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6、星を追う子ら

 モック・ニュータウンという街には、ふたつの区分けがある。

 土地区分の起点になる、東西南北の大通りによって分けられた、四つの街区がひとつ。

 塔を中心に、同心円状に広がった、三つの生活圏という区分けが、もうひとつ。

 例えば『天覧武闘場』のある場所は、北東街区の『安全生活区域ハビタブル』と、『危険区域ハザード』の間、という感じに表現される。


「で、さっきからめっちゃ、顔に尻尾が当たって痛いんですが?」


 普段着の紡は、闘技場を目の前にテンションマックスで、尻尾もぼっさぼっさと振り回しまくりで、その被害を俺が一身に受けていた。

 

「ごめんっ。久しぶりに瞳とバトルできるって思うと、抑えらんなくて!」

「てか、ただボコられに行くのに、こんだけ嬉しそうなのは、どうなの? アンリミテッドマゾヒストパラダイスなの、あんた?」

「ボコられに行くわけじゃねえよ! この前だって、結構いい線行ってたろ!」


 昨日の『臨時食事会』の後、俺は全員に来てもらって、詳しい話を説明した。反応はそれぞれだったが、文城の心配と『ローンレンジャー』への対応が中心だった。

 そして、最後に話題に上げたのが、氷月瞳ひづきひとみからの『挑発』だったんだけど……。


『行く! ってか、孝人も見に来いよ! 瞳の奴、マジでつえーから!』


 ご本人様から、能天気かつノリノリの反応が返ってきたのだった。

 結局、パーティ全員で、紡の雄姿 (?)を見ることになった訳だ。


「しかし、あの派手好きっぽい殿様の闘技場だから、もう少し大げさなもんかと思ったけどなあ」


 人の住まない荒野に、木の板塀が張り巡らされただけ。

 もちろん、造り自体はしっかりしているから、安っぽさは感じないが、なんとも拍子抜けな気分だ。


「ああ、この壁自体は壊れてもいい奴だからな」

「……もしかして、激しいバトルで壊れちゃうから、とか?」

「まずは中に入ろうぜ。見たほうが早いから」


 勝手知ったるなんとやら、で、紡は入り口の足軽っぽいヒトに挨拶して入っていく。

 俺たちも少し遅れて、開け放たれた木戸を抜けた。


「うわ……っ、マジか!」


 そこにあったのは、すり鉢状に地面が掘りぬかれた、円形のフィールドだった。

 感じとしてはサッカーのスタジアムに近い構造で、闘技場と観客席は、二メートルぐらいの段差がある。

 収容人数は一万人ぐらいだろうか、観客らしい連中が、結構な数で腰かけていた。


「ここら辺って、肉獄崩落の範囲じゃん? で、ここを落とし穴代わりにしたり、砦みたく使ったりするんだ。だから壁も、壊しやすくて造りやすい木造にしたんだってさ」

「緊急事態には『城下町』を守る施設に、普段は娯楽施設に、ということですね」

「あの殿様、色々考えてんだなあ」


 そう言えば、奥に造られたボックス席に、大川の殿様と派手サキュバスがすでに着座して、これから始まるイベントを待っている。


「もしかして紡、『新皇』に誘われたりしてた?」

「断ったけどな。俺、国防とか、国盗りとか、よくわかんないし。あと、塔のてっぺんを見終わったら、その時は付き合ってもいいって言ったら、大笑いされた」


 やっぱこいつ、大物だわ。

 そして、紡の能力も戦力にしたいけど、不安定すぎるから、本人が使いこなせるようになるまで待つ気で、スカウトを取り下げた殿様。

 そういう判断ができるのが、大川って男なのか。


「この闘技場も、新しい兵士の、スカウト場も兼ねてるんだな」

「月に二回開かれる公式の闘技大会、三位入賞者までには、プラチナチケットが贈呈されるそうです。純粋な戦闘能力を競いたい人向け、ということですね」

「……Pの館は、干渉してこないのか?」


 大川の行動は明らかに、箱庭からの脱走計画だ。その管理者であるPが、黙って見過ごすとも思えない。


「おそらく『無駄な努力』と思われているのではないか、というのが、一般見解ですね」

「……そっかー。そう考えると、あの殿様もちょっと哀れかもなー」

「んじゃ、ちょっと行ってくるわ。オレの試合はエキシビジョン扱いだから、少し待っててくれよ」


 紡は走り去り、地下へ向かう階段を降りていく。おそらくそっちに、選手の控室があるんだろう。

 次第に観客の姿が増えていき、俺たちも適当に座席を見繕って座った。


「えー、ナッツにチュロス、ビールに揚げ卵はいかがー。串焼きいかがー」


 軽食を売り歩く販売員から、それぞれ適当な軽食を買って、フィールドを眺める。

 俺の隣に座った文城は、串焼きをほおばりながら、尋ねてきた。


「孝人は、こういうの、みたことある?」

「あんまり興味なかったからなー。先輩がプロレスとか、総合とか好きだったから、付き合いで、何度か行ったことはあるよ」

「……僕、はじめてだ」


