22、ラストアタック(その二)
塔ダンジョン、十九階。
そこはある意味、この塔で最も不思議な場所だった。
まず、入ってすぐにあるのは、巨大な金属の扉と、その前に広がる、廊下のような空間だった。
ご丁寧に休憩用の長椅子まで用意されていて、実際にここで休憩を取る冒険者も少なくないらしい。
「塔ダンジョン十九階、別名『大図書館』、この扉の向こうには、広い空間が広がっており、近代的な設備が並んでいます」
「……なんとなくは聞いてたけど、なんでそんな構造なんだろうね」
「仮説があります。いえ、私の中ではすでに、確証の域ですが」
しおりちゃんは扉に向き合い、静かに語りだす。
「塔ダンジョンには、明らかに本来のコンセプトにはない『別テーマ』を模したフロアがありました。十一階と十九階、そして、最終目的地の二十階もその一つです」
「もしかして、例の『魔王』と関係があるってこと?」
柑奈の指摘に、彼女は静かに頷いた。
「壁の材質や床に敷かれた絨毯、独特の建築様式……今にして思えば、砂漠にあった『遺跡』にも、共通点を見出すことができました」
それは一つの種明かし。ここに来て、塔の中にあるすべてが、顔も知らない『魔王』の意図が入り込んでいると気が付かされた。
「おそらくPの目的は、『魔王』の存在と密接に関わっているはずです。例の『遺産』がカギを握っているかと」
「後を継いで、Pも魔王になるつもりか……いや、違うな」
あいつ自身が、さんざん言ってきたじゃないか。
「万能無益のジョウ・ジョスは、再演を嫌う。つまり、魔王と同じことをする気なら、あいつはこの街を造れていない」
「そうです。そのたった一言で、彼の願いに関する推察が、中断されてしまう」
「はいそこ。世界の謎を考察するのも結構だけど、今のあたしたちの目的は?」
夢中になった俺たちを正気に戻すと、柑奈は扉に進み出る。
「で、この扉を開けると、ボス戦が始まるんだっけ」
「正確にはその扉そのものがボスであり、『ビブリオマニア』と呼ばれています」
「書物偏愛者、俺たち冒険者の物語を読み漁るエネミーか。しゃれてるよな」
俺たちは武器を構え、扉に近づく。
「それじゃ、開けるよ」
柑奈の手が、金属の扉を押し開き――
「うおっ!?」
あたり一面に、石の迷宮が広がる。さっきまでの図書館とは別の空気。
俺は素早くメンバーを確認、誰もいなくなった奴はいない。
「ちょっとまて、この構造、もしかして九階か!?」
前後左右に広がる通路、そのあちこちから敵の近づく音がする。
俺は素早く鉛筆の式を打ち、全員に警告を発する。
「探り終わるまで警戒態勢! しおりちゃんは能力温存してて!」
俺は腕に着けたオートマッパーを表示し、何も映っていないのを見て愕然とする。
「ダメだ、ここのマップは見れない! って、なんか全部の式が消えた!?」
ある程度進むと、虚空に姿を消すように式が打ち消される。こんなの、今まで使ってきた中でも初めてだ。
俺が驚いている間に、金属鎧のエネミーが、武器を振りかざして突き進んでくる。
「このフロアでは、ボスの『ページをめくる』ことが攻略の前提です! 三次元的なマップではなく、フラグで管理されていると考えられています」
「そ、そっか」
しおりちゃん、それを分かっていながら俺の式打ちを止めなかったのは『実証実験』をするつもりだったな。
まあ、その辺りのツッコミは野暮だからやめとくとして。
「とりあえずは、いつも通りの対応ってことで!」
いつも通り鉛筆を取り出し、鎧に投げつける。
金属音と硬質な手ごたえ、物理攻撃は通るってことは。
「全員で迎撃!」
