表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/144

13、あなたの選んだこの時を

 ムーランの下宿所、俺たちの部屋。

 その隅に座卓を持ち込んで、俺は目の前に広げた原稿を、再度読み返していた。付箋を付けた『校正辞典』をめくって、赤を付けたところを確かめる。

 自分たちの紹介記事とか、テレが入ってるせいか、チェックしにくいんだよな。社内報とかなら、バンバン修正できるんだけど。


「これで、たぶん問題ない、と思うけど」

「孝人! もう十時だよ!」


 上がってきた文城が、少し焦り気味に声を掛けてくる。入稿は今日中だけど、可能な限り早めに、というのが『てなもんや』からの指示だ。


「しょうがねえ。これ以上悩んでも無理か。しょせんは素人だし……」

「あと、紡君が材料持ってきたから、これから上に持っていくね」

「俺もこれ出したら、鈴来と一緒に戻ってくるわ。あと『EAT UP』で弁当買ってくるけど、何がいい?」


 途端に、文城は目を輝かせて、ちょっと恥ずかしそうに注文を口にした。


「ベーコンエッグダブルバーガーセット……いいかな」

「次はもう少し、ヘルシーな奴頼めよ」


 そのまま店に出ると、すでにお客さんたちが入っていて、柑奈も本来の仕事に忙しそうにしていた。


「グリルフィッシュサンドイッチ、ピクルス抜き」

「はいはい。ドリンクはビーソーダ、っと」

「あー、たまには『カタスビア』にしよっか、よろしく」


 注文をメモすると、そのまま表に出る。店の前には車に乗せた荷を解く紡がいて、こっちに片手を上げた。


「一応、山本さんから説明聞いたけど、材料だけ用意しとくから、現場指揮は頼むわ」

「お前なぁ……戦闘だけ良くてもダメだからな? 出先のキャンプとかどうすんだよ」

「い、いご、がんばる。あと俺は」

「ロコモコ大盛り角煮トッピングだろ」

「へへー。あのこってり感、どうしても食っちゃうんだよなー」


 荷車の上に積まれた荷物を肩に担ぎ、やってきた文城とビルの中へ運搬していく。

 俺は小走りに、ぱちもん通りを目指した。


「はい、確かに頂戴しました。しかし、えらくがんばられましたなあ」


 必死に赤入れした原稿を片手に、『てなもんや』の主である、トカゲの模造人モックレイスは、皮肉気に口元を緩めた。


「肩ひじ張り過ぎ。ここまで書き込まんでも、あたしたちも悪いようにしませんて」

「とか言って、この前の宴会、新聞に載せてたでしょ」

「そりゃ、あなたがよくないんですよ。名だたるギルドの頭目を集めての大宴会、ネタにするなってのが無茶ですって」


 あの宴会の次の日、俺たちは朝刊に載っていた。

 内容自体は極めてシンプル。鈴来の新作紹介だったが、俺と親方たちの会話する姿が、意味ありげに切り取られていたのは、苦笑するしかなかった。


「俺たちの記事、差し止めてもらっても?」

「そいつはご勘弁を。その代わり、それなりに便宜を図らせていただきますんで、どうかヘソを曲げねえでおくんなさい」

「次はちゃんと、許可取ってくださいよ」

「そっちこそ、次に事件起す時は、うちにご一報を」


 本当に、油断も隙もありゃしないな。喰えない亭主に挨拶して、そのまま食堂を目指して歩き出す。


「おにいさん!」


 転がるように駆けてくる鈴来と、少し遅れてしおりちゃんがやってくる。しおりちゃんの方は、両手に布の束を抱えていた。


「使えそうな布を貰ってきました。ほんとはクッションとかも欲しかったんですが」

「そっちは店にも在庫があるらしいから、しばらくはそれでいいよ」

「次! スケッチ! ワコちゃんとこ!」

「断片で喋るな! 普段から絵に知能を全振りすんなっての!」

 

 技術交換会の名目で、鈴来と絵を描くようになって、こいつもだいぶ変わった。

 今まではやたらと付けていたリボンも、腕やら足やらの要所だけになり、跳ね散り放題だった顔料の痕跡も、少なくなった。

 