 そりゃ、そうだろうな。

 ここは大川の領地で、格闘どころか喧嘩さえ無縁の文城にとっては、一生知ることもなかった別世界に違いない。

 やがて、場内アナウンスが響き渡り、今日の試合が始まった。


「ライトグローブ、膝と肘の防具、ヘッドギアと脛あてか。てっきり、素拳素肌のパンクラチオンかと思ってた」

「兵隊の育成も兼ねてんだもん。壊し合うような戦いじゃ意味ないでしょ」

「たしかに」


 とはいえ、戦っている連中のスタイルは様々で、結構見ごたえがあった。


「うっわ、すごい蹴りぃ。首どころか、頭ごとぶっ飛びパラダイスだわ」

「俺なんて、あれ喰らったら、全身粉砕骨折パラダイスだよ」


 ファイトスタイルが似ている者同士の戦いは、小技の差し合いから、鮮やかな大技が決まるシーンも多くて、観客のテンションもうなぎ上りになった。


「す、すごいですね。さっきから、組み合ったまま全く動かないです!」

「毛皮バリバリむしりあったせいで、全身酷いことになってるぞ」


 組み技主体の選手の中には、全身つるつるに剃り上げて、ワックスか何かでてかてかにしてる奴もいて、かなりドン引きな光景もあった。


「え、あ、あのヒト、なんでいきなり寝ちゃったの!?」

「あー、立ち技に対する極端な対処、って話だけど、実際に見ると確かに塩いなぁ」


 対戦カードには、立ち技と組み技みたいなマッチもあって、極端な泥試合になったり、あっけなく勝負がつくこともあった。

 そして、


『皆様、お待たせしました。本日のエキシビジョン。本闘技場殿堂入り、氷月瞳へのチャレンジマッチを開始します』


 アナウンスの声に従って、控室から続く通路から小柄な姿が勢いよく飛び出してくる。

 鮮やかな前方宙返りからの、場内中央でバックフリップをかまし、両手を掲げてキメの姿勢を作る。

 体操選手顔負けのボディコントロールに、気が付けば俺も、観客たちも大きく拍手していた。


「でも、大丈夫なのか? どう見ても、体格的に不利すぎるだろ」

「瞳ちゃんは、すごいんだよ。あんなに小さくても、すごく強いんだ」


 そう言えば、文城はあの子と親しかったみたいだけど、まだ聞いてなかったな。


「ふみ――」

「続きまして、今回の挑戦者! 毎度おなじみ不屈のチャレンジャー、白き騎士団長、鶴巻紡!」


 とんでもない呼び出しを受けて、彼女とは反対の出口から、真っ白な塊が飛び出す。

 そいつは大きく飛び上がり、空中で膝を抱えたまま連続で回転、土ぼこりと一緒に低い姿勢で着地を決めた。


「うわっ、スーパーヒーロー着地! 膝悪くする奴!」

「か……かっこいいねぇ」

「う、うん。そうだねぇ」


 いい年をしたおっさんマインドの俺としては、紡の膝が心配になるが、本人はお構いなしで立ち上がり、笑顔で右手を差し出している。


「今日こそは負けないぜ! いや、ぜってー勝つ!」

「わたしも、まだまだ紡に負ける気はないからね!」


 がしっと握手をした後、素早く構えを取りながら、互いの拳を打ち合わせる。

 慣れた熟練者の挨拶。

 そして、


「はじめっ!」


 審判の合図と同時に、互いが距離を詰めた。


「っ!?」


 肉と防具がぶつかり合う音。目で追いきれない連撃に、最初によろめいたのは紡だ。

 かろうじてわかるのは、瞳の技が蹴り主体だという事だけ。

 体格的には、高身長である紡が有利だが、素早い動きと鋭い蹴りで、リーチの差を極力消している。


「ふっ!」


 リードジャブを細かく刻んで、絶妙にネコの接近をいなす白狼。

 だが、


「うおっ!?」


 するり、と伸ばした腕にネコが絡みついて、全身の力で関節を決めにかかる。


「させっか!」


 沈み込むように紡の体が地面に『飛び込み』、背中から落下するのを嫌った瞳が、身をひるがえしながら距離を取る。

 その回避行動の終わり際、つま先を突き刺すように放った紡の蹴りが、赤いネコの顔の脇をすり抜けた。


「あ、ぶっ……つぁっ!」


 完全に逃避を選択したバックジャンプに、互いの距離が広がる。

 頬に残った焦げ跡を確かめる瞳。

 その顔に、一切の笑いも情感もなく、極限の冷静さを湛えて構えを取る紡。


「ダメだ……あんなの、敵うわけねえって」


 息の詰まる攻防に、俺の口が悔しさと諦めを漏らした。

 お互いに、恵まれた肉体と鋭い勘を備えて、その上で油断もたるみもなく、技量を積み上げた結果が、あれだ。

 

「べ、別に、リーダーが悔しがることはないでしょ」

「……そうなんだけど、な」


 意地ってのがあるんだよ、男の子にはさぁ!

 ましてや、俺だってダンジョン攻略の一員だぞ。ああいう強さが、欲しくならないと言えば、嘘になる。


「せめて、ネズミじゃなくて、もっと体格のいい体だったらなぁ……」

模造人モックレイスの肉体的ポテンシャルは、修練で大きく飛躍するケースも、あると聞きます」

 

