20、ラストアタック(その一)
その日は、いつもと変わらない朝だった。
事務所に入ると、すでにしおりちゃんがメモを片手に、装備品のチェックをしていた。
「おはよう。調子はどうだい?」
「おはようございます。問題ありません」
うちの事務所は座卓を採用しているから、そこに荷物を広げて整理することが多い。彼女は薬草や道具類、水袋などを丁寧にザックへしまっていく。
「ふあぁあぅ、しおりちゃん、おふあよう」
のそのそと文城が扉を抜けて、自分のロッカーに突き進む。そのまま、軽く頭をぶつけながら、身支度を始めた。
起きられるようになるのと、朝に強くなるのは別物か。寝坊が減ったのは、本人の努力のたまものだけどな。
「はい、みんなおはよう。コーヒー飲む人ー?」
それぞれが手を挙げ、コーヒーメーカーの前に柑奈が立つ。
「おっす。あー、オレもコーヒー頼むわ。甘々で」
最後に紡が事務所に入って、メンバー全員がそろった。
俺もロッカーから装備を引き出し、身に付けて行く。
皮のジャケット、皮の手甲、脛あて、額あて、それぞれの具合を確かめる。
ベルトポーチを手に取り、中身を確認。
罠外しに使う金属片や工具類、さびや欠損がないか、検めていく。
「コーヒー入ったよ。それと、乙女さんから差し入れ、ビバークの時に食べてって」
柑奈が取り出したそれは、ムーランで売っているお菓子の詰め合わせ。最初の十階の時と同じものだ。
文城に持って行ってもらうことにして、俺のザックには水と携帯食料、万が一のためと買っておいた『蘇生薬』を入れておく。
「そういえばあんた、この前取った結晶。あれどうした?」
「倭子さんところに預けてきた。新しい武器造ってもらうにしても、今日の攻略には間に合わないしな」
紡は三本ほど、剣を購入して持ってきている。おそらく能力で使い捨てること前提なんだろうけど、あれだって安くないから、早めに対策を考えた方がいいな。
俺も、地球で無くした奴の代わりに、トリガーの短剣を購入してある。そのまま腰に差して、棍を手に取った。
「孝人、ごめん。僕の手のとこ、ちょっと調子悪いかも」
「そうか。ちょっと見せてくれ」
文城の大きな手が差し出され、つけてあるごつい手甲をチェックする。掌の部分の完全結晶と、腕ガードの部分にあるスクリューチャージの機構。
どうやら右手の、結晶に圧力を掛けるパーツが可動しにくいようだった。
「交換パーツは?」
「あ、ごめん。これだよ」
「うちも装具士、雇うか……いや、俺ができるように勉強しとくよ」
みんなと冒険するのは、今回でいったん最後だ。いまさらヒトを雇う意味もない。
そんな切ない事実を嚙み締めつつ、俺は文城の武装をばらし、新しいパーツと組み換えて、油を引く。
機構を何度か作動させて、アライメントを確認すると、持ち主に返す。
「どうだ?」
「……うん。よくなった。ありがと孝人」
俺はコーヒーを取り、少しぬるくなったそれを味わいながら、最後のミーティングに入った。
「今日の攻略は十九階とニ十階のボスの攻略だけだ。ただし、十九階で遭遇する相手次第では、リセットを掛ける可能性もある」
「十九階の図書館における『ボス』は、過去の冒険者たちのコピーが相手となります」
しおりちゃんは十九階に何度も足を踏み入れており、そのことも熟知していた。
問題は、相対する敵にばらつきはあっても、強さは折り紙付きであること。
「例えば相手が『コウヤ』さんであるときは、確実に撤退が推奨されます。これはこの街の冒険者において、暗黙の了解事項です」
「あんのブラオジぃ、ほんっとろくでもなさすぎパラダイスなんだから」
「それ以外にも強敵はいっぱいだ。例えば『瞳』たちが出てきても、正直、攻略は取りやめにしたいくらいだ」
そこで俺は全員を見渡す。
大丈夫、みんな落ち着いているし、怖気づいてもいない。
「とはいえ、その先輩たちを乗り越えて初めて、ニ十階に到達できる。全員、油断せずに行こう。そして、無事に完全制覇を目指すんだ」