「さすがに、仕事しないわけにもいかないから、来週の」

「チケット! おにいさんの時間、買うからぁ! 明日!」

「だーめーでーす! そういう悪いお金の使いかたは許しませんよ!」


 ただ、プラチケに物を言わせて、こっちの時間を拘束しようとするのが、目下のところの悩みなんだけどな。

 それから、みんなの注文通りに『EAT UP』で弁当を買い、店に戻る。


『卵三十個以上、できればアラシシの成体一頭以上、よろしくー!』


 最近は、顔を見せるたびに、採取クエストが入るようになった。森に出向いて採取をするパーティがあまりいないそうだから、重宝されてるんだと思うけど。


「久野さんの発注はありがたいですね。共有財産も、少しづつ潤ってきましたし」

「とはいえ、塔の攻略も行きたいからさ。いい加減、柑奈も森に突っ込ませるか?」


 俺たちが戻る頃には、ムーランの店内は人でごった返していた。

 この辺りの住民の馴染みの食堂として、あるいは文城のコンビニ弁当目当ての客で、相変わらず繁盛している。


「あと二時間で休みだから、上の作業は任せたよ」

「そっちもがんばってな」


 そのままビルの階段を上がり、屋上を目指す。

 吹き渡る風を浴びて外に出ると、詰まれた材木や木の板の前で、二人が一服していた。


「説明書はこれなー。やっぱ、本職に見てもらった方がいいからさー」

「みんなが来るとこだから、ちゃんとしたいし」


 まあ、気持ちは分かるけどな。

 俺は渡された『説明書』を片手に、作業を開始した。

 最初に、床面を造るために、柱材を組んでボルトで留めていく。


「これ、土台がちょっとガタついてんだけど?」

「全体的に北側にずらすぞ。そこならたぶん問題ないはず」


 次に、四隅に柱を立てて固定していく。俺は山本さんのところで借りてきた機材で、柱の角度を確かめ、修正しながら固定していった。


「その四角い、へんなのってなにやってるの?」

「水平器だよ。柱が斜めってるのが分かるんだ。歪んでたら倒れちゃうからな」


 その後、壁や強度補強用のパーツを掛けて、窓やドアを取り付けていく。


「あれ、ガラス窓じゃんか。間違えたパーツ持って来たんじゃないだろうな」

「山本さんが、これでいいって言ってたぞ?」

「……分かった。後で礼言っとくわ」


 やがて、後の作業は屋根を残す頃になって、柑奈が上がってきた。


「おおー! ホントにできてる! まあ、見た目ショボいのは仕方ないけど」

「ショボいとか言うな。これだって結構高いんだぞ?」

「んじゃ、そろそろ屋根やろうぜ! ほら孝人、先あがれ!」


 俺と紡が上で材料の受け取りと取り付け、下から文城と柑奈で材料出しをする。

 すべての作業が終わり、俺たちはそろって、全体を見回した。


「俺たちの事務所、完成だ」


 山本工務店で出しているプレハブ小屋。見た目はそっけないが、それでもみんなで立ち上げたという実績が、特別さを感じさせた。


「それじゃ、みなさん少々お待ちくださいね」

「なんかあたし、このごろ掃除ばっかしてない?」

「おにいさん! ここの壁! うちが描いていい?」


 しおりちゃんたちが内装、外側を鈴来が彩色していく。と言っても、あまりごてごてされるのもなんだから、チームロゴのようなものをお願いしておいた。


「うお、文字がデザインって感じだ……もっとグラフィティっぽい丸い文字かと」

「なるほど。パッチワークのイメージに、近代の抽象画を持ってきたのか、こういうセンスは、俺には無理だなぁ」

「よ……よくわかんないけど、いいと思う、よ?」


 そのまま、ドアのところに、デフォルメを効かせた俺たちの顔と、鈴来の顔が描き加えられていく。


「これで鈴来も、うちのメンバーだな!」

「戦闘は無理でもそれ以外はお願いできそうだし。本人の気が向いたらってことで」

「お待たせしました! 中へどうぞ!」


 まだ、なんの家具も置いていない、敷物と壁の飾りつけだけの広々とした空間。 

 いずれはここに、みんなの装備置き場や、作業スペースを造ることになるだろう。 


「てか腹減ったぁ! 弁当食おうぜ弁当!」


 紡の一言に、俺も含めた全員で、輪を描くようにして座る。

 それぞれのドリンクを手にしたところで、俺は乾杯の音頭を取った。


「それじゃ、パッチワーク・シーカーズの事務所開設に――」

『かんぱーい!』


 たぶん、こんなことを思うのは、間違っているんだろう。

 俺たちの活動は、一歩間違えれば死と隣り合わせ。ここにいる誰かが、永遠に取り返しがつかないことになる、かもしれない。

 それでも、みんながいて、この先に手付かずの未来があるこの時を。


「幸せだな」


 四季もない、日々の彩りもない魔界の街で。

 小さな幸せが続くことを、俺はただ、祈っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] とても面白いです。
[良い点] 面白かったです。 [一言] 少しずつ皆前に進んでいく……。 そして……確かにちょっとお父さんっぽいかもしれませんね……考人くん……いえ、考人さん。 悪いお金の使い方は許しませんよとか、…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