27、set me free
俺たち『パッチワーク・シーカーズ』は、無事にニ十階攻略を終えた。
その情報は、瞬くまに街中に広がって、それなりにあった知名度は、さらに大きく広がることになった。
それまであまり関わり合いになってこなかったヒトビトが、俺たちの周囲にやってきたけど、それぞれが大人の対応をしたのと、乙女さんをはじめとするギルドマスターの声明で、『バカ騒ぎ』は沈静化している。
そんな街の反応とは別に、変わったことがもう一つ。
『ニ十階攻略、おめでとうございます。こちらは当館からの報酬です』
塔攻略成功者として、俺たちはPの館から『表彰』されることになった。
手に入れたのは、プラチナチケットが各人十枚づつ。
そして、Pからのお褒めの言葉、だった。
『この表彰に、何の意味が?』
『元ネタへのリスペクト、でしょうか。本来ならクリアアイテムを没収した上で、賞金を渡すはずですが。その『ブルーリボン』は、高難易度ダンジョンへの参加フラグですからね』
どこまでもヒトを喰った話、だよな。
Pの方はそれ以上の感慨もなく、俺たちを帰してくれた。ニ十階攻略はあくまでチュートリアルってことだし、こんなもんだろう。
その後は俺たちと乙女さんで、小さなお祝いをして、日常に戻った。
正確には、新しい生活への準備を始めることになった。
そして、花も暖かさもない、三月の終わりが来た。
朝。
目が覚めると、俺は自分の使っていた布団をたたみ、部屋の隅に置いた。
ムーランの下宿所。六畳ほどの小さな部屋は、がらんとしている。
小さな棚が一つとクローゼット。そのどちらにも、私物は入ってない。何より、ここには文城の姿が、なかった。
『僕、お城に行くことになったから。この部屋、一人で使っていいよ』
そう言って、あいつが城に詰めるようになってから、もう二週間経つ。
二人で使っていた時は、あんなに狭かったのに、一人になると途端に広く感じるのは、あいつが太っちょだったから、当然か。
俺は少し考えて、清掃道具の入ったロッカーから、ほうきやちりとりを取ってきて、中をきれいに掃き清めていく。
そんな俺の後ろに、柚木が姿を現していた。
「雑巾、かけてけよ」
「……わかった」
ただ、生真面目なウサギの方も、俺だけに任せる気はなかったのか、一緒に部屋の掃除を手伝い始めた。
「お前も出てくと……寂しくなるな」
「高給取りが、いつまでも安い独身寮を取ってちゃ、悪いだろ」
「元気でやれよ」
「大げさだな。しばらくは佐川さんとこにいるから、嫌でも顔合わせるさ」
こいつとも色々あったけど、口うるさいところも含めて、仲間意識が強いのかもしれないな。
掃除が終わり、道具を片付けると、柚木が片手を差し出してくる。
俺は握り返して、笑った。
「乙女さんのこと、頼むぜ。柚木店長補佐」
「無茶と無理はほどほどにな、孝人」
俺は私物の入ったザックを背負って、部屋を後にする。
それから、下の店に降りて、カウンターに目をやった。
乙女さんは、奥の厨房で仕事しているようだ。その代わり、朝の仕出し弁当を準備しているシャムネコの明菜さんが、挨拶してきた。
「おはようございます、店長、呼びましょうか?」
「いいよ。忙しいところ邪魔しちゃ悪いし」
「……じゃあ、これを」
彼女は大きな袋をこちらに差し出してきた。
入っているのは、最近ムーランで出すようになった、弁当のセットが二つ。
文城が遠征に出るために、新しく考案されたメニューだった。
「一つは紡さんに、もう一つは文城さんに、だそうです」
「……うん。また後で顔を出すって、伝えといて」
「はい。それじゃ、いってらっしゃい」
