26、頂を踏むものたち
弓を構えた巨大なエネミーが、別々の方向から襲い掛かる俺たちに、一瞬迷う。
その顔が、大魔法を用意し始めたしおりちゃんに向き、弓を引き絞って狙撃の構えを取った。
「ごめんあそばせ! 裏方さんとのグリーティングは禁止でーす!」
ヒトの身には不可能に近い、大口径高威力の狙撃銃を連射する柑奈。轟音が影の腕を引き裂き、体を貫き、後退させる。
「文城、紡、一分稼げ!」
「わかった!」
「任せとけ!」
白いオオカミが吠えて、両手の剣に炎を宿らせる。
背後に赤い炎の軌跡を描きながら、防御なんて考えない前のめりの突進。
反応した異形の四足獣が、右手に大剣を生み出し、
「っせぇえいっ!」
ごぉんっ!
ぶつかり合う三つの剣。
振り下ろされた影の大剣を、獰猛に笑う白いオオカミが、炎の剣で押しとどめる。
「行けっ、文城ぃっ!」
紡の叫びに反応し、軽やかに空間を蹴って、宙を飛んだ文城が振りかぶる右手。
輝く肉球型に光が収束して、
「にゃあああああああっ!」
叫びと共に炸裂する。
だが、その一撃は左手に握った影の弓で遮られ、
「うおおおおおっ!?」
「うわあああああっ!」
うねるように体を動かした影の敵に、二人は振り飛ばされた。
力比べじゃ、どうやっても分が悪い。
だからこそ、
「孝人さん!」
「応!」
ちょうど、俺としおりちゃんで敵を挟み込む形になる。
いや、他の三人がこうなるように追い込んでくれたんだ。
『我ら、三条の否定を以て、未来を拓くもの!』
互いの霊的知覚を意識し、感覚と知性を同調させて、唱和する。
同時に、それぞれが操る式による空間把握を実行。否術の聲が敵の周囲に響き渡る。
『仇為す敵に、天翔けるを許さず、地を駆けるを許さず、討滅の刃、避けるを許さず!』
鉛筆の式が影の巨大獣の八方向に配置され、金色の鳥が頭上を抑えるように羽ばたく。
「天網!」
命ずる声に従い、鳥が砕け散り、無数の鎖になって影を貫き、縛る。
「八卦!」
配置したネズミが光の柱に転じて、鎖と補強しあい、巨大な檻を構築する。
俺たちは聲を合わせ、術を結した。
『封絶陣!』
誰も逃さない、絶対の束縛。
からめとられた獲物は、それでも全身の力を振り絞り、背中の翼に青い炎をを宿して、封印を破壊しようともがいた。
もちろん、そうなる前に、倒す。
「とどめだ!」
俺は棍を構え、光を思う。
それはすべてを断つ刃。あらゆる煩悩、悪鬼毒蛇を砕く、金剛不壊の降魔剣。
生み出された巨大な剣の具象を、背中に引きずるようにして構え、走り出す。
目指す先、敵の真正面。
俺の突進を察知した敵が、逃れられないはずの網から、無理やり右手を伸ばし、青い炎を収束させた。
「にゃああっ!」
それは輝く流星。
斜め上から襲い掛かった文城の蹴りが、敵の右手ごと炎を削り落とし、
「しつこいお客様に、当店からのスペシャルギフト! 鉛玉のぶぶ漬け、たっぷり味わってってね!」
敵の左半身へ、空飛ぶメイドの銃撃。
弾幕の嵐を喰らい、影のケモノの上半身が砕けながら、大きくのけぞる。
肩に担ぐように、俺は剣を振りかぶり、
「倶梨伽羅剣――降魔の断!」
飛び上がり、体を回転させながら、袈裟に斬る。
輝く刃が、影のケモノの腹側を裂き、血のように影が噴き出す。
痛みに苦しむようにのけぞり、それでも影は、両腕に生み出した剣と弓で、束縛術を引きちぎった。
敵が、俺を踏みつぶそうと、前足を高々と上げた時。
「燃えろ、双剣!」
巨大な敵を軽々と飛び越えるように、空に舞い上がったのは、白いオオカミ。
「爆熱神狼剣、双頭狼斬!」
二つの剣が、虚空をXの形に焼き切り、犬の顔をした影の上半身を、斬り飛ばす。
「や……」
紡が、影を突き抜けるようにして石畳に飛び降り、敵が虚空へと消え去っていく。
荒ぶる戦いの音が、静寂に差し代わった。
俺たちは互いに顔を見合わせ、
『やったああああああああああっ!』
歓声を上げて、走り寄っていた。
「みんなっ! 見てたかオレのカッコいいとこっ!」
思いきりガッツポーズしつつ、はしゃぎまくる紡。
「見てたよ、バカみたいにポンポン武器燃やす姿。その調子じゃ冒険するたびに、赤字まっしぐらパラダイスね」
ようやく擬態を身にまとい、苦笑しつつ健闘を称える柑奈。
「みんな、ケガ無くてよかったよ」
