4、新皇、威風堂々、凱旋す
モック・ニュータウンの北門。
西側には『結晶山』、東側には独特な街並みが並ぶ『城下町』に挟まれた大通りの先ある、四方の出入り口のうちの一つだ。
その門の前には、巨大な金属櫓が建てられていて、門を越えてやってくる何かを、待ち受けてけている。
道の両脇には鎧兜に身を包んだ、槍持ちの兵士――いや、侍が詰めていた。
「妙な光景だとは思ってたんですよ。用事もなかったから、行ったことなかったけど」
「そうですねえ。まるでどっかの時代劇から持ってきたような、長屋の群れですからね」
そう、この街の北東エリアに造られたのは、江戸時代の長屋や商家を再現した、魔界にあるはずのない『城下町』だ。
しかも、そこの守衛として詰めているのは、冒険者でも騎士でもない、明らかな武士スタイルの連中。
「大川大瓜、でしたっけ。ずいぶん古色蒼然とした奴みたいですね」
「そもそも、ご自身を『新皇』と名乗っておいでですからね。ここが日本でなくて、僥倖でしたよ」
「な、なんで新皇って、ダメなんですか?」
俺たちは侍が野次馬を整理している場所から少し離れて、騒動を眺めている。
文城は来ないかと思っていたけど、俺が行くと聞いて、ここに来る決心をしていた。
問題から逃げずに向き合う、そういう気持ちがあるのかもしれない。
「新皇と言えば平の新皇。天下の謀反人にして関東の守護代。平将門公ですからね。良く恐れもなく名乗れるもんだと、呆れるやらですよ」
「その上、佩刀の銘が『鎮西八郎』でしたっけ」
てなもんや新聞の、バックナンバーに載っていた記事を思い出し、俺も失笑する。
鎮西八郎――源為朝は平将門と並ぶ、時の政府に喧嘩を売った猛将にして叛逆者だ。
どういう血筋、いや、どういう神経の人物なのかは、否が応でも分かるようなアピール振り。これでいよいよ、文城を渡すわけにはいかなくなったな。
「おや、小倉さん、最前列をごらんなさいよ」
「えー……文城、ちょっと肩車頼む!」
「うん」
担ぎ上げてもらいながら、元町さんが指さす方を見る。
例の櫓に近い所に、目立つ姿がある。
低い背丈と、その身長を超えるような大剣を背負い、赤毛で長毛をなびかせた、ネコの模造人。
「あれって、『涯を追う者』のギルドマスター!?」
「氷月瞳さんですね。この街で知らない者はいない、最も深淵に近いと目される、最強アタックチームのリーダーですな」
傍らには、すらりと背の高いイヌの模造人が、付き添って立っている。
そして、その二人の背後に、筋肉の塊のような偉丈夫が一人。
「見えますかい。後ろに控えた、むくつけき大男。あの人が」
「ええ」
俺は鼻の頭に怒りで皺を作り、吐き捨てた。
「『ローンレンジャー』の佐川彩羅、種族はオーガ、でしたね」
「こ、こうと、首、ぐるじぃ……」
「あっ、ご、ごめんっ」
力の入っていた太腿を解くと、俺は文城の頭を撫で、地面に飛び降りる。
ちょうどその時、北の門が大げさな音を立てて、きしんで開き始めた。
そして、巨大な塊が、地鳴りと共に突き進んでくる。
「で……っけえ」
高さ二十メートル越えの門の向こうから現れたのは、ほぼ変わらない高さの物体。
トラック? 戦車? いや、あれは動く『城』だった。
「外征用機動天守閣【驚天】。あれこそ、大川の殿様が、心血を注いでお造りなさった、移動式のギルド本部ですよ」
「ば……っ、かじゃねえのおおおおおおおおっ!?」
人目をはばからず、俺は絶叫していた。
確かに『インスピリッツ』の【アルケミスト・ワゴン】も度肝を抜かれたけど、あっちは実利優先で、機能美の塊だった。
対するこっちは、理屈も機能も全く無視。履帯で動かす巨体は、時速二十キロぐらいが関の山だろう。
その代わり、側面や前面にびっしりと大砲が付けられ、矢間も至る所に開いて、攻撃と侵攻の意志で満ち溢れている。