「行ってきます」
俺は戸口に立ち、一度だけ振り返る。
並んだ四人掛けのテーブルの群れ、小さなバーカウンター、銭湯へ降りていく階段。
ここであった、いろんなことを思い出す。
転生したその日、この店に入ったこと。泣きながら塔から帰ってきた文城の姿。
鈴来の絵具と、俺の色鉛筆が散らばった床。
柚木といがみ合い、乙女さんと慰めあった日。
磨平に襲われ、みんなで必死に抵抗した恐ろしい時間でさえ、懐かしく感じてしまう。
ここは俺たち、小さな布切れを、縫い合わせてくれた場所だ。
「……行ってきます」
もう一度、小声で告げると、俺は店を出た。
我が家にも等しいと感じていた、仮の宿りを。
模造の街の北の大門前は、たくさんのヒトタチで、ごった返していた。
すでに『驚天』は移動モードに切り替わって、その巨体を誇るようにそびえている。
やっぱり、あんな馬鹿でかい『城』が動くって、とんでもないよな。
群衆の大半がやじ馬で、残りは最終整備のために集まった、インスピリッツのギルドメンバーだった。
そう言えば大川さんや佐川さん、瞳たちと出会ったのも、あの城が帰ってきた時だったっけ。
「あ、リーダー見っけ!」
群衆の中から、柑奈としおりちゃんがこっちに合流してくる。今日の出発は、みんなで見送るって、決めてたからな。
柑奈の方は、見た目は平静にしていたけど、少し前にやったお別れ会の時は、とにかく騒がしかったっけ。
合流するなり、柑奈は渋い顔で後悔を漏らした。
「……やっぱり、一緒に行こうかなぁ」
「またかよ。いい加減、文城離れするって言ってたろ」
「いや、それはそうなんだけど……でも、よく考えたらおかしくない!? 好きなヒトと離れなきゃいけないって、意味わかんなすぎパラダイスなんですけど!?」
乙女心、複雑怪奇也。
しおりちゃんは柔らかく笑いつつ、そんな光景を見守る姿勢だ。
そういや、着ている服がいつもと違うな。
「もしかして、それが学校の制服?」
「こちらは教職員用のですね。それぞれの所属部門によって、色やデザインを変えているんですよ」
しおりちゃんのは落ち着いた緑の、ゆったりしたローブで、留め具のブローチやベルトでアクセントをつけている。
ずっとやってた魔法使い姿もいいけど、こっちも彼女にしっくりくる。
星の学堂も、四月には本格始動で、今は一部の『特別枠』を指導している最中だそうだ。
「これ造るのに、ニーナさんにがっつりふんだくられたんだって。出来立てのギルドだってのに、よくやるわ」
「そのおかげで私を含め、一部の職員は塔や獄層へ通うことになりそうです。申し訳ありませんが、孝人さんにもお付き合いをお願いするかもです」
「俺はお友達価格で受けつつ、佐川さんところの若い子を使うって感じで、ひとつ」
俺は抜け目なく、新規ギルドの営業をかましていく。
佐川さんの新ギルド、その名も『冒険者の宿』は、正式稼働の運びとなった。
『名前については、いろいろ考えたんだが、どれもしっくりこなくてね』
『俺もいっぱいアイデア出したんだぜ? でも、氷橋の奴がさぁ』
『この世界に初めて来た人間が、一目で分かるギルド名にするべきだ、と言われた。その通りだと思ったから、そうしたんだ』
本当は『冒険者ギルド』にするつもりだったらしいが、そのまんま過ぎだし、他のギルドとの差別化もしたいということで、そうなったらしい。
宿屋ということで、本部にギルドメンバーが寝泊まりもできるんだけど、氷橋がおかみさん気取りで、なかなかやかましいことになっていたりする。
「あ! リーダー、あそこ!」
柑奈が声を上げ、かなたを指さす。