柔らかに笑い、みんなの無事を祝う文城。本人の毛皮が軽く焦げているのは、見なかったことにしておこう。
「お疲れさまです。塔ダンジョン二十階、完全攻略ですね」
しおりちゃんの締めくくりを聞き、俺は笑った。
「おっと、まだだよ。ここのトレジャーを、ゲットしてからだ」
指さした先に現れていた宝箱。みんなで歩み寄り、俺が罠を確かめて、開く。
中にはいつも通りの、きれいな布地張りの内側に、金属の飾りにリボンのついたものが一つ、置かれていた。
「『青藍褒章』。塔二十階クリアの証であり、これを一階入口で使用することで、二十一階へ直接移動が可能になるアイテムです。獄層攻略を行うパーティなら、必ずこれを所持しています」
解説を聞きながら、アイテムを取り上げ、みんなに見せる。
その顔は満足そうで、そういう全部が、いとおしく思えた。
「つけなさいよ、それ」
「お、俺が?」
「代表で誰かがつけて、それで獄層に行くんだってさ。ときどき、瞳もつけてたし」
「パーティリーダーの証、なんだって」
「やはり孝人さんがつけるのが、適任ではと」
少し気恥ずかしかったけど、上着に付けることにした。ご丁寧にピンで留められるようになってたから、装備するのは問題ない。
「ど、どう、かな」
「馬子にも衣裳、くらいかな」
「後でいいから、オレにもつけさせてくれ! やっぱ勲章とか、カッコいいし!」
「とはいえ、私たちくらいの背丈では、目立たなくなってしまうでしょうね」
しおりちゃんからの、もっともな総評。
確かに、背の小さい俺じゃ、これを身に着けたからって、何かが変わるわけでも――
「うわあっ!? ふ、文城!?」
「ご、ごめんね。でも、こうしたら、ちゃんと見えるかなって」
肩車して、俺を高い位置に座らせる文城。まあ、確かにこうすれば、みんなからもちゃんと見えるだろうけど、ちょっと恥ずかしいな。
「それじゃ、いよいよ二十一階だ」
「うん」
そのままみんなで、上へと昇っていく。
残されたニ十階のフロアは、次第に薄暗くなり、暗い影に沈んでいくようだった。
天井を抜け、みんなが新たなフロアに立つと、階段は消えて、脱出用のゲートも出現する様子がない。
しかも、たどり着いたのは狭い空間で、窮屈さを感じる。
「ちょっと、まさかこのまま、閉じ込められたりしないでしょうね」
柑奈の不安げな声に反応したのか、暗い空間の一か所が、開いていく。
外に出ると、そこはどこかの『公園』のような空間だった。
石畳の広場と、あちこりに設けられた花壇やベンチ。魔界産の樹木が植えられて、ちょっとした休憩スペースのような感じになっている。
俺たちがさっきまでいたのは、お椀を半分に切ったような形をしていて『出口』という看板が付いている。
その向かい側には、しゃれたアーチのかかったゲートがあり、石と木でできた古い西欧建築に似せた家屋が並んでいた。
そして、その奥の方、建屋の群れの中心にあったのは、
「あれが……例のエレベーター、なのか……?」
透明な筒状が天へと伸びて、その先に繋がっているのは、とんでもなく巨大な、石材でできた『がく』が存在している。
そして、地上で見ていたよりもはっきりと、四つの『獄層』が、目に飛びこんできた。
――毒々しい色の根や枝、あるいは花を咲かせた蔓が成長し広がっていく、緑の塊。
――それ自体が一個の生命のように、まだらに染まった表面が脈打つ、肉の塊
――無数に瞬く電気の光と、全体が一瞬ごとに形を変える、機械の塊。
――寒気のするような感覚を五感にねじ込んでくる、ゆがんで揺らめいた、結晶の塊。
街から眺めた時以上に、圧倒的な存在感。空全体を覆い尽くす迫力に、俺たちは誰もが息をのんで、見上げるしかなかった。
「ようやく来たな。後輩ども」
忘我の境地から俺たちを呼び覚ましたのは、着流し姿の竜の男だった。
「約束通り、来てやったぞ」
「そんな約束、したつもりはねえけどな。お前らが勝手に上ってきたんだろ」
なんて言いながら、コウヤは俺たちを招くように親指を立て、歩き出す。
その後についていった先にあったのは、柵の設けられた、塔の縁。
俺たちは横並びになり、そして見た。
「おお……」
眼下に広がるのは、街並みだった。
ちょうど南に面したエリアが見える場所だったから、P館の北前通りや東前通り、ぱちもん通りも見える。