 しおりちゃんは赤いネコを指さした。確かに、彼女の体は鍛え上げられているものの、肉量的には紡には及ばない。


「瞳さんもそうですが、鈴来さんも、見た目に合わない持久力や瞬発力を有しています。ただ……どうすれば、その境地に到達するかは、わたしにも分かりませんでしたが」

「分かったよ。ありがとう、しおりちゃん」


 闘技場の二人はじりじりと間合いを詰め、互いの隙を伺っていた。

 だが、つむぐが唐突に構えを解き、告げた。


「体もあったまってきた。そろそろ本気で頼むわ」

「このままやってても、いい勝負だと思うんだけどなー」

「聖竜天狼騎士を舐めんなよ。本気の強敵に挑むからこそ、強くなれるんだろ!」


 待ってましたとばかりに、赤いネコの顔が、満面の笑みになった。


「ホント、紡はいつも最高だ!」

「来いっ! お前の『ギフテッド』、今日こそ破ってやらぁっ!」


 挑むように吼えた紡の前から、瞳が消えた。

 はずの姿が、白い狼の右こめかみへ、鋭い回し蹴りを放っている。


「……っ!」


 一撃を、重ねた両腕でブロックする紡。 

 その目の前に、地を舐めるようなアッパーを振り上げた瞳。


「っが……あっ!」


 奇跡的な反応で体をのけぞらせ、たたらを踏んだ紡の右わきに、片足立ちになった赤い姿が、横蹴りを構えて立っている。


「なめ、んなああっ!」


 全身のバネを使って、紡が飛びあがり、振り上げた右足を竜巻のように振り回す。

 その頭上に、


「今度も、わたしの勝ちぃっ!」


 両手を組み合わせた瞳が、渾身の力で、白い狼を殴り抜けていた。



「なんだよ、あれ」


 地面に伸びてしまった紡に、救護班が駆けつけている。その隣で、心配そうに様子を見る瞳の体からは、蒸気のような煙がかすかにたなびいていた。


「氷月瞳さんのギフテッドは『シフト』。視界の中に収めた場所へ、その時の運動エネルギーを保持したまま、瞬時に移動することができるそうです」

「…………なんて?」

「ですから」


 ぐっと手を突き出し、しおちりゃんを押しとどめる。

 そういうことが、聞きたいんじゃないんだよ、俺はさ。

 その時の運動エネルギーを保持したまま、瞬間移動する力ぁ?


