23、ラストアタック(その三)
戦いの先鞭をつけたのは、意外にも柑奈の拳銃弾だった。
虎の方は無数の射撃を喰らって、さすがに後ろに飛び下がる。
その脇で、
「うりゃああっ!」
ものすごい勢いで付きだされる槍を、さばいてかわし、剣でいなして、一歩も引かずに渡り合う紡。
その脇を抜けて、二つの影がこっちに襲い掛かってくる。
「来るよ、孝人!」
「おう!」
タカの模造人が、手にした槍を突き込んでくる。もちろん、俺は紡ほど勇気のある対応は無理。
棍を前面に押し立て構え、右後方、左後方と下がりながら攻撃をはじき、間合いを外し続ける。
「やあっ!」
振りかぶられたハンマーを拳で弾き、正確なカウンターを突き込む文城。重い打撃にイノシシが吹き飛ばされるが、痛みなど感じない無表情で反撃を繰り出してくる。
「すみませんが、あなたを通すわけにはいきません!」
金色の小鳥が光の尾を引いて、刀をかざすヨタカの模造人を翻弄する。
以前は植物で同じことをやってたんだろうけど、しおりちゃんがワイルドカードを抑えていてくれるおかげで、状況は五分五分。
と思った矢先、
「みんな! 砲撃来るよ!」
柑奈の警告に全員が素早く後退。間合いを取ったところに、トラが放った榴弾砲があたり一面に炸裂する。
それぞれが防御し、交わし、体勢を立て直したところで、
「ま、まじかあっ!」
それは輝く十文字槍の光。起動した結晶武器の能力が、空間をゆがませながら紡に襲い掛かる。
まさか完全結晶の力も使ってくるのかよ。
って、
「うわおうっ!?」
鞭のようにしなりながら槍が突き込まれてくる。そういや、今は完全結晶の長巻を使ってたけど、この時期は槍使いだったんだな。
相手の一撃がかなり重い。パリィしようにも、突きのたびに引き戻すから、カウンター取るのも難しい。
――だけど。
「柑奈!」
「どうしました、ご主人様」
「全力制圧!」
鋼鉄のメイドは、さざめくような笑いを上げた。
「オーダー入りました! トラのお客様に、鉛玉のフルコース一丁!」
腹に響くジェット音をふかし、超加速で間合いを詰める。結晶弾の大筒を放り出し、背中に差していた棍を構えるトラ。
そのすべてが、遅い。
「では、さようなら」
凄絶な射撃音が土砂降りの雨のように叩きつけられ、トラの姿が一瞬で消滅。
これで均衡は崩れた。
「畳みかけろ!」
叫びつつ、俺は一歩前へ。
そこに合わせるように襲い来る槍。その穂先が、火箭に弾かれて脇にそれた。
フリーになった柑奈のアシストを受けて、
「うりゃああっ!」
棍を巻き取るように動かし、槍の柄をからめとって、吹き飛ばす。
がら空きになった胴体へ
「螺旋爪牙!」
まるで、風船を槍で突くように、敵の姿が消滅崩壊する。
他のみんなは!?
「悪いけど、斬らせてもらうぜ!」
影を置き去りにする加速で背後を取り、紡の一撃が敵を袈裟に切り裂き、
「にゃっ、にゃっ、にゃあああっ!」
虚空を踏みつつ繰り出される、文城の飛び蹴りが、イノシシを吹き飛ばし、
「千翼の刃よ、敵を断て!」
細かに分裂した金の鳥が、ヨタカの姿を微塵に切り裂いた。
すべての敵が撃破され、空間が揺らいでいく。
闘争の痕跡さえ残さず、フロアボスは消滅した。
「終わったぁ」
俺はどっと息を吐き、みんなも戦闘態勢を解いて、その場で一息つく。
気が付けば、周囲の光景は一変していた。
天井は高く開けていて、自分たちがいるのは、金属の扉を背にしたエントランスのような場所だった。
「なんだここ……図書館って聞いてたから、めちゃくちゃ本棚があると思ってたんだけど、ちかうのか?」
「それにあそこ、なんか仕切りがあって……学習室か何か?」
「奥の方、なんかレストランみたいなのもあるよ」
興味深げに眺めまわす俺たちに、しおりちゃんは笑いながら頷いた。
「戦闘の疲れをいやしがてら、フロアを散策してみますか?」
俺たちは了承し、彼女の案内でここを見て回ることにした。
まずは出入り口近くにあった、無数のパーティションで仕切られた空間だ。
そこには、確かに大きな図書館にあるような、学習室のような設備が置かれていた。
「なんでこんな、パソコンがあるんだ?」
「理由は分かりません。ですが、モック・ニュータウン住民の使うパソコンの大半は、ここから手に入れたものだと聞いています」
「もしかして、魔王の、なのかな」
文城は大きな指でキーボードに触れながら、そんなことを呟く。
「魔王って、地球のこと、調べてたんでしょ。だったらこれも、そうやって使ってたのかなって」
「そうかもしれません。ですが、ここにあるパソコンの記憶媒体には、何のデータも発見できませんでした。基本ソフトのみ、工場出荷直後のような状態だと聞いています」
それから俺たちは、ガラス壁で仕切られた書架のエリアに入る。そこには無数の本が並べられていたが、内容はちょっとおかしなことになっていた。
「これ、どこの世界の言葉!? なんで日本語の本がないのよ!」