あっという間に敵が粉砕され、周囲の光景が変わっていく。
「今は戦闘シーン、ってか。そのページにあったフラグを立てるわけね!」
「はい、そしてボスのシーンがめくれるまで、続けることになります!」
今度も同じ石畳だけど敵の気配はなく、ちょうどL字型通路の角に立たされていた。
ダンジョンの構造からして、ここは二階か七階か、あるいは十三階か。
「妙に同じような構成のフロアがあると思ったら、ここのボスで迷わせるためかよ!」
「はい。階数を見誤れば、すべてが即死のトラップに変わります」
「ならここはあたしが先行。即死トラップに引っかかられたら困るからね」
柑奈が進み出て、その肩にしおりちゃんの小鳥が乗る。俺たちも警戒しつつ、周囲の変化に気を配った。
「危ない!」
前方から飛来した石弓の矢を、柑奈が右手で弾き、俺たちも軽く後ずさる。
罠のタイプからここは二階相当、問題はなにが罠を発生させたか。
「おい孝人! ここの足元! なんか光が出てる!」
それは壁に設けられた小さなスリット。ほんの薄い光の帯が、ちょうど俺の腰ぐらいの高さに存在していた。
「光センサー式のトラップ? こんなの下じゃ見たことないぞ」
「それが、このフロアの恐ろしいところです。同じように見せて、絶妙に変化させ、油断を誘います」
「ほんっと、最後の最後で底意地悪いな! みんな、これをまたいで進め!」
それから、何ページものダンジョンのかけらを、俺たちは通りぬけた。
敵こそ塔の常識に従っていたけど、トラップ自体はかなり意地の悪い代物だった。
「いったい、いつまでこれ続けるわけ!?」
「トラップからの生還率と、敵撃退に掛かった時間で、優良であるパーティほど、ボスが早めに出るそうですが、体感では三十ページほどが平均かと」
「……って、あれ、ここで終わりなんじゃないか?」
紡の言葉に、俺たちは目の前に広がった空間に気が付く。
五階や十階のボス専用エリアと似た殺風景な光景。
その中央に、模造人らしい姿が立っている。
「おいおい……まさか、あれって」
右手には完全結晶でできた十文字の槍。
「実のところ、この十九階では、あの方々と出会う確率が、比較的多いと聞きます」
全身を追う深紅の鎧は、大川さんの身に着けたものと細部が異なっている。
それは大柄なタヌキ。商店街の東に飾られている像と同じ顔だった。
「後ろにいるのって……親方たちじゃね?」
無骨の鎧とハンマーを身に着け、身構えるイノシシと、その傍らには槍を持つタカの姿がある。
さらに、長い刀を帯びたヨタカが、静かに構えを取っていた。
その傍らに見慣れない姿が一人。
この街ではあまり見かけないトラの模造人が、大きな筒を手にしている。
「ギルド『ぱちもん通り商店街』、そのベストメンバーです」
「なるほど。先輩たちの洗礼、ってわけだ」
ある意味、前哨戦にふさわしい相手だ。
無言でこちらに突き進んでくる敵を見据えて、俺は指示を飛ばした。
「紡、十文字槍に!」
「おう!」
剣を抜き放ち、凄みのある笑顔で進み出る白いオオカミ。
「柑奈、トラの牽制。くぎ付けにしろ!」
「了解。新規のお客様だから、丁重にね」
両手に銃を構え、擬態を解く柑奈。
「文城――イノシシの方だ。俺はタカを」
「分かった」
あえて『名前』では呼ばない。あれは敵、自分が倒すべき障害だ。
「しおりちゃんは、残りを頼む」
「お任せを。あの方の動きは、理解しています」
俺たちの今の力が、どこまで通じるか。
いや、
「全員気圧されるな! どこまで行っても、相手は過去の記録だ、塗り替えてやれ!」
『了解!』
「全員、戦闘開始!」
そして、塔の最終攻略、最初の試練が始まった。




