メンバーでダンジョンに入れるヒトは、今までいませんでした」

「古郷のバカ発言に、同調した奴が何人かいたのは、結構ショックだったなー」


 ソートし終わったものから、すぐに割り振れるヒトを表にまとめていくしおりちゃん。

 正直、事務仕事に関して、この二人がいてくれて助かった。


「俺たちだって、別にケガしてないわけじゃないんだけどなぁ。しおりの薬が、かなり効いてるだけで」


 やることがない紡は、剣の手入れをしつつぼやく。

 実際、しおりちゃんの薬は、効き目が尋常じゃなくて、他のパーティでも愛用されているらしいと聞いた。


「で、でも、孝人が乙女さんの手助けするって聞いて、メイドさんたちも喜んでたよ。いつも大変そうだったからって」


 軽食用にお茶とおにぎりを用意する文城。

 その後ろで、スケッチブックにがりがりと、ムンクの『叫び』を描きつくっているヤギの模造人モックレイス、鈴来。


「できた。おにいさんの『叫び』」

「そういう、手の込んだツッコミもできるようになったのねぇ。おにいさん、感動とストレスで、血管キレそうですわぁ」

「自分で掘った墓穴でしょ。おとなしく埋まっときなさいって」

「墓穴とか言うな。乙女さんの苦労を、見てられなかったんでいっ!」


 俺はまとまった表を見て、足りていない箇所を軽くチェックする。


「意外と給仕が早めに埋まったな。ただ、このままは採用できないと思う」

「うん、分かるよ。希望通りだと、まだ新人の子とか、普段の接客に問題ありの子が入ってるから」

「体が小さい奴も多いから、荷物運び系は空きが多いなあ。オレもそっちに回るか?」

「いや、ここは出費がかさむけど、手数で補った方がいい」


 俺は今回のシフトの構成について、大まかに解説を始めた。


「この仕事は、当日に動くスタッフより、前日までの作業者の負担が多い。食材や備品の運び入れは、二人一組を基本に手数で回そう。その方が、報酬を受け取れるメンバーも増えるしな。紡は運搬の方で、全体を監督しつつ、無理そうな時にフォローを頼む」

「了解! なんかオレ、どんどんこっちの運営に参加できてるな!」

「そういや、なんで紡はこっちに住んでないんだ?」


 白い狼はへらっと笑い、とんでもないことを口にした。


「寝てる間に力が暴発したら困るって、柚木に言われてさ。そんで、ゴミ処理施設の近くにテント張るようになったんだ。こっちの仕事も、危険だから手を出さないでいいって」

「……なんか、俺のあいつに対する評価が、ガンガン落ちてるのは、なんでなんだぜ?」

「自業自得でしょ。紡の力に関しては、可能性としてある話だけどね」


 正論口にしてるのに、普段の振る舞いが悪すぎて低評価か。とはいえ、同情する気は一切ないけどな。


「おにいさん、会場、演出、照明、飾りつけ、こんな感じ」


 すでに描き上げておいたらしい、『食事会』のイメージイラスト。飾り気のない線と透視図法で描かれた、リアルな完成図だ。


「あれ、鈴来って、自分の絵、描けるようになったのか?」

「違う。これ、おにいさんの奴、製図、透視図法、教わった!」


 正確には『インスピリッツ』に遊びに行った時、俺が覚えた製図のやり方を、鈴来が真似したんだけどな。

 自分が描くのとそっくりの絵が、他人からアウトプットされるのは、妙な気分だ。


「鈴来はこの絵を持って、山本さんに模型を作ってもらってくれ。その模型を倭子さんに渡して、必要な機材や照明を揃えてもらうように」

「わかった! 布とか他の飾りは?」

「これから『ぱちもん通り』に行って、元町さんとクリスさんと打ち合わせがある。ついでに必要なものを集めてくるよ。文城も同行頼む」

「は、はい!」


 とりあえず、指示できることは終わった。

 俺はみんなを見回し、再度、今回の任務を確認する。


「今回の俺たちのクエストは、十日後に開催される『食事会』を成功させること。依頼者は我らがギルドマスター、尾上乙女さんだ」

「普段からお世話になってるし、こういうのも、たまにはアリか」

「なんか、学園祭みたいで楽しいな! 出店もあるし!」

「うち、学園祭、好き! 毎日やりたい!」

「さすがに毎日は難しいかと。それに、ケの日があってこそのハレですから」


 それぞれの感想を口にする中、文城は小さな声で、しみじみとつぶやいた。


「そっか、こういうのが、学園祭、なんだね」

「……よし。それじゃ行動開始だ」


 俺はあえて聞かないふりをして、行動を宣言した。


「『食事会』クエスト、成功させるぞ!」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 今回も、そして前回も面白かったです。 [一言] 文城くんの謎が積もっていく……。 考人くんの手腕だけでなく、パーティーメンバーの手腕も合わせてお披露目になりそうですね……。 お祭りの類…
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