俺がここに初めて来た時、空から落ちながら見た街並み。ムーラン・ド・ラ・ギャレットのビルに掛かれた文字もわかった。
同時に、空は輝きをゆっくりと失い、夜が近づきつつあった。
家々に明かりが灯っていき、この街が息づいているんだって、実感できた気がする。
「どうだ、いい眺めだろ」
「ちょっと怖いけどな。それに、ここは風があるし」
突風ってほどじゃないけど、俺たちの体をゆるい風の流れが毛皮を揺らしていく。
そういや、まったく無風ってんなら、下の街はあっという間に酸欠か、汚染物質で大気汚染しまくりだろうしな。
「よしお前ら、せっかくニ十階踏破成功したんだ。飯食いに行くぞ、おごりだ」
「マージでぇ!? ろくでなしのおごりとか、もしかして雨でも降るんじゃないの?」
「おごりはいいけど、ここからどうやって降りるんだ?」
コウヤは笑い、塔の上に広がる街並みに顔を向けた。
「リボン使えば、そこの出口から戻れるっての。だが、わざわざ下に行く必要もねえ。今日はこの『空の街』を、楽しんでけや」
「そっか! ここにも店あるんだっけ! ここの話、ほとんど流れてこないからなー、どんなとこなんだ!?」
通りを進んでしばらく行くと、ひときわ目立つ大きな建物が現れる。
門構えや壁の装飾は、赤の柱に緑の金色のアクセント。屋根は瓦で、窓の装飾もゆるいアーチを描いた感じのデザイン。
看板に書かれた文字は『天空飯店』。
「ち、中華、なのか?」
「よう、連れてきたぜ。ニ十階到達パーティの皆さんをな」
勝手に入っていってしまうコウヤに、慌てて追いつくと、
『ニ十階攻略、おめでとー!』
クラッカーの派手な音と紙吹雪が、俺たちを出迎えた。
「みんな、すっごいね! 一年で、自分たちの力だけで、ここまで来たんだもん! ほんとに、カッコいいよ!」
大喜びで紡に抱き着く瞳と、俺たちを奥のテーブルへといざなう北斗。
「残り二階層、十九階のリセットマラソンをする様子がなかったので、今日中には来ると思っていました。お疲れ様です」
確かにこの店は中華料理らしく、あちこちに大きな丸テーブルが置かれている。
それぞれの卓には、グラスやら飲み物やらが準備されていた。
「みんなお疲れ様。本当に、無事でよかった」
「乙女さん!? どうやってここに!?」
「俺がエスコートさせてもらったんだ。よく頑張ったな、みんな」
佐川さんと乙女さんが、二人並んで俺たちを出迎えてくれる。その隣には甲山の親方に菜摘さん、山本さんに倭子さんの姿もあった。
「も、もしかして、みんな、僕たちのために?」
「仕事が忙しいんで、これねえ奴らもいるけどな。んで、大川の殿様から伝言だ。『あとで褒美を取らすゆえ、きっと我が前に参じよ』だとさ!」
親方の言葉にみんなが笑い、それぞれが自分の席に着いていく。
俺は隣に立った赤い竜を、笑いながらにらんだ。
「ってコウヤ、おごりってこういう意味かよ。お前が出すんじゃないんかい」
「あたりめえだろ。誰が身銭なんざ切るか。こういう席に入り込んで、ただ飯食うのが醍醐味ってもんだ」
「ったく、相変わらずのブラオジめ」
そんな風にじゃれあいつつ、みんなが収まるべきところに収まると、
「よし孝人、お前挨拶やれ!」
親方の無茶ぶりが飛んでくる。
まあ、そういう気はしてたし、いつも通りに行きますか。
「じゃ……いい加減、腹も減ってるし、手短に」
ちょっと行儀悪いけど、俺は席の上に立って、みんなを見回した。
「今日、俺たちが二十階をクリアできたのは、ここに集まってくださった皆さんのおかげです。鍛えてくれたヒト、相談に乗ってくれたヒト、支えてくれたヒト、そういうヒト達がいたから、たどり着けました」
ああ、本当に。
俺はここに来て、良かったと思う。
「今日の達成に驕ることなく、明日も笑って、元気に、面白い毎日を続けられるように、前進していきます。これからも俺たちに、ご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願いします。ってわけで、皆さん、グラスをお取りください!」
今度こそ俺は、ここですべてを始められる。
過去を過去として認め、新しい人生を、続けていける。
「今日の息災と、明日のええことが、続くことを祈って、乾杯!」
偉大な先達の挨拶をまねて掲げた杯に、みんなが唱和した。
『乾杯!』




