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REmnant・REvenants・REincarnation ~異世界転生日本人、魔界の最下層で生きていく~  作者: 真上犬太
Remnant case:07「set me free」

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24、ラストアタック(その四)

 塔ダンジョン、二十階。

 最初に目についたのは、頭上に広がる暗い夜空だった。久しぶりに見た、星の瞬く天蓋を振り仰ぐ。

 それから、周囲の光景。

 足元は石畳で、整然と広がってはいるが、ところどころに割れたり欠けたりしている部分もある。

 しかも、その床の端は途中で途切れて、何もない空間の広がりと、霞んだ『地表』が見えていた。


「孝人!」


 紡は、すでに剣を抜いて構えている。

 警告は、このフロアの中央に立っている存在に、注意を向けさせるものだった。

 黒い影。

 十一階の『人間の勇者』とはまた違った敵だ。

 体を揺らめく陽炎のような『影』で覆い、片手には巨大な剣を持つ、黒い騎士のような姿をしたエネミー。

 シャドウデーモン、それが冒険者たちのつけた名前。


「それじゃ……一番手、鶴巻紡!」


 宣言と同時に駆けだす白いオオカミ。すでに立ち回りの打ち合わせはできてる。

 あとは、それ通りに動くだけだ。


『二十階のボスは、いくつかの形態に分かれてるの。まずは第一形態の『騎士』。これが基本だから、動きを理解して』


 柑奈の解説は正確でよどみなかった。

 それに従い紡は肉薄し、剣を振う。

 相手の大剣はたぶん二メートル近い、それを軽々と振り回し、質量と速度で空間を削り取っていく。

 だが、そんな相手は、紡にとってすでに敵じゃない。


「おりゃあっ!」


 切っ先を見切ってかわし、通り過ぎた大剣を自分の剣でさらに弾き飛ばす。

 体勢を崩した相手に、必殺の突き。


 こぉんっ!


 まるで、その動きがわかっていたみたいに、盾のように構えられた大剣。

 それでもぶつかり合った衝撃で、敵がわずかに吹っ飛んだ。


「二番手、小倉孝人!」


 ここから攻めのペースを上げる。

 俺はダッシュし、紡の脇を駆け抜け、


燕頷投筆スタッガーストライクっ!」


 左右に生み出した鉛筆の連打。敵は下がりながら大剣の腹側を使い、完全にこっちの攻撃を防ぎきる。

 でもな、そんなのは織り込み済みなんだよ!


「さんばんっ、福山文城っ!」


 軽やかに四つ足で走り寄り、大気を蹴ってうなりを上げる文城の巨体。その太い足が繰り出す旋風脚が、肉球の閃光を炸裂させて、クリーンヒットした。

 影がよろめき、一瞬のスキをさらす。


「四番手、美幸栞。行きます!」


 すでに編み上げていた聲が、光のはねのイメージを具象し、巨大な鳳が黒い影に襲い掛かる。

 逃れようと大きく剣を振った瞬間、光が鎖になって、全身を縛った。

 途端に、全身の影が大きく膨れ上がり、拘束を解こうとした。


「ラスト、神崎柑奈」


 重く、鋭い発砲音。対物狙撃銃が、黒い影の脳天をぶち抜き、砕け散らした。

 影はもろくも崩れ去り、訪れる静寂。


「油断しないで、すぐ次が来るよ!」


 柑奈の言う通り、それはすぐに来た。

 切り取られた空間の端、北に面しているだろう方角に、何かが現れた。

 それは巨大な、燃える巨人だ。目鼻はなく、開いた口の中には暗い穴が広がっている。

 床の淵に手をかけ、こちらに身を乗り出すようにして、叫ぶ。

 そして、両手を高々と掲げて、叩きつけた。


「回避!」


 巨人の指先からほとばしる、無数の火炎弾。俺は棍に結晶を装填し、駆ける。

 

「せいっ! はっ、はあっ!」


 弾き(パリィ)弾き(パリィ)弾き(パリィ)

 弾きながら前進し、火炎弾の向こうにいる敵へ突き進む。

 そこにいたのは、さっきよりも小さな影。

 姿は人間の少年くらい、両手に湾曲した剣を構え、薄い笑みを浮かべる。


「第二形態! 火炎弾に気を付けて、各個撃破だ!」


 俺たちの肩に金色の小鳥が止まり、ダメージ消去のフィールドが展開。同時に、二つの戦場で戦闘が始まる。

 俺の右手側では、さっきの大剣を持った騎士型エネミーに、紡と文城がついている。

 こっちは俺と柑奈のコンビ。


『第二形態から一気に派手になるよ。背景の巨人は基本無視。二体に増えた連中を撃破すれば、第三形態に移行するから』


「せいっ!」


 相手の動きよりも先に突き出す棍。それを挟み込むようにして受けて、避け捌く敵。

 俺の体が一瞬、前のめりになり、


「はいそこっ!」


 横合いから叩きつけられる弾丸にはじかれ、軽やかなステップで踊るように、少年剣士の影が飛び下がる。

 