そこには、例の緋縅鎧に身を包んだ大川さんと、侍大将の二人が脇を固めて、城の前に設けられた演壇にやってくる姿があった。
その後に続くのは、侍たちと各ギルドの面々、そして、俺たちの仲間たち。
取り囲むヒトビトに向けて、クマの模造人は、堂々と語りだした。
「これより我らは、再び街の外へと向かう! これは、造られた箱庭を脱し、自らの未来を、自らの手で選び取るための、大いなる一歩である!」
おそらく、何度も繰り返しただろう言葉。
大川さんにとっての悲願でありながら、いつ叶うかもわからない、遠い夢のようなものだったかもしれない。
でも、
「その道行に、かつてないほどの精鋭、賢者、冒険者がともに進むことを望み、集ってくれたことを、うれしく思う」
新しい力、新しい情報、この世界を知る手掛かりが手に入ったことで、みんなが外に目を向け始めていた。
いつもは奈落新皇軍と、少しの傭兵部隊だったのが、今回は各ギルドの代表や、フリーランスの冒険者たちも応募してきたそうだ。
その中に、文城と紡もいるんだよな。
「さあ、歩み出すものよ、鬨を上げよ! 見送るものよ、我らの長征を寿ぐがいい! 我ら一丸となりて、魔界の地平に、新たな国を築かんとするものである!」
片手を差しあげた大川さんの脇、白い特攻服のオオカミが、叫んだ。
「てめえら、一発ブッこんでけやぁっ! 殿様万歳っ! 遠征隊、万歳!」
最初に侍たちが、
『大川大瓜、万歳! 遠征隊、万歳!』
続いて、控えていた冒険者たちが、
『遠征隊、万歳!』
そして、それを見守る俺たちも、
『万歳! 万歳! 万歳!』
一緒になって、叫んでいた。
少し気恥ずかしかったけど、それでも、たまにはこういうのも、悪くはないかもな。
挨拶を終えると、殿様たちは城に入っていき、
「これより、見送りの者と面談の時間を取る! 出発は三十分後、心残りの無いよう、別れの挨拶を済ませておくように!」
剣崎さんの宣言で、遠征組の列が崩れ、それぞれが逢いたいヒト達と合流していく。
贈り物を渡すヒト、どちらともなく泣き出すヒト、熱烈な抱擁を交わすヒト。
そして俺たちは、
「みんな!」
笑顔でやってくる文城と紡を――
「ふみっちぃいいいいいっ!」
――出迎える前に突進した柑奈が、文城を押し倒す勢いで、抱きついていた。
「旅先で生水飲んだらだめだからね! 特に食べ物には気を付けて! あと、できればでいいけど、いやむしろこれは、ほんっとに重要なんだけど、体型維持だけは、全力で気を付けてねぇええええええ!」
ホントにこいつはもー。最後の最後までそれか。
しがみついたまま離れない柑奈の頭を撫でながら、文城は苦笑しつつ、俺を見た。
「見送り、ありがと」
「うん。それと、これ、乙女さんからな。紡と一緒に食べてくれって」
「おおっ。さんきゅーな!」
俺の手から笑って袋を受け取る紡。
二人とも、いつもの冒険者装備だけじゃなく、遠征隊のしるしであるマントを身に着けている。
そのことを意識した瞬間、鼻の奥が、つんと傷んだ。
「文城」
「……うん」
「元気でな」
「うん」
「飯とか、水とかは、柑奈に言われちゃったけど。環境が変わると、睡眠不足になりやすいから、な。枕とか、良いのを貰えるようにしとけ」
ああ、クソ。なに言ってんだ、俺は。もっとこう、ビシっと決まる一言を。
「えっと……それから、あの」
「孝人」
泣いていた。
文城は泣いていたけど、でも、笑っていた。
「僕、冒険に、出られるようになったよ」
「……ああ」
「みんなと、一緒に」
「うん……そうだな」
「ありがとう」
こらえきれなかった。
俺は、その場で泣いて、いつの間にか、文城の大きな体に抱きすくめられていた。