頷く者、親指を立てる者、目を閉じて深呼吸する者、笑って肩をすくめる者。
「塔攻略、最終フェイズだ。パッチワーク・シーカーズ、出陣!」
『了解!』
早朝のため、俺たちは店先には回らず外階段を下りて、通りを目指す。
「おはよう、今日も塔ですか?」
ちょうど新聞配達のヒトが店に行くところを、すれ違う。
「ええ、ニ十階に」
「……そりゃすごい。無事に帰ってきてくださいね」
「ありがとうございます」
多分、あのヒトから俺たちのことが、あちこちに広がるだろう。
っていうか、元町さんに今日の攻略については話しちゃったし、ニ十階クリア後にインタビュー受けるって約束しちゃったしな。
塔の受付所前まで来ると、そこには見覚えのあるヒトが立っていた。
「おはよう、孝人! ニ十階、がんばってね!」
「お疲れ様です。気負わず、ご安全に行ってください」
普段着の瞳と、隣にたたずむ北斗。
「帰ってきたら話聞かせろよな! 俺たちも絶対、二十階行くんだから!」
「君らなら、きっとやれるさ。ただ、無理はしないようにな」
佐川さんと小弥太は冒険者装備だ。多分、この後、塔に入るつもりなんだろう。
「おにいさん!」
「っと、あぶねえな。今は装備着てるから、抱きつくのはダメだって」
「……負けるな! 帰って一緒に、絵、描こ!」
最近はあまり付き合えてない鈴来が、俺をじっと見つめる。ニ十階が終わったら、しばらくは、スケッチ三昧に入ってもいいかもだ。
みんなに手を振ると、俺たちは受付に近づき、書類を提出する。
ゴブリンは内容を確かめ、攻略目的を見て頷いた。
「いよいよですね。この頃は二十階に到達する新規パーティも見ないので、あなた方がいつ挑戦するのか、賭けていたんですよ」
「儲けられました?」
彼は笑い、肩をすくめた。
「あと二週間後なら、一人勝ちだったんですがね。書類確認しました、ご武運を」
Pのことは気に喰わないが、こういう一般職員は嫌いになれない。
願わくば一生、こいつらとは敵対しないでいたいな。
塔前に進むと、朝の一階チャレンジを行う冒険者たちが、扉の前にたむろしていた。
「おい……あれ」
遠巻きにするようにヒトが別れ、場所を開けてもらう形になる。
最初のプラチケゲットの時は、文城の弁当頼みで先を譲ってもらってたっけ。
こっちを見つめる視線にあるのは、羨望や嫉妬、微妙な敵意もある。あるいは顔をそらして、俺たちを意識しないようにする連中もいた。
「お先にどうぞ。俺たちは後でいいから」
その意思を示すように、俺たちは扉から距離を取る。
やがて七時の時報が鳴り響き、彼らは一斉に扉の向こうへ駆けていく。
その中から、
「調子に乗んなよ」
誰かの罵声が聞こえ、人波に薄れていった。
「その程度のクッソザコだから、いつまでもうだつが上がんないのよ、バーカ!」
閉じた扉に中指を立てて、明らかに下品な煽りをする柑奈。
「……時間、ずらしてきた方がよかったかな。迷惑にならないように」
「問題ありませんよ。冒険者とは社会のはみ出し者だそうですから。ああいったことは、気にするだけ無駄です」
少ししょんぼりしてしまった文城に、これまたいい根性のしおりちゃんがフォローを入れる。
「でも、まあ、これからは、あいつらも変わるんじゃね? 否術もあるし、やる気になればさ」
どういうつもりで言ったのかは知らないが、ナチュラルに煽り入ってるぞ、紡。
とはいえ、あんまり引っ張られるのも詰まんないし、気持ちを切り替えよう。
「さっきのヒトも、いい助言してくれたと思うぜ。調子に乗んな、まさにその通りだ」
俺は『アンカー』を掲げ、扉に近づく。
「過信しない、油断しない、そして飛躍を恐れないで行こう」
これ以上、言葉は必要ない。
あとは実行、あるのみだ。
「アンカー起動。指定、十九階!」
扉が輝き、ゲートが開く。
俺たちは一斉に、光の中へ飛び込んだ。