「明らかにおかしいだろ!? なんだそのラノベか漫画みたいな能力はよぉ! どこの主人公様だチクショオおおおおおっ!」

「おそらく彼女も『黄金の種子』持ち。ジョウ・ジョスと語らった結果なのではと……」

「あんまりだあああああっ! 経済格差の次は主人公補整かよおおおおっ!」

「で、でも、色々大変なんだって、あの力」


 文城の手が俺の頭に乗せられ、優しく撫でてくる。


「動くたび、どんどん体が熱くなって、使いすぎると熱中症とか、毛皮に火が付くとか、そういう風になるんだって」

「デメリットと言うか、能力の仕様みたいなもんか。でも、それを差し引いても、羨ましいなぁ……俺なんて鉛筆だぞぉ!」

「はいはい、それはもういいから」


 それにしても、あの能力も尋常じゃないけど、紡の反応はとんでもなかったな。

 勘や経験もあるんだろうけど、最後の一撃以外は全部かわしきって、反撃さえ叩き込もうとしていた。

 デメリットのことを考えれば、彼女がエキシビジョンで限界を超えるはずもないだろうから、それを見越して戦ってたんだろう。


「……ああ、くそおおおっ! また負けかああっ!」


 当の本人は目を覚まして、ひっくり返りながら叫んでいる。結構いいのを貰ったくせに元気だなあ。


「これで二十一戦二十一敗。でも、段々危なくなってきたかもだね」

「だろー。お前の動きの癖、分かってきたし」

「うっそ。シフトの時は、特に気を付けてるのに……あとでコウヤさんに相談しよ」

「ずっる! 俺なんて師匠から、なんも教わってないんだぞ!」


 そうしてすべての試合が終わり、観客も売り子もいなくなった観客席で、俺たちは紡と瞳さんに付き添いのイヌ、それから豪勢な紋付を着けた大川氏と対面していた。


「見事な仕合であった。紡よ、貴様はどうだ、この男に付いて」

「……孝人は、いいリーダーだよ。俺をダンジョンに連れ出してくれて、俺の力の使い方を探すって言ってくれた」

「瞳よ、頂にはまだ至らぬか」

「はい。でも、いつかは必ず。それで、それが終わったら、次は外です!」


 破顔一笑。その言葉が似あう、からっとした表情を、クマは浮かべていた。

 なんだよその顔は、ちょっとグラッと来るじゃねーか。


「小倉孝人、貴様は何を目指す」

「俺も同じですよ。上を。そして、この世界のことを知りたい」

「ならば、紡はひとたび、貴様に預けよう。きっと、星を掴め」


 言い終えると、クマは背を向けて去っていく。

 星か。

 こんな魔界の底、見上げても、見えるのはうすぼんやりとした昼と、ほの暗い夜ばかりの世界には、決して存在しないもの。

 そして俺は、『ホライゾン』の二人に尋ねた。


「なるほど。星に手を伸ばし、世界を目指すから、ギルド名が『涯を追う』なんだ」

「うん。付けたのは北斗だけど」

「へぇ?」


 こっちが投げた視線を、わざとかわしたイヌに、俺は追い打ちをかけた。


「北斗といえば、北斗七星。航海の道しるべか。意外と詩人だな」

「若気の至りという奴ですよ。通りがいいので、パーティ名からそのまま、使い倒しているだけです」

「うちのリーダーも、そういうセンスがあったら、良かったんだけどねぇ」

「つぎはぎ冒険者だもんなぁ」

「いいだろ別に! 名前負けとか言われるよりは、身の丈にあったって奴をだなあ!」


 そんなことを言いつつ闘技場から出ると、俺たちは塔の南側まで一緒に歩いた。