その巨体が、仮設の櫓の中に納まり、吐息をつくような音を立てて停止した。
やがて、頂点当たりの部分が開き、エレベーターのカーゴが押し出され、乗り込んだ人影を地上に降ろしていく。
「狙撃対策とか、してないんすかね」
「さあて。鷹揚なのか虚仮なのか、さっぱり読めない御仁ですんでねえ」
おそらく、組まれた櫓は、あのバカみたいな移動要塞を整備するドックなんだろう。その両脇に『インスピリッツ』の特殊車両が詰めて、作業を開始していた。
「あのクレーン車、動いてるの、はじめて見たかも」
「『タングニョースト』だっけか。んで、左で待機してんのが、ショベルカーの『タングリスニル』だな。やっぱ工事用車両ってカッコいいよなぁ」
エレベーターが地上につき、押し出しの強い姿が現れる。
ギルドマスターである、クマの模造人、大川大瓜は、緋色に染まった鎧に馬鹿でかい太刀を佩いていた。
「うわ、佐川より頭一つ分はデカいじゃん。やっぱクマってこえーなー!」
「緋縅の大鎧に太刀佩き、やはりいろんな意味で、時代錯誤な御仁ですな」
「って、なんだあれ?」
俺は大川の隣でひらひらしている、派手な色柄の姿に気が付いた。
赤紫の無毛の肌に、紺色の髪をした『人間の女』だ。
身に着けているのは、振袖ともドレスともつかない、極彩色な着物風の代物。
「ありゃあファム・ファタールって奴ですよ、あるいは虞美人かな」
「お妾さんとか、二号さん?」
「『新皇』の腰巾着にして懐刀。宇藤卯月、種族はサキュバス。見た目や振る舞いに騙されちゃいけやせんぜ。ある意味、殿様よりも厄介ですから」
下で待っていた各ギルドの連中と、クマの模造人が何事か話し合っている。知った仲だし、近況報告でもしているんだろうか。
そんな連中を尻目に、退屈そうな顔でぶらつき始めたサキュバスが、守備兵たちをからかったりして遊んでいる。
「さて、見るもんも見たし、そろそろ帰るか」
「う、うん。そうだね」
「折角だから、帰りがけに紡も誘って『サンタナ』でタコスでも」
その時、俺の背筋を、嫌な気配がなぶった。
最近、ダンジョンの仕事で感じるようなった『危険に対する反射反応』が、警鐘を鳴らしている。
「どうしたの、孝人?」
いったい何が原因だ。ここにはトラップも無ければ敵もいないはず。もしかして、ギルドマスターの誰かが、暗殺でもされるってのか!?
俺は連中に振り返って、絶句した。
顔に嗜虐的な笑みを浮かべたサキュバスが、こっちを指さしている!
「逃げろ! ふみ――」
「うわっ、本当にいた!」
逃げ出そうとした道の先、巨大な剣を背負った赤毛のネコが、驚いた顔で立っていた。
いったい、いつの間にここまで来たんだよ。
まさか、こいつの『ギフテッド』なのか!?
「わたしなんて全然気づかなかったのに。卯月って、どういう感覚してんだろ?」
「ど、どけよ! 俺たちは、お前らなんかに」
「えっへへへ、あーしの言う通りだったっしょー?」
派手な衣装の輝きが、俺の背中を照らし出す。
のたくった怠惰そのものの声。だが、鈴来のとは違って、こっちは底知れない悪意が、毒のようにしみ出していた。
「デブネコちゃーん、ひさしぶりー。明太子おにぎり、ちょーだい」
「や、やめろ! あんたらは協定で」
「我が帰着を寿ぎに出向くとは、殊勝な心掛けよな。文城よ」
俺の隣で、文城の膝が細かく震えている。
元町の爺さんはと見回せば、申し訳なさそうな顔で、脇に控えていた。
逃げだなかったのは褒めてやるけど、フォローにこき使ってやるから、覚悟しろよ。
「ちょっと待ってもらいましょうか!」
そこで初めて、ギルドの面々は、俺を見た。
文字通り『小さすぎてわからなかった』、みたいな顔をして。
悪かったな、タッパも貫目も足らないネズミでさ!