燕頷投筆スタッガーストライク!」


 その足元に、連続して鉛筆の一撃。それも跳ねるように交わしながら、相手が両手の剣を組み合わせて、弓に変化させる。

 俺は『視覚』を励起させ、


「うりゃあっ!」


 両手から鉛筆を散弾のようにばらまく。

 同時に打ち出された、影の矢が中空でぶつかり合い、迎撃し損ねた矢が柑奈の銃弾で砕き散らされる。


「柑奈、囲え!」

「お任せを、ご主人様!」


 敵が逃げるより早く、鋼鉄のメイドが逃げ道をふさぎ、敵が一瞬、動きを止める。

 それを、待っていた。


きびすの影よ、裏切り、掠め、喰い破れ!」


 片手を石畳に当て、叫ぶ。

 床に突き刺しておいた鉛筆が、聲に従って鋭い牙を持つネズミに変わる。それも、刺した数の分だけ、床面を覆うように。

 飛び上がった影を、ネズミの鎖が縛り付けて引っ張り、叩き落とす。


「これで!」


 螺旋を描く棍が、起き上がろうとした少年の影に突き刺さり、


「とどめ!」


 太い火線が頭を吹き飛ばす。

 いや、影だとはわかってても、後味悪い光景だなこれ。

 ってそんなこと、思ってる場合じゃない。


「文城、紡!」


 振り返ると、勝負はすでについていた。

 文城が高々と蹴り上げた影を、


「天狼神剣、真っ二つ斬りっ!」


 炎の刃が正中線から断ち割っていた。

 燃えて砕け散っていく、影の騎士。気が付けば、しおりちゃんの金の鳥たちが、こっちに飛んでくるはずの火炎弾を、すべて叩き落していた。

 いくら事前情報があったとはいえ、ここまできっちり対応できるなんて。

 見上げると、炎の巨人が輪郭を失い、消え去っていく。


「あとは」












 めまい、が、した気がする。

 場違いなぐらい、俺を囲む空気が穏やかで、何が起こったのか、よくわからない。

 体はいつの間にか、柔らかなもので包まれていて。

 目を開くと、そこには木目の天井があった。


「え……」


 起き上がる。

 滑り落ちる掛布団の感覚。

 腕を上げると、そこにあったのは、無毛の肌をした手。

 見回すと、殺風景な空間があった。

 寝ているのは、俺のベッドだ。就職して、一人暮らしするまで、ずっと実家で使っていたもの。

 高校卒業まで使っていた学習机は、本や私物の代わりに、段ボール箱が積まれている。

 床の古びたカーペット、起き上がって歩き、感触を確かめる。

 外につながる窓のカーテンを開けると、そこには見慣れた景色が広がっていた。


「これ、は」


 隣に一軒だけ立つ、二階建ての家。その周囲には畑と、田んぼだけだ。

 代搔きが終わって緑の稲穂が、整列して植わっている。

 五月だ。窓を開けると、少しあったかくて、涼しい風が流れ込んできた。


「孝人、起きてるの?」


 胸が、締め付けられそうになる。

 その声は間違いなく、母親の声だった。


「起きてるなら、下で朝ご飯食べちゃいな。洗濯物干すから、中に入るよ」


 なんのドラマもなく、入ってくる姿。片手に洗い立ての服が入った籠。

 香ってくる、洗剤と水の冷たさの混じった匂い。

 俺よりも頭一つちいさい姿、髪の毛は白髪染めが施された、まだらになりつつある。


「どうしたの? なにかあった?」

「いや、その」


 母さんは、俺の言葉を待たない。待たないで、俺の部屋からベランダへ出ていく。

 いつもそうだった。

 言いたいことがあれば呼び止めるし、無ければそのまま、会話は止まった。


「そういえば、孝人の会社、本当に大丈夫?」


 干しながら、背中越しに尋ねてくる声。


「今年の正月だって、まともに休めてないし……あんまり無理して、体でも壊したら……嫌だからね?」


 それは、いつか聞いた言葉だ。

 俺がめちゃくちゃに壊れる前、まだほんの少し、正気が勝っていたころの記憶。

 分かってる。

 これは、これは、攻撃なんだ。

 分かってる、のに。


「ちょっと、どうしたの」


 仕事の手を止めて、近づいてくる姿。にじんでそっちが見えない。

 なあ、なんで、よりにもよってさ。


「辛いんだったら、帰ってきていいんだからね」


 抱きすくめられて、息が詰まる。

 よりにもよって、こんな陳腐な、幻、なんかで。


「ごめん、かあさん、ごめん、なさい」


 息もできないぐらい、俺は泣くことしか、できなくなっていた。

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