 そして『ホライゾン』の二人組は、塔前に面した、いわゆる『塔チカ』の住宅街へ入っていく。


「いつでも遊びに来て! わたしたちのギルド、通りに入ってすぐの家だから!」

「……こちらも忙しいので、せめて事前に、連絡をお願いします」


 屈託のない瞳と、完全に渋い顔の北斗。

 奔放なリーダーに苦労性の参謀役。なるほど、名コンビって感じだ。


「不干渉は撤回させてくれ。今は実力不足でお呼びじゃないけど、いつかなにかの形で、協力できるかもしれない」

「でしたら、貴方はもう少し、冷静さを身に着けた方がいいですね」


 シェパートによく似た模造人モックレイスは、元通りの冷徹な声で、告げた。


「状況判断に感情を入れこむと、足元をすくわれますよ」

「……分かった、善処する」

「次にあうのは『食事会』かな? 楽しみにしてるね!」


 去っていく二人の背中を見つつ、俺は少し、気持ちを沈ませていた。

 感情的にならず、冷静にか。

 正直、そういうのは苦手なんだよな。

 北斗とギスギスしてしまったのも、あいつが文城や紡のことを、露骨に問題視したところからだし。

 

「気にすることないよ。あいつだって、言うほど冷静ってわけでもないし」

「そーそー。いっつも瞳に振り回されてるからなー」


 俺よりも瞳たちのことを知っている二人が、笑いながらフォローしてくれる。

 とはいえ、頭に血が上りやすいのは事実だし、今後は冷静さを心掛けていこうか。


「そういや文城、いつから瞳と知り合いなんだ?」

「……初めて街に来た時、からだよ」


 両手の中に、その時の光景を落とし込むようにして、ネコは囁くように告げた。


「行くところも無くて、ここがどこかもわからなくて、そのときに、僕を見つけて、手を引いてくれたんだ」

「文城が、俺にしてくれたみたいにか」

「うん」


 文城の顔がほころんで、嬉しそうに頷いた。


「塔を登る冒険者をしてるって聞いて、この街には、そういうヒトたちがいるって……僕にも、できるかなって、言ったんだ。そしたら」


『行こうよ、一緒に』


 零れ落ちた星を拾うような、過去の思い出が語られる。


『一緒に、あの塔を越えて、空の涯まで!』


 それは氷月瞳という、地上の星のきらめきだった。

 自分の可能性を信じて、どこまでも昇って行こうとする、本物の冒険者。


「……でも、僕は、できなかった」


 文城は、星にはなれなかった。

 自分の重さに耐えかねて、壁から滑り落ちるように、小さな部屋で沈み込んでいた。


「怖くて、無理だって、できないって。だから、乙女さんに、助けてもらって。もう、ずっとこのままで、いるしかないって」

「でも、そうじゃなかったろ」


 俺は塔を、そのはるか先を見上げた。

 文城も、同じように、顔を上げる。

 空の明るさが次第に沈んでいって、月も星もない魔界の底に夜がやってくる。


「次は、二十階だぞ」

「うん」

「登って行って、みんなをびっくりさせてやろうぜ」

「うん!」

「明日から、もっと厳しくするからな」

「う……うん、が……がんばる」


 さすがに即答できなかった文城の肩を、紡がそっと叩く。ちゃっかり腰に抱き着く柑奈と、みんなを見つめるしおりちゃんの笑い。

 ほんのしばらくの間、俺たちは静かに、虚空を見つめていた。

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