「何者だ、貴様。我の居ぬ間にこの地に立った、転生者か」
「俺は小倉孝人。『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』所属の冒険者パーティ『パッチワーク・シーカーズ』のリーダーだ」
ホントに、どいつもこいつもクソデカいな。
オーガにクマ、サキュバスにネコとイヌか。
それでも俺は精一杯に背を伸ばし、文城を庇いながら全員を睨みつけた。
「うちのメンバーと交渉したかったら、まずは俺に話を通してもらおうか!」
「あれぇ、なーんか、あーしが聞いたのと違うんだけどー?」
まるで蛇のような嗜虐的な悦びを浮かべて、赤紫の指が俺のマズルを撫でさする。
そういやサキュバスって、魅了の能力があったんだっけ!? 模造人にはどれだけ耐性があるんだ!?
「デブネコちゃんって、怖いのやだからー、乙女ちゃんの膝でぇ、ゴロゴロするって言ってたっしょー?」
「そ、それは、その」
「あーしに嘘、ついたってこと?」
ビーズやラメでデコられた爪が、ぎり、と、俺の顎を掴む。
彼女の見開いた目が、真っ暗闇よりも深い、絶望の深淵を見せるように広がり――。
「お待ちなせえ、宇藤の奥方。急いては事を仕損じまさぁ。まずは小倉さんの言い分を、伺ってからってことで」
「元町のおっちゃんかー。うん、あーし、難しいのわかんないしー、おーちゃん、あとよろー」
圧力が俺の前から取り除かれて、ようやく息が付けた。
……おっかねえ、なんだよアレ。
バカっぽいふりして不意を突くとか、マジで勘弁してくれ。
「で、協定を反故にした上、文城を勝手に連れまわした申し開きは、如何に?」
「い……如何にじゃねえよっ、バカヤロウ!」
ったく、アッタマきた!
さっきの詰問でビビった反動もあるけど、俺はこの状況で、完全にキレていた。
「どいつもこいつも、文城をモノみたいに扱いやがって! なにが有力ギルドだ! なにが殿様だよ!」
「知った風な口を利くな。この地に至って日も浅い貴様が、我を愚弄したうえ、卑小な同情心で、貴重な才覚を左右するか」
「部下にする相手の心も、まともに扱えないバカ殿が、フカしてんじゃねえ!」
熊の鼻面に、凶悪な怒りの筋が浮き上がり、無言でこちらを威圧しにかかる。
だけど、そんなもんでビビって、逃げる気はねえぞ。
「そもそも、文城がダンジョンに入ったのは、そこに居るでくの坊のせいだからな!」
「な……なん、のことだ?」
オーガのごつごつした顔が、驚きと当惑に歪む。明らかに、こっちの事情を知らないのが見て取れた。
マジかよコイツ、本当に部下の統制も、まともにしてなかったのか。
「テメエの所の磨平周、あいつが文城のチケットをだまし取って、更新が間に合わなくなるところだった! 俺の身勝手をあげつらうなら、その前にあのクズを呼んで、落とし前をつけさせるのが筋だろうが!」
他の面子の視線がオーガに突き刺さり、本人は当惑と怒りでその場に立ち尽くす。
その間に入り込んで、トカゲの模造人は告げた。
「話がだいぶん、込み入って参りやしたね。どうでしょう、ここはひとつ、臨時の『食事会』を開いてみちゃ?」
「さんせー。あーし、おなかすいたー」
まだ怒りが収まらないクマの体に、恐れもなくサキュバスがしなだれかかる。それで気分を変えたのか、大川は重そうな腰の袋を、無造作に元町さんに放った。
「差配は任せる」
「『別天』の茶屋でも、構いやせんか?」
「二度言わすな」
「承知の助。ではお先に」
素早く袴の裾をからげて、『城下町』の方へ走っていくトカゲを見送ると、クマの巨体が自分の領土へと歩き出していく。
「供を差し許す」
どんだけ傲慢だ、ついて来いじゃなくて、一緒に来てもいいときたか。
「ねー、あんた、名前は?」
「……小倉孝人。さっき名乗ったんすけどね」
サキュバスはけらけらと笑って、クマの腰に抱き着きにいってしまう。
赤毛のネコとお供のイヌは微妙に距離を保って、オーガの方は痛ましいものを見る感じで、こっちに視線を送った。
「ど、どうするの?」
「行くしかないだろ。いつかこういう話が来るのは、覚悟してたんだ」
俺は文城を見上げて、不安そうな顔に笑いかけた。
「大丈夫だ。俺が守るから。だから文城も、気を強く持ってくれ」
「……うん」
そして俺たちは、クマの治める『領土』に足を踏み入れた。