本当に、しまらないリーダーで、ごめんな。
それから、俺は大きなネコの体から首を出しつつ、紡に挨拶する。
「あー、それと、紡も、元気でな」
「なんだよそれ、オレはついでかよー」
「いやっ、ごめん、そうじゃなくて、お前とだって、離れるのは嫌だけどさ」
「分かってるって」
からりと笑うと、白いオオカミはいつもの顔で頷いた。
「文城も、冒険者のみんなも、元気で帰ってこれるように、がんばってくるぜ!」
「頼んだぞ、騎士団長殿」
「まかせとけ!」
それから、集合を知らせる鐘が鳴って、二人は遠征隊の中に戻っていく。
大きく手を振って見送り、みんなの影が鋼鉄の城の中に収まると、長い長い霧笛のような音が響き渡った。
北の大門が音を立てて開き、地鳴りのような音と共に、巨大な城が旅立っていく。
去っていく旅人に、見守る人々が声を上げた。
「ふみきぃいいいいっ! つむぐううううううっ! がんばれよおおおおおっ!」
俺は、声を張り上げて、二人に声援を送った。
やがて城は、街の壁の外に出ていく。
巨大な扉が閉まっていき、あとはもう、いつも通りの光景だけが残された。
「行っちゃったね」
「ああ」
「それじゃ、あたしもこの辺で」
柑奈は俺たちを振り返りもせず、歩き出す。
「しばらくは、レコーディングやらなにやらで、会うのは難しいと思う。何かあったら、カンタービレにでも連絡残して」
「新曲、楽しみにしてる」
「ありがと、リーダー。そんじゃ」
一番つらかっただろう柑奈は、振り切るように去っていった。
涙を流せないままの背中が、少しだけ悲しかった。
「それでは、私も失礼します」
「次は学校でだね。いつ顔を出せばいい?」
しおりちゃんは笑って、学び舎に顔を向けた。
「四月の一週目はオリエンテーリングが中心です。講師の紹介が中ごろにありますので、その時にご連絡します」
「冒険者の宿付なら、すぐ反応できるよ。そうでなくても、確認入れる」
「ありがとうございます。それでは」
トリの少女は去っていく。
俺たちといることを選びながら、それでも自由な彼女は、別れの余韻さえ残していかなかった。
そして、俺は一人になった。
この後の予定は、どうしよう。
まずは、どこかで飯でも、
「おにいいいいいいさあああああああんっ!」
「うわあああああああっ!」
突撃、そして思いっきりの痛み。
毛玉の塊みたいなヤギの模造人が、俺を地面に倒して、のしかかってきた。
だから本当に、このバカ娘は。
「いい加減にこれやめろ! てか、今までどこにいた!?」
「絵描いてた! で、みんな行っちゃうって! なんで言わなかった!?」
「言ったよ! 浦部さんも呼んだって言ってたぞ! だから、社交性と社会性を、全部絵の具に溶かすんじゃねえって!」
さすがに今回は心に響いたのか、鈴来はしょんぼりとして、なぜかにんまりと笑った。
「おにいさん! デート、今から!」
「え、いや、なんでそうなる」
「いいから! 早く!」
勝手に俺を引っ張る鈴来。されるがままになった俺は、結局観念して、尋ねた。
「で、今度はどこに行くんだ?」
「絵、描きいく! 次の壁画、一緒に考えよ!」
「分かったよ。コンセプトとかはあるのか?」
「ない! でも、なんか描きたい!」
本当に、衝動だけの言葉。
でも、それはたぶん、俺にずっと必要な一言だった。
「そうだな」
俺は色鉛筆を取り出して、掲げた。
「俺も、なんか描くか」
この魔界にはない、空の青を。
REmnant・REvenants・REincarnation
~異世界転生日本人、魔界の最下層で生きていく~
第一部――了