「もうしわけありません。この書架は、汎世界と呼ばれる宇宙全体から、様々なテーマをランダムで選出して並べているようなんです」
彼女は全体に目を走らせ、一冊を抜き取り、中身を確かめた。
「なるほど。今回は、建築や土木に関する情報がテーマのようですね」
「ってしおり、それ読めるのか!?」
「なぜか、各世界の言語を日本語に対訳する辞書だけは、必ず出現するんです。この言語は文法や韻律が面白かったので、趣味で覚えてみました」
なぜか、もなにも、それはあからさまに、状況を謎解きさせるためのゲーム的要素だろうな。ほんとに、Pの野郎は何から何まで悪趣味だよなあ。
そのまま俺たちは書架の奥にある、妙な扉の前に進んだ。
「この奥は、第二図書館と呼ばれるエリアです。専用のキーアイテムがあって初めて、開くようになっています」
「裏トレジャー必須かぁ。しおりちゃんは、それ持ってるの?」
「いいえ。それに、今は否術のことに掛かりきりなので、第二図書館については後回しにするつもりです」
しおりちゃんの第二の生には、一杯のタスクが詰まってるんだろうな。
そういうことなら、早いとこ次のステージに行くことにするか。
「観光旅行はここまでにしよう。休憩を取りつつ、さっきの戦闘についてのおさらいと、ニ十階攻略のミーティングだ」
俺たちは奥のレストランというか、食堂のような施設に入る。
ここは本当に、長いテーブルに金属パイプの椅子が整列していて、奥にはきれいに整えられた厨房が見えている。
ただし、待っていても注文を取りに来るヒトはいないし、調理の匂いも一切ない。
「あ……これって、社員食堂じゃないか?」
俺は思わずそんな言葉を漏らしていた。同時に思い出すのは、遺跡にあった『喫煙所』の光景だ。
俺はメモ帳にあった例の遺跡の構造と、ここの構造を突き合わせた図を描いてみる。
積層した階層、おそらく遺跡は図書館の下にあった、気がした。
「全貌が分からんから適当だけど、こんな感じかなって」
「……なるほど! 孝人さん、この図を写させていただいても?」
「はいみんなー、そっちの二人はそのままにして、ちょっとお茶の準備しようかー」
苦笑する俺たちの脇で、柑奈たちがお茶の準備を始めてくれる。とりあえず、しおりちゃんと一緒に情報を整理し終えると、意識を攻略に戻した。
「さっきの戦闘のおさらいだけど、予想通りではあったよ。過去の冒険者は、今の俺たちの敵じゃない」
最初から宣言すると、油断になるから口には出さなかったけど、そういうことだ。
「迷宮に対する練度、装備の充実具合、ギフテッドの有効活用、そして……否術がある以上……それ以前の登頂者は、難しい敵じゃない」
「ただ、今後はそうもいかないと思います。私たちの情報も刻まれましたので、十九階がネックになる可能性は、高まっていくでしょうね」
「ボスガチャしないとならなくなるだろうなー。それにも限界はあるだろうけど」
そういう理由もあって、紡にはギフテッド禁止をあらかじめ伝達してあったし、柑奈も拳銃のみで戦ってもらったんだ。
でも、あの高速移動からの拳銃連打は、攻略する側にとっては脅威だろうし、しおりちゃんの能力も厄介。
てか、文城もあの体で三次元戦闘するから、やっぱ十九階の難易度、底上がっちゃったろうなあ。
「一度、二十階をクリアすれば、基本的に再登頂する必要はないから、そっちの方は気にしないで行こう」
「では、いよいよ、最後の戦闘ですね」
俺たちは軽食を口にして、茶を飲み、最後の確認をする。
「ニ十階に存在するのは、かなりの強敵と聞いています。ただ、その全容を語ることは、慣習的に避けられているようですね」
「あたしはそういうの、どうでもいいから。あちこちで情報収集してるよ。聞きたい?」
みんなの視線が俺に集まる。
ロマンを取るか、安全を取るか。その判断は、当然。
「確実性あるのだけ頼む」
「オーケー。それじゃ、まずは敵の概要だけど――」
俺たちは、簡単な打ち合わせを行い、装備をチェックした。
すべての準備は整った。
そのまま、食堂の奥にある厨房へと足を踏み入れる。
「でもさー、なんでここに、ニ十階に行く階段があるんだ?」
紡の疑問は、もっともだった。
塔の最上階へつながる階段は食堂の厨房、そこの一隅に設けられていた。
右手奥にはガス台が並び、階段を挟んだ反対には、シンクと冷蔵庫が並んでいる。何を意図して作られたのか、さっぱり理解できなかった。
「魔王の趣味だったのか、Pのなぞかけか。しおりちゃんは何か知ってる?」
「塔研究を行うヒトビトにとっても、この階段の位置は理解不能だそうです。意味があるにしろ冗談にしろ、その意図が分からないので」
「本当にあったのかもよ? 厨房の直上に魔王の部屋が。おなかが減った時、つまみ食いに来やすいし」
柑奈の冗談にみんなが笑い、やがて黙り込んだ。
「行くぞ」
一人がやっと通れる階段を、俺たちは進んでいく。
薄暗い空間、その先にぼんやりとした光が見える。それが視界一杯に広がるくらい、歩いた先にあったもの。
そこが、俺たちの冒険の、一つの終着点だった。




